アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~ 作:ながやん
島風は夢を見ていた。
だが、島風本人はそのことに気付けないでいる。
彼女は戦っていた。
疾風迅雷、艦隊随一のスピードで敵陣を切り裂いていた。居並ぶセイレーンの量産艦が、島風の雷撃と斬撃で沈んでゆく。
『うさうさうさうさーっ! 今日の島風は、一味違いますよーっ!』
絶好調だった。
心身共に健康で、集中力も精神力も昂り高まっていた。
全身の血潮が燃えて、今なら一人でなんでもできる気がした。
そう、この時も島風は一人だった。
いつも通り、一人だったのだ。
『よーし、橋頭堡を確保っ! 駿河殿っ、援護の砲撃を――駿河殿?』
黒煙とオイルが充満する海域で、島風は振り返る。
だが、そこには誰もいない。
何度も何度も繰り返された、どうしても直らない島風の悪癖が原因だ。彼女は速い、速過ぎたのである。そして、そのことに無自覚なまま戦ってしまうことが多々あった。
『はわわーっ! み、みっ、味方がいませーん! どこー!?』
そう、これは島風の記憶から浮かび上がる真実。
いつもそうであるように、今日もまた一人で突出して大暴れし、結果として孤立してしまったのだ。
島風は、速い……疾い。
疾く疾く、風のように大洋を奔る。
そのスピードに追いつける仲間は、数えるほどしかいなかった。
そして、今日の艦隊編成には存在しなかったのである。
そのことに気付いた島風を、巨大な影が覆う。
『おやぁ? どうしたのかなあ、小兎ちゃん。こんな海域で迷子かなあ?』
振り返るとそこに、殺意の権化が浮いていた。
巨大な艤装を翼のように広げた、セイレーンの人型上位個体だ。
たしか、名前はピュリファイアー……『浄化する者』の名を持つ強敵である。島風は母港の資料で詳細を知っていたが、初めて実際に遭遇して動けなくなった。
各陣営の戦艦や空母を総動員しても、撃退がやっとの強敵。
この海で一番の絶対強者が目を細めて笑っていた。
『本当に毎回毎回、おバカさん。なーんで学習しねえかなあー?』
『クッ! 島風は負けませんよーっ! たとえ一人でも』
『駆逐艦が一人でなに言ってんのって感じぃ? ま、いーけどねー』
咄嗟に島風は、自分にフルスロットルを叩き込んだ。
波間を滑るように馳せて、トップギアで海面を蹴る。
その加速は、荒れ始めた波濤に無数の残像を刻んだ。
だが、ピュリファイアーは余裕の笑みで砲門を開いた。
『ちょろちょろ鬱陶しいんだよ、チビ兎!』
苛烈な光が空を裂き、海を断ち割った。
脚を使って接近を試みた島風は、無数の分身ごと薙ぎ払われた。肉薄の零距離で魚雷を叩き込む、そのためのフェイントも織り交ぜた踏み込みだったのに。それなのに、ピュリファイアーは周囲の大洋ごと全てを砲火で粉砕した。
痛みが走る。
熱くて、四肢が張り裂けそう。
優しく凪いだ普段の海も、落下する島風をハンマーのように叩いて迎える。
完敗だった。
たった一撃で力を奪われ、島風は果てた骸の如く浮かび上がる。もう既に、立ち上がることもできない。このまま波に洗われサメの餌、そんな状況で夢は薄れ始めた。
遠くに仲間たちの声を聴きながら、島風は現実世界に覚醒するのだった。
「ひああーっ! 島風は負けませーん! ……ほえ? あれれぇ? ここは」
目が覚め、島風はベッドの上で飛び起きた。
文字通り、毛布を蹴り上げベッドの上に立ち上がる。そうして身構えれば、見慣れた部屋が広がっていた。そう、母港の学園にある保健室である。
呆気に取られた島風は、奇妙なファイティングポーズのまま落ちてきた毛布を被る。
夢だったのだと知り、それが現実を再生したものだと思い知った。
そうして毛布をどけると、枕元で座っていた女性がこちらに気付く。
「やあ、目が覚めたいかい? 島風、無事でよかった。まったく、いつも無茶をして」
読んでいた文庫本を閉じて、凛々しく立ち上がるのは飛龍だ。涼し気な表情に微笑を浮かべて、そっと飛龍が手を伸べてくる。
頬に触れらてたと思った、その時にはもう額と額が接触していた。
同じ兎の耳が揺れてふれあい、こそばゆい。
「熱は……ないみたいだね。まったく、どうかしてるよ? 島風、どうしていつも」
「ふええ、ごめんなさぁい。島風、いつも勝手に突っ走っちゃって」
「それだけ一生懸命なのはわかるけどね。でも、一人で戦ってるんじゃないってこと、心の片隅にでもいいから覚えててほしいな」
そう言って飛龍は、ポンポンと島風の頭を撫でる。
島風が所属する第五艦隊は、アズールレーンとレッドアクシズが共闘する指揮官の母港では遊撃部隊だ。決められたローテーションがない代わりに、臨時で手を借りたい艦隊の援護に回る。二航戦の二人を中心に、各陣営から機動力の優れたメンバーが集っていた。
その中でも、島風は一番の俊足を誇るトップエースだ。
ただ、撃沈スコアに反して仲間たちの手を焼かせる一面も多々あった。
「まあ、そんなに落ち込まないで。ただ、ぼくは今後が心配だよ。後ろから見てて、その……ふふ、姉さまも以前のぼくをこうやって見てたのかな」
「飛龍殿? ど、どうかしました?」
「いや、いいんだ。それより」
飛龍は唇に人差し指を立てて、ウィンク。
そうして、背後の白いカーテンをさっと開いた。
その奥には、沢山の仲間たちが聞き耳を立てていたようだ。突然、自分たちを覆うカーテンが開かれたことで、動揺が連鎖して将棋倒しになる。
ばたばたと倒れながらも、皆が島風の無事を目にして涙を滲ませていた。
「わわっ、島風ぇ……よかった、げんきだあ。そだ、おみまいにアメさんあげゆ~」
「島風、そなた! 拙者はともかく、重桜の仲間たちを心配させすぎだ! おっ、怒っておるのだぞ!」
「島風っ! あんたねえ、ほんっとに、バカなんだから! ……ゴホン、毎度これでは私たちも困ります。あ、蒼龍さん。今、このバカが、じゃない、島風が目を覚ましました」
仲間たちの顔を見ると、島風にも自然と安堵が実感できた。
しかし、ほっとしたのも束の間だった。
あとから現れた第五艦隊の旗艦、蒼龍がじとりと島風を眇める。才媛才女で通っている重桜の懐刀は、眼鏡の奥から厳しい視線で島風を射抜いていた。
「島風、無事ですね? まずはよかった、私も安心しました」
「は、はいぃ……ご迷惑をおかけしましたぁ」
「ええ、大変な迷惑でした。……何度目か知っていますか?」
「それはぁ、ええとぉ」
「第五艦隊に編成されてから、これで七度目です。……いいですか、島風。あなたには優れた脚があって、あらゆる陣営の中でもトップクラスの速力を持っています」
でも、それだけだ。
今の島風は、ただ脚が速いだけの存在でしかない。自分でも痛感できる程に、己の長所を活かしきれていないとわかっていた。そればかりか、速さが自分を孤立させている。結果として、フォローに回る仲間たちに無用な負担を強いているのだ。
そのことを蒼龍は、無言で突きつけた上で……ふと、鼻から溜息を逃がすように笑う。
「島風、指揮官は上層部の招聘で母港を留守にしてますが……あなたに伝言があります」
「へっ、指揮官殿がですか!?」
「総員、気をつけ! 駆逐艦島風、これより辞令を達する!」
表情を引き締めた蒼龍の言葉に、誰もがその場で身を正した。
勿論、ベッドの上で島風も気をつけの姿勢に固まる。
「これより島風は第五艦隊の所属を解かれ、特別任務の臨時艦隊へ編成される!」
「は、はいっ! 島風はこれより第五艦隊を……ク、クビですかぁ!?」
「ほら、ちゃんとしっかり復唱してください。クビではありません、異動です。……あなたの力を求めて欲する、望んでいる艦隊があります。そこで今一度、自分を見つめ直してくださいね」
そう言って背伸びすると、やっぱり飛龍と同じように蒼龍も頭をポンポン撫でてくれた。
かくして、所属艦隊を放り出された島風は新たな極秘任務へと挑むことになるのだった。