アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~   作:ながやん

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第10話「数えてはいけないもの」

 阿武隈の周囲でトラブルの臭いが漂い始めた。

 感謝感激で出迎えてくれた兵士たちが、徐々に表情を曇らせてゆく。

 桟橋を猛ダッシュで駆け寄った島風の耳にも、苛立ちと怒りが飛び込んできた。

 

「そんな! 我々に身一つで乗船しろっていうのか!?」

「研究員にとって、研究成果は命より大事なんだ! 実験用の器材だって!」

「助けにくてくれたことには感謝する……しかし、荷を全て捨てろというのは」

 

 どうやら阿武隈は、自分たちの救出艦隊への乗船に際して条件を出したようだった。それが再度、凛としたよく通る声で述べられる。

 とても静かで穏やかで、しかし確固たる意志に固められた怜悧な言葉だった。

 

「もう一度言うよ、みんな。手荷物は一つのみ、私物や貴重品だけ。武器や弾薬、その他一切合切の資材や物資を放棄してもらうよ。これは旗艦であるあての独断、命令」

 

 にべもない言葉に聞こえたかもしれない。

 だが、島風は見てしまった。

 いつもの涼し気な表情で、阿武隈は眉一つ動かさない、でも、硬く握った拳が震えていた。ぽたりと赤い雫が零れて、食い込む爪の痛みが聴こえてきそうな程だった。

 阿武隈だってわかっているのだ……ここにどれだけのものが備蓄され、蓄積されてきたか。最前線の一つだったアッツ島とキスカ島では、実戦データを基にしたキューブや強化ユニットの研究も盛んである。弾薬や燃料だって、かなりの数が備わっていた。

 そして、誰よりも前に出て抗議の声を上げる少女が、そのことを叫ぶ。

 

「嫌だニャ! 阿武隈、どうかしてるニャ……ここにはキューブだけでも300や400の備蓄があるんだニャ! 燃料だって8,000以上、急いで運び出せば全部持ちだせるにゃ!」

「明石……ごめんよ、こらえておくれ。これだけは譲れないんだ」

「なんでだニャ! 指揮官だって、大量の装備箱とかが無駄になるのは望んでないニャ!」

 

 明石の言うことにも一理あると島風は思った。

 母港では現在、慢性的な資源不足に陥っている。指揮官の理念と旗のもとに、あらゆる勢力から最強戦力が結集しているのだ。セイレーンとの戦は激化の一途を辿り、燃料のやりくりにも困るありさまである。

 そんな中、主計科がなけなしの燃料を都合してくれたのが救出艦隊である。

 だが、阿武隈もがんとして譲らなかった。

 

「明石、この決定に関してはあてが全責任を持つ。みんなも覚えておいておくれ。あてが、独断で捨てさせるんだ。出港は一時間後……それまでに全員を一人残らず収容するよ」

「いっ、一時間!? そんなの無理ニャ!」

「手元の荷物だけ持って、人員だけを乗せるんだ。大丈夫、きっと間に合うよ」

「……うー、納得できないニャ!」

「因みに明石、今背負ってる商品は手荷物として許可するよ。でも、それだけだ。みんなも、いいね! 武器は捨てて、本当に大事なものだけ持っておくれ!」

 

 動揺がざわめきとなって広がった。

 そして、士官と思しき男が一人前に出る。まだ若いが、真っ直ぐな目をした青年だった。よく見れば、その軍服と階級章からレッドアクシズ、重桜の軍人だと知れる。

 

「阿武隈、言いたいことはわかる。実際、過去の大戦ではキスカ島撤退作戦に際して……乗船する兵員は全員武器を捨てろと言われていた。天皇陛下から賜った武器をだ」

「そうだよ。これは『再現』ではないし、奇跡は二度も起こらないんだ。だから」

「それでも、指揮官のために我々が絶えず研鑽を積んだ奮戦の結果、成果物がある」

「……指揮官が望んでるのは、みんなの無事の帰還。それだけだよ」

「しかし!」

 

 島風の竜骨にも、古い記憶が刻み込まれている。

 遥か昔、旧世紀の大戦で重桜は枢軸国として世界と戦った。良かれと思って、誰もが最善を尽くした結果の戦争だった。それが後世の歴史家に悪行だったと言われて、手法や方法論が間違っていたことは島風も十分に理解している。

 同時に、良かれと思って最善を尽くした人たちへの敬意も感じていた。

 当時、兵士が受け取る銃や武器は、全て『天皇陛下より賜った大切な物』だった。驚くべきことに、それを扱う兵士の命よりも貴重とされ『兵士は死んでも代わりがいる、よって武器だけは死んでも持ち帰れ』という価値観が横行していたのである。

 兵士の持つ銃に、天皇家の象徴である菊の御紋が刻まれていたことも影響した。

 そんな時代に、命を救うために一切合切を捨てさせたのが旧大戦のキスカ島撤退作戦だった。

 

「みんな、辛いのはわかるし、それはあても一緒だよ。けど、こらえておくれ……この霧は、いつまで持つかわからない。霧に乗じて脱出できなければ、キスカ島に閉じ込められた人間が増えるだけだよ」

「し、しかし」

「全てを放棄して逃げれば、一時間後には出港できる。それまでなら霧は持つ……少なくとも、以前はそうだった。でも、あては奇跡を再演するためにきたんじゃないんだよ」

 

 阿武隈の言葉は、まるで幼子に語り掛ける母親のように優しい。しかし、やはり彼女が自分の意志を曲げる気配はない。

 そして、その理由が島風には理解できる。

 今は一刻も早く全員を収容し、この島から撤収するべきだ。

 この霧が晴れた時、救出艦隊がセイレーンの索敵範囲外に脱出できていなければ……追撃戦で多くの命が失われる。勿論、島風と仲間たちは量産型輸送艦を守って戦うつもりだ。

 だが、勝機のない戦いよりも、戦いそのものを避ける戦術が今は求められていた。

 そんなことを考えていると、突然ブルブルと明石が震え出した。

 

 

「うう、うぅ……うがーっ! フニャー! キューブ数百個、数万ガロンの燃料! 黄色く塗りな直した装備箱が数千個! 書架には教科書もぎっしり詰まってるニャ!」

「明石……」

「でも、それでも! 命は数えてはいけないものニャアアアアアア!」

 

 不意に明石は、背負っていた荷物を……こともあろうか、海へと投げ捨てた。

 明石は泣いていた。

 彼女はいつも、指揮官と仲間のために物資を集めてくれていたのだ。それは購買部で売られる形になってはいるものの。彼女が必死で努力したからこその値引きもあった。母港の台所事情は大変に厳しかったが、指揮官を慕う明石たち裏方の人員が努力してくれてたからこそ持っているようなものだった。

 泣いて荷物を捨てる明石を見て、周囲の空気が変わり出す。

 

「……全員を一時間で収容、了解だ。阿武隈……ただ、セイレーンにみすみす物資を渡す訳にはいかない。おい! 手の空いた者を集めろ! 廃棄する物資に爆薬をしかける!」

「すぐに作業班を編成します! それと……このまま逃げるのもしゃくなんでね」

「施設にペイントしとけ! でかでかと『伝染病隔離病棟!』ってな!」

「はは、そりゃいい! セイレーンに人の心があるなら、びびっちまいまさあ!」

 

 すぐに男たちは動き出した。

 明石だけが未練がましく海を見詰めていたが、完全に自分の財産が水没したのを見届けると……余った袖で涙をグイと拭って、忙しそうに走り出す。

 そして、皆が散っていったあとに……小さな影が残された。

 よく見れば、小さな女の子がポーチを両手で握っている。

 

「あ、あの……KAN-SENさん。これ、しんだおかあさんがのこしてくれた……これも、すてなきゃダメ? ううん、すてなきゃだよね。みんな、がんばってるもん」

 

 女の子は、両手で大事そうに握ったポーチを海へと向ける。

 だが、島風がすぐに駆け寄りそっと抱き締めた。

 そのポーチごと、中に詰まった思い出を捨てさせたくなかった。そして、その小さなポーチが救出作戦の一時間というタイムリミットに対して、とるにたらないものだと阿武隈は理解してくれた。

 島風が抱き寄せる少女に、身を屈めて阿武隈も微笑む。

 

「あては救出艦隊旗艦、阿武隈だよ。お嬢ちゃん、それは大切なものなんだね……大丈夫だよ、なくさないようにしっかりね」

「い、いいの?」

「物資や武器は捨ててもらうよ……でも、あては気持ちや想いまでは捨てろなんて言えないからね」

 

 少女は顔をくしゃくしゃにして笑った。

 それこそが、真に守るべきものだと島風は実感したのだった。

 そして、キスカ島に残された者たちの最後の戦いが始まる……誰もが身一つの乗船で、整然と行動してくれた。置き土産もそこそこに、何の混乱もなく量産型輸送艦に乗ってゆく。

 きっちり一時間後、阿武隈は汽笛を鳴らして艦隊の先頭に立って出港するのだった。


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