アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~   作:ながやん

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第11話「最初で最後の防衛戦」

 まだ霧は濃密に、全てを白く塗り潰してくれている。

 再び阿武隈を先頭に、救出艦隊は復路を走る。島風たちはもう慣れたが、避難する人員……とりわけ民間人や子供たちには恐ろしい光景だっただろう、

 濃霧の中、沈黙しながら並ぶセイレーンの巨艦。

 時折頭上を通り過ぎるのは、ジェットの爆音だ。

 皆が皆、量産型輸送艦で息を殺す気配を島風も感じ取っていた。

 

「大丈夫……大丈夫であります。このままセイレーンの艦隊をやり過ごせば……!」

 

 ゆっくりと前方を、セイレーンの駆逐艦が横切った。

 その距離は、数百メートルという至近である。

 丁度、量産型輸送艦を中心とした単縦陣を横切る形になって、なにもせずに通り過ぎる。その背を見送れば、すぐに霧が全てを覆って隠してしまった。

 その後も何度か、ヒヤリとする場面の中で島風は神経を尖らせた。

 それもやがて、終わりを迎えようとする。

 

「島風せんぱーい、今ので最後の一隻だったんじゃ……つまり」

「風雲殿、セイレーン艦隊を抜けたでありますか!」

「だと思うよ? けど」

「ムムッ! これはまずいでありますなあ!」

 

 ギリギリだった。

 そして、最後までは持たなかった。

 徐々に霧が薄れてゆく中で、背後のセイレーン艦隊が慌ただしくなる。

 まるで精密機械のように、全ての艦が同時に回頭、こちらへ舳先を向けようとしていた。

 もう既に霧は消えて、目視ですぐ側に救出艦隊は発見されてしまったのだ。

 

「セイレーン艦隊、全艦180度回頭! 追撃してきます!」

「量産型輸送艦、もっと速度を上げな! 追いつかれちまうよ!」

「初霜ちゃん、駄目っ! どの艦も限界……これ以上は!」

 

 一瞬の混乱が、同様となって艦隊に広がった。

 島風は自分の艤装から身を乗り出して、背後を見やる。

 まるで黒い装甲の雪崩か津波だ。

 圧倒的なプレッシャーを放つ、漆黒の群れが突入してくる。その数は恐らく、母港の全KAN-SENに匹敵するだろう。獰猛な肉食獣のように、しかし完璧な統制を保ったままで殺意が迫った。

 しかし、島風たちのリーダーは沈着冷静で、その上に決断が早かった。

 

「こちら旗艦の阿武隈だよ。長波、最後尾にいるね?」

「は、はいっ! 現在、背後のセイレーン艦隊との距離、3,000です!」

「よくお聞き、長波。これより旗艦の全権を移譲……今後はお前が指揮を執るんだよ」

「えっ!? それって――」

「全艦、全速前進! 転舵と交戦を禁ず……以後は長波の指揮下に入ること、いいね!」

 

 前方で阿武隈だけが、面舵を切って転舵する。

 その巨体が光に包まれたかと思うと、一人の少女に本来の姿を象っていった。艦船として運用されていた艤装は、KAN-SENが戦うための武器にして鎧……そのあるべき姿を纏って、あっと言う間に阿武隈は後方へと消えた。

 すれ違う瞬間、島風は全てを察した。

 阿武隈は一人でしんがりに立ち、セイレーン艦隊と戦うつもりだ。

 その決意と覚悟を、彼女の眼差しが無言で語っていた。

 

「島風もお供しますっ、阿武隈殿!」

「待ってください、島風さん!」

「長波殿、止めないでほしいであります! 私は、もう決して仲間を見捨てない。それが、この艦隊で学んだ全てでありますからして!」

 

 そう、自分のスピードに振り回されて、仲間をないがしろにしていた島風は過去の話だ。今なら、何よりも誰よりもわかる……仲間のために走り、共に戦う、自分に託されたスピードを、皆のために使えると。

 島風は艤装を光に変えて、それを浴びる中で鋼鉄の戦衣を身に纏う。

 周囲からもぞくぞくと、艤装を装備する光が舞い上がった。

 

「旗艦代理、長波です! ええと、風雲さん」

「うーい」

「量産型輸送艦を守って、この海域を離脱してください。そして、島風さん――」

「はいであります!」

「島風さん、以外の、みんなっ! ついてきて! 全艦反転、阿武隈さんを援護しますっ!」

「ガーン! なんででありますかあ~!」

 

 皆、我先にとセイレーン艦隊へ向かってゆく。

 最後に長波は、肩越しに振り返って微笑んだ。

 

「島風さん、今試しましたが……セイレーンのジャミングで無線が通じません。だから……島風さん、援軍を呼びに行ってください。ジャミングの範囲外へ」

「長波殿……」

「島風さんの脚なら、絶体に間に合います……重桜最速の島風さんなら。ではっ!」

 

 長波は行ってしまった。初霜も若葉も、響もだ。

 すぐに火砲の轟音と振動が空気を震わせる。

 あっという間に周囲は戦場へと飲み込まれていった。

 

「長波、みんなも! ここはあてだけで大丈夫、逃げて!」

「お断りさね、阿武隈姐さん」

「一人で死ぬより、みんなで生き残ろうよ!」

「島風が必ず味方を連れてきてくれる……それまでみんなで持ちこたえる! 不死鳥パワー全力全開だよっ!」

「量産型輸送艦が安全海域へ出るまで、この場に留まり遅滞戦闘を展開しますっ。いいですね、阿武隈さんっ!」

 

 島風は迷った。

 皆、誰も彼もが戦いへと挑んでゆく。

 一分一秒の時間を稼ぐために、一つしかない命を賭けて戦う……絶望的な戦いに身を投じてゆく。今すぐ島風もあとを追いたかったが、長波の言葉が胸に突き刺さっていた。

 確かに、救出艦隊では島風だけが群を抜いて船足が速い。

 しかし、仲間全員を残して一人だけ逃げるなど、自分にはできない。

 そうしたくないと思ってた、その時だった。

 

「島風先輩、さっさと行ったらどうですか」

「風雲殿…… でっ、でも」

「風雲は控えに回って、このまま量産型輸送艦を護衛してきますけど……それが多分、今の自分にしかできないことだから。だから、島風先輩。行ってください」

「……わかったであります! 必ず! 必ず味方を連れて帰るであります!」

 

 迷いは断ち切った。

 風雲が断ち切ってくれたのだ。

 今、自分にしかできないこと……それは、持ち前のスピードで海域を離脱し、ジャミングをかいくぐって母港へ救援要請を打電すること。

 すぐに島風は走り出す。

 その背は、仲間たちの声と爆発音、業火と硝煙を聴いていた。

 衝撃音も熱も臭いも、徐々に後方へと遠ざかってゆく

 後ろ髪を引かれる思いはあったが、仲間たちから託された役目を自分がやらねば、皆の頑張りが無駄になる。これは、島風を信じて皆が一つになった、救出艦隊の最初で最後の海戦なのだから。

 

「ウサウサウサウサー、ウサ……うおおおおおっ! 島風、やるでありますよおおおお!」

 

 島風は走った……奔った、疾った。

 限界を超え、熱くなる全身がバラバラになるような痛みの中で走った。

 公試速度を遥かに超え、その先の限界を超えるように走り続けるのだった。


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