アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~ 作:ながやん
島風が目を覚ますと、そこは病室だった。
それも大部屋で、ゆっくり周囲を見渡せば見知った顔がみんな揃っていた。
どうやらここは、母港の総合病院のようだ。
だが、旗艦である阿武隈の姿だけが見えない。
「おろ? 阿武隈殿は……」
「あっ、島風先輩! お、おはよーございます!」
「風雲殿! 無事だったでありますね……イチチ! ひぎぃ……激痛であります」
島風は包帯だらけで、ベッドに寝かされていた。
隣の島雲も同じだが、島風に比べたらやや軽傷に見える。それでも彼女は、読んでた漫画雑誌を放り出すなり身を乗り出してきた。
感激に瞳を輝かせていたが、赤面するなり咳払いを一つ。
そうして、興奮を隠すようにいつものそっけなさに顔を背けた。
「まったく、何日寝てるんですか……みんながどれだけ心配したか」
「因みに風雲殿、今日は」
「あれから三日経ってます」
「みっ、三日でありますか!? で、では、作戦は」
「キスカ島撤退作戦は目的を完遂、全員無傷で救出完了です」
思わずガバッ! と身を起こして、再び激痛に襲われる。イチチと身を屈めれば、妙な脂汗が全身に滲んだ。
だが、泣けてくるほどじゃないし、深手はないとすぐに知れた。
それに、風雲の言葉はなによりも嬉しかった。
島風たちはやってのけたのだ……旧大戦の奇跡を、再現に頼らず実現したのである。
そうこうしていると、周囲のベッドからも声があがる。
「おや、島風じゃないかい。やっと起きたねえ……この、寝坊助」
「おおー、島風! 頑張ったねえ、そんなにボロボロになるまで」
「これで島風も、私と同じ不死鳥パワー習得だね!」
「なんにせよ、よかったです。あとで阿武隈さんにも報告しないと」
初霜と若葉の姉妹、そして響、長波も無事だ。
その中から、よいしょと初霜が立ち上がる。彼女は枕元に立てかけた松葉杖を使って、ゆっくりと島風のベッドまでやってきた。
皆、負傷している。
それでも、目覚めた島風に笑顔を見せてくれた。
普段はつれない態度でのらりくらりとした初霜も、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
「なんだいなんだい、島風……お前さん、随分と派手に大立ち回りしたらしいじゃないか」
「はあ、どうも、そうらしいであります」
「あのピュリファイヤー相手に、大したもんだよ、けどね」
ポフ、と頭をチョップされた。
そのまま、ポフポフと連続で撫でるように叩かれた。
「ちょ、ちょっと、初霜殿!?」
「あんまし無茶するんじゃないよ、ったく……死んじまったらどうするんだい。駿河がフォローしてくれなかったら」
「す、駿河殿がフォローして、くれなかったら?」
「……言わすんじゃないよ、縁起でもない! まったく、しょうがない子だねえ」
話す間ずっと、竹を割るようにポスポス初霜は島風を叩いた。
でも、最後には髪がぐしゃぐしゃになりそうなくらい頭を撫でてくれたのだった。
そして、周囲の仲間たちもベッドを抜け出し近寄ってくる。
「でもさ、島風ってば凄いよ!」
「ま、あの大艦隊と戦った私たちも凄いんだけどねー!」
「でも、長波は今でも思い出すと震えあがってしまいます……旧大戦の昔と違って、あんなにも大軍が島を包囲してて」
思わず島風は「およ?」と首を傾げる。
確か、旧大戦のキスカ島撤退作戦も、ユニオンの大艦隊が包囲する中から友軍を救った筈だ。しかも、無傷無血で。故に、あの作戦は全世界から奇跡の作戦と称賛された。
だが、島風はこの時初めて知った。
奇跡が奇跡と呼ばれる所以、奇妙な偶然が折り重なった運命を。
長波が順を追って丁寧に説明してくれた。
「旧大戦、重桜の救出艦隊が霧に紛れてキスカ島に突入した時……当該海域にユニオン艦隊はいませんでした」
「……は?」
「総攻撃と上陸作戦を前に、一度包囲を解いて補給に戻っていたんです」
「つ、つまり」
「霧がなくても、そこに敵はいなかったので……普通に行って帰ってこられた可能性はありますね。しかし、このことは戦後になってわかった話ですが」
つまり、奇跡の舞台裏には仕掛けがあったのだ。
ただ、同時に歴史は教えてくれている。旧大戦のあの日、あの時、あの瞬間……あのタイミングで突入しなければ、キスカ島は全滅していた。万端の準備を整えたユニオン艦隊によって、大軍で殲滅されていただろう。
だからこそ、当時キスカ島に上陸したユニオン軍は混乱し、動揺した。
本来迎え撃ってくる筈の重桜軍が、猫の子一匹いなかったのだから。
「でも、島風さん……今回は違いました。長波たちは確かに、セイレーン艦隊に実際に包囲されたキスカ島から、友軍を全員救い出したのです」
「ま、最後の最後で霧が晴れちゃって、ドンパチやらかすことになったけどね」
「でもさ、阿武隈さんだけ残して逃げられないよね。だから、長波もみんなも、いい判断だったと思う」
その阿武隈だが、司令部に報告があって一足先に退院したという。
重傷ではあるものの、命に別状はないと知って島風も安堵の溜息が出た。
だが、次の瞬間には笑顔が引きつる。
にんまり笑った初霜が、寝間着のポケットからがまくちを取り出したのだ。
「そうそう、島風……あたしゃ脚をやられてねえ」
「は、はあ」
「ちょいと酒を切らしてるんだよ。買ってきておくれ」
「入院中であります! そ、そんな、お酒は駄目ですよぉ」
「隠れて飲むから大丈夫さね」
間髪入れずに、風雲からは漫画雑誌の今週号を頼まれた。若葉からはかりんとうとキャラメルを、響からはコーラをと追加が入る。みなさんもぉ! と言いつつ、長波からはやんわりとメーカーとサイズを指定された上で面倒臭く缶珈琲を頼まれた。
こうして島風は、再び仲間のために重桜最速の足を発揮することになったのだった。
「人使いが、駆逐艦使いが荒いでありますれば……では、いってまいります! うっさー!」
ベッドを飛び起きれば、体は動く。全身に痛みはあるが、それは裂傷と火傷の数であって、肉や骨を深くえぐった痛手ではないと知れた。対して、仲間たちは骨折や大きな傷でも笑っている。
だから、島風も笑顔で病室を飛び出したのだった。
病院の売店ではお酒がないので、不知火が切り盛りする母港の購買部まで走る。
血が止まって傷が塞がっても、痛みが生還を全身で誇らせてくれた。
回診中の医者の脇をすり抜け、白衣と看護婦のスカートを舞い上がらせる。笑顔で挨拶してくれる車椅子の老人に、挨拶を残して駆け抜ける。御婦人と談笑中の軍人さんの横を静かに迂回して、そのまま島風は階段を駆け下りた。
「うさうさうさうさーっ! ……とと? とととと、あれは……阿武隈殿?」
緊急停止で急ブレーキ、島風は不意に立ち止まった。
階段の踊り場、朝の日差しが作る陽だまりに一人の少女が立っていた。右腕を三角巾で吊って、頭に包帯を巻いた阿武隈だった。そんな彼女の向かいに、軍服姿が片膝を突いて屈んでいる。
顔は見えないが、この母港で唯一の階級章がちらりと見えた。
手にした指輪を差し出しているのは、指揮官だった。
驚きに固まる阿武隈の涙を、年相応のその表情を島風は初めて見た。
冷静沈着、時に冷徹なまでに冴え冴えとした決断力の軽巡洋艦……長良級六番艦は、島風たちと全く変わらない普通のKAN-SENで、それ以前に当たり前の乙女だった。
そして、北連との作戦を終えて、指揮官は帰ってきていたのだ。
「阿武隈殿……うん! よかったであります! やはり指揮官殿にはかないませんなあ」
別の階段を使って降りるべく、島風は踵を返して小走りに駆け出す。
その足取りは、怪我人とは思えぬ程に軽やかにスキップで弾むのだった。