アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~   作:ながやん

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第2話「集う仲間たち」

 島風は今、とぼとぼと母港を歩く。

 すれ違う誰もが忙しそうで、そして楽しそうだ。

 だが、島風の気持ちは重く沈んでいた。

 それというのも、指揮官の命令に打ちひしがれているからだ。

 

「なんででありますかぁ、指揮官殿ぉ~……ヨヨヨ」

 

 無論、理由はわかっている。

 ずっと前から知っている。

 身から出た錆、自業自得だった。

 でも、いくらなんでもクビは酷い。

 指揮官直属の六つの艦隊、そして二つの潜水艦隊。このメンバーに選ばれることは、母港のKAN-SENにとって誇りだった。陣営を問わず、誉と勲、そしてときめきだったのだ。

 島風は、足ばかり引っ張ってしまい、指揮官の不興を買ったようである。

 

「それにしても……母港のこっち側には初めて来ますね。確か、ここのドックは」

 

 絶海の孤島にある母港は、この地球で唯一の独立自由自治区だ。

 現在、セイレーン作戦を実施するにあたって、アズールレーンとレッドアクシズは事実上の休戦状態にある。そして、若き天才指揮官の旗の元にあらゆる陣営のKAN-SENが参集している。

 この母港では、ノーサイドの精神が共有されてきた。

 アズールレーンもレッドアクシズも、関係ない。

 民主主義か共産主義かも、過去の話だ。

 ただただ、蒼き航路の自由と平和のために。

 そのためにこそ、勇敢なる乙女たちは集ったのである。

 ただ、そんな有志が集う母港にも普段は使われない施設がある。島風がやってきたのは、臨時編成の艦隊が使う日陰のドックだった。心なしか、ここでは日差しも弱く、ガントリークレーンやコンテナの行き交う音も遠くに聴こえた。

 だが、確かにKAN-SENの艤装へ変形する艦が整然と並んでいた。

 

「えっと、とりあえず旗艦殿に挨拶をしたほうがいいですよね……それにしても、どこに」

「おやおや、こんなところに迷い猫……それとも迷子の兎ちゃんかい?」

 

 周囲をきょろきょろ見渡し歩く島風に、声が降ってきた。

 その方向に振り返って見上げれば、積み上げられたコンテナの上に人影がある。

 ピコピコと揺れる猫耳が、同じ重桜の仲間だとすぐに教えてくれた。周囲を四方くまなく海に囲まれた重桜では、ユニオンやロイヤルとは異なる進化を辿った民が暮らしている。必定、そうした者たちが過去に建造した艦艇から生まれたKAN-SENNも、その特徴を引き継いでいた。

 立ち上がった重桜の麗人は、一足飛びにコンテナから飛び降りる。

 

「よいせ、っと。ふふ、お前さんは確か……島風だねえ?」

「は、はいっ! 今後、こちらの艦隊でお世話になるよう言われてまして、その」

「ふーん、そう……あたいは初霜。初春型の四番艦、初霜よ? 見知りおいて頂戴」

「りょ、了解であります! 初霜殿っ!」

 

 思わず島風は、カチコチになって直立不動で敬礼した。

 そんな後輩を面白がるように、初霜はニヤニヤ笑みを浮かべて近寄ってくる。

 まるで、蛇に睨まれた蛙だ。

 島風のKAN-SENとしての本能がそう警告してくる。

 目の前にいるのは、歴戦の古強者……数多の海戦をくぐり抜けてきた猛者だ。

 そんな初霜が、愉快そうに喉を鳴らした。

 

「なんにせよ、若い子の参加は嬉しいねえ……お前さん、レーダーを預かってるだろう?」

「レーダー……は、はいっ! 指揮官殿に言われて、SGレーダーを」

「今回の任務に必要なのはねえ、そのレーダーなんだよ。お前さんじゃなく、レーダー」

「で、ありますか……?」

「そうそう。で、ありますですよ? ふふふっ」

 

 初霜のことは、同じ重桜の駆逐艦として話でしか知らない。

 ただ、こうして直接会って島風は緊張しっぱなしである。

 それと、ちょっぴり落胆した。ここでもそうなのかと思ったのである。謎の臨時編成艦隊に加わるため、今までいた艦隊から放り出された。そうしてまで来てみれば、自分が持ってる設備……SGレーダーが必要だっただけと言われたのだ。

 正直、むっとした。

 それを口には出さないが、残念ながら顔には出ていたようである。

 

「別にねえ、島風……嫌ならレーダーだけ置いてってもらえればいいさね」

「それは、できませんっ!」

「おや、そうかい?」

「これは、指揮官殿が直々に島風に任せてくれたのです!」

「ま、そうだねえ。大事な設備は、逃げ足の速い艦に持たせるに限るってね?」

 

 思わずカッとなって、島風は腰の太刀を抜いた。

 抜いたつもりだった。

 脚も速いが手も速い、そういう無様を晒しそうになったのだ。

 だが、さすがは百戦錬磨の初春型である。島風は握った剣が鞘から抜けきらないのを知って驚愕する。神速の抜刀を上回る力と技で、初霜は剣の柄を抑えてしまった。

 着崩した着物の裾を両手でつまんで、初霜は無造作に足を突き出した。

 その足が、力一杯に島風が握る刀の柄を軽く押さえていた。

 力を入れたようには見えなかったが、抜刀できない。

 

「むっ、むむむ……!?」

「最新鋭の島風型だかなんだか知らないけどねえ……刀を抜く相手を間違うんじゃないよ」

「……は、はいっ! 確かにそれはそうです。でも」

「でも?」

「島風は、お役に立ちたくてここに来ました! ですから」

 

 意地の悪いことはしないでほしいと思うし、そういう態度で接されても任務には向き合うつもりだった。

 けど、ここまで先輩駆逐艦との間に実力差があるとは思わなかったのである。

 世界最速の最新鋭駆逐艦と呼ばれて、どうやら少し自分を過信していたようだ。

 前の艦隊での仲間たちの言葉も思い出され、どうにも恥ずかしくなってくる。

 勢いよく弾む声が猛ダッシュしてきたのは、そんな時だった。

 

「うおーっ、こらー! 初霜ーっ! そういうの、めーっ! なんだからねー!」

 

 立派な尻尾を揺らしながら、同じ初春型の駆逐艦が現れた。

 その姿を振り向いて「げっ、若葉姉さん!?」と初霜が表情を引きつらせる。

 次の瞬間には、島風の目の前で姉が妹を蹴っ飛ばしていた。

 見るも豪快なドロップキックだった。

 よたよたと初霜は倒れて、その姉はすかさず島風に向き直る。

 

「妹がごめんね! 私は若葉、ようこそケ号作戦実行艦隊へ!」

「は、はあ……ケ号作戦?」

「そう、乾坤一擲のケ! 決意のケであり、決死のケ! あ、でもそんなに緊張しないでね」

 

 豪快にブッ飛ばされた初霜は、やれやれと着物の埃を払いながら立ち上がる。

 そんな彼女を、若葉は指差し姉らしく戒めた。

 

「初霜、せっかく来てくれたのに島風ちゃんに悪いでしょ。どうしてもぉ、いつもそうなの」

「……あたいは、別に……」

「もうっ! そゆとこ! そういうとこなんだからね、初霜」

「はぁい……やだやだ、姉さんには敵わないねえ」

 

 そして、パンパンと手を叩く音が響く。

 振り返った初霜と若葉が、姉妹揃って身を正して敬礼していた。

 島風もそれにならって、この艦隊の旗艦との邂逅を果たす。

 背筋をピンと伸ばして敬礼すれば、目の前に侍がいた。そう、サムライ……もののふだ。姿こそ自分と変わらぬうら若き少女だが、凛とした佇まいは、正しく将の気品と威厳があった。

 

「そこまで、だよ? あての艦隊で喧嘩は駄目。みんなも、いい? それにしても……島風、よく来てくれたね。あてが救出艦隊を任された旗艦の阿武隈だよ」

 

 握手を求める少女は、静かにニコリと微笑んだ。

 同じ重桜の仲間として、おずおずと島風も手を出し握る。

 こうして、前代未聞の作戦が人知れず発動しようとしていた。

 ケ号作戦……その実行艦隊を阿武隈は、彼女だけは『救出艦隊』と呼んだ。その意味を島風は、あとから思い知らされることになるのだった。


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