アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~   作:ながやん

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第3話「その島の名は、キスカ」

 島風が阿武隈たちに連れられて来たのは、ブリーフィングルームだった。

 そこには既に、作戦会議の準備ができている。そして、正面に大きく映し出された海図を見て、島風はビクリ! と身を震わせた。

 その海域には、見覚えがある。

 まだ行ったこともないのに、知っている。

 冷たい北風と、高く弱い太陽の光……そして、アリューシャン列島の周囲によく見られる、荒れて重く連なる数多の波濤。

 

「あっ、あれは……キスカ島!?」

 

 そう、海図の中心に小さな島が描かれている。

 それがキスカ島だ。

 キスカ島はアリューシャン列島の西側に広がる、ラット諸島に属する島である。

 島風にとっても、特別な場所だった。

 そして、ケ号作戦のために集められたKAN-SENの誰にとってもそうである。

 思わず呆けて立ち尽くしていると、背後から初霜がドン! と背を叩いた。

 

「ほーらっ! さっさと適当に座りな? 邪魔さね」

「はっ、はいぃ! 初霜殿、申し訳ないでありますぅ~」

 

 ブリーフィングルームは、学園の教室にちょっと似ていた。

 整然と机が並び、四十名前後が座ることができる。前方には大きなスクリーンがあって、キスカ島周辺の海図が映し出されていた。

 唯一学園と違うとすれば……ここには、集ったKAN-SENたちの笑顔と歓声はない。

 気だるい午後の授業も、楽しい昼休みのランチタイムもない。

 失敗が許されない作戦を共有し、生存率を1%でも上げるための場所だ。

 とりあえず端っこの机に座ると、すぐに湯呑が差し出された。ふと見上げれば、大きなやかんを持った少女がニコリと微笑む。同じ重桜のKAN-SENで、先程の若葉に負けず劣らずの立派な尻尾を揺らしていた。

 

「お茶をどうぞ、島風さん」

「あっ、ありがとうございますであります!」

「そう緊張しないでください。今日から同じ艦隊の仲間です。私は――」

 

 その時、一番前で阿武隈が振り返った。

 これが教室なら、教壇がある部屋の中心部とも言える場所だ。

 阿武隈は周囲を見渡し、島風の眼前の少女を呼ぶ。

 

「長波、あての代わりに説明を頼むよ。それと、あてにも熱いお茶を一杯」

「は、はいっ! 少々お待ちを」

「ふふ、副官だからと緊張することはないよ。あてもみんなも、頼りにしてるんだから」

「そう言って頂けると……では、作戦の概要を説明させていただきますっ」

 

 あたふたと長波は、脇に下がった阿武隈の湯飲みに茶を注ぐ。そして、中央に躍り出ると胸元からレーザーポインタを取り出した。

 

「えっと、阿武隈さんの副官を拝命した長波ですっ。頑張りますので、宜しくお願いしますね」

 

 すかさず初霜が口笛を吹いて冷やかした。島風には、あまり悪意のあるようには聴こえなかったが、直後すぐに隣の若葉が肘で小突く。

 どうやら初霜は、姉の若葉には頭が上がらないようだった。

 そして、ゴホン! と咳払いをして長波は語り出した。

 

「今回のケ号作戦、その内容は……皆さんの竜骨が覚えているかと思いますが、キスカ島撤退作戦です」

 

 そう、島風も知っていた。

 忘れていても覚えていた。

 それは、この場の誰もが記憶を共有する、竜骨に刻まれた戦史……古き時代にあっては、奇跡の作戦と呼ばれた救出作戦だった。

 長波はポインタを使いながら説明を始める。

 

「現在、アリューシャン列島付近をセイレーンの大艦隊が封鎖しています。そして、その西側……アッツ島とキスカ島に友軍が孤立してしまいました」

 

 これは、いわゆる「再現」ではない。

 違う筈だ。

 だが、驚くほどに状況が旧世紀の大戦に似ている。

 かつて重桜は、枢軸の一国として連合国と戦った。太平洋でユニオンの大艦隊を相手に、互角に立ち回って見せたのである。

 ただ、それは緒戦だけで、徐々に息切れして戦局は疲弊してゆく。

 起死回生のミッドウェー海戦を前に、陽動として北の島々を占領したが、すぐに反撃にあって孤立してしまったのだ。

 長波は皆の沈黙を見渡し、言葉を続けた。

 

「旧大戦と違って、今回はアッツ島を初期に放棄し、全員がキスカ島で合流して立てこもっています。でも、セイレーンの艦隊によって包囲されてて」

 

 島風でもわかったし、話されなくても理解できた。

 指揮官を中心に、アズールレーンとレッドアクシズが共闘する形で結成されたのが今の母港である。必定、各国のしがらみにとらわれない、超法規的な艦隊運用が例外的に認められていた。

 だから、上層部の意図がどうであれ、島風たちは救出に向かうことになるだろう。

 それは、この場に集まった者たちにとっては悲願であり、至上命題だ。

 そう思っていると、背後で面倒くさそうに初霜が手をあげる。

 

「なんだいなんだい、今回はアッツ島の連中も助けられるのかい? 再現どころか、丸儲けじゃないか」

「初霜さん、でも……作戦が成功するかどうかは、まだ」

「再現かどうかは別にして、やることは一つさね。なあ、そうなんだろう? 救出艦隊旗艦、阿武隈殿?」

 

 初霜はわざと島風を真似て見せて、クククと喉を鳴らす。

 その問いに対して、あくまでも阿武隈は平常心に見えた。

 

「その通りだよ、初霜。みんなも、いいね? あてたちには旧大戦の記憶があって、竜骨に記録されている。けど、それが命を救うんじゃない。あてたちが、今を生きてる一人一人の努力が、この島の仲間を救うんだよ」

 

 その言葉に迷いはなかった。

 勿論、島風も同じ気持ちだ。

 そして、島風にとっては再現かどうかは関係ない……ただただ、悔しく終わった旧大戦のリベンジが待っていると感じた。あの時の不甲斐なさを払拭し、今度こそ奇跡に貢献する。皆と奇跡を分かち合って、今度も大勢の人命を救うのだ。

 誰の目にもそういう決意が宿って、説明を進める長波も声を弾ませた。

 

「現段階で、量産型潜水艦による救助を試みましたが、効果が得られませんでした。よって……洋上艦による救出艦隊で、一点突破。一度に全員の脱出を試みます」

 

 長波の言葉尻を、興奮して立ち上がった若葉が拾った。

 彼女が興奮にブンブンと尻尾を振ると、長波もまた同じ尻尾を呼応して揺らす。

 

「わかったよ、長波ちゃん! これはあれだね、あれをまたああやって、あーするんだね!」

「あ、えと、はい……多分、仰りたいことはわかります。キスカ島周辺はこの季節、強力な濃霧が広範囲に広がります。その白い闇に乗じてキスカ島に突入、迅速に人員を収容して離脱……昔のやりかたと一緒です」

 

 かくして、賽は投げられた。

 島風たちは今、試されている……過去において大成功した脱出作戦が、ただの奇跡だったのか? それとも、努力と機転で同じ結果を引き寄せられるのか?

 今はそれはわからない。

 こうして、旧世紀に名高い奇跡の再現が再び求められてはいる。

 島風もそうだが、この場の誰もが奇跡を欲してはいなかった。

 後に奇跡と呼ばれる、その結果論だけしか認めない……目指すは、人命の完全な救助、それだけなのだった。


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