アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~ 作:ながやん
黎明、朝もやの母港は静かに眠っている。
まだまだ日の出までは時間があって、ひんやりと空気も冷たい。潮風などは肌を痺れさせるような寒風だった。
そんな中で、島風は出港を迎える。
今、ケ号作戦のための救出艦隊に船出の時が訪れていた。
だが、周囲の先輩たちに緊張は見られない。
特に、すぐ隣であくびをする初霜などは気負いがまるでなかった。
「ふあーあ、ふぅ……やれやれ、楽隊のお見送りもなしかい?」
「あっ、初霜殿! おはようございますでありますっ!」
「朝からデカい声出すんじゃないよ、まったく……頭に響くじゃないか」
「顔色、悪いでありますよ? なにか身体の不調が」
「ただの二日酔いさね。それより」
ちらりと初霜が視線を横へと滑らせる。その眼差しを追えば、同じ重桜の駆逐艦の姿があった。皆が偽装を艦船状態にして並べる中、その少女は振り返ると駆け寄ってきた。
「おっはよー! 第六駆逐隊の響だよっ! 臨時で助っ人に来たんだ、宜しくね」
「自分は島風であります! 宜しくお願いしますぅ!」
初霜がうんざりした顔でこめかみを抑える。
だが、島風は響が手を差し出すので、固く握手を交わした。また一人、頼れる仲間がこの艦隊に集った……困難が待ち受ける中で、なんと心強いことか。
静まり返った港はまだ薄暗くとも、KAN-SENたちの心は明るく弾んでいた。初霜もあとから現れた若葉から水のボトルを受け取り、どうにか一心地といった様子だ。
やがて、キスカ島に突入するメンバーが全員揃う。
長波を連れて、旗艦の阿武隈が姿を現した。
「みんな、揃ってるね? 今回は天候の恵みが全て、運の要素が強い作戦だよ。でも」
そう、でも……島風が意気込んでいると、阿武隈は周囲の全員を見渡し大きく頷いた。
「得られた幸運を逃さず、必ず作戦を成功させる。あては、みんなとならできると信じてるよ? 奇跡なんかじゃない、あてたち重桜だからこそ掴める勝利のために!」
誰もが皆、込み上げる思いを拳に握り込んだ。
そのまま「勝利のために!」と意気込み叫んで、右手を振り上げる。
既に量産型の輸送艦も配置について、あとは阿武隈の命令を待つだけだ。皆はそれぞれの偽装を配置して、その中央に量産型輸送船を囲んで守る。
皆は先頭の旗艦阿武隈に乗艦することとなった。
もやいを解かれて今、朝日を待たずに島風たちは出撃する。
舳先に立つ阿武隈の声が、凛として響き渡った。
「全艦、抜錨! 進路を北へ……目標、キスカ島っ!」
さざなみが母港を洗う。
錨は巻き上げられ、くろがねの海神が艦首を翻す。
島風は、ゆっくり遠ざかる母港の景色に目を凝らした。遠くに白く煙る学園も、仲間たちがまだ眠っている寮舎も、ここからではよく見えない。港湾施設もまだまだ人の気配は少なく、そもそも救出艦隊の出撃は限られた者しか知らなかった。
寂しいが、軍の機密とはそういうものである。
指揮官が北方連合に出向いているため、余剰戦力にも限りがあるからだ。
だが、若葉が不意に声をあげた。
「み、見てっ! 灯台のところに誰かいる!」
思わず島風も、甲板から身を乗り出して目を凝らす。
そこに、信じられない光景があった。
独特の衣装で着飾った、それは鉄血のKAN-SENたち。ニーミを始めとする若き駆逐艦の皆が、それぞれに楽器を持ちより集合していた。
そして、意外な人物がそっとタクトを振り上げる。
初霜や長波も、驚きを禁じ得ない様子だった。
「あれは……鉄血総旗艦、フリードリヒ・デア・グローセ! こいつは驚いたねえ」
「ビスマルク閣下もいらっしゃいます! こ、これは」
その時、優美に華麗に、そして大胆にフリードリヒ・デア・グローセの腕が風を纏う。普段は砲火で戦慄を歌う女帝が、凍える空気にあたたかな旋律を広げていった。
即席のオーケストラが、少しぎこちない調べに熱を込めた。
そして、響き合う音楽は一つに交わり広がってゆく。
それは、航海の無事を祈る歌……そう、確かに歌姫の声が言葉を刻んでいた。
「灯台の上、でありますか? あれは……サラトガ殿? いや、違うであります! レキシントン殿っ!」
母港のアイドル的存在、サラトガは今は指揮官と共に北の海へ向かっている。そして、今この瞬間に詩を紡ぐのはその姉、レキシントンだった。彼女の歌声が、問うてくる。
――それでも前に進むの?
答は、既に決まっている。
この母港の仲間なら、改めて言われるまでもない質問だった。
それをわかっていて、まるで否と……否定を強請るようにレキシントンは歌う。酷く切なく、それでいて島風たちを讃えて慈しむかのように響き渡る。
答を一つしか知らぬ者が今、征く……それを迷わぬ者たちが、蒼き航路のために帆をあげる。戦えぬ者、戦いに傷付く者たちのために、KAN-SENならば撃沈もいとわずに挑んでゆくのだ。
ビスマルクの敬礼が見えて、島風たちも阿武隈の声に身を正す。
「全艦、答礼!」
皆で整列して、敬礼を返した・
ほんの一瞬、互いの視線が交わる中で想いが行き交う。
ビスマルクの隣では、小さな潜水艦のU-556も敬礼している。緊張気味の彼女は、島風と目が合ってニッカリ笑うと、突き出した拳に親指を立ててサムズアップしてくれた。
そんな仲間たちの光景が、あっと言う間に遠ざかる。
こうして、キスカ島救出艦隊は出港した。
払暁を待たず、奇跡の再現が保証されぬ北の海へと、島風たちは漕ぎ出したのだった。