アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~   作:ながやん

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第6話「母港、帰るべき場所」

 霧は、出なかった。

 どこまでも青く遠い空が、その下にいる友軍の命をさむからしめているようだった。

 この作戦は『再現』ではない。

 だが、数奇なるリフレインに島風は奥歯を噛んだ。

 思い出が、記憶が、歴史が……全てが、奇跡の代価を強請ってくる。

 そして、旗艦の阿武隈が決断を下した。その言葉が帰投後の島風に、何度でも無限に反響して聴こえてくる。

 

『帰るよ、みんな。帰ればまた、来られるからね』

 

 判断は、撤退。

 撤退作戦から撤退するという、なんとも虚しい結果になった。

 そして、母港へ手ぶらで戻った島風たちに対して……アズールレーンとレッドアクシズ、両陣営の上層部から容赦のない責任追及が行われた。

 今、島風はやっと憲兵の事情聴取から解放され、基地内の食堂に来ていた。

 ここでは皆、平和の中で華やいで見える。

 仲間のKAN-SENたちも、思い思いの時間を過ごしていた。

 

「あっ、島風……どう? 聴取、大変だったみたいだけど」

「こってり絞られたねー、その顔じゃ。なんにせよ、お疲れ様だよっ」

「あてたちにできることがあったら、なんでも頼ってね?」

 

 所属を問わず、仲間たちは優しい。だが、その気遣いからついつい逃げてしまう。あまりにも成果に乏しく、それが当然のように空振りで終わった作戦。それが、過去の奇跡をなぞるようで、なんだか島風には納得がいかなかった。

 濃霧の発生に紛れての、電光石火の撤退戦。

 流石に天候までは、KAN-SENたちには制御できないのだ。

 それができるのは、敵対するセイレーンたちくらいである。

 

「はあ、ダメダメでありますなあ……ヨヨヨ。島風、情けないであります」

 

 賑やかな空気を避けるように、島風は食堂の端っこに座った。受け取ったトレイの上には、オムライスが湯気をくゆらしている。ケチャップの匂いが、香ばしく鼻孔をくすぐった。

 だが、食欲はない。

 本来なら、大好物のオムライスを大盛りにして、スープの代わりに麺類を追加するのが普段の島風である。だが、健啖家である彼女の胃袋は今、空腹を忘れてしまっていた。

 母港に戻ってきてから、半ば拘束されるようにして根掘り葉掘り詳細を取り調べられた。

 その間ずっと、救出艦隊の仲間たちとは会うこともゆるされてない。

 

「うう、ダメダメ、ダメです! 腹が減っては戦はできぬ、ヨシ!」

 

 島風は頬をぴしゃぴしゃと叩いて、自分に気合を入れなおす。

 そうして、スプーンを手にしたその時だった。

 不意に、食堂にこれみよがしな声が響く。

 

「まったく! 割り当てられた燃料、使うだけ使ってこの結果とはな!」

「工面する我々の身にもなってほしいものだ」

「『再現』を気取ってるんじゃないのか? 旧大戦をなぞって、縁起を担いでいるつもりかねえ!」

 

 将校の軍服を着た男たちの一団が、食堂の一角で食事を始めたようだ。

 島風も何度か見たことがあるが、どうやら主計科の軍人たちのようである。主計科とは、主に物資の管理を任務とする兵站部隊の一部だ。

 必定、今回の島風たちの出撃に使われた燃料も、彼らがやりくりしてくれているものだ。

 だから、怒りと苛立ちはもっともだろう。

 そう思っても、実際に響き渡る言葉は鋭い棘となって島風を貫いた。

 

「で、聞きましたか? 少佐。ケ号作戦実行艦隊から、再出撃の燃料の申請が出てるんですよ」

「あれか、昔のキスカ島撤退作戦は二度目の出撃で成功したんだったな」

「天候に頼るなんて、博打もいいとこですよねえ」

「『再現』じゃないとしても、初めてじゃないんだから……ちゃっちゃとやってくれないとな」

 

 思わず島風は、スプーンを握る手に力が籠る。

 拳の内に食い込む爪の痛みが、音を立てているかのように感じられた。

 現状、セイレーンの大艦隊に完全包囲されたキスカ島の友軍を、一度の出撃で全員救出するための手段は限られている。

 ベストな方法、完璧な作戦は存在しない。

 ベターな手段の中から、最も安全性の高いものを選ぶしかないのだ。

 そのことを島風が噛み締めていると、不意に声が走った。

 

「男がガン首揃えて、うざったい……オレの視界でさえずるんじゃねえよ」

 

 大声ではないのに、酷く通りがよくて澄んだ声だった。

 そして、明確な憤りの吐息に震えている。

 島風が視線を滑らせると、一人の女性が腰に手を当て……男たちのテーブルに詰め寄っていた。長い長い髪をポニーテールに揺って、端正な横顔は燃え上がるような美しさ。そして、一見して粗野な口調の節々に、高貴なる意志が感じられた。

 そのKAN-SENの名は、ジャン・バール。

 ヴィシア聖座から母港へと合流した、頼れる超弩級戦艦である。

 

「な、なんだ貴様……KAN-SENだからといって、いい気になるなよ!」

「いい気になってんのはアンタらだろう。お天道様に頼ってでも、救わなきゃいけない命がある……それだけの話だろうが」

「我々とて、上層部から母港の物資管理を任されている! 無駄な燃料など一滴たりとも」

「無駄じゃねえよ。無駄なものか……霧が出るまで、何度でもやるしかねえんだ」

「それが無駄だというんだ! だいたい、キスカ島は今や重要な拠点じゃ……残された人員も、アッツ島から合流した者たちと合わせて、たかが数百人だ!」

 

 その時、食堂の空気が一変した。

 それは、渦巻く風を拳にまとわせ、ジャン・バールが右腕を振り上げた瞬間だった。

 思わず男たちも椅子を蹴る。

 だが、暴力の嵐が即座に吹き荒れるようなことはなかった。

 まるでジャン・バールに連れ添うような影が、彼女の手首を握って止める。

 

「クソッ、なんだよマサチューセッツ! 止めるな!」

「駄目だよ、ジャン。貴女が人間を殴るのはよくない」

「マサ……でも、私は」

「貴女は駄目、人間に暴力はいけないんだ」

 

 少し抑揚に欠く、酷く怜悧な声だった。

 そして、場が収まりかけたと思ったその時……不意に周囲の雰囲気が凍り付いた。ジャン・バールと比べると、炎と氷のように対照的な戦艦、マサチューセッツ。彼女が、熱して煮立った食堂の空気を絶対零度に突き落とした。

 

「――ガッ、ゲファ!」

 

 男たちの一人、少佐と呼ばれていたリーダー格が吹き飛んだ。

 マサチューセッツが、ジャン・バールを制しつつ……なんと、自分でブン殴ったのだ。表情一つ変えず、どこか眠たそうな目に冷たい炎を燃やしながらのパンチだった。

 

「ジャン、貴女の怒りを拳に乗せていいのは……ぼくだけ」

「おっ、おお、お前ーっ!」

「ジャンが殴る価値なんてないよ、この人たち。――さて」

 

 改めてマサチューセッツは、まるでジャン・バールを背に庇うように立ちはだかる。そして、改めて拳を掌の中でバキボキと歌わせた。

 勿論、男たちも黙ってはいない。

 一食触発の空気は既に、乱闘騒ぎに発展しつつあった。

 これはいけないと島風も席を立つ。

 当事者の一人として、今は味方同士で争っている訳ではないと思ったからだ。だが……重桜最速を誇る島風の介入を、あっさりと引き留める声があった。

 

「まあ待てよ、島風。だっけか? 駆逐艦が出る幕じゃねえさ、マサチューセッツの姐御に任しときな」

 

 そこには、鋭い眼差しの重巡羊羹が立っていた。その手が、一瞬で島風の肩に手を置き制止したのだ。どうやらユニオンの人間らしく、島風には野生的な美貌に見覚えがあった。

 

「ミネアポリス殿……し、しかし」

「お前が出てけば、騒ぎはデカくなる。こういう時は仲間に頼るもんだ」

 

 ミネアポリスの言う通りだった。

 そして、男たちが殺気だって拳を握った、その時だった。

 ずらりと無数のKAN-SENが一人、また一人とマサチューセッツたちの背後に立つ。

 

「卿ら、男として情けないとは思わないのか。まだやるなら、我もまた受けて立とう」

「などとグラーフ・ツェッペリンは言うけどね……どする? まだやるかい?」

「どうしてもというなら、セニョール! 次はこの私、リットリオが相手になろう」

「なにはともあれ、駆逐艦の妹たちを悪し様に言う輩は許せん。ハァハァ……許せん!」

 

 状況は一変した。

 男たちは慌てて、落とした制帽を拾うなり逃げ出す。

 その背を視線で見送って、誰からともなくKAN-SENたちは昼食に戻ってゆく。

 気付けば、背後にいたミネアポリスの姿も見えなくなっていた。

 

「皆さん……うう、ありがとうございますうううう~」

 

 誰にともなく、島風は頭を垂れた。

 やはり、国や陣営が違えど……この母港に集った皆が皆、仲間なのだ。

 そのことを深く心に刻めば、不思議と忘れていた空腹感が思い出される島風だった。


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