アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~   作:ながやん

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第7話「今は雌伏の時」

 島風は再び、決意も新たに戻ってきた。

 救出艦隊が集う、臨時編成用の港に。

 そこには、予想もしなかった光景が広がっていた。

 

「班長! 初霜ちゃんと若葉ちゃんの偽装、整備完了であります!」

「いよーし、もうすぐ二人とも戻ってくるからな! 長波ちゃんは!」

「磁気魚雷への換装中です! 三十分、いえ……あと十五分ください!」

「阿武隈ちゃんの偽装は、真ん中の煙突を白く塗り潰しましたがいいんですね?」

「昔はこうやって、ユニオンの軽巡に見えるようにしたんだが……セイレーン相手でもまあ、ゲン担ぎみたいなもんだな!」

 

 港では、多くの人たちが働いていた。

 皆、活気と情熱にあふれている。

 普段から偽装の整備をしてくれてる男たちが、いつも以上に熱心な働きを見せていた。どの艦も、まるで今しがた建造されたかのようにピカピカである。

 そして、どうやらまだ艦隊の仲間たちは戻ってきていないようだ。

 だが、島風を見つけた何人かが駆け寄ってくる。

 

「島風ちゃん、災難だったね! 随分お説教されたんじゃない?」

「SGレーダーの感度、上げておいたよ。汎用パーツが回ってきたからね……色々うるさい連中だけど、主計科の奴らもわかってはいるんだよなあ」

「あとで時間がある時に、偽装の調子を見てくれよ。なに、いい仕上がりさ!」

 

 島風は圧倒された。

 そして、気付けば視界が滲んで歪む。

 涙ぐんでしまったことに気付いて、慌てて手の甲でごしごしと瞼をこすった。

 いつもの笑顔でピンと耳を立て、居並ぶ整備班たちに大きく頭を下げる。

 

「あっ、ありがとうございます! 整備の皆さんに感謝です……島風、今度こそは!」

「なーに、霧が出なくちゃ始まらないからな」

「そうそう、阿武隈ちゃんを見なよ……ずっとあの調子で、気負いも焦りもない」

「若いのに大した子だよ。ちょうど、うちの娘があれくらいの年頃なんだが」

「面目ねえ……こうして、KAN-SENの娘たちに頼らなきゃ海を渡れないなんてな」

 

 男たちが振り返る方へと、島風も首を巡らす。

 一番奥に、艦隊の旗艦である軽巡洋艦の阿武隈が停泊している。

 その舳先に、一人の少女が座っていた。

 どうやら、水面に竿を向けて釣りをしているらしい。そして、遠目にもはっきりと阿武隈だとわかる。重桜の民の特徴である、鬼の角が小さく尖って陽光を反射していた。

 思わず島風は走り出してしまう。

 

「あとでレーダーの調子、見させてもらいますねっ! 私、皆さんの期待に絶対に応えてみせます! みんなもきっと、想いは同じですから!」

 

 腕組み頷く男たちをあとにして、桟橋へと島風は走った。

 やはり、他のメンバーは憲兵隊の聴取が長引いているようだ。

 だが、全力疾走する島風を後ろから追い抜く影があった。

 まさか、自分より脚の速い者がいるなんて……驚く島風を置き去りに、その駆逐艦の少女は阿武隈の甲板へと突き進んだ。そのまま艦首の方へ走るので、慌てて島風も追いかける。

 彼女は、同じく聴取が終わって解放された響だった。

 響はまるで食って掛かるような勢いで阿武隈に迫る。

 

「阿武隈さんっ! ただいま戻りましたっ! あと、酷過ぎます! あんまりです!」

 

 響は、第六駆逐隊の勇士、誰が読んだか不死鳥の異名を持つ娘である。その彼女が、血相を変えて両の拳を振り上げていた。地団太を踏む様は、まるで幼子のようである。

 なにごとかと、あとから会話に参加してまずは敬礼をする島風。

 だが、阿武隈はニコリと微笑み軽く手を振る。

 

「堅苦しい挨拶はいいよ、島風。それに、響。お疲れ様、嫌な目に合わせてしまったね」

「い、いえっ! 島風はなんともありません! 大丈夫です、平気です!」

「でもーっ! 私は悔しい! 霧が出ないのは阿武隈さんのせいじゃないのにー! むぎーっ!」

 

 響は、我がことのように怒って憤る。それでも、その場でじたばたとするだけで当たり散らしたりはしなかった。そして、彼女から意外な事実が語られる。

 思わず島風も、血潮が燃えて煮え滾るような内容だった。

 

「一部の人たちが、阿武隈さんは腰抜けだって! 強行突入すべきだったって!」

「ああ、そうかい。ふふ、それは困ったねえ」

「困ったではすまされないよ! だって、だって……阿武隈さんは臨時とはいえ。私たちの旗艦なんだから!」

「そうだねえ。……ん、引きが。これは釣れたか……っと、餌を取られてしまったかな」

「もうっ! 阿武隈さんっ!」

 

 島風は初めて知った。

 何の成果もなく、救出艦隊は手ぶらで戻った。キスカ島撤退作戦は失敗したのだ。そして、そのことに関して一番の批判は阿武隈に集中していた。旗艦である阿武隈には、各方面から心無い言葉が浴びせられているのだった。

 響が推しててくれくれなければ、島風も気付かなかっただろう。

 キスカ島を目前にしての撤退……その決断を下した阿武隈に、上層部の空気は冷たかった。

 

「まあまあ、響。あまりカッカしちゃ駄目だよ? 島風も、いいね?」

「私、自分のことなら受け止められます! でも……なんで阿武隈さんがこんなに悪く言われなきゃいけないんですか! 霧が出なかったのは、阿武隈さんのせいじゃないのに」

「……ありがとう、響。お前さんはいい子だね。あては大丈夫、だから怒りを収めておくれ」

 

 そっと手を伸べ、阿武隈は響の頭をポンポンと撫でた。

 とても優しい眼差しで、その瞳は安心させるように島風にも向けられる。

 だからつい、島風も声をあげてしまった。

 

「阿武隈さんっ! キスカ島撤退作戦、ケ号作戦は昔は大成功でした! みんなが奇跡だって……今回も成功します! 島風が成功させてみせます! みんなと!」

 

 気付けば島風は、両の拳を握って身を乗り出していた。

 だが、そんな意気軒昂の島風を見ても、阿武隈は静かに微笑むだけだった。

 

「島風も、ありがとう。でもね……犠牲者ゼロの奇跡の作戦なんて、本当は存在しないんだよ?」

「でも、旧大戦の時は! これが『再現』じゃなくても、前回は!」

「……島風、そして響も。よくお聞き……キスカ島撤退作戦、ケ号作戦は誰も死なない奇跡の撤退戦だった。それは、間違いなんだよ?」

 

 初耳だった。

 島風の記憶では、昔のキスカ島撤退作戦は大成功だった。濃霧に乗じて、ユニオン艦隊が完璧に包囲したキスカ島へと突入、接岸。そして、短時間で全ての人員を収容して離脱したのである。

 勿論、その奇跡のカラクリもあとから島風は学んだ。

 当時、キスカ島への上陸作戦を画策していたユニオン艦隊は、補給のために一度包囲を解いて全軍が母港へと戻っていたのである。濃霧の中を危険な航行で進み、損害軽微ながら衝突事故を起すこともあったケ号作戦実行艦隊は……実は、誰も包囲していない無人の海を突っ走っていたのだった。

 それも今は昔の話、現在はセイレーン艦隊の包囲は鼠一匹通さぬ完璧な布陣である。

 そして、阿武隈の口から意外な真実が語られた。

 

「二人とも聞いておくれ。過去のキスカ島撤退作戦……奇跡の作戦と呼ばれたあの撤退戦は、尊い犠牲の上で成り立ったものだ。犠牲はあった、大事で大切な命が失われたんだよ」

「そんな、阿武隈さんっ! 島風が調べた限りでは、そんなことは。私は、ちゃんと過去の歴史を学びました!」

「島風、歴史は時にセンセーショナルな部分だけをフォーカスして残される。でも、現実は……真実は違うんだよ」

 

 阿武隈は釣竿の針に餌を付けなおして、ゆるりと海面に投げ放る。

 そして、釣り糸が浮かべる波紋を静かに見詰めながら言の葉を紡いだ。

 

「キスカ島撤退作戦……ケ号作戦の成功に際して、民間人の協力が多大な影響をもたらしたんだよ。旧帝国海軍に言われて、沢山の漁民が船を出して偵察してくれた」

「……そ、そうだったんでありますか? 記録にはそんなことは」

「軍部に強制される形で漁船を出した者たちの何人かは……帰らなかった。ユニオンの艦船に撃沈されたんだね。あてたちは軍艦、KAN-SENだ。闘うために生まれた船なれば、戦没は当然……でも、漁船は違うと思ってね。そのことを思い出すと――」

 

 阿武隈の表情は穏やかで、ともすれば諦観の念を感じる。

 彼女は知っていたのだ。自分が祭り上げられた奇跡の裏側に、軍が隠していた犠牲が存在したことを。そして、二度目の作戦でそれを絶体に再現したくない。いわゆる『再現』ではないのだから、絶体に犠牲を出すまいと心に決めているのだ。

 そして、その想いを共有している仲間たちが気付けば背後に並んでいた。

 

「そういう訳さね、島風。響も。いいんじゃないかい? 言いたい奴には言わせておけばいいんだよ。ただ、あたしたちが信じて従う旗艦は、阿武隈さんだけさね」

「初霜の言う通りだよ! 私でもわかる……ここは、名を捨てて実を取るってやつなんだ」

「ええ、ええ。長波も副官としてベストを尽くします!」

 

 ようやく再び、ケ号作戦実行艦隊……救出艦隊の全員が勢ぞろいした。

 そして、皆の顔を見渡し頷いて、阿武隈も立ち上がる。

 

「すまないね、みんな……肩身の狭い思いをさせてしまってる。でも、あては奇跡をもう一度欲して望む気持ちはないんだよ」

 

 とても優しくて温かくて、そして強い声音だった。

 阿武隈は釣竿を適当に揺らしながら、ゆっくり立ち上がる。

 

「上層部の批判、周囲のあれこれはあてが引き受ける。あてはこう見えても面の皮が厚いからね……みんなは気にせず、次の再出撃に備えてほしい。いいね?」

 

 その場の誰もが、身を正しての敬礼で応えた。

 勿論、島風も全身に心地よい緊張感が満ちてゆくのを感じる。ただ、同時に思うのだ……絶体に阿武隈は間違っていないと。あの状況で強攻突入していれば、救出艦隊は全滅だった。濃霧に身を紛れさせていなければ、圧倒的な戦力差に押し潰されるだけだったのだ。

 今、島風ははっきりと感じていた。

 霧が発生せず撤退を余儀なくされた、なにも成果を持ち帰れなかった仲間たちの全員に……確かに連帯感が強まり、享有する意志と覚悟とが確かなものになってゆく感覚がはっきりと感じられるのだった。


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