アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~ 作:ながやん
それからの日々は、忍耐に次ぐ忍耐だった。
島風たちは改めて作戦を見直し、何度も確認作業を繰り返した。細かな問題点を洗い出し、あらゆる不測の事態に備える。そうした時間もしかし、やりつくしてしまった。
今、あてがわれた詰め所で島風たちは無為に時間を費やしているのだった。
「……島風、ちょいとお待ちよ」
「はい、待ったですね! 何手戻しましょうか!」
島風は今、初霜と将棋を指していた。
もう既に、人事を尽くした。
あとは天命を待つばかりである。
だから、各々自由にリラックスした時間を過ごしていた。若葉は先程から新聞とにらめっこしているし、長波は静かに文庫本を読んでいる。響は偽装のチェックで軍港に出ているし、阿武隈も司令部に呼び出されて留守にしていた。
なんでも、今日また追加で補充人員が来るらしい。
「二手、あいや、三手戻しとくれ」
「はいっ! では」
「……よく覚えてるもんだねえ。ふふ、頭の回転が速い子は嫌いじゃないけど」
「エヘヘ、そう言われましてもー、ふにゃあ」
ゆったりとした時間は、まるで永遠に続くかに思われる。それくらい、穏やかで平和だった。だが、誰一人として忘れていない……こうしている今も、この瞬間も友軍はセイレーン艦隊に包囲されているのだ。
誰もが顔には出さないが、焦れている。
島風にはそれがひしひしと感じられたし、自分もそうだ。
初霜など、最近は酒と煙草が少し増えたようにも思える。
「さて、と。それじゃ、気を取り直して……王手さね!」
「はいっ、飛車でガードです!」
「その飛車を取って、と……さて、どう攻めようかねえ」
「王様を逃がします! ささ、初霜殿……初霜殿?」
島風の将棋は爆速、神速の早指しだった。
勿論、ちゃんと考えているし、何手も先を読んでいる。だが、初霜がゆっくり駒を動かした瞬間、即座に対応して島風は自分の手を指していた。
なんだか、初霜が眉根を寄せてフラットな表情になる。
「ちょいと、島風? お前さん、もっと考えてお指しよ」
「考えてますよ? あと、初霜殿はあと七手で詰みです」
「な、なんだって? どうして……あれがこうなって、ここで、こうなって……ええい、頭の回転が速過ぎる子はいやだねえ!」
「お褒めに預かりー、ニフフ」
「褒めちゃいないよ、まったく」
こうして、盤面がまた難しい局面になった。
初霜も今度は用心しているのか、島風の勝ち筋がかすんで消えてゆく。
だが、そこからが将棋は面白い。
時間潰しの気まぐれであることも忘れて、島風は再び頭脳をフル回転させた。
向かいの初霜が立ち上がって敬礼したのは、そんな時だった。
若葉や長波も同じで、慌てて島風もそれにならう。
詰め所に、旗艦の阿武隈が戻ってきたのだ。
「ああ、そのままで。あてにそんな、堅苦しくするんじゃないよ」
いつも阿武隈は、涼し気な笑顔で余裕に満ちている。常に聡明で冷静沈着、そして鋼のような決断力を持った頼れるリーダーだ。重桜でも赤城や天城、長門といった重鎮の信頼も厚く、偽装の改造を受けた海のサムライである。
その阿武隈が、皆を見渡し島風に近寄ってきた。
「おや、将棋かい?」
「阿武隈姐さん、聞いておくれよ。島風があたしをいじめるんだよう」
「ふふ、なにをそんな……初霜、ここに桂馬を張って四手先、詰むよ」
「ほへ? ……あ、ああ、うん、そうさね! あたしも今、そう思ってたとこだよ!」
逆に島風は、思わず「はわわ!」と声をあげてしまった。
一瞥しただけで、阿武隈は盤面を塗り替えてしまったのだ。
だが、彼女は背後を振り返って誰かに入室を促した。
「入っておいで、風雲。みんな、新しい仲間を紹介するよ」
おずおずと、新顔の駆逐艦が皆の前にやってきた。
なんだか、伏せ目がちな暗い瞳の娘である。
そして、妙にテンションも低く覇気が感じられなかった。
「ども、風雲です……やることはやるので、よろしくです」
明らかに、いつもの仲間たちとは空気が違う。
この場に響がいたら、真っ先に声を上げていたに違いない。
だが、咎める様子もなく阿武隈は隣に招いて、そっと風雲の肩を抱く。
「みんな、風雲の面倒も見てやっておくれ。そうだね……島風」
「は、はいっ! ……わ、私ですか?」
「うん。風雲のことを頼むよ」
「はあ……」
とてとてと風雲が歩み寄ってきて、島風の腕に抱き着いた。
一瞬で懐かれたようだ。
それはいいのだが、島風に新しい後輩ができたようである。
なんだかこそばゆい嬉しさが込み上げる。
だが、間近で顔を寄せてくる風雲は、そんな島風の期待を木っ端微塵に粉砕する。
「島風先輩……風雲はやればできる子なので、よろしくです」
「は、はあ……ええ! はいっ! なんでも島風にお任せですよ! わからないことや困ったことは、なんでも島風に言ってください!」
「とりあえず、その暑苦しい感じの……やめてもらっていいですか」
「……なんと! わ、わかりました。えと、じゃあ」
「作戦の概要は全て事前に理解してます。その、あと……仲良く、して、ください」
なんとも難しい後輩だなと思いつつも、島風のやる気がむくむくと身をもたげてくる。少し不器用な子なのかもしれないが、そんなことは島風には関係なかった。
また一人、頼もしい仲間が艦隊に加わってくれた。
そして、初めて島風に守るべき後輩ができた。
さらには、待ちに待った一報が飛び込んでくる。
転がるようにやってきたのは、響だった。
「阿武隈さん! みんなも! 気象台から入電だよっ! キスカ島周辺に濃霧発生! 霧が出たっ!」
誰もが身構え、場の空気が一変した。
島風の腕に抱き着く風雲さえも、身を強張らせる気配があった。
皆がそうするように、島風も首を巡らし阿武隈を見詰める。
彼女は大きく頷くと、すぐに命令を下した、
「全艦、出撃。今度こそみんなを連れ帰るよ」
乾坤一擲……ケ号作戦、再発動。
すぐに皆が皆、準備に向けて走り出した。
「よーしっ、風雲殿っ!私たちも行きますよ!」
「うーい」
「ガクッ! て、テンションが……」
「こう見えても風雲はやる気に満ち溢れてます。……はぁ、部屋でゴロゴロしてたい」
なんだか風雲はぼんやりとしたイメージだが、島風はその目を見て察した。誰もがそうであるように、風雲もまた瞳の奥に強い意志の炎を燃やしているのだった。