アズールレーン二次創作 ~ たとえただの奇跡でも ~   作:ながやん

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第9話「沈黙の白い闇」

 緊急出港で島風たちは母港を出た。

 こんどこそ、見送りも楽隊の演奏もない。

 そして、もう失敗は許されない。

 緊張感に満ちた航路は、同胞救出のための艦隊を北へといざなった。やがて、徐々に周囲の空気が滲んでぼやける。すぐに島風たちは、濃密な白い闇に包まれた。

 旗艦である阿武隈の声が響き渡る。

 

「みんな、それぞれ自分の偽装へ。量産型輸送艦は味方同士の衝突事故に気を付けて!」

 

 一斉に駆逐艦たちが甲板を走り出す。

 旗艦阿武隈の偽装に集っていた島風たちは、すぐに散って自分たちの偽装へと戻った。普段は艦船の姿をしているが、戦闘時には島風たちへと装備されるいわば分身だ。

 島風はそれとなく、風雲に注意を払って視線でおいかける。

 世話を任されているが、風雲はテンションこそ低いもののやる気は十分なようだった。

 

「風雲殿っ! 島風から離れないでくださいね。このままキスカ島へと突入しますっ!」

「はーい。艦同士の距離を密に……でも、ぶつからないようにっと」

「今回は戦闘が目的ではないので! 量産型輸送艦にも目配せを」

「はいはい、大丈夫ですよっと。……! あ、あれは! 島風先輩!」

 

 突如、前方に巨大な影が現れた。

 ミルクスープのような濃霧の中でゆっくりと近付いてくる……それは巨大な軍艦だった。

 セイレーンの量産艦である。

 そのサイズは、旧大戦の艦艇である島風たちよりも巨大だ。そびえる山の様に、見ればそこかしこに息を潜めて量産艦が配置されている。

 そこからは、戦意も殺気も感じない。

 まるで抜け殻のような巨艦が、整然と大艦隊を展開していた。

 

「これが……セイレーン。す、凄い数です」

「風雲殿、大丈夫ですよ。向こうはこの霧でこっちが見えてません」

「こんな大艦隊を見るのは初めてです……もう、帰りたいです」

「まあまあ、そう言わずに」

 

 まるで、墓地をゆくように静々と救出艦隊は進む。

 阿武隈を先頭に、単縦陣での航行……息を殺すような瞬間の連続で、思わず島風もゴクリと喉がなった。自分を乗せた重桜最速の偽装も、今はゆっくりと慎重に進む。

 見れば、後方の風雲も量産型輸送艦を守りながらしっかりついてくる。

 

「しかし、焦れるでありますなあ……胃が痛くなりそうであります」

 

 自然と呼吸が浅くなり、額に汗が滲む。

 時折頭上を通り過ぎる爆音は、セイレーンのジェット戦闘機だ。

 この濃霧の中でも、セイレーンは艦載機を運用する技術を持っている。現代の地球において、人類の科学力を凌駕する力がセイレーンには与えられているのだ。

 それは誰から? 何故? そして、どうやって?

 全ては謎に包まれている……ただ、はっきりとしていることは一つ。

 セイレーンは人類から海を奪い、その発展と繁栄を妨げる敵なのだ。

 

「島風せんぱーい、ちょい取り舵です。前見てくださーい」

「わかってますよぉ! ひええ、これは肝が冷えますなあ」

 

 一際巨大な艦が目の前に現れた。

 恐らく、量産型艦隊の旗艦だろう。それ自体が島のように大きく、絶壁がそそり立っている。どうやら超弩級の巨大空母のようである。

 そのわきを、静かに救出艦隊はすり抜けた。

 やはり、霧で相手はこちらに気付いていないようだ。

 まるで、眠る龍の巣を征くような緊迫感。

 この場で誰かが失態を犯せば、あっと言う間にセイレーン艦隊は牙を剥いてくるだろう。しかも、その大艦隊のド真ん中に今、島風たちは潜入しているのだ。

 だが、ようやく前方が明るくなってくる。

 

「セイレーン艦隊を抜けたであります!」

 

 そこからは打合せ通りだった。

 全艦、最大船速でキスカ島へ突入。

 徐々に島風たちは増速し、静かに敵の包囲網を突破してゆく。

 振り返れば、恐るべきセイレーンの大艦隊が濃霧の中へと消えていった。

 同時に、前を向けば小さな島が見えてくる。

 ここからは速力が武器だ。

 速やかにキスカ島の全員を保護し、霧に紛れて脱出する。この濃霧がまだ持ってくれているが、いつ晴れるかは誰にもわからない。時間との戦いは既に始まっていた。

 前方で初霜が叫ぶ声が聞こえる。

 

「港が見えたよ! 湾内に突入する! 若葉姉さん、アタシと周囲の警戒を!」

「打合せ通りだねっ! よーし、いい調子!」

「若葉姉さん、声が大きいさね……ふふ、でも上手くいけばこのまま」

 

 島風たちにも、はっきりとキスカ島の港湾施設が見えてきた。

 そして、真っ先に阿武隈が港へ強硬接弦する。

 そこには、絶望に沈む人たちの姿があった。その誰もが、やつれた顔に瞳を輝かせて出迎えてくれる。セイレーン艦隊に気付かれるのではと思うくらいの、大歓声が上がった。

 

「見ろ! あれは……重桜の救出艦隊だ!」

「上層部はまだ、俺たちを見捨てていなかった……!」

「今すぐ全ての人員に集合をかけろ! 脱出するぞ!」

「すぐに資材を運び出せ! かならず指揮官の母港に物資を届けるんだ!」

 

 量産型輸送艦から、次々と内火艇が降ろされる。

 喜び勇んで飛び上がる者たちの中には、自ら海へと飛び込む者たちの姿まであった。

 島風も思わず、胸が熱くなる。

 耐えに耐えて耐え抜いた、その結果が今、目の前に広がっていた。

 隣に並ぶ風雲も、大きく見開いた瞳を輝かせていた。

 

「凄い……本当に、あの大艦隊を突破して、来ちゃった」

「そうでありますよ、風雲殿! これもみんなが頑張った結果なのであります!」

「あ、あれ! 島風先輩、あそこに!」

「んー? おやおや、あれはー? さて、これはまたどうして」

 

 風雲が指さす先、桟橋に集まる人影の中に見知った人物がいた。

 それは、巨大な荷物をうずたかく背負った明石だった。普段は母港の購買部にいる筈だが、妙な場所で見かけたものである。

 明石は、他の者たちと同様に艦から降り立った阿武隈へと駆け寄っていた。

 すぐに島全体が活気に包まれ、誰もが忙しく動き出す。

 遅れて来た長波と響が、島風たちにそっと教えてくれた。

 

「明石さん、確かアッツ島への補給物資運送中に巻き込まれたって聞いてました」

「そういえば、購買部で不知火さんがそんな話してましたね。で、あの大荷物は」

「商品、でしょうか……ちょっとあの量、大丈夫なのかしら」

「明石さんらしいなあ、ははは」

 

 だが、すぐに島風は異変を察した。

 阿武隈がなにかを話している。そして、それを聴いた誰もが顔色を変えていた。

 なにより、明石が目を白黒させているのである。

 慌てて島風は偽装から飛び降りると、桟橋を走り始める。

 せっかく助けに来たのに、なにやら不穏な空気が渦巻き始めているのだ他t。


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