ノーペイン/ノーサルベイション   作:AN-94

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何かカッとなってやりました。


雑費 ¥7632

「三番卓と四番卓のオーダー完成。五番のは今からやるからちょい待って」

「そろそろ客足途絶えるからそれ終わったら休んどけ」

 

 喫茶リコリコのランチタイムは割と忙しない。

 本来ならおやつ時にまったりとするのが、この店の本来の雰囲気ではあるのだが、少年の意向で始めたランチタイム限定メニューが思いの外人気になってしまい、調理担当の少年本人が一番忙しく働いているし、店の売り上げに貢献しているので誰も文句は言えなかった。

 

 今も店長のミカに休むように言われたが、それで休むところを誰一人として見たことはない。

 

 そんなワーカーホリック気味なリコリコの経営者の少年の名は桑雪雫(くわゆきしずく)。現在十七歳。

 親がリコリコを建ててしばらくした頃にとある事件で亡くなってしまったせいで、協力してくれる大人が居たとは言え店を十年は守ってきたのである。

 朝はランチの仕込み、昼にはランチの調理、それ以降は彼目当てのマダム達の対応。閉店後のボードゲームタイムもきっちり楽しみ、経営のために帳簿やシフト管理をしていて高校には通っていない。

 

「もうそんな時間か。おい、ランチ看板しまってこい」

「はーい」

 

 雫が顎で使った少女の名は錦木千束。雫の十年付き合いのある幼馴染かつ、リコリコの接客担当の一人。

 二人の関係はあまり良くない。十年前に起きた事件がきっかけなのだが、周りの大人が気を遣っても改善出来なかったため、誰も口を出さなくなってしまった。

 

「お前、未だに名前呼ばないんだな。そろそろ十年だぞ」

「忘れたんすよ。物覚え悪いし、それこそ十年も経ってますし」

 

 嘘である。

 ここ十年は雫が千束の名前を呼んだことはないが、名前を忘れたことは一度もない。

 

「さ、こっからは選手交代で、お願いしますよ。店っ長」

「はぁ……お前なぁ」

 

 雫は調理用の甚平から接客用の物に着替えるためにミカにバトンタッチして更衣室に入る。

 彼の休憩時間はこの着替えのタイミングのみで、それもほんの一瞬である。

 私服言える服はボードゲームを終えた後、寝る時に着る部屋着位しかない。故にその日一番長い時間着用するという意味の普段着は接客用の制服しかない。

 着替えを終えた雫が戻ると、この時間を狙って来店したマダム達に微笑みながら軽く挨拶をして、すぐにオーダーを伺いに行った。 

 

「いつものセット、ですね。かしこまりました」

 

 結局はこの時間も雫に注文を伺われたい常連マダム達は彼の取り合いにならないために各々時間をずらしてまばらに来客があるせいで、閉店まで適度に忙しい時間があるのだが、今日はそうでもなく雫が待機用の椅子に座って扉を眺めるしかない位に客足が途絶えていた。

 その様子を見たミカも用事があると言って出掛けてしまい、今日は休みを出してしまったので他の従業員もおらず、今は雫と千束しかこの場に居なかった。

 

「暇だねー」

「黙れ、閑古鳥」

 

 とんでもない悪口が飛び出しても千束は顔色一つ変えずに勝手に喋り続ける。罵倒されることはいつもの事なので傷つきはするが今更気にしていない。

 

「新メニューとかさ、考えないの?」

 

 ここがボーダーライン。雫が返事をするか、無視をするか。どちらにしても千束は構わないのだが、前者ならばそこそこ嬉しい。

 そんな期待の眼差しを彼に向けること数瞬。

 

「……はぁ、食ったら喋んなよ」

「よっしゃぁっ!」

 

 ため息を吐いて雫が再び厨房に立つ。ランチの余り物を使って賄いを作ることにした。彼は空腹ではないが食べずに働くと夕食まで何も口にしないので周りの人間に「飯だけは食え」と口酸っぱく言われるのである。

 それならば、回りくどくはあるが新メニューの開発を兼ねた賄いを作って千束に毒味させつつ、自身も食す方がマシ。と考えた。

 

(卵と揚げ物用の衣と海老と……細々とちょこちょこ残ってるな)

 

 冷蔵庫内の食材を見て何を作るかを思案する。

 ただの賄いならエビフライを作って終わりだが、それだけでは意味がない。これは一応新メニュー開発なのだ。ただ作って美味しく食べつつ残った食材を処理して終わり、という訳にはいかない。

 ちゃんとその日の注文の傾向やランチタイム以外で使う材料かどうかも吟味する必要はある。

 

(この分だと、まぁ、この曜日限定メニューとかにするのが差し支えないか。閉店してボドゲ会終わったらポップでも作って来週張り出そう……美味しければの話だけど)

 

 大体の調理工程と所要時間を計算しながら雫は調理を始める。

 あれやこれやと厨房で真剣な顔をしながらせっせと動いている彼の姿をカウンター越しに見つめる千束は、ちょっとした役得を楽しみにしていた。

 毒味扱いされているのは重々承知している。それでも彼に殺されても文句は言えないような事をしてしまった自分を歪ではあるが、賄いを作ってくれる程度には受け入れてくれている事実だけあれば千束は満足だった。

 

「海老の卵とじ定食」

「おー、良さそうじゃん」

 

 余ったランチ用の海老二本をフライにした物を卵でとじ、それに合うように味噌汁と小鉢を二品ほど添えた定食が出された。

 普段は見映え重視で頭の付いている海老を使っているが、今回は熱を持っている状態で鉄板に入っているので頭は外してある。

 

「「 いただきます 」」

(まずは海老から一口……)

 

 雫は出来立ての味を確認しておくのも含めてメインの海老を箸で一口大にしてからトロトロになった半熟の卵でくるみ口の中に入れて咀嚼する。

 

(フライの衣の塩味と甘めに仕立てた卵が白米を進めさせる。箸休めに小鉢の小松菜のお浸しを……さっぱりしていて良い……揚げ物メインのメニューは用意してなかったしこれを機にメニューに増やすか? いや、今の忙しさに揚げ物をそんなに面倒見てる暇は……厨房に一人追加しないと厳しいな)

 

 最初は味のレビューをしていたにも関わらず、すぐに店のメニューのことを考えてしまった雫は自分の不向きを呪いながら少しカウンター越しにいる千束の反応を待った。

 

(味は……横の毒味役が判断すれば大体問題はないだろう。癪だけど)

「ウマ~!! これレギュラーにしないの?」

 

 味は合格。

 普段から口にするものは美味しくあるべきと発言している千束の舌だけは雫からの数少ない信用と信頼があるポイントである。

 しかし、彼の選んだ言葉は「良かった」とか「ありがとう」とかではなく──。

 

「黙って食え」

「素直じゃないなぁ」

 

 完食後にまた静寂が訪れる。

 雫にかまってちゃんするには、これ以上は本気で拒絶されかねない上に、彼は彼で備品のチェックを行っているのでそれを邪魔すると口すら聞いてもらえなくなるので、千束は、来客用の扉からは見えない位置でスマートフォンを弄り始める。

 

(お手拭きが足りないな……バックヤードに取りに行くか)

 

 雫が一度店のバックヤードを兼ねた更衣室の扉を開く。

 

「お手拭き……お、て、ふ……」

「おはようございます。お手拭き──」

 

 バタン! と数秒固まったが、雫は勢い良く扉を閉じた。

 更衣室には最近リコリコの所属になって働くことになった井ノ上たきなが着替え途中で、下着姿だったのだ。

 それを見た雫は急いで思考を無に帰して別のことに思考を走らせながら肩で息をして、クールダウンを図る。

 ちなみに下の色は黒だった。

 

(何でたきなが更衣室に? 今日は休みを出してた筈なのに何故? というかトランクス? この前の普段の下着の話か? いや、トランクスは今はどうでもいい。店長が呼んだ? では何故俺に連絡がない? まさかランチ切り替え時のタイミングで呼んだ?)

 

「あの、お手拭き取りに来たんですよね?」

「ほ、ほわぁぁあぁぁぁあぁ!?!?」

 

 下着姿でたきなが扉を開けてお手拭きを渡された雫は受け取りながら余計な所は見ずに、かつ扉を閉じながらその回転で後ろを向いて心臓の辺りを手で押さえた。

 

「大丈夫!?」

「……すぅぅぅ、はぁ。

 なぁ、女子ってトランクスって履くもんなのか?」

 

 雫の叫び声を聞いて飛んで来た千束を見た瞬間にクールダウン出来たつもりの彼は本人視点でつかぬことを聞き始める。

 

「いや、そんな訳ないじゃん」

「だよな……というか店の方誰も居ない状態にすんな。大丈夫だから戻れ」

 

 しっしっ。と雫は手を振って千束をこの場から立ち去られせる。

 一先ずは落ち着いて、扉をノックしてたきなの返事を聞いてから開けると今度はちゃんと店の青い制服をきたたきながそこに居た。

 

「何だったんですか?」

「何もクソも……あー、もう……明日ちょっと話あるから面貸せ。非番なのに今日来たなら明日は休みにさせる。俺も休みだし、詳細は後でな」

 

 本来なら365日間働ける雫なのだが、ミカを始めとした周りの大人がそれを許さなかったため、週一度に休みが配置されていて、その休みが明日である。

 基本的にはシフトも自由に決められる立場なのだが、そうしないと休みを二日に増やすという意味が逆の脅しを掛けられた彼が渋々承諾した経緯がある。

 そして、経営者の特権を使ってたきなの休みを明日にねじ込む。

 

「分かりました」

 

 簡潔に返事をしたたきなと共に店に戻ると、特に何もなかったらしく暇そうに千束が飲み物を啜っていた。

 

「んー、あ。そいや、先生の代わりにたきなが来るって伝言忘れてた」

「……仕事はしてくれよ」

 

 きちんと千束は自腹を切って店のレジに計上しているが、それはそれとして仕事中に堂々と休憩されると何か言う気も失せた。

 それから閉店時間になっても特に混雑することはなく、無事に閉店作業も終わり、自宅を兼ねてる雫と少し残ってやることがあった千束以外は全員帰宅した。

 

「……今日のボドゲは無しなら、たきなと明日のこと詰めとくか」

「うーん、今なんてー?」

「たきなと出掛けんだよ。お前はお呼びじゃない」

 

 一応戸締まりは雫が行う。そのために千束が帰るのを待ちながらメールで明日の予定を打ち込んでいると、彼女が食いついてきた。

 

「別に? 雫が誰と何してようが? なんでも良いけど? 二人でどこ行くん? というか二人でおデートすか? いつからすか?」

「面倒くせーし滅茶苦茶気にしてんじゃねーか。普通に買い物行くだけ。以上」

 

 千束を適当にあしらいながら、雫は明日の集合時間をたきなに伝えた。

 

 

 □

 

 

 翌日。雫はショッピングモールの様に出掛ける為にはある程度のオシャレをしなければいけない場所に行く用の服は持ち合わせていない。

 その為、部屋着の中で問題の無い組み合わせを考えて外に出るハメになった。

 

「お待たせ」

「いえ、別に」

 

 たきなもたきなであまり年頃の娘とは思えないTシャツとジャージという風貌で、それに並び立つ雫の方は変なよく分からない英単語の書いてあるTシャツとジャージという奇跡的に悲劇的なペアルックなアベックが、今この場に完成した。

 

「雫が洋服来てるの初めて見ました。てっきりあの和装制服しか着ない人かと」

「寝る時位は着る」

 

 斯くしてクソダサアベックはショッピングモールに向かった。

 今回の目的はたきなの下着を買うことにあったのだが、この時の雫は状況を客観的に把握出来ていなかった。

 

(そういえば近い年の女の子と、一緒に歩いたりするのなんて初めてか)

 

 ナチュラルに千束を除外しているが、彼女とどこかに出掛けたことはないため年頃の男女らしいことはしたことはないので、間違いではなかった。

 

「浮いたな」

「浮いてますね」

 

 ショッピングモールに入った二人はスレ違う人々に一瞥されながら目的地へ向かっている。

 その目的地はランジェリーショップ。男女の仲だとしてもそこに行くカップルの数は少ないのだが、このクソダサアベックはその入口に立っていた。

 

「そういえば何でこんな所に?」

「……あ、あー、店のため?」

 

(流石に下着がトランクスなのは不味い。というのをこの場で口にするものは憚られるぞ。そもそもランジェリーショップに男が居ること自体論外。でも、人に私服やら下着の指定を聞いてくるこいつが選ぶか?)

 

「そもそも、こんなの何の役に立つんですか……」

「ミズキみたいにならないためかな……」

 

 リコリコには中原ミズキという四捨五入すると三十代になる結婚情報誌を愛読している従業員が居る。

 昼間から酒を飲み、金にがめつく、ゼクシィを一緒に読むようなお相手の男性も居ない。

 恋愛やらには興味が全く無いたきなでも、そんな女にはなりたくなかった。

 

「買います」

 

 滞りなく買い物は済み、二人はショッピングモールを出て、そこから少し離れた辺りに建てられている落ち着いた雰囲気の喫茶店で休憩していた。

 雫が言うには他店の偵察と研究。という名目ではある。

 

「いつも、何かするのに店のためって言いますけど、何でそうしてるんですか?」

「俺は高校にも行ってないし、リコリコしかないからな。そりゃ色々やるでしょ」

 

 注文したスイーツと飲み物を一口ずつ口にした雫はメモを書き始めて、それを見たたきなが今まで聞きそびれていた事を聞き始める。

 

「だとしても私が言うのもアレですが、一般の年頃の男子らしくないですよ。

 ……良い機会ですし、雫の話、聞かせてくださいよ」

「……あんまり楽しい話じゃないぞ」

 

 それが今日付き合わせた報酬だと言わんばかりにたきなに、雫は自身の過去の話を始める。

 たきなはリコリコに来てから雫と千束の『仲が良い友人に見えても冷めている』という奇妙な関係が気になっていた。

 それが聞きたくて昨晩メールで、今日の買い物の報酬として、それを求めていた。

 

「十年位前に、喫茶店を始めようとしてた一人息子の居る夫婦が居たんだ。

 その夫婦は二人揃って結構お人好しで、困ってる人を見たら何でも助けたりしてて、その地域だと有名だったし、一人息子もその両親を尊敬してた」

 

 雫は何処か遠くを眺めるような顔で、コーヒーの水面を見ていた。

 彼の中で、とても大切な物を紐解くようで、しかしあまり良いものではない記憶であろうことはたきなでも理解できた。

 

「ある日、両親の人助けに習って、息子がたまたま見掛けた迷子の女の子を、開店間近のリコリコに連れて行った。

 丁度、おやつの時間で、両親が作ってくれるってことになってたから、その女の子にも食べて欲しかったんだろうな……馬鹿馬鹿しいよ」

 

 まるでその息子を馬鹿にするような嘲笑がこぼれて、雫はコーヒーを一口飲み、口を潤す。

 

「んで、喫茶店に着いたら、女の子が急に銃を取り出して……BAN!!

 見事に、知らない間に悪事に荷担してた夫婦を女の子が殺したんだよ。しかもその殺しは隠蔽されたときた」

「それは──」

「この話には続きがある」

 

 雫は指鉄砲をたきなに向けて発砲のジェスチャーをして、反動でそのまま自分の側頭部に向け、たきなの言葉を遮る。

 

「遺された一人息子は尊敬していた両親像と上っ面だけの幸せを粉々にされて、何をしたかと言うと──」

「喫茶店の運営の勉強。ですか?」

「正解。子供だけで運営なんて出来る訳なかったから知り合いの大人に頼んで店長をやってもらって、店で働きながら勉強した。疲弊してても夜中に情緒不安定になって泣き出しても、それをやり続けた。

 両親の悪事に気づけなかったこと、殺されたときに何も出来なかったこと、そういうのを引き金にして自分を殺し続けた」

 

 自身に向けた指鉄砲を発砲のジェスチャーで撃ち抜いて、その手でフォークを使ってショートケーキのイチゴ以外の部分を切り分けながら話を続ける。

 

「尊敬していた両親への失望、それでも大切な存在を喪ってしまった絶望を抱えて生きた。だけど、あの日夫婦を殺した女の子が、贖罪と左遷を理由に喫茶店で働くことになって、一つ希望が出来た」

「希望?」

「そ、希望。事件は隠蔽されて声高に糾弾しようものなら組織に消され、殺した本人は行方知れず。

 だったのに、殺した方から来たんだから、復讐することにした。内容は殺し以外なら何でも良かった。殺されたから殺すのは綺麗じゃない。

 暴力は数日で飽きた。反応が無きゃつまんないし、周りの大人にバレると面倒だからな。

 だから、罪の意識を残し続けさせるために傷を舐めさせず、こちらからも舐めずに喫茶店で働かせ続けて、そろそろ十年ってところだな」

 

 壊れている。

 今の話と、雫と千束の普段のやり取りと、雫の喫茶店運営に掛けているモノ全てを長々と他人事のように語る様は、単なる歪みというステージの話ではなかった。

 その復讐の果てに何があるのかとか、彼を受け入れ続けている千束も歪んでいるが、それ以上に常連マダムには愛想を振り撒き、ボードゲームで負ければ悔しがるし、新作のボードゲームの発売前日はそわそわしている彼のことがたきなはどうしようもなく、恐ろしくて、哀れに見えた。

 

「そんなのおかしいですよ」

「知ってる」

 




続くかは知らない。
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