ノーペイン/ノーサルベイション   作:AN-94

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手慰み


新商品会議準備5h

「そういや、この間雫とどこ行ったん?」

 

 今日は雫が休みの日。彼が居ない日はマダム達も来ないせいか暇な日になる。

 千束は彼が居るタイミングだと都合が悪かったため、聞けなかったいつぞやの休日で二人の間にあったことを訪ねる。

 

「ランジェリーショップと喫茶店ですね」

「うーん? うん? ランジェリーショップ? 喫茶店?」

「下着を買って、他店の偵察に行っただけですよ。仕事です」

 

 雫の過去はリコリコ所属の人間は全員知っている。

 しかし、あの問題はたきなには部外者過ぎたし、首を突っ込む程の関係ではない。だから、その話は触れないようにした。

 が、それはそれで爆弾発言である。宇宙千束は椅子の上から転げ落ちた。

 

「下着だぁ!? え、出掛けるとは聞いてたけど、え? そんな雄と雌な関係!?」

「経営者と従業員ですが?」

 

 十年間、千束があらゆる手を尽くしても出来なかったことを、たきながたった数ヶ月でやってしまったのだ。別に戦っている訳ではないが、負けた気がした。

 

「嘘だと思うなら聞けば良いじゃないですか。

 どうせ休みの日は、この店の居住スペースで資格の勉強か料理の試作でもしてると思いますよ」

「経営者のプライベートにやたら詳しいな、おい」

「そういえば、雫のこと何で好きなんですか?」

 

 たきなは千束から雫に対する感情は大体察してはいたが

雫の話を聞いた上で、あの態度の理由を知った上で、尚、千束がリコリコに居続ける理由がわからなかった。

 なので、自身が直接聞くのが合理的だと答えを出した。

 

「あー……それね。もしかして、雫から昔の話聞いた?」

「いえ、気になったので。ほら、よくガールズトークしたがるじゃないですか、それです」

 

 たきなはリコリコに来たばかりの頃に、よく「好きな男の子とか居るの?」とかよく聞かれたことに、少し鬱陶しさを覚えたため、その仕返しも兼ねているのはまた別の話である。

 

「……そうだなー、雫と初めて会った頃にちょっと色々あってー、そっから五年後位? だから大体五年前かな」

「それ、雫が小学生卒業位の頃ですよね」

「まー、そんな時期だね」

 

 二人とも、リコリスという立場の都合で学校には行っていないが何となく節目の時期で何かがあったことは分かる。

 何となく、千束がその頃のことを大切に思っていることが表情からよく伝わってきた。

 

「あの頃、先生と雫が進路の事で大喧嘩したんだよね。雫が中学にも行かずに働くって言い出して、それで先生が怒鳴って、大変だったねあん時は」

「そんな事が……でも結局は中学は入学して卒業までしたんですよね?」

「うん、でね。

 小学校卒業前に、夜中に二人が話してること聞いちゃって、雫があそこまで頑張ってる理由知っちゃってさ。それで好きになっちゃったんだよ。そんだけ! はいこの話終わり!」

 

 千束がコーヒーを飲み干して、話を打ち切る。

 たきなとしては、その話していた内容を知りたかったのだが、それを追求したら「乙女の秘密」とはぐらかされてしまい、結局モヤモヤする羽目になった。

 

 

 □

 

 

 雫が目を覚ますと、自分の部屋の天井が視界に入った。

 休みの日に体力という名の電池が切れたのか、睡眠のサイクルが少し変わっただけなのか。

 

「どっちでもいいか、そろそろ時間だ」

 

 明日は定休日だが、雫にとっては裏作業や食材管理の為に結局一日中働く日なのであまり休みという感覚はない。

 最近は寝付きが悪く睡眠時間が足りていない。

 

「おーい、起きろー! 飯~!」

「食っちゃ寝しやがって……」

 

 そして、つい最近の話だが、独り暮らしだった雫の元に同居人が一人増えた。名をクルミ。リコリコの裏の仕事の都合で匿う事になった少女である。

 本来なら居候させる代わりに、家賃を取るところなのだが、なまじ裏の喫茶店の裏方作業や株の投資で利益自体は出しているので、文句が言いにくい。

 

「ボクは今、米の気分だ」

「はいはい」

 

 もう一つ変わったことと言えば、夕飯を必ず作らされるため、普段の雫の食生活が一日一食が一日二食に改善された。

 クルミの分だけ作るにしても、それは面倒臭く、食べきれない物が出てきた場合は雫が食べるしかない。それなら最初から二人分作った方が計量の上でも楽。という理由もあるにはあるが。

 

「ニラ玉で良いな?」

「任せる」

 

 雫は何とも投げやりなリクエストに嘆息しながら冷蔵庫の中を確認する。こちらの冷蔵庫もリコリコ厨房の冷蔵庫の内容は常に把握してる故に確認する必要はないが、中身を覗いている方が集中できるらしい。

 

「スープも作っておくか」

 

 以前、餃子を作った時に使用したニラのタレ漬けと餃子用の皮と今日リコリコで余った肉団子の素と玉子を取り出す。

 

 肉団子を餃子の皮で包み、ワンタンを作る。人数分包み終えたら、鍋に投入する。

 鍋の中の水が沸騰したら火を弱めてスープの素と刻んだネギを入れる。

 鍋の火を確認しつつ、ニラ玉の調理を始める。

 ニラのタレ漬けは細かくカットしたニラをめんつゆ、アルコールを飛ばした料理酒、ダシ、ニンニクと生姜を加えて、風味の調節で胡麻油と鶏ガラの素を混ぜ込んだモノで、昔、雫の両親が定期的に用意していたものを、彼なりに再現した。

 玉子を人数分割ってニラのタレ漬けを大さじで玉子一つにつき、大さじ一杯分加えて混ぜる。

 この間に、ニラのタレ漬けに胡麻油が入っているとはいえ、風味づけ程度でしかないので、フライパンを火にかけてサラダ油をしいて温めておく。

 

「っとと」

 

 その頃には鍋が程よく温まるため、一度火を消してスープの味見ついでにワンタンを一つすくって火の通りを確認する。火が通っていたら完成。

 

「ほら、出来たぞ」

「よいしょっと」

 

 部屋の中央に用意したちゃぶ台に皿に盛り付けた料理を並べていく。

 ニラ玉とスープの匂いと白米の湯気が鼻と目を刺激して、食欲をそそる。

 

「「 いただきます 」」

 

 自身のパーソナルエリアとして使っている押し入れからクルミが出てきて、料理の前で二人揃って手を合わせる。

 最初の頃は片手で食べられる物ばかり要求されて、調理を仕事としている者として腹が立ち、雫とクルミの間でバトルがあったのは別の話。

 

「今まで聞いてなかったが、お前って千束達が外で活動してる時何してるんだ?」

「帳簿整理」

 

 仕事熱心なことで、とクルミに呆れられながら、ニラ玉を一口大に箸で切り分けて嚥下すると、旨味成分が舌の上で爆発を起こす。

 その爆発によって生まれた衝動のまま、白米を口の中に放り込む。

 そして、それを流し込むようにスープを飲み込んだ。

 あまり行儀の良い食べ方ではないと雫は認識しているが、家庭料理などというものはこういう食べ方が合う位で良いと結論着けた。

 

「ごちそうさま」

「はい、お粗末さま」

 

 雫は自分が完食した少し後にクルミも完食したのを見て、皿洗いを始める。

 水道から出る水の温度が上がるまでのたった数分で最近のリコリコは濃い出来事が多かったと思い返す。

 

(たきなが来て、今度はクルミも来て、そしたらたきなの下着買いに行って……いや、あれは備品購入だ)

 

 余計な思考を投げ捨てて、温度の上がった水で皿を洗う。

 クルミはすぐに押し入れに戻ってしまったのか、雫が振り返った時には既に姿はなかった。

 

「経営系の資格も粗方取得したし、次は何にするかなぁ」

 

 個人営業の喫茶店としてはかなりの業績を上げている自信がある。ミカの仕事の都合でテレビや雑誌の取材は断っているものの、それでも評判は良い。

 チェーンやフランチャイズというのも同じ理由で出来ない上に、雫的にはそういうのは好みではない。

 経営のために高校にも通っていない。勉学には励みはしたが、恋愛や趣味に使う時間もなく、今こうしてズルズルと生きている。

 食器は汚れ一つなく洗えたにも関わらず、スッキリしないままであった。

 

 

 □

 

 

「おいおい店長さんよぉ。乙女の下着選んだっつうのは本当かい?」

 

 翌日千束に詰め寄られた雫は面倒くさそうに備品の発注書とにらめっこしている。

 

「制服に不備があった。それだけの話」

「思春期ど真ん中の年齢の男子が乙女の下着選ぶって中々に事件だぞ。取り締まるぞ、はーん? てか、制服じゃないじゃん」

「知るかよ」

 

 近々夏用の新商品も考えなければいけない。若い女性層のトレンドを把握しておけば大体の流行には乗っかれる。

 中年層は若い女子ごっこが好きで、高齢層にはテイクアウトさせると孫にお土産として持たせられる。

 男性層はおじさんばかりなので、コーヒーと定番で問題はない。

 雫が千束のことを半分くらい無視しながら業務を進める。

 

「じゃあ、何か、全員分選べと?」

「それは本当に止めろ? 洒落にならんからな」

「はいはい」

 

 途中で千束とたきなが処理する業務が発生したせいで、休業日業務は中断となった。

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