【悲報】転生したら暗殺組織の隊員にされた件【戸籍ナシ】   作:星ノ瀬 竜牙

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ハッピーバレンタインの番外編です。
本編とは特に繋がりはありません。

なのでどの時系列にあるのかはご想像におまかせします。


甘くできているかどうかは分かりません。


番外編
Another story I "Chocolate"


 世はまさにバレンタインシーズンど真ん中。

 あちこちのデパートやお店でチョコやそれ関連の商品が売り出されている。

 

 そんな中、喫茶リコリコはといえば……

 

「なんも変わらず平常運転ですね」

 

「そりゃそうでしょ、あんなリア充限定イベントなんぞ楽しむ必要はないっつーの!」

 

「僻みすぎじゃないか、ミズキ?」

 

 グチグチ、と文句を垂れるミズキの言葉に少し呆れ気味にクルミは告げる。

 そう、喫茶リコリコはとくにいつもと変わらず通常経営であった。

 

「まあ、わざわざ限定商品を出しても売れるか分からないからな。

 それならばいつも通りが1番良いだろう。たきなに怒られてはたまらん」

 

「違いないっすね。千束は文句言いそうですけど」

 

「ははは、たしかに」

 

 ミカの言葉に、棗は全面的に同意しながらも千束は不貞腐れそうだ。と苦笑する。

 基本的に季節の催しに関しては敏感な彼女だ、節分になれば豆まきすっぞー! とやるし、こどもの日には鯉のぼりを上げたりして満喫しようとする程だ。

 今回だって何かしら考えてそうだな、と棗、ミカ、ミズキ、クルミは揃って予想していた。

 

「あれ、そういやたきなはどうしたのよ」

 

「たきななら今日は予定があるって早帰りですよ。まあ千束もですけど……なんなんですかね」

 

「はーん? かーっ! モテる男はいいわねー!!」

 

「え、なんすかいきなり」

 

 ミズキはちらり、とカレンダーの日付を見て察したのか嫌味ったらしく棗を見る。嫌味ったらしく言われた当人はなんのことかと困惑していたが。

 

「ああ、そういえば明日はバレンタインか……おい、棗」

 

「ん? なんだクルミ……っとと?」

 

 ぽい、と小包に入ったチョコ菓子を棗はクルミから投げ渡され、危なげながらもキャッチする。

 

「ボクは作ったりするのは得意じゃないしな、それにわざわざ梱包するのも面倒だ。当日は千束辺りに文句を言われそうだし、ひと足早めのバレンタインだ。勿論義理だぞ」

 

「手抜きだな……まあありがたく貰っておくが」

 

 そこら辺のスーパーや薬局で買えるチョコ菓子だったが、彼女なりのプレゼントだということも分かっているためか棗は苦笑しつつもそのチョコ菓子を受け取り、小包を破いて中のチョコ菓子を頬張る。

 

「ふむ……明日は少し忙しくなりそうだな」

 

「んぐ……ですかねぇ……チョコ関係の在庫って余裕ありましたっけ?」

 

「ああ、少なくともいつもよりは多めに一応仕入れておいたからな」

 

「なら……あのホットチョコパフェとか、一応大丈夫そうですかね」

 

 明日はその辺りのスイーツの注文が多くなるだろう、と見積もったらしい。

 在庫には余裕がある、というミカの発言に棗は安心した様子を見せる。

 

「ああ、あのう〇こパフェ」

 

「「ぶふっ……!?」」

 

「こらミズキ」

 

 ミズキがボソッと呟いた言葉で飲んでいたコーヒーを棗とクルミは同時に噴き出した。

 ミカはそれをはしたないぞ。と咎めるようにミズキに視線を向ける。

 

「だってしょーがないでしょ。アレはどっからどう見てもそうなんだから!」

 

「……まあ、そうだがな」

 

 忙しくなった要因でもあり、人気が出た要因でもあるたきな発案の問題作(パフェ)である。実際、実物を見た時はミカやクルミも絶句したほどだったし仕方ない話ではあるのだが。

 

「どの道アレも一応チョコのパフェなんで明日はたくさん作ることになりそうですね……」

 

「えー、私は嫌よ……あのパフェたくさん作るの」

 

「たきなに失礼でしょそれ……まあ前みたいに死ぬほど忙しいとかにならなきゃいいですけどね……」

 

「大丈夫だとは思うが……」

 

 唯一の不安材料である棗にミカは視線を向ける、

 

「……うん? おやっさん、なんで俺見てるんです?」

 

「いや、いつも通りなら忙しさはともかく……色々と一筋縄ではいきそうにはないと思ってな」

 

「????」

 

 毎年恒例となりつつあるとある出来事に今回も手を焼きそうだ。とミカは肩を竦めてため息を吐いた。

 当事者である棗本人は意図が掴めていないのか首を傾げていたが。

 

 ────

 

 一方その頃、千束のセーフハウスでは。

 

「と、いうわけで! 明日のバレンタインに向けて作戦会議をしまーす!」

 

「急ですね……千束が手伝って欲しいことがあると言ったので今日は早めに切り上げさせてもらいましたけど……帰ってもいいですか?」

 

「ちょーいちょいちょい! ちょっと待ってよたきなー! たきなだって花の女子高生なんだし、そのぐらい興味はあるでしょー!?」

 

 千束の急な発案に、たきなは呆れ気味に彼女を見つめて帰宅しようとする。

 当然、千束はたきなを引き留めようと腕を掴む。

 

「そもそもリコリスであって、女子高生ではないですし……別段興味もないですよ。というか、向こう(DA)にいた頃はこの時期は浮かれているリコリスが多くて鬱陶しさすら感じてましたけど」

 

「そういうことじゃないって!? たきなは季節の催しを楽しむことを考えないよね!?」

 

 思わぬ辛辣な評価に千束は心底困惑した様子でツッコミを入れていた。

 

「だって本当のことですし」

 

「うちの相棒がドライすぎる!? って、そうじゃなくて!! 

 もちろん、今じゃバレンタインってその……好きな人、に渡すのが主流だけどさ! お世話になった人とかに感謝を込めて贈る行事でもあるんだってば! たきなだってリコリコ(うち)にきて先生たちにいっぱいお世話になったでしょー? せっかくだし日頃のお礼も兼ねて一緒にチョコを作って先生や棗にプレゼントしようよ!」

 

「……まあ、確かに……店長や、棗さんにはいっぱいご迷惑おかけしたり……お世話になっていますが……」

 

 千束の言葉に一理ある、と思ったのかたきなは少しばかり考えるような素振りを見せる。

 

「でしょー? なら絶対やった方がいいって! ね! 一緒に作ろーよたきな!」

 

「………………まあ、千束がそこまで言うなら」

 

 渋々、といった様子ではあったが……たきなは千束の誘いに乗ることにしたらしい。

 

「よーし、言質とった!! じゃ! 一緒にチョコレート作って棗や先生を驚かせちゃおう作戦! スタートだ! えいえいおー!」

 

「お、おー?」

 

 そうして千束の掛け声に、たきなは困惑気味に乗っかり腕を上げるのであった。

 

 

 ───

 

「あ、これ棗くんの分ね」

 

「私もー、せっかくだしちょっといいチョコ奮発しちゃった!」

 

「わざわざすみません、こんないい物貰っちゃって……」

 

「いいのよ! せっかくのバレンタインデーだもの! 男の子はいっぱい貰って損は無いわよ!」

 

「そうそう、いっぱい貰えるうちが花だよ棗くん?」

 

「はぁ……そういうもんですか……?」

 

 翌日、バレンタインデー当日。案の定と言えば案の定であったが……棗狙いの客層がかなり多かった。チョコパフェの注文が多かったのはもちろんだが……女性客がいつも以上に多く……かつ、棗にチョコを渡す客がやたらと多かったのである。

 

 まあそんな様子を当然面白くなさそうに見つめるのは千束であった。

 モテるのはまあ分かる。棗ははっきり言って容姿が整っているし、気遣いができて料理もできる……理想の男性像だ。だからこそ、女性人気が高いのは知っているし、理解している。

 

 ……デレデレしているわけじゃない。けど、遠慮なく女性陣からチョコを受け取っている棗の姿はなんとなく面白くない。

 

「むむぅ……」

 

「千束、棗さんにチョコ渡さないんですか?」

 

「ぅっ……わ、渡したいんだけど、さぁ……」

 

 ほら、あれだし……と、視線を向ければたきなはああ……と頷く。

 

「棗さん、毎年ああなんですか?」

 

「んー……たきなが来る前はまだマシだったんだよね……基本うちってお客さんこないから常連さんぐらいしかよく通う人いなかったし……ただほら、少し前に人気出ちゃってお客さんいっぱい入ったでしょ? それで、さぁ……」

 

 ホットチョコパフェ、あれで客足が増えた結果……棗のことを知った女性層が多いのだ。そして今以上に棗のもとにチョコを渡す客が増えたというのが事の顛末である。

 

「……聞くんじゃありませんでした」

 

「あー! ごめんたきな! パフェのこと思い出させるつもりはなかったんだよ!?」

 

 そのホットチョコパフェはたきなにとってはある種のトラウマである。ふい……と視線を逸らして落ち込む様子をみせる彼女に慌てて千束はフォローを入れる。

 

「……まあ、今のは私が悪いですし気にしないでください」

 

 話題を振った自分が悪い。たきなはそう考えつつも棗がいる方向を見る。

 ……かなり笑みが引き攣り始めているがそれでもお礼を言いつつチョコを受け取っていた。

 

 あれ、もしかしてそろそろ助け舟出した方がいいのでは? とたきなはふと思った。

 

 まあ結局、そのまま助け舟を出す余裕もなく夕方辺りまで棗は女性客をたくさん捌く羽目になったのは仕方の無い話である。

 

「……死ぬ、表情筋が死ぬ」

 

「お、お疲れ様です……棗さん……」

 

「大変だったわねー、棗くん」

 

「よ、今日1番頑張った英雄に拍手!」

 

 ぱちぱち、とリコリコを閉めた後の残った常連客に拍手を送られるも死に体のまま棗は不服そうに顔を顰めた。

 

「なんで今日に限ってこんなに客を捌かなきゃいけなかったんだ……厨房が恋しい……」

 

「し、仕方ないですよ……今日は、その……バレンタイン……でしたし……」

 

「だからって俺目当てでくんなよ……注文してくれるのは嬉しいけどさ……」

 

 カウンターでぐったりと顔を乗せて棗はため息を吐いていた。

 その横でオロオロとしていたのは少し前からの常連客の中学生、(かたし) 香子(きょうこ)こと……リコリコではカナと呼ばれている少女であった。

 

「ほ、ホントにお疲れ様です……」

 

「ありがとなぁ、カナちゃん……」

 

「い、いえ……」

 

 棗の言葉に照れくさそうにするカナ。それを見ながらほかの常連客は微笑ましそうに見つめている。

 

「……青春ねぇ」

 

「禁断の恋ってやつだねありゃ」

 

 本人にその自覚があるのかは不明だが、カナは棗を見る視線が少しばかり熱い。中学生と成人した男性の禁断の恋、そういうものを傍から見るのはやはりというか少し萌えてしまうのだ。

 

「まあ、こっちは面白くなさそうだけどね?」

 

「…………むぅうう……」

 

 思いっきり頬を膨らませてご機嫌ナナメな様子をみせている千束を見て周囲の大人たちは苦笑いをする。

 分かる。分かるのだ。吊り橋効果のようなものではあったかもしれないけどカナちゃんは棗に助けられて、それで惹かれているというか……王子様のように思えてしまっているのはすごく分かるのだ。だけどやっぱり嫉妬はしちゃうし面白くないとは思ってしまう。

 

「千束、いい加減機嫌を治したらどうですか?」

 

「うー、だって棗がさー……!」

 

「そもそも私たちが手を貸せばよかったんですし、踏み込まなかった千束が悪いのでは……」

 

「ぅぐぅ……!!」

 

 たきなの正論に千束はぐうの音も出ないまでに黙らされていた。

 

「たきなちゃん、乙女心って複雑なもんなのよ」

 

「……? そういうものなんですか?」

 

「そういうものなの、ねえ伊藤さん」

 

「そうねぇ……恋する乙女にとっちゃ色々と大変なものよ?」

 

 常連客のうちの女性陣二人の言葉にはぁ……とよくわかっていない様子でたきなは首を傾げていた。

 

「あ、カナちゃんがチョコ渡してる」

 

「うわ、ほんとだわ。さりげなく気遣うように渡す辺りやるわね……」

 

「計算高い子だもんなぁ、あの子……」

 

 照れくさそうにしながらも、労うように棗にチョコを渡しているカナに、大人たちは感心した素振りを見せていた。

 

 不貞腐れている千束をあやしながら、たきなはその様子を見ていたが……

 いい加減、この不貞腐れている己の相棒をなんとか助けるべきか、と動き出す。

 

「棗さん」

 

「ん……? たきな、どうした?」

 

「いえ……その……今日は……聖ウァレンティヌスの日ですね!」

 

「お、おう……そうだな……???」

 

 しかし撃沈、いざバレンタインだと口に出そうとすると羞恥心が勝ったらしくたきなは嘘ではないが誤魔化すように別の話題を切り出してしまった。

 

「ヘタれたわね」

 

「ヘタれたね……」

 

「ヘタれちゃったなぁ……」

 

 大人組、思わず苦笑いである。

 

「で、ではなく……その……お疲れみたいですし、少し甘いモノでも作りましょうか?」

 

「んぁ……? あー、そりゃありがたいけど、いいのか……?」

 

「はい、その……ば、バレンタインですし……私からも、日頃のお礼を……と思いまして……」

 

「……そうか、うん。じゃあお言葉に甘えるよ」

 

「! なら少し待っててください、今用意しますので!」

 

「急がなくてもいいぞー?」

 

 好機とみたのか、たきなは即座に厨房に向かってパフェを作りにいく。

 その様子を横から見ていたカナは、ほわー……と口を開けて見つめていた。

 

「ん、どうしたカナちゃん?」

 

「い、いえ……やっぱり、たきなさんと仲が良いんだなーって思いまして」

 

「まあ……色々あったからなぁ……」

 

「色々、ですか……?」

 

「そう、色々ね」

 

 誤魔化されている、というのは分かってはいるが自分がそうであったように棗やたきなにも隠したいことのひとつやふたつはあるだろうと思い、深くは踏み込まないようにした。

 

「……しっかし、このチョコの山どうすっかね」

 

「ぜ、全部食べる気なんですか?」

 

「……まあ、せっかく貰ったもんだしなぁ。他の人に食べてもらう……とかは渡してくれた人に失礼だしさ」

 

「し、真摯だ……」

 

 私だったら手伝ってもらってたかも……とカナは思った。こういう大人びていて誰に対しても優しいところが魅力的な人なのだ。

 

「てか、カナちゃん。そろそろ帰らないとやばいんじゃない?」

 

「え? あっ! ほんとだ! 早く出ないと遅くなっちゃう!」

 

 時間を確認すればすっかり夕方である。かなり遠くから来ているカナにとってはこれ以上滞在してしまうと家に帰るのが凄く遅くなってしまうのだ。だからこそ、慌てて立ち上がった。

 

「夜道には気をつけてな?」

 

「は、はい! みなさんもさようなら!」

 

「ばいばーい、カナちゃん!」

 

「気をつけてねー」

 

「怪しい人には気をつけるんだぞー?」

 

 ぺこり、とお辞儀をしてお店を出るカナを見送る。

 

「さて、じゃあ我々も撤収しますか」

 

「ですねー、これ以上は千束ちゃんたちのお邪魔になりそうですし」

 

「そうね、あ、棗くん。よかったらそのチョコ今度感想ちょうだいね? 美味しかったら知り合いにもお裾分けしたいし」

 

「あ、はい。ならなるべく早めに食べておきます」

 

 カナが帰ったのを皮切りに、他の常連客も次々とリコリコを去っていく。

 遅くなるのはアレ、というのはもちろんだが……千束やたきなの邪魔をしないことが第一の理由なのは内緒である。

 

「……なんか、今日は一段とやかましかったというか……どっと疲れたなぁ」

 

 ふいー、と棗は大きく息を吐いてカウンターで身体を伸ばす。

 

「お待たせしました! ……あれ、皆さんは?」

 

「いい時間だし帰るって」

 

 厨房から出てきてキョロキョロと周囲を見渡すたきなに、棗はそう返す。

 

「なるほど……一言、声をかけてくれても良かったのに」

 

「なんか邪魔しちゃ悪いってさ」

 

「はぁ……? あ、棗さん、どうぞめしあがってください」

 

「お、サンキュ。パフェか」

 

「はい、私特製の賄いカフェです」

 

 彼女がカウンターに置いたのはチョコを使ったシンプルなパフェだった。

 決して奇抜なアレがあったりはしないチョコパフェである。

 

「……じゃあさっそく、いただきます」

 

「はい、めしあがれ」

 

「……んむ……ん、美味い。また腕を上げたな、たきな」

 

「そ、そうですか? ……普段のパフェ作りを応用して作ったんですけど」

 

「ああ、クリームとチョコ、スポンジとバランスが上手く取れてる。

 ……少し前の賄いを作ってた頃と比べると見違えたよ」

 

「ぅ……そ、それは忘れてください……」

 

 棗の言葉に、たきなは照れくさそうに……それでいて恥ずかしそうに顔を赤くする。

 まだ割と無愛想だったころの話を切り出されると、たきなとしては色々と恥ずかしいのだ。

 

「はは、悪い悪い」

 

「……もう、意地が悪いですよ。棗さん」

 

「なーつーめぇー……!」

 

「ぬぉうっ!? 千束なんだ急に!?」

 

 軽い談笑をしていた二人をしばらく見つめていたが、疎外感が限界に至ったのか……千束はだる絡みするように、棗に抱きついた。

 

「棗ばっかりずるいー! 私もたきなのパフェ食ーべーたーいー!」

 

「ふふ、そういうと思ったのでちゃんと用意してますよ?」

 

「うっそ、マジ? さっすが相棒! 気が利くねー!」

 

「分かったから離せ、パフェが食えないっての」

 

「あ、ごめん」

 

 す、と千束は棗から手を離して隣に座る。そしてたきなにお出しされたパフェに早速手を付ける。

 

「んぅ〜♪ 美味しい〜! ほんとに美味しいよこのパフェ!」

 

「そ、そうでしょうか……?」

 

「うん、めっちゃ美味しい! 普通にリコリコの商品として出せるレベル!」

 

「まあ、否定はしないな。この先もし俺がいなくなっても厨房を任せられそうで安心したよ」

 

「そこまでなんですか!?」

 

 褒めすぎでは!? とたきなは困惑した様子で二人を見つめる。冗談で言っている様子がないからこそ思わずそんなリアクションになってしまった。

 

「……こほん、まあ……素直に褒めてもらえるのは嬉しいかぎりです。ありがとうございます」

 

「ん、どういたしまして」

 

「あ、それと……」

 

「「?」」

 

「ハッピーバレンタイン、です」

 

「……ハッピーバレンタイン、たきな」

 

「うん、ハッピーバレンタイン!」

 

 たきなのその言葉に顔を見合せて、千束と棗は笑みを浮かべて返事をした。

 

 ────

 

「うー……さっむっ……」

 

「ならさっさと帰れば良かっただろ……わざわざ待ちやがって」

 

 夜遅く、セーフハウスへ帰る道中で千束は寒そうに手を擦る。棗はそれを見ながら呆れた様子でため息を吐く。

 

「……だって、こうでもしないと二人っきりになれないじゃん」

 

「……お前、最近大胆になってきたよな、色々と」

 

 千束のそんな不意をついたような言葉に思わず顔を赤くする。

 

「そりゃー、どっかの誰かさんにはこうして真正面から伝えないと分かんないみたいですからねー?」

 

「……そうかよ」

 

 誰、とは言わないがそれが誰なのかはいかに鈍感な棗でも理解できているからか……少し気まずそうに視線を逸らす。

 

「あと半月で春だってのに、まだまだ寒いねぇ……」

 

「……まあまだ雪降ったりしてるぐらいだしな。仕方ないっての」

 

「……んー、えいっ」

 

「うおっ……んだよ急に引っ付いて……」

 

「こうすれば寒くないでしょ?」

 

 棗の腕をしっかりと掴んで身体をくっつけながらにしし、と千束は笑う。

 確かにくっつけば寒くはなくなるだろうが……

 

「さすがに距離が近すぎるっての」

 

「まあまあ、私と棗の仲じゃん?」

 

「どういう仲だよ」

 

「えー? 付き合ってないのにキスした仲?」

 

「…………」

 

 否定できなかった。というか字面だけ見たら最低すぎた。昼ドラかよ。

 

 そう、棗はまだ答えを出していない。出せていない。必死に悩んではいる。

 ただそれでも、彼女の想いに応えてやるべきなのか。それは未だに彼の心の中に燻っていた。

 

「……少しずつでいいよ。ゆっくり、時間をかけて悩んでよ。で、ちゃんとした答えを出して欲しいな」

 

「……ああ、そうする。悪いな、待たせて」

 

「いいよ、気にしてないし。……あ、でも。ここに返答待ち中の女の子がいるのに他の女の子を誑かすのは良くないぞー? いつか刺されちゃうよ?」

 

 まあ、棗の場合は刺されてもピンピンしてそうだけどね? と千束はケラケラと笑った。色んな女性からチョコ貰ってる姿を見たが故の彼女の感想だった。

 

「いや知らんが……アレに関しては俺がやったわけじゃねえし……」

 

「ま、棗って結構女難だもんねぇ。私みたいな割とめんどくさい女とか、たきなとか……ミズキとか、そういう癖あるタイプとばっかり縁があるし」

 

「自分で言うなよ。あとミズキさんに失礼だなお前しれっと」

 

 だって私結構嫉妬深いし、めんどくさいぞ? と千束は返す。

 まあそこに関しては否定しないけどな。人の首に痕つけるような女だし。

 

「うぐ……アレは気の迷いだったんだってば……あの時以来してないでしょ?」

 

「でもしただろ」

 

「確かにしただけども!! 前科一犯だけど!!!」

 

 確かに前科一犯って信頼なくなるもんね!! 畜生!! と叫ぶ彼女に呆れてしまう。それはそうと……

 

「近所迷惑、夜遅いぞ」

 

「こういう時だけ常識人ぶらないでよ!? リコリコ1の人外なのに!!」

 

「一言余計だ貴様」

 

 失礼な、俺だって好きでこんなチートハイスペックなわけじゃねえよ。

 

「いやというか、それをお前が言うなよ視力バカ」

 

「なんだとこんにゃろー!」

 

「おいやめろ、スリスリしてくんな、頭を押し付けんな」

 

 ぐりぐり、と千束は棗の身体に頭を擦り付けて抗議した。いやそれは抗議なのか? 

 

「……てか、そういや今日……お前いつもより絡んでこなかったけどどうしたんだよ」

 

「え? あー、いや……それは、なんと言いますか……色々ありましてですね……」

 

「……?」

 

 そういえば、と話題を振れば急にしおらしくなった千束を見て首を傾げる。

 別段、彼が悪いわけではない。強いて言うのであればたきなが言っていたように……踏ん切りがつかなかった自分が悪いのだから。

 

「今日、バレンタイン……じゃん?」

 

「まあ、そうだな」

 

「………………そういうことだよ」

 

「…………いやわからんが」

 

 なんでそれで伝わると思った? と棗は千束を見る。それだけで1から10まで把握出来るわけがない。読心術なんてないし、第三の目があったりするわけでもないし。

 

「ぅー……ばか、にぶちん」

 

「なんでだよ……」

 

「うるさい、そこは察しろ」

 

「理不尽だろそれ」

 

 人をなんだと思ってやがる。という棗の抗議に千束はぷい、と顔を逸らす。

 ……さすがにこれは子供っぽいというか、子供すぎるかもしれない。と思い直す。

 

「……だ、だって……バレンタイン……チョコ、渡したかったんだもん……いちばん早く……」

 

「……え、それだけ?」

 

「それだけってなんだよー! 私だって色々考えてたのに! 雰囲気とか! 渡すタイミングとか! なのに、棗ったら他の女の子から貰ったチョコでデレデレしてさー!!」

 

「いやデレデレはしてないだろ」

 

「してたの! 私からすれば!!」

 

「横暴すぎる」

 

 うるせー! 女の子からすれば他の女のチョコ貰ってる時点で浮気判定みたいなもんなんだよー!! とヤケクソ気味に棗に叫ぶ。

 

「当たり判定がデカすぎるだろそれ」

 

「ふんだ! 棗はそのままチョコに溺れて血反吐吐いて倒れたらいいんだ!」

 

「ちょっと容易に想像できるからやめてくんない?」

 

 チョコの摂取過多でマジでそうなりそうだからシャレにならんのだが。と棗は顔を引き攣らせる。

 

「……………………ばか、あほ、おたんこなす、ぼくねんじん」

 

「急に語彙力をなくすな。…………ったく、まあ、俺も悪かったよ。しっかり断ればよかったのに断ってなかったしな」

 

「……ぅ……別に棗は悪くないって……私が勝手にヤキモチをやいてただけだし……棗の性格からして、断ったりしないのは分かってたもん」

 

「それでも……まあ、告白の返事待ち中のお前相手には真摯に向き合ってなかったのは事実だしさ。ごめんな、千束」

 

「…………いいよ、許してあげる。それと……私もごめん……」

 

「ん、俺も許すよ」

 

「うん……ありがと……」

 

 お互い謝って仲直り……はいいんだが、引っ付いたままだから痴話喧嘩にしか見えんよなこれ。と思わず声に漏らす。

 

「あー……そうかも?」

 

 確かに、こんなぴったりくっついてたら喧嘩は喧嘩でも痴話喧嘩にしか見えないよねぇ……と千束も思わず苦笑してしまった。

 

「…………棗」

 

「あん? どうした?」

 

「……チョコ、受け取ってくれる?」

 

「…………ああ。分かった」

 

「じゃあ、目を瞑って」

 

「……なんでだよ」

 

 渡すだけならそれいらんだろ、と棗は抗議するが千束は問答無用でゴリ押そうとする。

 

「いいから!」

 

「…………分かったよ」

 

 渋々だが、棗は立ち止まって目を閉じる。不思議となんだか顔が熱くなって鼓動が速くなった気がする。

 

「…………よし、いくぞぉ……! がんばれ私……!」

 

「千束? おい、なに────んむっ!?」

 

 不意に、柔らかい感触が……棗の唇に伝わってくる。この感触は以前も味わったし、覚えている。それがなんなのか、言わずとも分かってしまう。

 

 しかし、それだけでは終わらなかった。直後……口の中に甘いなにかが送り込まれる。……というより、これ口移しだ。と棗はすぐに気づいた。

 

「……ぷはっ」

 

「んぐ、千束っ……おまっ……なにをっ……!!?」

 

 そのまま口移しで渡されたチョコを噛み砕いて飲み込めば、ばっと目を開けて顔を赤くしたまま棗は千束を見る。当然、彼の視線の先には……蛸のように茹で上がった千束の顔があって。

 

「…………他のチョコの味なんて分からなくするためのおまじない。

 たきなには譲っちゃったけど……他のチョコには見向きもさせないから」

 

「───────」

 

 そんな千束の言葉に、棗は何も言えなく……というか、羞恥心でいっぱいいっぱいになっていた。

 

「〜〜〜ッ!! じゃ、じゃあおやすみ! 今日は、ここまででいいから!! また明日ね!!!」

 

「あ、おいっ千束!?」

 

 そんな大胆な行動を起こした千束自身も、さすがに耐えきれなかったのか、残りのハート型に梱包されたチョコを手渡して、ダッシュで棗から離れていった。

 

「……………………ばか、ホントにお前以外に見向きできなくなるだろうが」

 

 棗は唇を触りながらしゃがみ込んでそう呟くほかなかった。

 ……まさに、千束の作戦勝ち……だったのかもしれない。

 

 ───────

 

「〜〜ッッ! ばかばかばか……! 私のバカヤロー……!! なにやってんだよホントに……! 絶対ドン引きされるってあんなの……ぅー……!!」

 

 頬が熱い、今なら頬の温度だけでお湯を沸かせるんじゃないか……なんてそう錯覚してしまうほどに、頬が熱くて仕方がなかった。

 

 嫉妬はしたし、だから私以外を見れなくしてやろう。みたいな独占欲みたいなのがなかったわけじゃない。でも、だからといって……アレはほんとに大胆すぎた。

 

 枕を抱えて、のたうち回るようにベッドの上でゴロゴロと転がる。明日からどんな顔で棗に会えばいいんだ私ぃ……なにやってんだちょっと前の私ぃ……血迷いすぎだろぉ……! 首に痕つけた時と言い、血迷ったら見境なしか私ぃ……!! 

 

 聞こえないはずの心臓の鼓動がめちゃくちゃに聞こえる気がする、ドクンドクン、とドキドキ、と鳴り響いてるように錯覚してしまう。あぁ……ダメだ……これ、私やばい……

 

「ぅー……!」

 

 感触も、しっかり残っている。チョコレートに混じった……棗の、味……

 

「あーっ!! あーッ!! もーっ!!! 全部……全部棗のせいだっ……!!」

 

 バシバシ、と枕をベッドに叩きつけながらそんなことを叫ぶしかない。

 そうだ、こんなに好きになるなんて思わなかった。気付いて自覚して、こんなにも……好きが溢れるなんて予想してなかった。

 

「……………………チョコ、食べてくれるかな」

 

 たきなと一緒に……作ったチョコと私だけでひっそり作ったチョコ……どっちもある。だからどっちも食べて欲しいけど……できるなら、私が作ったチョコを美味しいって言って欲しいなぁ……なんて、そんなことを祈って……

 

 私は布団の中に籠ることにした。この熱を……忘れないために。

 

 ────このあと、結局寝付けなくて……翌日寝坊しちゃったのは内緒の話。

 バレンタインの魔力って……怖いかも。




立花 棗

あの後一睡も出来ずにいた。
チョコの味以前に彼女の唇の感触を思い出して悶絶した。
しばらく千束の顔をまともに見れなかったらしい。


錦木 千束

血迷った自分に絶賛後悔中。
チョコは先生にも一応上げた、先生へのいっつもお世話になってるお礼。
しばらくの間、棗の顔を見る度に顔を真っ赤にする日々が続いた。


井ノ上 たきな

チョコは私が渡すから〜と千束に言われたので彼女からはあげていない。
なので、賄いパフェという形で送った。ハッピーバレンタインです。
しばらくの間、二人が顔を合わせる度に赤くしあっていたことには首を傾げていたらしい。

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