【悲報】転生したら暗殺組織の隊員にされた件【戸籍ナシ】   作:星ノ瀬 竜牙

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今月最後の投稿です。

少し棗くんの事が分かるかもしれません。


先日は日間ランキング5位まで行ってました。ありがとうございます。
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Secret maneuvers

「あ」

 

「……あ」

 

 それは本当に偶然の事故だった。

 たまたま、棗がリコリコの店内にある風呂を上がったところでたきながそれに気付かず洗面所に座布団カバー等を持ってきた。本当にそれだけだったのだ。

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 ピシャーン! と勢いよくドアを閉めるたきな。

 事故だったとはいえ棗の裸を軽く見てしまったのは彼女としても恥ずかしかったらしい。顔が真っ赤であった。

 

「あ、あの……もう……大丈夫、ですか……?」

 

「……いいぞ、もう服は着たし」

 

「ほ、本当にすみませんでした……私の不注意で……」

 

「いいよ、俺も伝え忘れてたのが悪かったし。お相子だ、たきな」

 

「はい、あ……ありがとうございます……」

 

 ドアを開けて頭を下げたたきなだったが、棗に気にするなと言われて恐る恐る頭を上げる。

 そうして彼女はふと違和感を覚え……すぐにその正体に気付く。

 

「あれ……棗さんって、そんな髪と目でしたっけ……?」

 

「うん? ……ああ、そういえばたきなやクルミには()()言ってなかったっけ」

 

「ボクがどうかしたのか、棗? って、おや? なんかいつもと雰囲気が違うな?」

 

 名前を呼ばれてひょこ、っと顔を出したクルミもまた棗の姿を見て首を傾げる。

 そう、立花 棗の姿が普段の金の髪と赤い瞳ではなかったことに違和感を覚えたのだ。

 千束によく似た髪と目をしていたはずが、今の彼は真逆と言っていいような見た目だった。

 白い髪がくすんだような灰色に、蒼い瞳……声を知っていなければ立花 棗だとは気付けないほどの変貌だった。

 

「……これな、こっちが地毛と本当の目だよ。二人が見てたのは俺の変装だ」

 

「そうだったんですか? なんだかいつもと違うので新鮮ではありますけど……」

 

「ああ、訳アリってのは以前言っただろ? そのせいでな、俺はちょっと面倒事に巻き込まれてるんだ。

 だから表を出るには顔がバレちゃいけなくてさ。その為に変装してるんだよ」

 

 棗は鏡の前でカラーコンタクトを入れなおしながらそうぼやく。

 彼は嘘は言っていない。事実、組織を追われているし顔を見られるわけにはいかないのだ。

 

「それならそうと……言ってくれたら良かったのに……」

 

「それを知ったら、少なくとも来た当初ならお前絶対俺を撃ってただろ」

 

「……どうでしょう?」

 

「そこですっとぼけようとすんな、おい」

 

 たきなは少しばかり心当たりがあったのか軽く顔を逸らしながらすっとぼけた。

 が、その隣でうーんと首を傾げるクルミを見て彼女はきょとんとする。

 

「クルミ、どうかしたのですか?」

 

「いや……なんか、裏社会じゃ有名なヤツに……棗みたいな容姿のヤツが居たような気がしてな……」

 

「そんなヤツいるのか? だとするとよっぽど運がないな。俺も面倒事に巻き込まれてる分人の事は言えないけどさ」

 

「名前は分かっているんですか、その人物」

 

「うん? ああ、たしか……灰色の切り裂き魔とか言われてたはずだ」

 

「灰色の……? なんだか聞き覚えがあるような……」

 

 クルミの告げた人物のことをたきなは聞いた覚えがあるのか、はて……? と首を傾げる。

 

「……そうか、そんな物騒なのが居たんだな。俺は初耳だ」

 

 二人揃って首を傾げていたからか……棗の表情に少し陰りが見えたことに、気付くことはなかった。

 

 

 ────

 

 

「というわけで! 今回の依頼内容を説明しま~す!! とっても楽しいお仕事ですよ~!」

 

「ミズキさんが説明しないのですか? 私、もう把握してますけど……」

 

「今回やたらと張り切ってんのよ、コイツ」

 

「好きにさせてやれ、こうなったら止まらんの知ってるだろ、たきな」

 

「まあ、そうですけど……」

 

 二階でクルミとVRゴーグルをつけてゲームをしていた棗がたきなに話しかける。

 彼女もまた千束の人となりをある程度理解してきているからこそそこには同意していた。

 

「ちょいちょい、ちょい。そこ! 私語は慎む!! あとそこのリスと棗! ゲームしてない!?」

 

「聞いてるよ~」

 

「同じく」

 

 棗とクルミが聞いていると告げたことで満足したのか咳払いをして依頼内容を語り始める千束。

 

「んん"! 依頼人は72歳、男性で日本人。過去に妻子を何者かに殺害されて自分も命を狙われたためにアメリカに避難していて、現在は筋……き、きんい……?」

 

「筋萎縮性側索硬化症。全身の筋肉が痩せていく難病だ。今も治療方法は見つかってない病気だよ」

 

「おお……棗のくせに凄いこと知ってんな?」

 

「一言余計だ」

 

 千束の驚いた様子に睨み付けるように噛みつく。しかし、ゴーグルをつけているため睨んでいるとは気付かれてはいなかった。

 

「ということは、自分では動けないのでは?」

 

「その通り! それで、去年余命宣告を受けたことで最期に故郷の日本、それも東京を見て回りたいって!」

 

「観光……というわけですか?」

 

「そうそう、泣ける話でしょ~? 要するに、まだ命を狙われている可能性があるからBody(ボディー) guard(ガード)します!」

 

 千束はえっへんとどや顔を浮かべながら説明を終える。

 

「何故命を狙われているのかは分かっているんですか?」

 

「それがさっぱりなの。大企業の重役で敵が多すぎるのよ~……特定は無理ね。最速でも一週間は掛かっちゃうし。まあその分? 報酬はたっぷりだから安心していいわよ~?」

 

 たきなの疑問に答えたのはミズキだった。つまりは、要人警護のようなものである。

 それをこのメンツで守るというのも些か不自然ではあるかもしれないが政府公認の組織であるDAが絡んでる部署である以上できないわけではない、というのも事実であった。

 

「まあ日本に来てすぐに命を狙われるってことはないと思うけど、依頼人も念には念を、ってやつだろう」

 

「観光に行く場所はこっちで決めていいって話らしいから、私がばっちりプランを考えまーす!」

 

「それなら旅のしおりでも作ってしまえばどうだい?」

 

「それだ! Nice(ナイス) idea(アイデア)! クルミ!」

 

 クルミの鶴の一声に指を鳴らして目を輝かせる千束。

 急遽決まったその案により、東京観光のしおりがしっかりと作られることになった。

 

 

 ────

 

 翌日、依頼人の到着の連絡がついた千束とミカが代表して出迎える。

 

「お待ちしておりました~! って、あ……」

 

「……遠い所から、ようこそ」

 

『少し、早かったですかね? 楽しみだったもので』

 

 そう告げる老人の姿は痛ましいというほかになかっただろう。

 車椅子に乗り、人工呼吸器をつけて目にはおそらく視力を補うゴーグル……聞こえてくる声は機械で作られたものだった。

 難病だということが一目でわかる深刻さであった。

 

「あ、いえ! 準備ばっちりです! 旅のしおりも完璧です!」

 

「……千束、データで渡そうか、それ?」

 

「はえ? ……あっ」

 

 クルミの言葉にきょとんとしつつ、しっかりと作られたしおりを持ったまま依頼人……松下という男性の手を見てはっとする千束。

 そう、既に彼の手は使い物にならない。紙のしおりすら持つことができないのだ。

 

『助かります。……あとはこの方達にお願いするので下がってもらっても構いませんよ』

 

 松下は、道中まで警護を担当していた黒服のSPにそう告げて下がらせた。

 

『今や機械に生かされている身です、おかしいと思うでしょう?』

 

「いえいえ、そんな事ないですよ! ()()()()()()()()! ここ、に!」

 

 松下の言葉を否定しながら、千束は胸の心臓のある辺りに手を置いてハートマークを作る。

 

『ほう? ペースメーカーですか?』

 

「いえ、()()()()()()()()()()

 

「え?」「────は?」

 

 千束の口から出た言葉に困惑するのは棗とたきなであった。

 その表情から、知っていなかったことが伺えた。

 

『人工心臓……ですか』

 

「まあ、あんたのは毛でも生えてるんでしょうけど」

 

「機械に毛は生えないっての……!」

 

「え、あの……今のどういう!?」

 

「よーし、しおりのデータできたから送るぞー」

 

『おお、助かります』

 

 クルミのタブレットから転送されたデータを松下は確認したのだろう。感謝の言葉を告げる。

 

「ではでは~? 東京観光に出発いたしまーす!」

 

「…………あの、千束の今の話って」

 

「たきなー! 行くよー? ミズキも車出してー!」

 

「あ、はい!」

 

「……はぁ、あとで聞かせてもらうからな、おやっさん」

 

 千束に急かされ慌てて追いかけるたきなとため息を吐いて追いかける棗。

 その様子を見ながらミズキはミカを見て問いかける。

 

「たきなもそうだけど、棗くんにも言ってなかったの?」

 

「……千束に任せればいい」

 

「……ボクにも説明しろ、ミカ」

 

 千束の心臓が機械である、という事実を知っているのはミカとミズキ、そして当人だけだったらしい。

 クルミは眉間に皺をよせながら、ミカを問い詰めるように呟くのだった。

 

 

 ────

 

『これは予想外でしたね』

 

「ふふーん、墨田区周辺は何本も川に囲まれてますから! 都心や色んな所を水上バスですいすいー! っと移動できるんですよ! 渋滞も気にしなくて良いんですよ!」

 

 観光での移動手段に、東京の魅力の1つを利用しよう。ということで水上バスでの移動、という選択をとった千束たち。

 

「……今のところは、敵影なしですね」

 

「そうだな……このまま何事もなければいいけど」

 

 街並みを眺める千束と松下を背に、たきなと棗の二人は周囲を警戒していた。

 

『……やはり、折れてしまっていますね』

 

「折れてないのを、見た事があるんですか?」

 

『いえ、東京に来るのは初めてですが……娘と約束をしていたんですよ。

「一緒に見上げよう、首が痛くなるまで」と。あの世で土産話ができますよ』

 

「まだまだ! 始まったばっかりですよ!!」

 

 松下の言葉を遮るように食い気味で千束は笑いながらそう告げる。

 そう、観光は始まったばかりである。

 

「────当然だけど死ぬほど混むな、ここ」

 

「まあ、浅草の一番の観光スポットですからね……」

 

「っとぉ……棗、掴まってもいい? はぐれそう……!」

 

 松下の周りを囲むように動く千束、たきな、棗の三人。

 

「……まあ仕方ないか。いいぞ。すみません、松下さん。こんな人混みのなかを移動することになって」

 

『いえいえ、構いませんよ。このぐらい人が多い方が観光をしていると実感できますから』

 

 棗の謝罪を聞き入れながら松下は気にしていない、と返す。

 浅草の雷門の大通りの途中のお店が立ち並ぶ仲見世通りで人が少なければそれはそれで寂しくある、というのは事実だ。松下もそれを理解しているからこその言葉だったのだろう。

 

「ここの観光と参拝が終わったら、五重の塔に行きましょー! 奈良の五重の塔ほどじゃありませんけど、こっちも迫力ありますよ~!!」

 

 元気いっぱいに叫ぶ千束の様子を見ながら、棗は微笑むように見守っていた。

 

「……棗さんは、あれのこと……知っていたんですか?」

 

「……いや、初耳だった。アイツ、心臓の音が聞こえないな。って思ったことは何度かあったが……そういう事だったって知ったのはさっきだよ」

 

「そうだったんですか……意外です、知っているものかと」

 

「……アイツも、言いたくないことはあるってことだろ、最初から教えてくれ……ってのが本音ではあるけどさ」

 

 千束が松下と共に浅草寺の御本尊へ向かう中、後ろでそんな会話をするたきなと棗。

 少し寂しそうに告げる棗の顔を見て、たきなはクスリ、と笑う。

 

「なんだよ、たきな」

 

「いえ……本当に、千束のことが好きなんだな。と」

 

「ぶっ!? だ、誰がだよっ!?」

 

 たきなの言葉に不意をつかれたように、顔を赤くして慌てる棗。

 その様子が図星をつかれたようなものだから、たきなはやはりおかしくて笑ってしまう。

 

「おーい、二人ともー! なにしてんのー!! はぐれちゃうよー!!」

 

「はーい、今行きます!!」

 

「あ、おいちょっ! たきな! 話はまだ終わってねえぞ!!」

 

 千束の呼びかけに、答えてすぐに追いかけるたきな。遅れて、弁明をしようとしながらたきな、千束を追いかける棗であった。

 

 ────

 

「ん? ああそういえばお祭りだっけか、今日」

 

「その通り! だから、ちゃーんと予定に入れておきました!」

 

 阿波おどりをしている踊り子を見て、ふと棗はそう呟く。当然、千束はそれも予定に入れていたらしくどや顔でアピールをしていた。

 

『阿波おどり、ですか……懐かしいですね』

 

「見たことが?」

 

『ええ、何度か。テレビでの拝見の方が多かったですがね。アメリカでは見ることもできませんでしたから』

 

「なるほど、言われてみれば確かにそうですね」

 

「あ、棗! たきな! 松下さん! あそこの屋台のお面屋さん! なんか買ってこうよ!!」

 

「待て待て、観光案内中にお金を浪費しようとするな?」

 

 千束が立ち並ぶ屋台の中から見つけたお面屋を見て何かをひらめいたのか行こうとするのを棗は引き止める。

 

『ははは、構いませんよ。折角のお祭りなのですから、楽しまなければ損ですし』

 

「ほら、松下さんもこう言ってくれてるし! お言葉に甘えよ! 棗!」

 

「いや、けどなぁ……」

 

 松下がそう言うもさすがに護衛対象から離れるのはいかがなものか、と棗は腕を引っ張ろうとする千束に抵抗しながらぼやく。

 

「それなら、私が松下さんのそばにいます。だから、その間に買ってきたらどうですか?」

 

「って、おい」

 

「マジで!? たきなやっさしー! ほら、たきなもこう言ってくれてるし! 行こっ!」

 

「はあぁ……しばらく任せたぞ、たきな」

 

 それを見かねて手を貸すたきな。棗は困ったようにため息を吐きながら、二人の厚意に甘えて千束とお面を買いに行くことにした。

 

「お面屋さん! これくださーい!」

 

「お、お嬢さんひょっとこのお面とは渋いねえ! そっちのお兄さんはお嬢さんのコレかい?」

 

 話しかけた千束に、お面屋の店主は豪快な声で返す。

 そしてちらりと彼女の手を見れば、棗の腕をしっかりと握っているのが分かったのか察したように小指を立てて伺ってくる。

 

「いや、違いますよ! しご……バイトで一緒なだけです」

 

「えーなんだい、お似合いだと思うんだけどなぁ」

 

「お似合いだなんてまたまたぁ! 店主さんもいいこと言うねぇ?」

 

「誰がだよ……まったく……いくらです、それ?」

 

「うーんいつもなら1000円! って言うんだけど、せっかくのデートみたいだし特別に600円でどうだい?」

 

 そんな風にウインクをして笑う店主に頬を引き攣らせる棗と目を輝かせる千束。

 

「マジ!? 400円もまけてくれるの!? 店主さん太っ腹あ!」

 

「はは、いいってことよ! 若いもんが仲良くしてるのはこっちとしても元気を貰えるからね!」

 

「いやこれ……まあ、だいたいの相場的には妥当っちゃ妥当だけどよ……はぁ……600円です」

 

 詐欺とかで使われる常套句だろこれ、と思いながらもぼったくられてるわけじゃないし大丈夫かと考えた棗は仕方なさそうに服のポケットから財布を取り出して600円分を小銭で支払った。

 

「はい、500円玉1枚と100円玉1枚で丁度だね。毎度あり! お嬢さんもお兄さんもデート存分に楽しんできなよ!」

 

「やっほー! ありがとうございます店主さん! 楽しんできますね!!」

 

「……別にデートじゃないです」

 

 店主の言葉ににこやかに返す千束と疲れたように返す棗。正反対のリアクションではあったが波長が合っているのだろうということは店主にも伝わったらしく、再びウインクをしていた。

 それを見て余計にため息を吐いた棗が居たのは余談である。

 

「たきなー! 松下さーん! お待たせしました! じゃーん! ひょっとこお面です!」

 

『おお、ひょっとこのお面ですか。随分と可愛らしいですね』

 

「でしょ~! そんなわけで、はいこれ! 松下さんにプレゼントです!」

 

『私に、ですか? これはどうもありがとうございます』

 

 松下にひょっとこのお面を見せながら晴れやかに笑う千束。それでひょっとこのお面だったのか、と合点がいったらしく棗は肩をすくめて苦笑する。

 

「絶対似合うと思ったので! ほらお面つけて……棗も入って入って!」

 

「え? いやいいよ俺は……」

 

「いいから入る! はい、チーズ!!」

 

 パシャリ、と千束はスマホで写真をとる。

 千束がそのままスマホを確認すれば、松下がひょっとこのお面を被り、千束が笑顔、たきなが少し恥ずかしそうに、棗が困った顔を浮かべるという四人がそれぞれ全く違う様子を見せる個性的な写真になっていた。

 

「よーし、いい写真になった! あ、たきなと棗にこれあとで送っとくね?」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

「いや要らねえよ……」

 

 困惑するたきなと拒否をする棗。しかし、後でしっかりとこの写真を送り付けられた二人であった。

 

 

 ────

 

 再び水上バスに乗る千束たち御一行。

 たまたま水路上に、建設中の新しい電波塔の姿を見つけてそれを眺める。

 

『あれが延空木(えんくうぼく)ですね?』

 

「はい、11月には完成するそうですよ?」

 

 延空木、高さ634mの新たな電波塔。電波塔事件で折れた旧電波塔の代わりに建築中のものだ。

 新たな日本の平和の象徴として建てられることになっているからか、日本だけでなく世界でも延空木のことは話題になっている。

 

『実は、設計に知り合いが関わっているんですよ』

 

「ええ!? マジですか!? 凄いじゃないですか!?」

 

『ええ、彼は未来に凄いものを残していますよ』

 

「……じゃあ、完成したらまた見に来てくださいね? またご案内しますから!」

 

『…………ええ、またお願いします。君は素晴らしいガイドですから』

 

 少しの沈黙のあと、松下は千束の方を見てそう告げる。

 

「ええ? いやーえへへ……ありがとうございます」

 

 それは彼女にとって最高の誉め言葉だったのだろう、少し照れくさそうににへらと頬を綻ばせて笑顔を浮かべていた。

 

『今日は暑いですね、少し中で休ませてもらいます』

 

「ああ、ならそこまで俺が送ります」

 

『ありがとうございます、棗さん』

 

「いえいえ、仕事ですから」

 

 室内で涼むことにした松下を室内まで棗が送りに行く。

 そうして、室内に送ったところでふと、松下が棗に語り掛ける。

 

『君は、アラン機関を知っていますか?』

 

「え、急ですね……まあ、才能を見出す慈善団体……とは知っていますが……それが?」

 

 急な話題の振られ方に驚きつつ、棗は一度インカムの無線を切る。

 踏み込んだ話題になりそうだ、と判断してのことだろう。

 

『いえ、急にこのような話題を振ってしまい申し訳ない。

 ……君が、あまりにも見覚えのある子だったもので、つい聞いてしまったのです』

 

「どういう……?」

 

『……私は少しばかり、あの組織の事に詳しいのです。

 そして、アラン機関がその才能を手放すことになるのは惜しいと嘆いたことがあったそうで。

 ……その時の、惜しいと言われた少年に君はよく似ている』

 

 松下の言葉は、まるでその子供のことをよく知っているようだった。

 そのことを訝しんだ棗は、警戒するように松下に問いかける。

 

「……あなたはアラン機関に?」

 

『……ええ、随分と昔の話ですが』

 

「そうですか……それなら申し訳ない。俺は、()()()()()()()()()。だから、昔の事はあまり。

 お役に立てずすみません」

 

『すみません、深く踏み込んでしまいましたね……辛いことを思い出させてしまったようです。申し訳ない』

 

「いえ、お気になさらず。……この事はあの二人にはくれぐれも内密に。まだ、喋ったことがないので」

 

 棗の言葉に少し驚いたようにしつつも、申し訳なさそうに謝罪をする松下。彼も悪気はなかったのであろうことが伺えた。棗もそれを理解してか、即座に謝罪を受け取り気にしていないと告げる。

 

『そうですか。分かりました。……ではこれは、男同士の秘密ということで』

 

「ありがとうございます。松下さん」

 

『私はしばらくこちらで涼んでいます。棗さんはあちらの……彼女のお二人とお話してきたらどうでしょうか?』

 

「!? ま、松下さんまでなにを!?」

 

 またしても急に振られた内容に棗は顔を赤くして困惑する。

 

『いえいえ、水入らずで話したいこともあるでしょうから』

 

「からかうのはやめてください……」

 

『失礼、年寄りの楽しみなものでして』

 

「……心臓に悪い趣味ですね」

 

 はぁ……とため息を吐きながら彼の言葉に甘えて、無線をつけなおしながら外に出る棗。

 それを見つけた千束がベンチに座ったまま手を振る。

 

「あ、おーい棗! こっちこっち!」

 

「棗さん、松下さんは?」

 

「少し涼むから休憩してきたらどうだって言われてな。少しお言葉に甘えてきた」

 

「なるほど……何か飲みますか?」

 

「ん? あー……別にいいよ。気持ちだけ受け取っとく」

 

 千束とたきなが持つ缶コーラを見ながら、苦笑して断る棗。

 さすがに年下に奢ってもらうほど甲斐性のない人間とは思われたくなかったらしい。

 

「松下さんに喜んでもらえてるみたいですね、千束」

 

「私、いいガイドって言われた! もしかして才能あるかも!?」

 

「はいはい。依頼者の警護が最優先事項だぞ」

 

「……そうだね、そうだった」

 

 たはーという顔でくつろぐ千束を、たきなと棗はじっと見つめる。

 

「なに、なになに? 二人揃って私を見て、どした?」

 

「あの、今朝の話って本当なんですか?」

 

「ああ……胸の事? 本当だよ、鼓動なくてビックリしたけど……凄いんだよこれ?」

 

「そういうのはちゃんと言えよ、千束」

 

「……あり? 棗に言ってなかった?」

 

 おや? と千束は首を傾げて棗を見る。

 

「いや聞いてねえわ!!!」

 

「あれー!? ごめーん!! 言ったつもりになってた! 抱き着いたりしたときになんも触れてこないから先生辺りに聞いてたのかなって思ってて!」

 

「つまり伝達ミスかよ……はぁ……」

 

 棗は千束の言葉を聞いて頭を抱える。つまり、今までのスキンシップの数々も自分が知ってる前提でのモノだったという事だった。踏み込むべきか踏み込まないべきか悩んでいた自分が馬鹿らしく感じてしまっていた。

 

「いやー……ごめんね? この通りっ……!!」

 

 そんな棗の姿を見れば流石に申し訳なさが勝ったのか、手を合わせて謝罪をする千束。

 

「別に怒ってねえよ、ただ今度からは隠し事なしだぞ」

 

「……ん、ありがと」

 

 ぽす、と頭をなでられて少し気持ちよさそうに目を細める千束。

 その隙に、たきながそっと千束の胸元に手を置こうとして────

 

「ちょちょちょちょちょちょーい!!」

 

「うぉい!?」

 

「あ、すみません……確かめようと……」

 

「別に確かめようとするのはいいけど! 公衆の面前で乳を触ろうとすな!?」

 

「たきな、お前同性でもセクシャルハラスメントは通じるからな?」

 

「……ごめんなさい」

 

 千束と棗から注意をされてしょんぼりと落ち込むたきなであった。

 

『おい、棗。それに千束とたきなも聞こえるか?』

 

「ん? あれ、クルミどうしたの?」

 

『さっきからお前たちをつけてるバイクを見つけた。顔も特定した。

 ジン。暗殺者だ。その静かな仕事ぶりからサイレント・ジンって呼ばれてるベテランの殺し屋だぞ』

 

「「「!!」」」

 

 クルミからの無線で千束、たきな、棗は顔を見合わせて気を引き締める。

 

「到着次第、松下さんを私が連れてきます」

 

「了解、気を付けてね。たきな」

 

「……くれぐれも依頼者には悟られないようにしろよ」

 

「はい、心得ています」

 

 水上バスが目的地に留まる頃合いだったのは幸いだろう、たきなはすぐにベンチから立ち上がり松下を迎えに行く。

 その間に千束と棗は無線を介して、相手の情報を聞くことに専念することにしたらしい。

 

『サイレントか……』

 

『なんだ、ミカ知り合いか?』

 

『15年前まで警備会社で共に裏の仕事を担当していた。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前の話だ』

 

『どんなやつだ?』

 

『……本物だ。たしかに、滅多に声を聞いたことがないな』

 

 水上バスから降り、移動中もその内容を聞き、警戒を緩めない三人。

 本物の殺しのプロが相手になる、となれば油断は絶対にできないからだ。

 

『30m先に確認、こっちは顔バレしてない。発信機をつけにいくわ』

 

『上から確認できない、ミズキの方は確認できるか』

 

『柱の横で止まったって……あ。やばい、バレてる!!』

 

『ジンはまずいな……千束、たきな、棗くん。聞こえるか? 作戦を変更する』

 

『作戦Bだ、護衛対象を避難させて1人打って出す方向で行くぞ。

 予備のドローンとミズキでジンを見つけ次第攻撃に出る』

 

 ミズキの慌てた様子を聞いたミカが指示を出し、クルミが具体的な作戦を出す。

 

『そっちが美術館から出るタイミングで車を回すわ』

 

「うん、分かった」

 

「了解。……迎撃は俺が行く。千束とたきなは松下さんの護衛を最優先。いいな」

 

『分かりました』「ん……おっけー」

 

 棗の指示に、千束とたきなは頷き松下と美術館に向かおうとする

 

『どうしました?』

 

「あー、っと……すみません。ちょっと別の依頼で救援を求められて……俺はここで離脱します、最後までお付き合いできず申し訳ありません、松下さん」

 

『なるほど……そうでしたか、分かりました。くれぐれもお気を付けて』

 

 訝しんだのだろう、松下の問いに申し訳なさそうに誤魔化して棗は離れようとする。

 

「松下さんこそ、それでは!」

 

「あ、棗! これ!」

 

「おっと、これは……」

 

「先生から! 必要なものはそこに入れてるって!」

 

「了解、ありがとな!」

 

 千束に投げ渡されたのはロッカーのカギだった。

 そしてそれが何を指すのか棗も理解しているからこそ受け取って即座に離脱した。

 

「おやっさん、カギの場所は!」

 

『美術館近くのロッカーだ! そこに置いてある!』

 

「マジか結構遠いなこなくそ!!」

 

 ミカの言葉に、文句をたれつつ走るほかない棗は全速力で向かう。

 

「っと、これか……!」

 

 棗は目的のロッカーにたどり着くと即座に中の鞄を取り出して中身をチェックする。

 そこには確かに、棗が普段使っているナイフや麻酔弾、そして……

 

「マジか、これ間に合ったのかおやっさん」

 

 棗は1つのスーツを手に取り驚いた様子を見せる。

 それは「スニーキングスーツ」と言われる戦闘服だった。棗がどうせならば、と特注で依頼をした代物だ。

 特殊な防弾繊維で作られており防御力も高く、足音も抑えられる……潜入、戦闘、どちらにも特化した装備である。

 

『聞こえるか、棗くん』

 

「こちら棗、どうしました?」

 

『ミズキと連絡が取れなくなった』

 

「……! 本当ですか!?」

 

『落ち着け、おそらく仕掛けてくる。千束に松下さんを任せてたきながそちらに合流するはずだ』

 

「……了解、たきなと合流次第、ジンの迎撃に出ます」

 

 ミカになだめられ、深呼吸をして頷く棗。

 少なくとも仲間に何かあったと知って、怒れないほど人でなしではない。

 

「棗さん!」

 

「! たきなか……」

 

 一瞬警戒した様子でMk22の銃口を声のした方向に向けるが、声の正体がたきなだったことに気付き銃口を下げる。

 

「……その装備は?」

 

「これは……そうだな、戦闘特化の装備とでも考えといてくれ」

 

「は、はい」

 

 ぴっちりとした黒いスーツに身を包んだ棗をみて首を傾げるたきなに軽く説明だけをして、無線をかける。

 

「こちら棗、たきなと合流した。迎撃に入るが……ジンはどこにいる?」

 

『少し待ってろ、今美術館の屋内のカメラの映像に顔認証をかける。

 野外は予備のドローンを向かわせたから10分後に解析を始められる』

 

「ミズキさんは?」

 

『500m離れた場所で連絡が途絶えたままだ。美術館の入り口はデパートの通路側だから館内のカメラで確認する。二人は出口側で目視で見張りを……ちょっと待ってくれ』

 

「どうした?」

 

『ミズキがジンに発信機をつけてた! 死んでもこっちに情報を残したぞ!』

 

『死んだと決まってはいないだろう』

 

「冗談でもんなこと言うなよ……」

 

 クルミの言葉に頭を悩ませる棗と苦笑いをするたきなであった。

 

『……こほん、ジンのやつはもう美術館に来てる』

 

「たきな、カバー!」

 

「了解! ……クルミ、ジンは外ですか、中ですか……?」

 

 合図でたきなは棗の背後の死角のカバーに入る。

 背中合わせになり、拳銃を構えて気を張り詰める。

 

『そこまで来て……あ』

 

「たきな! しゃがめ!」

 

「!!」

 

 たきなは棗の叫び声にすぐさま反応して伏せ、棗が銃口を弾が飛んできた方向に向ける。

 既にジンが近くまで接近し、発砲していたのだ。

 

「迎撃!」

 

「了解!」

 

 棗とたきなは同時にジンに向けて発砲するが、効かなかったようでジンはそのまま遮蔽物を介して階段まで逃げ込む。

 

「コートが防弾! 多分今撃つのは難しいぞ!」

 

『ならそのまま千束たちから引き離せ、それしか方法がない』

 

「もうやってるよ! ってたきな!」

 

「!」

 

 ジンをそのまま追いかけていた二人だったが、ジンがそのままこちらに見向きもせず、拳銃の銃口をこちらに向けたことにいち早く察知した棗が叫び、慌ててたきな共々遮蔽物に入る。

 

 瞬間、壁に弾丸が擦れたあとが残った。

 

「野郎……こっちを見ずに撃ってきやがった。威嚇とはいえシャレになってねえな……」

 

「棗さん……!」

 

「分かってる、行くぞ!」

 

 壁から顔を出して、反撃するように威嚇射撃を行いながらジンを追いかける。

 

『ジンは屋上の扉を出て左に逃げたぞ』

 

「了解、たきな! 321でいくぞ! カバー頼む!」

 

「分かりました!」

 

「3……2……1……!」

 

「今!!」

 

 合図に合わせて扉を蹴飛ばして屋上に出て銃を構える二人。

 

「……右、クリアです」

 

「了解、気を付けろよ?」

 

「はい」

 

 足音を鳴らさないように慎重に動く。

 

『棗、そこから15m先の室外機の裏にジンが……待て、変だ、対象が動いてない』

 

「え?」

 

「チッ、まさか……!」

 

 クルミの言葉の意味に気付いた棗は発信機のある室外機の裏まで走るが……

 

「クソッ、やられた! 撒かれてる!!」

 

 既に発信機のつけられた防弾のコートは脱ぎ捨てられており、もぬけの殻同然だった。

 すぐさまたきながクルミに無線で連絡をいれる。

 

「クルミ!」

 

『分かってる、今ドローンで探して……見つけた、だいぶ足が速いぞ追えるか?』

 

「……たきな、二手に分かれて追うぞ」

 

「分かりました……棗さん、千束のことをお願いします」

 

「ああ、行くぞ」

 

 次に狙われるのは千束と松下の二人。たきなはそれを理解していたのだろう。

 棗もまた彼らの助言でそれを思い出したらしく頷いて屋根の上を全速力で走って追いかけはじめた。

 

 

 ────

 

 

「松下さん、どうしたんですか……? ……行きたいところがあったんですか?」

 

 東京駅の真ん中に見失っていた松下を見つけた千束は話しかけながら近寄る。

 

『ジンが来ているんだね?』

 

「え……」

 

『アイツは私の家族を殺した。確実に私を殺しに来るはずだ!』

 

 松下は、まるで状況を理解していたように話す。

 察しがいいのか、それとも別の理由か。それは分からないが、松下はサイレント・ジンが自分を殺しに来るということを分かっていたらしい。

 

『千束、たきなと棗が撒かれた。今二人がジンを追いかけているがそれよりもお前の方に行くのが速い。気を付けろ』

 

「……分かった」

 

『日本にいる限り、アイツは絶対に私を殺しに来る……!』

 

「なら、一度お店に帰りましょう? 避難してからどうするか考えましょう?」

 

『私には時間がないんだ……!』

 

 千束と松下がそうして問答を続けているところに……

 

『千束! 逃げて!!』

 

 狙いがたきなの射撃で逸れたのだろう、銃弾が松下の車椅子持ち手に当たる。

 

「上!?」

 

 弾丸が飛んできた方向には、既にジンの姿があった。

 そしてジンの二射目を阻止するためにたきなはジンのところまで走り込み────

 

「たきな────ッ!?」

 

 突き飛ばしてジンと共に、回収工事中の場所に落下していく。

 

「たきなッ!!」

 

「棗さ……!?」

 

 追いついた棗は即座に飛び降り……たきなの身体を抱き留め、自らがクッションになれるように背中を地面に向けて庇う体制に入る。

 直後、大きな落下音と鉄パイプの落ちる音と共に、土煙が上がる。

 

「ゲホッ……いっつ……た、きな……だいじょうぶ、か……?」

 

「な、なんとか……たすけてくれて、ありがとうございます……」

 

 不幸中の幸いだったのが、彼らが落ちた場所が土嚢の上だったことだろう、それがクッションとなり大きな怪我はなかったらしい。しかし、二人にとって大きな痛手になったのが拳銃を落としたことだった。

 

「なつ、めさん……メガネ、それに……銃……をっ……!」

 

「わか、ってる……! それ、より……はやく、離れるぞ……! ジンは多分……まだ、生きてる!」

 

「っ……了解、です……!」

 

 近くで蹲っているジンを見つけて棗はたきなと共に逃げようとする。

 当然、それをみすみす逃がすジンではない。手に持っていた拳銃で棗とたきなを狙う。

 

371:名無しの彼岸花 ID:XxIKKMyxR

ちょ、それマジでやばいやつやんけ。イッチ大丈夫じゃないってことやろ?

 

372:名無しの彼岸花 ID:i1c5oRSA9

見た感じ上から落ちたんか?

 

373:名無しの彼岸花 ID:cPkGxbs2l

多分そうや……ってイッチ後ろ!?

 

 

 それを棗はまるで()()()()()()()()()()()、たきなを庇いながら銃弾を避ける。

 

「ッ……!」

 

 しかし、完全には避けきれなかったのか、頬を掠めたらしくそこから血が垂れる。

 

「棗さんッ!?」

 

「走るぞ、たきなっ!!」

 

「っ……はいっ!」

 

 困惑するたきなであったが棗の指示に即座に従う判断をして、ジンから離れるように逃げ始める。

 

「ひ、ひぃい!?」

 

「逃げろ! 警察呼べ!!」

 

 たまたま近くにいたのだろう、工事現場の作業員がパニックになった様子で逃げるが

 目標ではないがゆえに、ジンは無視をして棗とたきなの二人を追いかける。

 

「クソッ! 千束!! 松下さんを連れてすぐに避難しろ!!」

 

『分かった……!』

 

 棗は無線で千束に語り掛けながらスモークグレネードのピンを抜いて投げる。

 時間稼ぎのための目くらましだった。

 とはいえ、それも数秒持つかどうかのわずかなものだ。

 それ理解しているからこそ、棗とたきなは急いで逃げる。

 

 そして、ジンの放った弾丸がたきなの脚を掠めた。

 

「ッ……!?」

 

「ぁ……」

 

 たきなの脚から血が流れ、彼女はバランスを崩したように倒れ込む。

 その瞬間、棗の中で何かがフラッシュバックする。

 

やめろ! 助けてくれ! 俺は死にたくッ────

 

なんで俺たちがこんなことを────

 

……よかった、おまえだけで、も……いきて、て……

 

……あな、たは……い、きて……くださ……

 

 

 棗にとって、それは本当の意味で……逆鱗に等しかった。

 殺し屋は、開けてはいけない箱を開けてしまったのだ。

 

「────殺す

 

 それは底冷えするほど低い声だった。その声を発した直後に────

 

「ッ、いつの間に……!?」

 

「ッ────!!」

 

 真横まで接近した棗の蹴りによって、ジンは吹き飛ばされる。

 

「ぐ……!」

 

「アンタは……俺の逆鱗に、3回触れた。だから、死ね

 

 起き上がったジンは銃を構えるがそれよりも先に棗の偽装されたナイフが彼の手に届き、拳銃を叩き落とし切り付ける。

 

「その、ナイフ捌き……! お前が……灰色(アッシュ)か……!?」

 

「……さて……なんのことか。まあいい……どうせ殺せばいいしな」

 

 棗はギロリと睨みつけそのままナイフを首元につきつける。

 

「殺せないナイフでも、過負荷電流(オーバーロード)をすれば……アンタを殺すぐらいはできる」

 

 そう、彼のナイフは偽装されたスタンロッドである。故に、気絶させるだけの電圧を超える電圧を流してしまえば、人の心臓を止めるぐらいはできてしまう代物だ。

 

「ッ……!」

 

 しかし、ジンもそれだけで終わるほど柔な殺し屋ではない。隠し持っていたナイフで棗の手を切りつけようとするが……それも見切っていたようにナイフを持っていなかった左手で刃を掴み、ジンの反撃を受け止める。

 

「な……に……!?」

 

「遅い、さっさと────」

 

 死ね、そう言いスタンロッドの電圧を上げようとした直後────

 

「なつめええええ!!」

 

「────」

 

 ────大切な少女(千束)の声が聞こえた。瞬間、我に返ったように棗はジンの腕を掴み肉盾にするようにして千束の前に蹴飛ばして突き出す。

 

「────千束!!」

 

「ま、かせ……て!! は、あッ……!!」

 

 それに合わせて千束は拳銃をジンの腹に殴り付けて、非殺傷弾を腹に連続で撃ち込む。

 

「ふふん! 棗、ナイスアシスト!」

 

 そのまま蹲って倒れ伏し、気を失ったであろうジンを見ながら、どや顔でピースをする千束。

 

「……こちらは任せて、と言ったんですけどね」

 

「ナイスアシスト、じゃねえわ! お前の任務は松下さんの護衛だろうが! 護衛対象放っておいてどうすんだ!?」

 

「うえ!? お説教!? ごめんってば!? ……って、棗! 怪我してるじゃん!?」

 

「……え? いっつ……!? あ、ああ……いつの間にしたんだこれ?」

 

 棗は本当に見覚えがないように千束の握った左手を見て、困惑した様子を見せる。

 まるで、先のことを覚えていない様子だった。

 

「棗さん……?」

 

 たきなは先ほどの棗の動きを見ていたからだろう、覚えていない様子だった彼を見て少し訝し気な表情を浮かべる。そこに松下を連れたミズキがやってくるが……

 

『殺すんだ』

 

「松下さん……?」

 

『ソイツは私の家族の命を奪った男だ、殺してくれ!』

 

「え、でも……」

 

 豹変した様子を見せる松下。たきなも棗も先ほどまでとは全く違う雰囲気の松下に驚いていた。

 

『本当なら、あの時……私の手で殺すべきだった……! 家族を殺された20年前に……!』

 

『……ジンは、その頃……()()()()()()()

 

「……なに?」

 

 松下の言葉とミカの証言が食い違ったことに、棗は耳を疑い松下を睨みつける。

 

『君の手で殺してくれ……! 君は()()()()()()()()()()()()! 何のために命を貰ったんだ!? その意味を考えるんだ!!』

 

「おい、松下さん。アンタなにを────」

 

「棗」

 

「……分かった」

 

 松下の千束の心を無視するような指示に流石に我慢の限界だったのか、棗が止めに入ろうとし……それを千束が腕を掴んで止める。

 ……自分の言葉で言いたい。そういう意味だったのだろう。棗はおとなしく引き下がる。

 

「松下さん、私はね。人の命は奪いたくないんだ」

 

『────は?』

 

「私はリコリスだけど……誰かを助ける仕事をしたい」

 

 千束はアランチルドレンの証である、梟の首飾りを手に取って笑う。

 

「これをくれた人みたいに、ね」

 

()()()()()()。そんな約束をどこかでしたような記憶がある。

 だから、錦木 千束は人を殺さない。決して。何があったとしても。その約束をした首飾りを渡してくれた人のためにも。

 

『何を言って────……()()

 

「え、今……」

 

『それではアラン機関が君を、その命を────』

 

 松下がそう口に漏らした直後に、遠くからパトカーらしきサイレンが響いてくる。

 

「あらら……面倒なことになる前に逃げましょ、ほらほら!」

 

「あ、うん! そうだね! 松下さん、とりあえず場所を変えて落ち着ける場所で────……あ、れ? 松下……さん? 松下さん!?」

 

 ミズキにそう急かされ慌てた様子で千束は松下に話しかける。

 しかし松下からの応答はなかった。その証拠を示すように、彼の車椅子の機器全てが停止していたのだ。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ────

 

 

掃除屋(クリーナー)から連絡があったわ、指紋から身元が判明。

 先々週に病棟から消えた薬物中毒の末期患者だって。もう自分で動いたり喋ったりはできないらしいわよ」

 

 五人で車に乗って帰る途中で、ミズキからそんな言葉を告げられる。

 それは即ち、あの車椅子に乗っていた老人は松下という大企業の重役ではないという証だった。

 

「そんな!? みんなと喋ってたじゃん!?」

 

『ネット経由で第三者が千束達と話していたんだよ、ゴーグルのカメラに車椅子はリモート操作で、音声はスピーカーだ』

 

「つまり……松下さんは、存在しない……?」

 

「……第三者が何かの目的で利用した……偽装の名前ってことか」

 

 松下という男は存在していない。まさに存在しない者だったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待って……じゃあ、誰が? なんで、私に殺させようとしたの? なんのために……?」

 

 千束の困惑する言葉を聞いて、ミカはジンの語った依頼主のことも含めて、心当たりがあったのか、一人の人物の顔を思い浮かべる。

 

「まさ、か……!?」

 

 その相手はきっと正しいのだろう。

 彼であれば、それが可能だと()()のミカは理解しているから

 

「…………」

 

 棗もまた、その相手に心当たりがあるのか……何も言わずに黙り込んでいた。

 

 

 ────

 

 

「あの男を使う計画を進めてくれ」

 

「畏まりました」

 

 あるオフィスの一室で、パソコンに浮かび上がる写真を見ながら秘書らしき女性に指示を出す男がいる。

 

「まさにこれは運命だ。千束のそばに、本当に……彼がいるとはね。

 ああ、やはり……()()()()()()()()()()

 

 男は……()() ()()()は、パソコンの千束、たきなと共に写真に写っている棗の顔を見ながら、古くなった写真を手に取り……そこに写る、()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()を懐かしむように指で撫でて、なぞっていた。

 

 




立花 棗

謎多き記憶喪失の少年。
たきなの怪我を見て、トラウマが再発した。
ちなみに伊達メガネは東京駅から飛び降りた時に紛失したので
新しいのを自費で買うことになった。クソが。

俺は一体何をした……?


錦木 千束

アランチルドレン。
たきなと棗が落ちた時はヒヤヒヤしてた。

誰が、なんのために私を狙ったの……?


井ノ上 たきな

セカンドリコリス。
棗さんに助けて貰った。

……棗さん、あなたはいったい?


中原 ミズキ

飲んだくれの元情報部
今回の功労者その1

いやー、死ぬかと思ったわ……マジで。


クルミ

ウォールナット
今回の功労者その2
ドローンは相変わらず役に立つ。

棗のあれはいったいなんだ……?


ミカ

リコリコ店長な元傭兵。
ジンとはかつての仕事仲間。

シンジ……お前なのか……?


ジン

暗殺者 サイレント・ジン
ミカのかつての仕事仲間。めちゃくちゃ強い。

ミカの部下……3人ともいい腕だ。
しかしあの少年……まさかな……?


吉松 シンジ

──君をずっと、探していた。

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