【悲報】転生したら暗殺組織の隊員にされた件【戸籍ナシ】   作:星ノ瀬 竜牙

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Truth will out

「クルミ、ちょっといいか?」

 

「ん? なんだい、棗?」

 

 千束とたきなが真島の一件で、DA本部へ赴いている頃、棗は押し入れでくつろぐクルミに話しかける。

 

「少し頼みたいことがあってな」

 

「へぇ、珍しいな。君がボクに頼みごとなんて。それで……何をすればいいんだ?」

 

「聞かないのか?」

 

 クルミが断る素振りすら見せずに了承したことに驚く。何かにつけてサボろうとすることがある彼女にしては珍しい即答だった。

 

「お前が頼みごとをするってことはそれなりに大事なことなんだろ? 深くは聞かないさ」

 

「あー、大事か……って言われるとどうだろうな。俺的には大事だけどさ」

 

「…………どういうことだ?」

 

「俺の出生……ていうか、身体に関して調べてほしい。一応俺の身体の資料データはある」

 

 棗はUSBメモリをクルミに手渡しながら、そう告げる。

 クルミはソレを受け取りながら険しい表情で棗の顔を見る。

 

「いいのか……? 知らなくていい真実を知ることになるかもしれないぞ」

 

「……そのときはそのときだ。受け入れられるか、と言われたら自信もって頷けないけど。知らないと先に進めないだろ?」

 

 覚悟を決めた顔だった。もう止めることはできないだろう。彼は自らの異常性の真実をどんな方法を使っても突き止めようとするという確信があった。クルミはそれを理解したからか、大きくため息を吐いて頷く。

 

「…………はぁ、わかった。調べておこう。時間はかかるかもしれないけど、棗が望む情報を掴んでおく」

 

「ありがとな、クルミ。報酬は俺の口座から出すよ」

 

「別に必要ないぞ。お前には借りがあるし。……命の恩人の1人から金をもらうほどボクは落ちぶれてはないさ」

 

「……そうか?」

 

 そうだ。とクルミは言い……視線をパソコンに向けると棗から受け取ったUSBメモリを使いはじめる。

 それを見届けて棗は襖を閉めて開店の準備に取り掛かる。

 

 立花 棗にとって、それは些細なことだったかもしれない。

 だが、それがもし何かを終わらせてしまう内容であったなら。

 

 彼は選択を迫られることになるのだろう。

 

 

 ────

 

 

「棗さん、会計ズレなしです」

 

「ほーい、たきなおつかれさん。今日はもう終わりでいいぞ」

 

「わかりました」

 

「くっはー!」

 

「……晩酌は家でやれよ」

 

 たきな、棗、クルミ、ミズキがそれぞれカウンター周りで作業を行っている間、千束は店の戸締りをし終えて戻ってくる。しかしその表情は険しそうで────

 

「……どうかしましたか、千束? なんか、今日はいつにも増して変ですよ?」

 

「コイツは毎日変でしょ」

 

 そんな様子が気になったたきなの言葉に、ミズキはそう突っ込む。

 

「んー……先生は?」

 

「買い出しに行ったけど……どうした?」

 

「あーいやちょっとね……」

 

 棗は曖昧な言葉で濁す千束に首を傾げる。彼女がここまで悩み込むのは珍しいからだ。

 

「もうおっさんのことが恋ちくなったのかな、千束ちゃんは?」

 

「「ミズキ(ミズキさん)酔っ払いすぎだ(酔いすぎです)」」

 

 千束をからかうように煽るミズキにたきなとクルミが咎める。

 それからしばらく千束は沈黙を貫いていたが、真剣な表情で口を開く。

 

「皆さん」

 

「……なんだ急に」

 

「リコリコ閉店の危機です」

 

「「「「え?」」」」

 

 千束のその真剣な言葉に困惑する四人であった。

 

 ──直後、更衣室にミカを除く全員を集める千束。

 昨日の昼間に、たまたまミカとすれ違ったとき彼のスマホのメッセージを見てしまったこと、そこに自分に関する話が出ていたことを説明した。

 

「────クリア。……って、なんでアンタも人のスマホを覗き見てんのよ」

 

「だって見えちゃったんだもん」

 

 ミズキの咎めるような言葉に、しょうがないでしょーと千束は不服そうに返す。

 彼女のもともとの動体視力の良さが今回に関しては災いしてしまったようだ。

 

「目が良いと余計なモノも見えてしまうんですね」

 

「パンツとかな」

 

 余計なことを口に出したクルミの頭をたきなは無言でおぼんを使って軽く叩く。

 

「あいたっ……そもそも楠木だと何故分かるんだ?」

 

「そうですよ、司令とは限らないでしょう?」

 

 叩かれた頭をさすりながらクルミは問いかけ、それに対して同意するようにたきなも告げる。

 

「いーや、先生を誑しこんで私をDAに連れ戻す計画じゃわ」

 

「ふーん……自慢ですか? 結構なことですね! 必要とされてて!」

 

「あーんそうじゃないよたきなぁ~! 違う違う……じょーだんだからぁ」

 

 ぷい、と拗ねるたきなに弁明するようにすがりつく千束。

 

「……それがなんで店の閉店と関係してくるんだよ?」

 

「小さいとはいえ一応DAの支部だからね、ファーストリコリスのコイツがいないと存続できないのよ」

 

 そう、DAの支部は基本的にファーストリコリスの誰かが所属していないと維持できないシステムである。そのため千束がいなくなれば必然的にリコリコは閉店するほかないのだ。

 

「……長くても三年か」

 

「あ、じゃあ私が戻ります」

 

「えーん! そんな寂しいこと言わないでぇ~!」

 

「たきなはお呼びじゃないんだろ?」

 

 千束がたきなに頬ずりする横で心ない言葉をぶつけるクルミ。たきなは再び無言でおぼんを……今度は彼女の額に叩きつけるのだった。

 

「ぐえっ!? し、失言だった……すまん……」

 

「いい音鳴ったなぁ……」

 

 ぐりぐりとおぼんをクルミの額に押し付けるたきなを横目に見ながら千束は訴える。

 

「み、みんなだってお店なくなったら困るでしょ!?」

 

「……まあ、私は養成所戻しですし」

 

「まだここに潜伏しておかないと、ボクは命が危ない」

 

「私は男の出会いの場がなくなる……!」

 

「でしょー!? って、そこでぶつくさ呟くしかしてない棗! 棗は困らないの!?」

 

 基本会話に口を挟んでこなかった棗を千束は指差し、そこに他の三人の視線も集まる。

 

「……いや、まあ。俺はここがなくなる時って詰みってことだしな。困ると言えば困るが」

 

「「「「え?」」」」

 

「……うん? 俺なんか変なこと言ったか?」

 

 棗のそんなカミングアウトに驚愕する千束たち。棗はそれを見て不思議そうに首を傾げるが……

 すぐに正気に戻った千束が慌てて問い詰める。

 

「ちょ、ちょいちょいちょい。詰みってどういうこと!? 聞いてないけど!?」

 

「いや聞いてないもなにも、ここに来た頃から俺ずっとそうだっただろ。

 一応言っておくけど、俺って元政府黙認の暗殺部隊の隊員で戸籍なしで脱走兵だからな? 

 おやっさんの後ろ盾がなかったら無許可で銃携帯してる戸籍なしの成人男性とか完全にアウトだわ」

 

 千束はそんな棗の言葉を聞いて連想する。

 

 Q,無許可で銃を持ち歩いていたらどうなりますか? 

 A,銃刀法違反で捕まります。(1OUT)

 

 Q,その状態で戸籍なしの成人男性だった場合どうなりますか? 

 A,釈明の余地なしで有罪です。(2OUT)

 

 Q,有罪になったその人が政府黙認の秘密組織に元々所属していたと判明したらどうなりますか? 

 A,問答無用で処刑。口封じ。秘密裏に死体も痕跡も処理されるでしょう。(3OUT)

 

 スリーアウト、チェンジである。どうやっても立花 棗の詰みであった。

 

「ダメじゃん!?」

 

「アンタ本当にやばい状況下だったのね……」

 

「ボクよりもまずい状況下にいたんだな……棗」

 

「……とりあえず棗さんのためにも動いた方がよさそうですね」

 

 さすがにそれはまずい、と四人は思ったらしくミカの調査を始めることにするのだった。

 

「BAR Forbidden……検索エンジンには出ないな……別の口から調べると……お、あったぞ」

 

 クルミはタブレット一体型PCを使って件のミカがDAの司令らしき人と落ち合おうとしている場所を調べ上げる。

 そこは会員制のバーの名前だったらしく、どこかオシャレな雰囲気のあるホームページに繋がっていた。

 

「会員制のバーね……」

 

「入れるんでしょうか?」

 

「そこはコンピューター専門の人の出番ですよ」

 

 たきなの疑問に千束はパソコンの画面をのぞき込みながらちらり、とクルミを見る。

 

「……偽造自体は大丈夫だが」

 

「おお、さすが」

 

「いや、普通に考えてこんな場所で仕事の話をするか? 逢引とかじゃないのか?」

 

 疑問に思ったことをクルミは口に出す。確かに、こんなお店で仕事の……しかも秘匿されているDAやリコリスのことに関して話すとも思えないのだ。

 

「店長と司令は愛人関係……ということですか?」

 

「愛人」

 

「アンタの口からそんな言葉が出るってなんか興奮するわね?」

 

「おいそこ二人」

 

 ニヤニヤと笑う千束とミズキを見て棗がジト目で睨む。たきなから愛人などという言葉が出るのは確かに珍しいが、それで弄るなという意図であった。

 

「……でもそういうことじゃないか?」

 

「いや……それは……」

 

「ないわね」

 

「うん、ないね」

 

 クルミの尤もな疑問に、棗、ミズキ、千束の順で否定する。

 

「なんでだ? あり得る話だろう?」

 

「「「ないないないないない」」」

 

 首を傾げるクルミに更に否定を重ねる三人であった。

 ミカの事情を知る三人だからこそそういう反応なのだろう。無論、それを知らないクルミとたきなは首を傾げていたが。

 

 ────明後日。

 

『お昼のニュースです。昨夜なんと警察署で悲惨な事件が発生しました』

 

『こちらが、暴力団による襲撃を受けた警察署です。現場付近には使用したと思われる銃器の弾丸が散らばっており────』

 

「うっわ、ものすごいな……今時珍しいわねぇ」

 

 リコリコ内のテレビに流れたそんなニュースを見て、ミズキはぼそっと漏らす。

 警察署の襲撃などという事件のニュースが流れれば当然そういう反応にもなるだろう。

 そのとき、カランカランと店に来客が訪れる鐘が鳴る。

 そちらを見れば、赤い制服と紺色の制服を着た少女……つまり、リコリスが二人立っていた。

 

「千束はいるか?」

 

「お、フキちゃんいらっしゃい」

 

 カウンターで作業をしていた棗がその見覚えのある顔に気付いたのか名前を呼ぶ。

 赤い制服……ファーストリコリスの少女の名前は春川(はるかわ) フキ。数年前にも何度か、任務の情報収集のために訪れておりその頃から面識がある相手だ。

 

「……どうもです、棗さん」

 

「千束ー、フキちゃんが来てるぞ」

 

「マジ? ちょっと待っててー!!」

 

 どたどたと厨房の方から慌てるようにやってくる千束。

 

「いらっしゃーい! フキ!」

 

「相変わらずやかましいな。……とりあえず説明する前に見せたいものがある」

 

「見んかーい!!」

 

 セカンドリコリスの少女がリモコンでテレビを消す。その間にカウンターにフキは座るのだが……

 

「あん? 見ない顔だな」

 

 クルミの顔は見覚えがないらしく、じーっと見つめる。

 当然、クルミからすればまずい状況である。なにせDAに以前ハッキングしたのは彼女だし、そのときの通信障害の被害を喰らったのはたきなが当時所属していたフキのチームであった。

 つまるところ、クルミ(ウォールナット)はDAからすれば排除すべき人間なわけで────

 

でぃ……でぃでぃ、DAの者デス……

 

「…………そうなのか?」

 

 冷や汗をかきながら震えた声で苦しい噓をつくクルミを訝しそうに見つめたあと、千束に問いかける。

 

え? え、あ、ウン。うちのこ、コンピューター担当の人ダヨ?

 

「…………それならちょっと借りるぞ」

 

 千束も嘘が下手くそなので、当然声は震えていたが……

 フキはまあいいか、と触れずにクルミのタブレットを手に持つと、持っていたUSBメモリをタブレットに差し込む。

 するとそこにはニュースで報道されている暴力団ではない者たちが銃を持って暴れている映像が映し出された。

 

「ニュースまんまじゃねーじゃん!」

 

「報道はカバーしてるに決まってるじゃないッスか!」

 

「けど、こういうやつらが行動する前に制圧するのがアンタらの仕事でしょ?」

 

「ぷんっ!」

 

 拗ねる少女を見ながら棗は苦笑して注文を聞く。

 

「二人ともなんか食べる?」

 

「あ、団子セットいいっすか! 抹茶のやつ!」

 

「あるよ、食べる?」

 

「マジッスか! いただきます!」

 

 少女の注文に、棗は既に作っていた抹茶のお団子セットをカウンターに置き、差し出す。

 

「おお……これが噂の団子セット、いただきまーす!」

 

「フキちゃんは?」

 

「任務中だからいい」

 

「あ、そう?」

 

「えーひぇんぱい、これおいひいっふよ~?」

 

「お前は早速食うんじゃねえよサクラ!?」

 

 もぐもぐ、と団子をほおばるサクラと呼ばれた少女を見て棗はくすっと微笑む。

 

「それだけ美味しそうに食べてくれると作る側としては嬉しいもんだな」

 

「んぐ、アンタ良い人っすね~。あ、自分は乙女(おとめ) サクラっす。よろしくっす!」

 

「俺は立花 棗。ここの店長の雇われ用心棒……みたいなところかな? で、リコリコの厨房で働いてる。

 千束とたまに任務に出てるから、もしかすると今後一緒になることもあるかもしれないな。よろしく、サクラちゃん」

 

「サクラでいいっすよ! ならもし任務で一緒になることがあったらお団子とか差し入れてほしいッスね!」

 

「ははは、難しいかもしれないけど作っておくよ」

 

 サクラと棗が自己紹介をして駄弁っている途中で、ミカが驚いた様子を見せながら厨房の奥からやってくる

 

「おや、珍しいお客さんだな」

 

「あ……」

 

「お、ミカさんじゃないっすか! お先にお団子いただいてまーす!」

 

「はは、ありがとう。フキはなにか頼んだのか?」

 

「い、いえ……任務中……なので……」

 

 赤くした顔をパソコンで隠しながらミカの言葉に返すフキ。

 傍から見ても、なにかしらミカに抱いているモノがあるのが丸分かりであった。

 

「ち、千束ォ! どれだ!? どいつだ!!」

 

「もーそんな大きな声で叫ばなくたってわか────」

 

 そこまで千束が口に出したところで、PCで流れていた襲撃映像の中に真島の顔が映り、映像を逆再生して真島がはっきりと監視カメラを見た瞬間で一時停止させる。

 

「あー!! コイツコイツ!! ねえ、たきな! 棗!」

 

「ですね、私たちが見た相手です!」

 

「ああ、間違いない。この顔だ」

 

「これが……か……」

 

 初めて顔を見たフキは顔を顰めて映像を見る。自分たちの仲間を殺した相手なのだから思う所はあるのだろう。

 

「これ髪型私のでしょ!」

 

「色だけじゃないですか!?」

 

「いやお前らどっちも下手だよ」

 

 テレビの横に貼っていた全く似ていない真島の似顔絵と映像を見比べて揉める千束とたきなを諌める棗。

 

「サクラ、行くぞ」

 

「んぐ?」

 

 それを聞きながら、フキはカウンターから立ち上がるとサクラの制服の襟を掴み────

 

「ま、まだ団子食ってる最中っすよ!?」

 

 抵抗しようとするサクラをズルズルと引きずって去っていく。

 

「いいからいくぞ!!」「え!? なんでですか!!?」「サクラ!」

 

「ちょっとぐらい……!」「サクラ!!」

 

「だからなんで!?」「サクラァ!!!」「ひえええっ!?」

 

「……今度はもうちょっと手軽に作れて食べられるものにしてあげるか」

 

 隣で真島の似顔絵似てる似てないで揉める千束とたきな、外で団子セットに関して揉めるフキとサクラの会話を聞きながら、棗はぼそっと呟く。サクラが気の毒に思えたらしい。

 

「まったく……ってこれは……」

 

「どうした? ……なるほどな」

 

 クルミはそっとパソコンを自分の手に戻すと、最後に映っていた画像に目を通して驚いた様子をみせる。

 それに気付いた棗はクルミのパソコンを覗きこみ、顔を顰める。

 

 その映像には『勝負だリコリス!』と血で書かれた宣戦布告のメッセージがあった。

 

 そこに再び来客を報せる鐘が鳴る。視線をそちらに向けるとフキがまた立っており……千束たちは首を傾げる。

 

「あれ、フキ? どした?」

 

「お代だ!!」

 

「ああ……どうも……?」

 

 バシン、と机の上にサクラが食べていた抹茶団子セットの分の料金を置いて再び出ていくのだった。

 別にここDAの支部だから経費で落として良かったのになぁ、と棗はお礼を言いながら考えたのは余談であった。

 

 ────

 

 

「腹減ったわねー」

 

「うどんでも湯がきますか?」

 

「いいわねえ」

 

「食べまーす!」

 

「はいよ、じゃあ準備するわ」

 

 その日の夜、うどんを食べようという(嘘の)話を持ち出したところでミカが申し訳なさそうに断る。

 

「ああ、悪いが……私は少し外出するよ」

 

「あら、そう?」

 

「戸締まり、頼むよ」

 

 ミカはそう言い、店の外に出たのを確認し……

 全員でどたどたとミカの追跡のために準備し始める。

 

「ああ、言い忘れてたがガスの元栓────」

 

 ミカは顔を覗かせて首を傾げる。

 クルミはジャンプをしていて、ミズキは体操。そして千束とたきなは鞄の中身を漁るようにして、棗はカウンターの方を覗くような体勢でいるのだから何をしてるんだという顔になるのは当然である。

 

「どうした? お前たち」

 

「いや、うどんはドコカナー……って」

 

「ココにウドンはアリマセンデシター」

 

「あ、ナイカー」

 

「うどんは納戸だぞ?」

 

「あ、じゃあ納戸探してくるワー」

 

 ミカはガスの元栓などをしっかり閉めること、うどんの場所だけ告げて今度こそ去るのだった。

 今度こそ外出し、気配が消えた事を確認して、五人はへなへなーと脱力する。

 

「はぁ……寿命縮んだわ……」

 

「冗談でも言うなよ……」

 

 全員で脱力したまま、準備を再開する。

 千束とたきなが先に更衣室でドレスとスーツに着替え、棗はそのあとから燕尾服に着替えて眼鏡をかける。

 会員制バーに入るための変装であった。

 

「おお、似合うじゃん棗~」

 

「……はい、すごくお似合いです」

 

「アンタ、様になってるわねぇ」

 

「身長もそこそこあるからだろう、しっくりくるな」

 

「……どうも?」

 

 棗は女性陣からの手放しの賞賛に照れくさそうに頬をかく。真っ直ぐに褒められるのは慣れていないらしい。

 

「それで、私たちはどうよ? 棗?」

 

「変でしょうか?」

 

 くるり、と一回転して千束は赤いドレスを、たきなは黒いスーツをお披露目する。

 

「え? ……あー…………うん、二人とも似合ってる。綺麗だよ」

 

 その姿に思わず見惚れ、照れくさそうにしながら棗は褒める。

 

「……お、おお……あ、ありがと……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 二人もまた、素直に褒められるとは予想していなかったらしく少しばかり顔を赤くする。

 

「ケッ、爆ぜてしまえばいいのに」

 

「僻むなよ、ミズキ」

 

「僻んでないわっ!」

 

 見せつけやがって、といったリアクションをするミズキにクルミは呆れた様子をみせ、それに対して彼女は反論する。

 まあ少なくとも、目の前でイチャイチャされれば僻みたくもなるのだが。

 

「────あー、こほん」

 

 棗が一つ、咳払いをしたことで視線が集まる。

 

「それではお嬢様、パーティー会場へと参りましょうか」

 

 お辞儀をして手を差し伸べる棗。

 余所行きの、執事としての仮面をかぶった棗の演技に女性陣はドキッとする。

 なまじ容姿が整っている棗のその演技は破壊力が抜群だったらしい。

 

「は、はい……よ、よろこんで……」

 

 その手を差し伸べられた千束は恐る恐る、彼の手を取って車までエスコートされるのであった。

 

「……私もあんな風にされたい」

 

「ミズキは無理だろ」

 

「アンタほんと容赦ないわね!!」

 

 少しばかり羨望の目を向けたミズキにクルミは遠慮なく告げる。

 

「ミズキさん、車の運転を」

 

「わかってるわよこんチクショー!!」

 

 たきなに急かされ、悔し涙を浮かべながら車の運転席に座るのだった。

 

 

 ────

 

 

「偽造したカードだ、これで照会できるようにしてある。名前も教えた通りにしろよ?」

 

「分かってる、わざわざありがとな。クルミ」

 

 金色の会員証としてのカードを棗に手渡すクルミ。

 棗はそれを手袋をはめた手で受け取ると胸ポケットに入れる。

 

「ボクは一応ここからミズキとバックアップする。任せたぞ」

 

「大丈夫だって、クルミー。心配しなくていいよ!」

 

 そこまでポカはやらかさない、という自信に満ちた姿を見せる千束に呆れながら、それぞれ手渡されたインカムを装着する。

 

「さぁて……任務開始と行きますか。……こほん、お嬢様、ご主人様。こちらへ」

 

「だから、急にスイッチ切り替えないでってばー!!」

 

「棗さん……すごく様になってますね……」

 

 そのまま棗にエスコートされるままに、目的のバー手前の扉まで進む。

 

「おお……この辺の空気やばいね!」

 

「……ここ、でしょうか」

 

「……ん、確認する」

 

 行き止まりの扉部分、そこにクルミから説明された通りであれば左側に指紋認証で閉じてある隠し棚と

 暗証番号を入力できる装置が置いてあるはず、それを確かめるように棗は左側の指定された部分に手袋を外して触れる。

 

「ビンゴか」

 

 すると、棗の指紋に反応したように隠し棚が開き、そこに暗証番号を入力するための装置が置いてあるのが確認できた。

 

「本格的だ……!」

 

 棗はクルミに指定された通りの番号を入力する。すると認証したような機械音が流れ、閉じていた扉が開く。

 

「……通ったな」

 

「さすがはウォールナット……ですね」

 

「さぁて、ミッションスタート……!」

 

 千束の言葉を合図にして、受付の店員のもとまで近づく三人。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。恐れ入りますがお名前をお聞かせいただけますか?」

 

 受付の店員の言葉を聞き、棗が代表して前に出てから会員証のカードを渡す。

 

「こちら、旦那様の蒲焼 太郎さま。こちらはお連れのわさび のり子さまです。

 私は、旦那様の執事のセバス・チャンと申します」

 

 その言葉を聞いてインカムの先からクルミの笑い声が耳に入ってくるがそれを気に留めず、確認を待つ。

 

「確認致しました。蒲焼 太郎さま。ご案内いたします」

 

「では、ご主人様、お嬢様……こちらに」

 

 棗は店員の案内について行く千束とたきなの後ろにつく形でついて行く。

 指定された席に案内され、座ると三人のもとにシャンパングラスが置かれ、シャンパンが注がれる。

 

「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 

「ありがとうございます~」

 

 千束は間延びした返事を返し、それに店員は会釈をして去る。

 それからしばらく暇な時間が続くからか千束とたきなは周囲を見渡す。

 

「オシャレだねーここ」

 

「……落ち着いた雰囲気ですよね」

 

「ほら、棗もそこに立ってないで座んなよ?」

 

 後ろで立っている棗にそう告げる千束ではあるが、今の棗はあくまでわさび のり子、蒲焼 太郎の執事なのだ。やんわりと断ろうとするが……

 

「いえ、今の私はお二人の執事……」

 

「貴様~、余の酒が飲めんと申すか~?」

 

「めっちゃ悪酔いしてそうな王族な感じで話しかけてくんなよ……わかったから」

 

 だる絡みするようにシャンパンの入ったシャンパングラスを見せる千束に困った顔をしながら、対面に座るのだった。

 

「それでよし!」

 

「はあ、まったく……」

 

「……どうしましょうか、これ。私も千束の未成年なのですが」

 

 たきなは机に置かれたシャンパンを見ながら困った顔をする。戸籍がない孤児であるからこそ別段飲んだところで引っかかったりはしないし、車を運転したりしている時点で今更ではあるのだが、それでも飲んだことのないお酒を飲む……というのは些か勇気がいる話だ。

 

「俺が隙をみて飲むから置いておけ」

 

「おお、さすが成人男性。頼りになるぅ」

 

「ありがとうございます、棗さん」

 

 助け舟を出したのは当然棗だった。唯一成人している身だからこそ彼が酒を飲むことにしたのだろう。

 そうしてお酒を軽く処理しながら時間を潰していると、カウンターの席にミカがやってきたのを確認する。

 

「あ、店長が来ましたよ」

 

「え? うっわ、なにあれ先生めっちゃ決めてきてるじゃん……!?」

 

「……マジの逢引の線ないかこれ」

 

 黒いシャツと白いスーツジャケットにネックレス、明らかに気合を入れた格好のミカに驚くのは千束と棗だった。

 

『ほら、言った通りだろ? 楠木が来る前に撤退した方がいい』

 

『いやだって楠木は────』

 

「「────女性だからなあ」」

 

「え?」

 

 ミズキの言葉に続くように千束と棗がぼやき、たきなは驚いた表情を浮かべて二人を見つめる。

 

「あ、お相手さんきた!?」

 

「誰か来ましたね?」

 

「……って、あれうそヨシさん!?」

 

 ミカの隣にやってきたのは吉松 シンジであった。

 

『あー……逢引だなこりゃ』

 

『え?』

 

「え?」

 

 ミズキや千束、棗のリアクションにクルミとたきなは困惑した様子をみせる。

 

「逢引だな……帰るぞ、二人とも」

 

「だね……行こ、たきな。邪魔しちゃ悪い」

 

「え、あ、はい?」

 

『待てお前ら、ミカはそうなのか!? 先に言えよそれ!?』

 

 クルミはなんとなくミカの秘密に気付いたらしい。彼は同性愛者であった。

 無論、それを隠しているわけではないのだが……言われなければ気付かれないような人だった。

 

「愛のカタチはさまざまなんだよ、たきな」

 

「あ、それ……」

 

 以前、棗が口に出していた言葉と一字一句同じことを告げる千束を見てたきなは同じことを指していたのだということに気付く。

 

「たきな、こっちこっち……!」

 

「リコリコの常連ですし挨拶ぐらいはしても……」

 

「いいから、あとで教えてあげるから今は帰るよ……!」

 

 千束が先頭でこっそりと帰ろうとしているところで、シンジから思いも寄らぬ言葉が出て彼女の足が止まる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ミカ?」

 

「え……?」

 

「あ、やば……」

 

 その言葉の意味を千束は理解した、理解してしまったからこそ立ち止まってしまったのだろう。

 

「んむ……? ちょっと、千束? 千束、気付かれますよ……!」

 

 千束のおしりに顔をぶつけたたきなは、呆然とする彼女に声をかけるが……千束の耳にはミカとシンジの会話しか入ってきていなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え、うそ……ヨシさん……なの?」

 

「ちょ、ちょっと千束っ……出ないんですか……!?」

 

「ヨシさんだよ……!」

 

「バカ、千束……!」

 

 千束は興奮のあまり、即座にミカとシンジの前に出ようとして棗とたきなに慌てて止められる。

 だが二人の制止を振り切って、千束はシンジに話しかけた。……話しかけてしまった。

 

「ヨシさんなの?」

 

「!? 千束ッ!?」

 

 ミカは当然そこにいるはずのない少女がいることに驚愕し、シンジはそれを見てミカを睨む。

 

「……ミカ……!!」

 

「いや違う!?」

 

 ミカは隠し通していた。このことも本当なら知らないはずだった。

 たまたま、タイミングが悪かったのだ。

 

「ごめんなさい! 先生のメールをうっかり見ちゃって……」

 

「司令と会うのかと思って……すみません……」

 

「俺からも、すみません。止めるべきでした」

 

「お前たち……」

 

 申し訳なさそうに謝る千束たちをみて悪気はなかったのだと、ミカとシンジは悟る。

 ────補足しておくなら、シンジはそれだけではなさそうだったが。

 

「でも、今の話……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからヨシさんと話をさせて!」

 

「……なにかな」

 

 千束の視線を感じ、シンジは再びカウンターに視線を戻す。

 ここから先は三人の会話になるだろう、そう悟ったたきなと棗は目配せをして先に戻ろうとする。

 

「私、先に戻ってますね」

 

「うん、ごめんね。たきな、棗」

 

「失礼しま────」

 

「……待ってくれ、棗くん」

 

 軽く会釈だけして去ろうとする棗を、引き留めたのは意外にも吉松 シンジだった。

 

「……は?」

 

 棗は困惑したように、シンジの顔を見る。千束と話すんじゃないのか、何故自分を引き留めたんだ。と彼の目を見て訴える。

 それを見てシンジは深呼吸をすると、何かを自白するように声を出す。

 

「……君に謝っておかないといけないことがある」

 

「は?」

 

「え、ヨシさんどういう……?」

 

「シンジ……?」

 

 何を謝るつもりなのか、意図が読めなかった棗はより混乱した様子でシンジの顔を見る。

 当然、ミカと千束も何のことかわからないため、困惑したままシンジを見るほかない。

 

「十年以上も前の話だ。君は覚えていないかもしれない。

 ────だが、あの日。君に私が関わったことで、大きな悲劇が起きた。

 そして……君に私は取り返しのつかないことをしてしまった」

 

 シンジから出た言葉はそれこそ理解の及ばない言葉だった。

 十年以上前、つまり立花 棗としての記憶がない空白期。その時のことを知っているように語るのだから当然だ。

 

「…………いや、いやいや待ってくれヨシさん。

 どういうことだよ、俺の何を知ってる!? なにがっ……!!」

 

 棗は困惑して、シンジを制止しようとするが制止の言葉もお構いなしに彼は言葉を続ける。

 

「その後の君の足取りを掴めていなかった。

 だから、何処かで死んでしまったのかもしれない。私はそう思っていた。

 だが……君はこうして、千束とミカのもとで生きていた。

 ……正しく、奇跡というほかにない。本当に、驚いたよ。

 こうしてみれば……あの時と何一つ変わらない。

 ……いや、身長は伸びたかな。大きくなったね」

 

 彼のその言葉は、まるで家族に接するようなものだった。意味が分からない。分からない。

 なのに、その中に……彼の優しさと愛情が混じっていることを実感できる。なにより、その目が……まるで大きくなった実の息子を見るようだったから、棗はそう感じざるをえなかった。

 

「なに……を……」 

 

「一度拒否した君に、渡すことは許されないのだろう。

 だが、私は君に与えてしまった。だから……これは、君のモノだ」

 

 そう言い、シンジが取り出したのは()()()()()()()()()()だった。

 それを手渡された棗は、今度こそ……理解できなかった。

 

「────は?」

 

 彼の手にあるのは、アランチルドレンの証だ。だが、自分はアラン機関に支援された記憶がない。

 うっすらとアラン機関に出会ったような覚えはある。だが、それで支援されたとは考えていなかった。

 

 だけど、この焼け焦げた臭いは……()()()()()。夢で見た、あの火の海の臭いだ。

 

「え……棗……?」

 

 瞳を揺るがせ、困惑した表情を浮かべる棗を千束は恐る恐る覗く。

 普段の大人びた彼からは信じられない表情に彼女も不安を抱く。

 

「シンジ!? どういうことだっ……!?」

 

 ミカもそれを知らなかった。立花 棗がある少年に似ているとは聞いていた。

 だが、それが=棗だということは今の今まで聞かされていなかったのだ。だからこそ、シンジに問い詰めていた。

 

「……彼は一度死にかけたんだ。ある事故で。

 そして、その時……私は彼を助けるために、アランの才能を結集させた。

 心当たりはないかな? 君の驚異的な身体能力、治癒能力。

 ……それらは、アラン機関が与えたモノによる影響なんだ」

 

「────────」

 

 今度こそ、絶句した。そして何よりも……それが嘘ではないことを立花 棗は理解してしまった。

 この焼け焦げた梟の首飾り、そして夢に見た火の海。それらがもし吉松 シンジの言っている通りなら、全て辻褄が合ってしまうのだ。

 

「……けんな────」

 

「棗?」

 

 それはつまり、棗にとっては許せないことだった。

 あの生き地獄も、人を殺し続けた日々も、全て、全て……吉松 シンジが助けてしまったことで始まったのだというのなら。

 立花 棗にとって、吉松 シンジは恩人ではなく恨むべき相手なのだから。

 

「ふざけんな! アンタは俺に何をしたんだ!? なんで助けた!? 

 俺は、アンタが……アンタが助けたせいで────!」

 

 激昂し、勢いのままシンジを殴りかかろうとしたところで千束に腕を掴まれて止められる。

 

「棗!!」

 

「ッ!! …………すまん、頭冷やしてくる」

 

 振り返って、睨みつけた直後……千束の悲痛な表情を見てしまったからだろう。棗は少し頭が冷えたらしい。

 ……当たり前だろう、錦木 千束にとって、吉松 シンジは命の恩人だ。感謝したい人なのだ。

 それを悪く言われて……いい気にはなれないだろう。それを棗も理解してしまったからだろう。

 彼はやり場のない怒りを収めるために、席を外してこの場から去る選択をした。

 

「あ……棗……」

 

 手を伸ばして引き留めようとするが、棗の心境を考えればそれは本当にしていいのか。と千束は悩み引っ込める。

 

「……それで、千束ちゃんの話はなんだい?」

 

「あ……えっと……」

 

 気まずい、空気の悪い雰囲気のまま千束はシンジに話す。

 人工心臓を与えてくれた恩人を探していたこと、お礼を言いたかったこと。

 

「────それを認めることはできないんだよ」

 

「え……?」

 

「そういう決まりなんだ」

 

 アラン機関は、個人的な意思で支援したアランチルドレンと接触することは禁じられている。

 立花 棗が唯一の例外だったのだ、支援したことも知らされていない状態であった。

 だからこそこの場でシンジが告げたことで、それを知ることになった。

 本来は、千束のように支援してもらった人の顔も知らないのが当たり前だった。

 

「そう……なんだ、そっか……

 えっと、私も……いただいた時間で、ヨシさんみたいに誰かを────」

 

「知っているよ」

 

 そう、知っている。吉松 シンジはそれを見たからこそよく知っていた。

 だが、それはアラン機関の……吉松 シンジの望みとは異なる道だった。

 

「……しかし、()()()()()()()()()() 君の才能は本来────」

 

 そこまで、告げたところで受付の方から話し声が聞こえる。

 そちらに視線を向ければ受付のスタッフとクルミとミズキが揉めていたのであった。

 

「ちょっと二人とも────」

 

「……アランチルドレンには役割がある。ミカとよく話しなさい」

 

 シンジはソレだけを告げて席を立つ。もう話すことはない。と告げるように。

 

「……千束、しばらくここにいなさい」

 

 ミカにそう言われて、千束は茫然と立ったまま立ち去るシンジと追いかけるミカの方を見つめる。

 

「また……お店で、待ってますから……! まって……ます……!」

 

 その言葉は、彼に届いたのか。彼女にはわからないのだろう。

 

 ────

 

 シンジを追いかけ、彼と共にエレベーターに乗った先で……ミカはぼそりと呟く。

 

「……ジンは逃がしたぞ、シンジ」

 

「前はそんなに甘い男ではなかっただろう、どうしたんだい、ミカ?」

 

「千束が望む時間を与えてやれないのか!?」

 

「ミカ、才能とは神の所有物だ。人のモノではない。まして私たちのモノでもない。

 ────約束したじゃないか、そうだろう?」

 

 ミカに近づき、壁際に追い詰めシンジはそう告げる。

 動揺したように、ミカはシンジを突き飛ばし懐から拳銃を取り出して銃口を彼に突き付ける。

 

「やめろ!! 千束を……ッ! 千束を自由にしろ!! 私にはこの引き金を引く覚悟がある!!」

 

 嘘だ。そんなものはない。ミカの拳銃には安全装置(セーフティ)がかかっていた。即ち……撃つ気がないということだ。

 

「君の店を初めて訪れたあの日……本当に胸が弾んだよ。十年前のあの日のように────」

 

「ッ……シンジ……!」

 

 千束の先天性心疾患。それが二人の出会いの切っ掛けだった。

 ────切っ掛けは分からない。ただ、それでも。二人は愛し合った。愛し合ってしまった。そこに嘘はなかった偽りはなかった。

 だからこそ、心が軋むように痛い。

 

「……そういえば、ミカには言っていなかったね。棗くんのことを」

 

「なにを────」

 

 拳銃を握るミカの手が震えているのを見て、シンジは語り始める。

 一人の天才との出会いを。

 

「あれは、君と出会う前の話だ。私も若く、アラン機関の人間としても未熟だった頃────」

 

 とある孤児院で、アラン機関が見出した一人の天才と接触した。

 その子はとても優しい子供だった。いつだって、孤児院の子供たちや、職員を助けていた。

 そして誰かを助ける度に、その異常性を垣間見せていた。

 

「異常性だと……?」

 

「ああ、彼は幼いながら……天才だった。だからだろうか、常人では理解できないような手段で手助けをしていたこともあった」

 

 今でも、シンジは思い出せる。初めて会った時の少年のあり方を。

 そして、アラン機関が彼を支援したいと……そう言いだしたことにも納得がいった。ああ、確かにこれは喉から手が出るほどに欲す……素晴らしい才能だと。

 

「信じられるかい、ミカ? 僅か5歳ほどの少年が医療や科学といった技術、知識を理解していたんだ」

 

「それは────」

 

 明かな異常性。アラン機関が欲しがる天才だということをミカは理解できた。

 そして何より異質だったのが、それぞれ似て非なる二つの才能を持ち合わせているということ。

 

「それだけで済むのなら、まだよかったものさ」

 

「……どういうことだ?」

 

 シンジは、機関の指示を受けて少年の才能がどんなものなのか、あらゆる分野の試験を行い把握しようとした。

 

「結果は、全てクリア。────挙句の果てには拳銃の撃ち方すらマスターしてしまったよ」

 

「な……!?」

 

 即ち、その少年は……なんでもできてしまった。あらゆる分野で活躍できる才能を持っていることが証明されてしまったのだ。

 

「『どんな天才にもなれる天才』……それこそが彼の才能なんだよ、ミカ」

 

「バカな……そんなことは────」

 

「ありえない。私だってそう思ったさ。だが、彼はそのありえない可能性を証明してしまった。自らの存在をもって」

 

 0を1にしてしまったのだ、少年は。万能の天才。そう言える才能の持ち主。それが立花 棗だった。

 

「天才が神の与えた恩恵(ギフト)だというなら、彼は()()()()()()()()()……()()()()()()()()()

 ────彼がその才能を発揮すれば、真の意味で()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正しく、時代を変えるもの。その才能を届けることができれば世界を変えることすら不可能ではなかった。

 偉人、英雄。そういう代物だろう。一つの歴史の渦を作り出せる者だった。

 

「だがお前は、その少年は支援を断ったと……!」

 

「ああ、その通りだ。彼は自らの異常性に気付いていた。

 そして恐らく……自分という存在が世界を揺るがすことも悟っていたんだろうね」

 

 ────救世主になれる。そう告げた。だが、彼はそうはなりたくない。と言った。

 彼が守りたいものを教えられた。それは確かにかけがえのないもので。

 素敵なことだった。だからこそ、シンジは彼への支援は諦めることにした。

 ……したはずだった。

 

「原因はわからない。だが、その孤児院にアラン機関の人間がいるという情報が漏れたんだ。

 目的はおそらく、私だ。私を捕らえて人質にして身代金を要求しようとしたのだろう」

 

 犯罪者の集団にその孤児院は襲われた。金銭目当てだったらしい。

 

「…………孤児院の火事」

 

 凄惨な事件だった。今でも時々ニュースに取り上げられる。生き残りは一切なし。

 誰一人生存することなく、犯罪者も孤児院の子供たちも職員も全員死亡したとそう語られた一つの事件。

 

「……私はその時、別の仕事で孤児院に遅れて訪れたんだ。あれほど惨い景色を……私は見たことがなかった。

 自分を憎んださ。────私があの孤児院に訪れることがなければ、こんな事件は起きなかったのではないかと」

 

 ただ、その事件には一つ間違いがあった。

 

「間違いだと?」

 

「ああ、そうだとも。……たった一人、生き残った少年がいた」

 

 奇跡だった。その男の子だけが生き残っていた。

 ただ、それでも瀕死といってよかっただろう。このままではいずれ死んでしまうと。

 

「だから私は、アラン機関の人間としての権限を使った」

 

 あらゆる分野の天才を結集させ、なんとしてもその少年を生かすと。アラン機関もこれを承諾した。

 なにせ、自らが原因であり……そして、そのまま失うには惜しい才能をもった少年だというのも認識していたからだ。

 

「そうして少年は……我々アラン機関が作った技術によって生き延びた。それでもひどく衰弱していた。

 あの地獄を生き延びてしまったんだ。身体は生き延びても、心が死んでいた」

 

 だが、ある日……ふと、彼は目が覚めた。

 

「生まれ変わったように……いや、本当の意味で生まれ変わったのかもしれない。記憶の欠如と共に」

 

「…………!」

 

 ミカは驚愕してシンジを見つめる。少年が記憶喪失になったこと。

 それがここで立花 棗の記憶が喪失している部分と合致したからだ。

 

「彼は以前の孤児院にいたことすら覚えていなかった。

 名前も当然覚えていなかった。────だから、()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、それは────」

 

 つまり、吉松 シンジこそが彼の名付け親だった。しかし、何故名前を与えたのかその意図が分からない。

 ミカは話を続けさせるように黙り込む。

 

「────彼に与えたものは、千束の人工心臓のさらに先をいく世代の技術だ。

 未だ実現できない技術、そんなものが知られてしまえば世界は彼を手に入れようとするだろう。実験体としてね。

 それを阻止するためには偽りの身分を用意し……そして、かつての彼の……棗くんそのものの痕跡を消す必要があった。

 だから、私は接触したんだよ。リリベルの上層部の人間に」

 

「……まさか」

 

「そうだ、ミカ。リコリスとリリベルのことを知ったのはこの時だ。痕跡の一切を消去するならこうするしかなかった」

 

 立花 棗がリリベルとして育った理由。孤児院に生存者がいないとされた理由。それら全ては立花 棗を守るためだった。

 

「────そのあと、しばらくして彼は病室から姿を消した。リリベルによって回収され痕跡の全てを消されたからだ」

 

 その後の足取りは私も掴めていなかった。だからこそ、リリベルとして戦っているのか或いは既に死んでしまったのか。

 分からないままアラン機関の人間として過ごしていた。そんなある日、千束と共にいる彼によく似た少年のことを知った。

 

 棗、という名前自体は居てもおかしくはなかったし、そもそもリコリスとリリベルは敵対関係のような状態だ。

 そのことから最初は他人の空似だと思っていた。

 だが、それでももしかすれば……と、君と千束の様子を見る口実で……彼のことも見に来ていたのだ。とシンジは語る。

 

「そして、彼と会話するたびに……私の中で彼があの時の少年だという確信が大きくなっていった。だが、それでも確証がなかった。

 ────その時だよ。千束と棗くんがジンと戦った。あの時に確証を得た。

 立花 棗はあの時出会い、助けて、名前を与えた少年なのだと」

 

「これは運命だ。私たちの娘と……息子がこうして君のもとに集まっている」

 

「シンジ、なにを……!?」

 

「あの日の約束だ、ミカ」

 

「ッ……!」

 

 十年前、千束に人工心臓を与えたあの日の約束。

 必ず世界に届けてくれ。そう頼まれたあの日の誓い。一度たりとも忘れていなかったその約束を。

 シンジは果たす時だとそう告げる。

 

「君は千束を。そして私は使命に基づいて棗くんを世界に届けなければならない。

 ────いつまでも、あの場所に居させるわけにはいかないんだよ。ミカ」

 

 シンジはそう告げてエレベーターから降りる。それはまるで今生の別れのようだった。

 

「────……覚悟なんて、あるわけないだろう」

 

 去っていくシンジを見届けず、ミカは安全装置のかかった自らの手に持った拳銃を見て壁にもたれかかる。

 頭がぐちゃぐちゃだった。千束のこと、棗のこと。一度に背負うには、あまりにも大きなものだった。

 

 

 ────

 

 

 先ほどのバーの存在しているホテルのトイレで、棗は鏡を見つめる。

 酷い顔だ。迷子のような、行き場を失った顔。

 

「………………才能か」

 

 彼らの会話を覗き見て、棗はそう声に漏らす。

 何でもできる才能。そんなものがあるとするなら……確かに恐ろしい。

 

 そして、それが理由で彼は生かされた。

 

「どうして俺だったんだ。なんで俺が……そんなもののせいで、俺は────」

 

 怪物に成り果てることになった。それならばいっそ、その事故とやらで死んでしまった方が良かった。

 転生などというもので二度目の人生を与えられた末がこれだ。

 

 得体の知れない組織に身体を弄られ、得体の知れない組織の犬にされて殺しを強要させられた。

 許せるものか。許せるはずがない。立花 棗にとって、許していいはずがなかった。

 

 だが────

 

この身体(おれ)にとっては……恩人だ」

 

 自分の意識が覚醒したリリベル時代よりも前に助けられていた。だからこそ、そう呟く。

 笑えない話だ、それも考えてしまえば……棗という男は二度の死を経験していることになるのだから。

 

「本当に、俺は生きているのか────?」

 

 鏡に映る自分の姿を見ながら、そう思う。立花 棗は……死んでいるのではないかと。

 

「俺は何者なんだ────」

 

 その問いに答える者は誰も居ない。焼け焦げた梟の首飾りだけが照明に照らされ鈍く光っていた。

 立花 棗の存在意義を教えるように────


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