【悲報】転生したら暗殺組織の隊員にされた件【戸籍ナシ】 作:星ノ瀬 竜牙
千束ちゃんがちょっとしっとりします。
「ほほう、まずはここかぁ……」
たきなに誘われて連れてこられた場所は以前、たきなの私服や諸々を買ったショッピングモールだった。
「……てか、それ寒くないたきな?」
「これ、お二人に買ってもらった服なので」
そう、たきなが着ていた服は夏服である。当然だ、たきなの服を選んだ時期は夏に差し掛かっていた頃だ。冬服など売っているはずもない。
「……いや、お前夏服じゃねえか、冬服どうした」
「ないです、これしかありません」
「マジかよお前」
いくら服やオシャレに無頓着と言っても限度があるだろ……と棗は頬を引き攣らせる。それ以外の私服ゼロってお前……
「ようし! なら千束さんがたきなの服の冬バージョンを選んじゃるよぉ!」
と、千束の突拍子な言葉でそのままショッピングモール内で服を買うことになったのだが……
「おほー!! やっぱたきな、素材がいいからめっちゃ似合うわあ!!」
「…………お前も素材って言ってんじゃねえか」
赤い帽子に、白い長袖の冬服、その上には黄土色のニット服、そして紺色のロングスカートを着たたきなが試着室に立っていた。
「……どうでしょうか」
「ん? あーそうだな……」
その衣服を着込みくるり、と一回転したたきなは棗に感想を聞こうとする。
……なるほど、確かによく似合っている。可愛いな。と棗はそんな感想を抱く。
「似合ってるよ、すごい可愛い」
「……ありがとう、ございます」
その言葉に少し照れたように、たきなは顔を赤くする。
「ちょっとー二人の世界に入らないでー?」
「「あっ」」
千束が頬を膨らませながらそう告げたからか、二人は はっ、と我に返る。
それと同時にたきなのスマホからアラームが鳴り響く。
「時間なので移動しましょう」
「え、まだコート買えて……」
「時間ないのでこれで」
「えー!?!?」
「やっぱ予定ギチギチに詰めすぎだろ……」
急かすように、たきなは服を買い終えるとそのまま千束と棗を連れて行こうとする。棗は彼女が作ったしおりを改めて見直しながら苦笑いを浮かべたのだった。
ところ変われば次の予定はゲームセンターである。
「おー! マリカじゃんマリカ!! 棗ー! たきなー! カートで競おうぜ!!」
「また懐かしいモノを……俺はやらんぞ」
「……いいですね、棗さんも一緒にやりましょう」
「えっ」
問答無用で付き合わされた。
「くらえ棗ぇっ!!」
「ばっ!? おまそこで青甲羅はやめろ!!!? あーっ!!!」
「あ、スターがでました」
「なあ! 俺だけキノコしか出ないんだけどバグってんだろ!!?」
ちなみに、棗はアイテム運でボロ負けしたようである。
「うーん……」
「千束、どうしました?」
クレーンゲームの前で睨めっこをする千束に不思議そうにたきなは顔を覗かせる。
「あーいや……このイッヌ、たきなに貰ったキーホルダーと同じヤツでさー」
「……そういえば」
筐体の中にある犬のぬいぐるみを見てたきなは、なるほど……と頷く。
たしかに、彼女が以前千束に渡したキーホルダーの犬と種類は一緒だろう。いわゆる「怖可愛い」というタイプのぬいぐるみだ。
「これ、欲しいんですか?」
「あ、いやー……ちょっと気になるけどぉ……さすがにここでお金落とすのはなぁ……」
こういうのって、基本的に沼ってお金解けちゃうじゃん? と千束は苦笑する。この手のゲームといえば当然、深追いしすぎると破産しがちである。店員に頼んで事なきを得る方法もあるにはあるが、そこまでして欲しいというわけでもない。
いいな、とは思ったがそれだけだ。千束にとって深追いする必要性はない。
「……はぁ……ちょっとそこ変われ」
「え? あ、うん」
見兼ねた棗がため息を吐くと仕方なさそうに、筐体の前に立ちプレイに必要なコインを投入する。
「で、どの色が欲しいんだお前は」
「うーん、と……じゃあこの赤いスカーフの子で!!」
「……わかった、ちょっと待ってろ」
千束のオーダーに棗は頷くと、ボタンを押してキャッチャーのアームを操作する。
この手のゲームはシンプルな操作だが、わざと別の場所に引っ掛けたり、アームをぶつけたりして動かす。というテクニックがいくつかある……のだが。
「……このアームの強度なら……いけるな。よし」
「マジか棗」
なんと棗は一発でそのぬいぐるみをゲットしてみせた。とんでも技術である。千束はもちろん、たきなも驚いた様子で棗を見た。
「……ん、ほらよ」
「え、いいの? これ一応棗が取ったのに……」
「……俺が持ってても仕方ないだろ。それに、そもそもお前に渡すために取ったんだから遠慮すんな」
「っ……あ、ありがとう……」
棗にぬいぐるみを手渡され、少し恥ずかしそうにしながら千束は受け取ってそのぬいぐるみを抱きしめる。
「ねえ、棗」
「……ん?」
「これ、めっっちゃ大事にするねっ!!」
「っ、お……おう、そうか」
にへら、と笑いながら千束はそう告げる。そんな彼女の笑みに見惚れたのか、棗は顔を赤くしドキッとしながら頬を掻いて視線を逸らす。
「……ふふ」
「……んだよ、たきな。その顔は」
くす、と微笑んだたきなに棗はジト目で睨む。
「いえ……なんでもありませんよ。ただ……」
棗さんは、千束のことが本当に大切なんですね。とたきなは笑った。彼女の言葉に思わず、棗は声を詰まらせてしまう。図星、というのはもちろん……否定できないからだ。
「……うっせ、余計なこと言うなっての」
「えーなになにー? 棗さんってばそんなに私のこと好きなのぉ~?」
「うるせえ!! 次行くんだろ次!!」
それを隙とみた千束はからかうように棗に問い詰める。羞恥心に苛まれた棗は顔を赤くしたまま誤魔化すように、次に急かすのだが……
「いえ、まだ時間が余って……」
「お? そ、れ、な、らぁ……? 三人でプリクラ! 撮っちゃおうぜ!!」
「……ぷりくら……? なんですかそれ……?」
「………………絶対嫌なんだが」
千束のそんな提案に首を傾げるたきなと、頬を引き攣らせる棗。たきなはそもそもとしてプリクラを知らなかったのに対し、棗は分かっているからこそ柄でもないからと断ろうとしていた。
「いいからいいから! 思い出作りに一枚だけでもー!」
「ちょ、やめろ! 押すな!! 入れ込もうとするなお前っ!?」
「ち、千束!? この箱みたいなのに入る必要があるんですか!?」
「あ、たきな。もしかしてプリクラを知らない? プリクラって言うのはね────」
「その前に俺は撮らんって言っただろうが!?」
困惑するたきなにプリクラがなんなのか説明をしながら逃れようとする棗を止める千束。プリクラの筐体の中で混沌とした状況が作られようとしていた。
「────なるほど……写真を色々とデコレーションするものなんですね?」
「そうそう! ね! たきなも一緒にやろ!!」
「……そうですね、せっかくですから一緒に撮りましょうか」
「よっし! ほら、棗も……!」
「やらねえっての!?」
「なんでよーっ!」
ぶーぶー、と抗議する千束に二人で撮ればいいだろ!? と抵抗する棗。やいのやいのと揉めている状態を見たたきなは、すっと棗の服の裾を摘まみ……
「あの、棗さん……ダメ、ですか……?」
「うぐっ…………」
上目遣いで、そんな風に訴えてきた。さすがにそこまでされてしまうと、棗もやらない、と首は横に振れず────
「だああ! わかったよ!! 一枚だけだぞ!!」
「おぉ……たきなってばやるぅ」
見事に口説き落とされたのであった。
そうして、(約一名)渋々撮らされたプリクラ写真を、千束は目を輝かせながら手に取る。
「はー、いいわぁ……」
「ですね。……かわいい」
「………………二度と撮らねえ」
千束とたきなは、もちろんなのだが……棗も何故か、かわいくデコレーションされたために顔を赤くしてしゃがみ込んでいた。さすがに恥ずかしさが勝ったらしい。
満足そうな千束とたきなに対して、棗は割と不服そうであった。
「あ、時間なので次に行きますよ」
「はーい!」
「お前ら俺のことを少しは気遣えよっ!?!?」
尚、アラームが無慈悲に鳴り響き……棗のことなど知ったことかと言わんばかりに、たきなに連れて行かれるのであった。憐れ。
「お待たせしました、こちらパンケーキです。ごゆっくりどうぞ~」
「ありがとうございまーすっ! たきな、棗ほら見て!! すっごく美味しそうだよっ!」
「ええ、美味しそうですね……」
「糖質大丈夫かよこれ」
「そういう無粋なことは言わんでよろしい!!」
喫茶店でパンケーキを注文して、それを美味しそうに頬張る千束。
「……よく見つけたな、この店」
「……以前、千束がパンケーキを美味しそうに食べていたのを思い出しまして……それで調べていたら、ここのクチコミがとても評判が良かったので……」
「なるほどな……」
幸せそうな顔をしている千束を見ながら棗は合点がいったように頷いた。
たきなは、どちらかというとこういうお店には興味を持つようなタイプではない、故に少し疑問だったが……『千束のために』探して、見つけたのだ。そう理解できれば納得もできる。
「……ところで、棗さんは食べないんですか?」
「うん? あー……いいよ俺は、二人で食べなって」
「しかし……」
たきなは、困ったように顔を顰める。このデートモドキは千束はもちろん、棗も楽しませたくて組んだモノだ。そこで彼に遠慮されてしまうと、計画としては成功とはならないからだろう。
そこで、ふと……たきなは以前、自分がされた……正確にはしてもらったことを思い出す。
「あの、棗さん」
「ん? どうし……」
「あ、あーん……」
呼ばれて再びたきなの方を見た棗は固まる。当然だ、珍しくたきなが自分の注文したパンケーキを切り、フォークに刺したモノをそのまま、こちらに向けて差し出しているのだから。
「い、いや待てたきな。さすがにそれは……」
「ダメ、ですか……?」
「ぐぬぅ……!!」
いただけない。と断ろうとしたら、すごく切なそうにしょんぼりとした様子をたきなが見せたために良心が痛む。
「……好きにしてくれ」
「! はい、好きにします」
結局、根負けして棗はされるがままにたきなからパンケーキをもらうのだった。
「むむぅ…………」
当然、それを千束は面白くなさそうに見つめる。
「棗っ!」
「んぐっ!? な、なんだ急に!?」
「あーんっ!!」
「は? いやまてまてお前まで別にやらなくてもっ!?」
「あーんっ!!!」
「わかった! わかったから押し付けようとすんなっ!?」
千束も負けじとパンケーキを棗に差し出しはじめてしまい…………
「おえ……口の中が、甘さで気持ち悪い……」
「「ごめんなさい……」」
食わされ過ぎた棗が机の上に突っ伏すはめになったのであった。
「……時間なので行きますよ」
「えー!?!? もう!? 早くないっ!? というかまだ残ってるのにっ!!」
「…………人の心とかないのかお前ら……ぅっぷ……」
またしても鳴ったアラームに合わせるように動く。デートにしては、随分と忙しいものである。
「
「秘密です」
「口の中のモノを飲み込んでから喋れよ……」
口の中に、残っていたパンケーキを詰め込んだまま不思議そうにたきなに問いかける千束。
それに対して、徹底してたきなは急いでいる理由を明かさない。それは最後までのお楽しみにしておきたいからだ。
「あっ……」
そうして、予定にいれていた水族館の前に到着した一行であったが……
「そんな……」
「……臨時休館とは、タイミングが悪いな」
「んぐっ、人生そんなに計画通りにはいかないもんだよ~」
水族館は水槽整備のため『臨時休館』をしていたのである。これでは予定が台無しになってしまう。
そういう焦燥感をみせるたきなを見て、千束はある提案をする。
「よし! たきな、棗! 私についてきんさい!」
「……え?」
「あそこか……」
そうして、千束に連れてこられたのは都内のとある釣り堀だった。
「トラブルも楽しむのが千束流だよ~」
「……そのトラブルで苦労したことも数知れずだけどな」
「それはそれ、これはこれってことでー」
「それで解決するかアホたれ」
千束の言葉に文句をたれながら、棗は釣り糸を水の上に垂らす。
魚が食いつくかどうかは時の運、魚の気分次第。故に、のんびりと食いつくまで待つしかない。
「……釣れませんね」
「釣れないねぇ……」
「ま……気長に待つのが釣りだからな……んな、五分十分でぽんぽん釣れたらそれはそれで困るっての」
たきなの言葉に、ぼーっと水面を見ながら千束と棗は返す。釣れたら嬉しい。
釣れなくてもそれを待つことに楽しみを見出すものだ。
「……楽しいですか?」
「もっちろん! 楽しいよ? 二人と行けるならどこでも!」
「はいはい」
「ちょいちょーい、そこはもっとしっかり受け取ってよ棗ー!」
これでも本音なんだぞう! と軽くあしらう棗に千束は抗議する。千束の言葉は文字通りの意味なのだ。裏などない。彼女は本気でそう思っている。たきなや棗と何処かに出かけること。それ自体が本当に楽しいのだと、本気で思っているのだ。
「お、時間ですな?」
「成果ゼロか」
「ま、そういうこともあるって。釣りだもん」
「……だな。じゃあ、最後の場所……案内してくれるか、たきな?」
「……はいっ」
立ち上がってそう告げる棗に、たきなはこくり、と頷いたのだった。
「ったく、何処で降りるか分かってんのたきなだけなのに……揃って寝るか普通……」
その道中、電車の中ですやすやと千束とたきなはお互いの頭を預けるように寝てしまったことは余談である。
……そして、日も沈み冬の肌寒い夜に公園に到着した三人。
「────へっくしゅんっ!」
「だからコート買えばよかったのにー」
「ったく……仕方ねえな、ほら」
「あ、ありがとうございます……」
当然、冬服とはいえそれなりに冷える格好だったたきなは寒そうにくしゃみをしてしまう。
棗は仕方なさそうに、上のジャンパーを脱いでたきなに羽織らせる。
「……ところで、棗」
「あ? なんだよ?」
「……なんでそこで立ってるのさ」
「……いいだろ別に」
千束とたきなが座っている公園のベンチから少し離れた電灯の傍に立って二人から距離を離しているのだから千束は当然気になった様子で指摘する。
「さすがに寒くない?」
「いいんだよ、俺はそう簡単に体調崩したりしないし」
「棗さんが迷惑でなければ、こちらに……」
「そうだよ、ほら。こっちきてみ?」
「いいっての。別に俺は……」
「い、い、か、ら!」
「あ、おいっ!?」
往生際が悪い棗にしびれを切らした千束は腕を掴んで引っ張り、棗をベンチに座らせる。
当然、たきなの千束自身の間……つまり真ん中にだ。
「……なんで俺が真ん中なんだよ」
「えー、だってそりゃあ……」
千束はたきなに合図を送るように手を招く。なんとなく、たきなは意図を察したのか……棗に渡された上着を使って全員が包まれるようにする。
「ほら、こうすれば……みんな寒くないじゃん?」
「……お前らな」
恥じらいってもんはねえのかお前ら……と呆れたように棗はため息を吐く。
「ばっかだなー、棗だからしてるんだよ。棗以外にはこんな事する気はないよ? ね、たきな?」
「そう、ですね……私も、棗さんになら構いませんから……」
「君らもうちょっと年頃の女の子だって自覚もたない?」
俺に対して無防備すぎるでしょ。と困った顔を浮かべる。俺だって男だ、何をするかわかったもんじゃないというのに。棗はそう思わずにはいられなかった。
……錦木 千束も、井ノ上 たきなも魅力的な……否、魅力的すぎる女の子だ。
正直こうして、隣にいて……しかも抱きついていて……ドキドキしないという方が無理がある。
おそらく、柔軟剤やリンスのいい匂いはするし……なにより二人の呼吸がこんなにも耳元で聞こえてくる。情けない話だが、立花 棗という男はこの状況下におかれて緊張していた。
「ねえ、たきな。何か待ってる?」
「……雪を、
「ぶふっ……それで……」
あんなに急いでスケジュールカツカツにしてたのか、と千束は納得がいったように笑う。
「完璧なスケジュール……のはずだったんですが……」
「そりゃおまえ……自然が予定通りにいくとは限らんだろうが」
それは完璧
「そうそう、神様も自然も気まぐれだからね~」
「それでも……今日だけは、やめてほしかったですね」
夜空を見ながら、たきなは呟いた。
ああ、本当に……今日だけは完璧で終えたかった。文句のつけようがないぐらいに完璧に。それで……千束や、棗さんに楽しかったと言ってもらいたかった。
「なんで?」
「……それは」
言って、いいのだろうか。たきなは少し言い淀む。もしここで言うことで何かが変わってしまったら? ……それが怖いから、勇気が出なかった。
「ははーん……DAに戻れるのかな?」
「ぁ……」
バレていた。いや、正確には多分……気付かれたんだろう。
「やっぱり! やったじゃん! いつ!?」
「おい、ぐいぐいすんなっ」
「あ、ごめん」
千束は我が事のように目を輝かせて嬉しそうに、たきなにいつ復帰するのか、と聞こうとする。
間にいる棗からすると、そのいつものグイグイとくる癖は迷惑極まりない状態だったが。
「…………明日です」
「……嬉しくないの?」
念願のDA復帰、だというのにあまり表情が晴れやかでも、声が弾んでもいないたきなに千束は首を傾げる。
「……わかりません」
わからない。嬉しいのか、嬉しくないのか。あれだけ望んでいた……願っていたDAへの復帰だというのに。今のたきなには分からなかった。
「そっか……たしかに、降った方が良かったかもねー」
ロマンチックだしさ、そういうの。なんて千束は言いながら夜の空を見渡す。街の灯りのせいで星は殆ど見えないけれど……それでも、こんな景色が好きだった。
「はい……本当に……」
降ってほしかった。綺麗な雪を見て……それで、二人に満足気に笑ってほしかった。
「理不尽なことばかりです。そうは思いませんか」
「……世の中そんなもんだ、理不尽でどうしようもないぐらいにクソッタレ。それが普通だよ。
まあ、だからこそ……より良い明日にしたいために全力でいろんなことにぶつかるんだ。そういうもんだよ。生きるってことはさ」
「かもねぇ……まあ、これは私の持論だけどさ。『自分でどうにもならないことで悩んでもしょうがない! だから、受け入れて全力で!』そしたら大体、いいことが起きるんだよ!」
「相変わらずお気楽だなお前は……」
「そのぐらいの方が人生楽しいもんだよ~? 棗は色々考えすぎだっての」
「……かもな」
否定はできなかった。時々、千束の明るさが羨ましいと思えてしまうからこそか。
「まあ、それに……たきなの計画は大成功してるよ、ね。棗?」
「ん……そうだな。すごく楽しかったよ。たきな」
「あ……」
初めて、そんな顔を見た気がする。本当に、心の底から楽しかったと嬉しそうに笑う彼の顔を。
だからだろうか、たきなは少しドキッとして見惚れてしまった。
「あ~、たきなってば棗の笑顔に見惚れたな~?」
「……え?」
「え、あ、いやっ……べ、べつにそんなことはっ!?」
千束がニヤニヤと笑いながらそう指摘してくるからか、たきなは大慌てで否定する。
別に、普通に否定すればよかっただけなのに……なぜ慌ててしまったのか、今の彼女にはきっと理由は分からないだろうが。
「私も、めっちゃ楽しかったよ。たきな。……ほら、棗も」
「はいはい……」
千束と棗は拳をぐ、とたきなの前に突き出す。
「ふふ……はいっ」
コツン、と三人で拳を付き合わせた。
「あ、今日中にDAに連絡しないと……!」
「ん、じゃあ行かないとね!」
たきなはベンチから立ち上がって、連絡を送るために帰ろうとし……
「はい……って、あのこれっ」
「餞別。持って行っていいよ」
羽織っていた上着を棗に返そうとしたところで棗にそう言われる。
どうせ、もう着ることもできないだろうしな。と続く言葉があったのは当人以外に知りえないが。
「……ありがとうございます」
ぺこり、とたきなは棗と千束に向けてお辞儀をして……
「いってきます」
「うん、「「いってらっしゃい」」
千束と棗に見送られる。そうしてすぐのこと……
「お……?」
「雪、降ったな」
そんなたきなを祝福するように……白い雪が降り始めたのだ。
たきなは笑顔で二人を見つめ……それに返すように、千束と棗はサムズアップを送るのだった。
────
そうしてたきなが見えなくなるまで見送ったあと……二人きりになった千束と棗。
「ねえ、棗」
「……なんだよ?」
「棗も、行くんでしょ?」
「…………気付いてたか」
千束の言葉に、棗は隠すつもりもなく……観念したようにため息を吐く。
「そりゃそうですよ。何年の付き合いだと思ってんのさ」
にしし、と千束は笑いながらそう告げる。
「…………リリベルの司令に色々とバレてな。……真島一派の案件に関わることになった」
「……そっか……寂しくなるね」
「クルミやミズキさん、
「……それでもですよ……棗がいない日なんてなかったからさ」
いつだって、傍にいてくれた。私が体調不良で倒れたときも、リッキーがいなくなってたくさん泣いて塞ぎこんだときも、どんなときだって私の傍で支えてくれた大切な人だったから。
「……多分。次会うときは……あの日と同じように、敵同士だ」
「……うん」
殺し合うだけの関係、
それだけの話だ。それでも、嫌だった。棗と……殺し合うのだけは、嫌だった。
「棗」
「……んだよ、急に」
棗の身体をぎゅっと抱きしめながら千束は彼の目を見る。この澄んだ蒼い目が……千束はなによりも好きだった。
「わがまま、一個だけ言ってもいい?」
「……条件次第だな」
「もう、そこはなんでもいいぞ。って言って欲しかったんだけど?」
「それこそ無理だろ」
お前の場合、どんな無理難題引っ提げてくるかわからんし。と付け足す。
「なんだよそれーっ!」
当然その言葉に納得がいかないように、千束はぶー! と膨れっ面になる。
「……それで、どんなわがままだよ?」
「……痕、つけてもいい?」
「────」
棗は絶句した。そんなことを言うやつだっけお前。というのはもちろんだが、その言葉の意図がわからないほど鈍いわけでもなかったからだ。
「って、ごめん。さすがにそりゃドン引きするよね! やっぱなし! 別のことで────」
「……いいよ」
「ぇ……?」
「お前になら別に、いい」
「────」
そう告げる棗の頬が、少し赤く染まっていたことに彼女は気付いたのだろうか。
どのみち、この先死ぬかもしれない死地に身を投じるのなら。そんな想いを込めて棗はネックウォーマーで隠れていた首の肌を露出させる。
「っ……」
ごくり、と彼女が喉を鳴らすのがわかる。
恐る恐る……千束は顔を近づけ、棗の首元で口を開き……
「…………ッ」
「…………フーッ……」
牙を突き立てるように、彼の首筋に嚙みつく。血を吸うわけではないし、肉を食うわけでもない。そんな、
……この先、なにがあっても……この疵で私を思い出せるようにという、それだけのモノ。
つつ……と軽く、血が首筋から垂れる。棗の顔が少し痛みで歪む。それすらも、少し愛おしく思えてしまっている。
本当なら、こんな
「ぷは……ごちそうさま……でいい、のかな……?」
「ッ……俺に聞くなっての……」
赤く腫れあがり、赤い血を垂れ流す彼の首を見て……少し女としての何かが疼いたのは内緒にしておこうと千束は思った。
「ごめんね、こんな変なわがままで……」
「……別に、気にすんなっての」
……なんだか気まずい。まあ当然と言えば当然だ。傷つけた側と傷ついた側という関係性でもあるんだから。気まずさも出てくるというものである。
「って、そうだ……棗に渡すものがあるんだった!」
「渡すもの?」
うっかりしていた、と千束は我に返って慌ててポーチから小包を出す。
「はいこれ、一足早くのクリスマスプレゼント!」
「……クリスマスプレゼントって……俺もう成人してるけど」
「あのねー……クリスマスプレゼントは成人してても成立するの! それに、ほら! この髪飾りの分のお返ししてなかったし!」
千束は自分がつけている赤い花を模った宝石の髪飾りを見せながら告げる。
その髪飾りは、棗が送ってくれたモノだ。千束にとってなにより大切なプレゼントだ。
だからこそ、お返ししたいと思ったのだ。棗にとってなにより大切にしてほしいモノを上げたいと思って。
「……わかった、開けていいか?」
「うん! ほら、開けて開けて!」
「急かすなっての……」
小包を解き、中に入っていたモノを取り出す。
「……これは、ネックレス……か?」
「正解ー! 色々考えたんだけど……棗に渡すならネックレスの方がいいかなーって思って」
「どういう理屈だよそれ」
白い花が模られたネックレスを見ながら、棗は思わず呆れた顔をする。
「……どう、かな?」
「……つけてもいいか?」
「っ、うん」
棗はその場で白い首飾りをつける。黒っぽい私服だからこそだろうか、その白いネックレスはとても際立っていた。本当にそれだけ、たった一つ、アクセサリーを身につけただけだというのに。千束はそんな彼の姿に見惚れていた。
「……どうだ? 変じゃないか……?」
「……っ、すっごく似合ってるよっ」
「っ……そ、そうか……」
恥ずかしさからか、二人揃って雪が降りしきるなか押し黙る。
「あー! これなんかめっちゃ恥ずかしいやっ! ごめんね! 引き留めちゃって!」
「ああいや、別にいいけども……」
顔を赤くした千束の謝罪を同じく恥ずかしそうにしながら棗は受け入れる。
「……じゃあ、俺も行くな?」
「うん……ってちょっと待って!」
「んだよっ、まだなんかあるのか!?」
行こうとしたところを再び引き留める千束に、棗は少し怒ったように問い詰める。
「これだけ!! これだけ持って行って!!」
「あ? ……これ、お前の
そう、それは千束が普段使っているゴム弾が詰め込まれた
「なんかあったときにあったら便利でしょ? だからさ!」
「……麻酔弾あるのにこれ要らないと思うんだが」
「い、い、か、ら! もしものためにとっといて! それに、棗の銃も私と同じ45口径サイズなんだから、それ使えるでしょ!」
「いやまあそうだけど…………わかった。これだけ、持っていく」
「うん、大事にしてね」
「いや消耗品を大事にしろって言われても困る……」
「あーそれもそっか。じゃあ使えるときに使っちゃってね!」
「…………」
どっちだよお前。と呆れた顔をしながら棗はため息を吐く。
「千束」
「……なあに?」
「今までありがとな」
「っ……うん」
棗の言葉に隠された意図がわからないわけではなかった。だからこそ、千束は一瞬言葉に詰まった。
「……この十年間、お前と一緒に過ごせて……まあ、色々面倒なこともあったけど、楽しかったよ」
「ちょいちょい、そこは嘘でもずっと幸せだったー! とか言ってほしいんだけど!?」
「だって面倒くさかったのは事実だし」
「なんだとこのーっ!!」
ぽこすか、と痛くならない程度の勢いで、千束は棗の身体を叩く。
分かっている……こんなふざけたやり取りもこれで最期になるかもしれないことぐらい。
「千束」
「…………」
「……
「……
お互い、違う別れの言葉を告げる。片や、決別のために。片や、もう一度……会えるようにと祈るために。
それでも、今日ぐらいは笑って別れよう。その思いだけは同じようで。
千束と棗は互いに笑って……それぞれ、別の道へと分かれていった。
錦木 千束は錦木 千束の道を行く。
井ノ上 たきなは井ノ上 たきなの道を行く。
立花 棗は立花 棗の道を行く。
それぞれの道が再び混ざることがあるのか。
────それはきっと、誰にも分からないだろう。
白い花のネックレス
模られた花の名はアザレア。
その言葉の意味を知るのは、送った彼女だけである。
立花 棗
覚悟実はガンギマリしてる主人公。
大切だからこそ、ここで手放さなければと思った。
けどなんか首に痕はつけられるわ首飾り渡されるわされた。
……これ千束のヤツ、俺を手放す気はないな?と察した。
井ノ上 たきな
ちょっとヒロイン要素がでてきた。
二人を楽しませられたのでガッツポーズ。
あとはDAに戻って真島から吉松の情報を吐かせれば完璧。
……どうして、棗さんの顔を見て少し顔が熱くなったんでしょうか。
錦木 千束
たきなも棗も居なくなるから寂しくなるな、と考えている。
精一杯最後まで生きよう。私自身のためにも……たきなや棗のためにも。
たきなにだって渡したくない。だって、棗は……私のモノなんだから。だから、私が死んでも……本当は引きずって欲しい。