なお使い魔でして   作:ptagoon

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悪魔の笑い声

概ね私の企みは成功していた。

 

 まんまと私をパチュリーだと思い込んだ出来損ないは、霧雨魔理沙の恰好をしているというイレギュラーはあったものの、私の曖昧な言葉を勝手に解釈し、エミなる女性が乗り移りかけていると判断し、容易に仲間を一か所に集めてしまった。それが痛恨のミスだということにもまだ気がついていないのだろう。

 

「せっかく皆様が我々に喧嘩を売ってくれたのだから、やはりおもてなしは必要だとは思わないですか? 思いますよね。思えよ」

 

 秘密基地だか何だか知らないが、こんなみすぼらしい場所で最期を迎えるなんて。あまりにかわいそうだ。だとすれば、この私が彼ら悪魔の死に場所にふさわしい場所にご案内させていただこうではないか。

 

 五匹の悪魔は、私を睨むだけで動かない。攻撃をしてこない理由は分かる。きっと知っているのだ。私と我が主の契約を。こざかしい。攻撃させなければよいとでも思っているのだろう。だが、だからこそ。私は笑ってしまう。そういう楽観的な考えを否定し、絶望へ叩き込む。それが何よりの楽しみだ。

 

 胸ポケットにしまった懐かしのストラップを手に取り、力強く握る。モアイ像のストラップだ。私と思って、と訳の分からぬことを言っていた我が主を思い出す。ならばご要望通り、我が主だと思ってストレス解消のサンドバッグになってもらおうではないか。

 

 モアイ像を強く握りしめ、魔力を込める。と、薄ぼんやりと発光し始めた。最初は小さな光だったが、だんだんと強くなっていき、しまいには部屋全体を強く照らし始める。

 

「何にゃ、これ」

「転移魔法だ」寛大な私は教えてさしあげる。我が主がいつの間にか仕込んでいた悪ガキの悪戯だ。「転移先はもちろん」と言葉を発する途中で、視界がぐるりと回った。若干の浮遊感の後、世界が一瞬にして変わる。

 

 薄暗い洞穴にいたはずなのに、我々はいつの間か真っ赤な絨毯と壁で覆われた部屋へと移動していた。窓は一つもなく、異様なまでに天井は高い。悪趣味な吸血鬼が設計したくそ気持ち悪い我らが屋敷。

 

「そう。紅魔館ですよ」

「どうしてここに」

「そんなの、鬼ごっこをするために決まっているではありませんか」

 

 怯える五匹の悪魔の顔をじっと見ながら、私は宣言する。気配を探るが、言いつけ通りこの館にはもはや誰もいなかった。妖精すら逃げ去っているようだ。さすがは美鈴。空気が読める。

 

「せっかく広い我が屋敷に場所を移したんだ。精々あがいてくれよ」

「あがくといっても」と返事をしたのは犬だった。黄色の毛皮の犬だ。おそらく、信号機の真ん中の奴だろう。どうしてこいつらは悪魔のくせに畜生に擬態するのか。理解に苦しむ。

 

「お前は我々に攻撃できない。そうだろ。いいから早くパチュリーとやらの元へ。我が主の元へ案内してくれ」

「今なんと」

「お前もパチュリーとやらのことは気に入っていないのだろう。ならばよいではないか。互いにメリットがある。何なら我が主であれば、お前のことも受け入れてくれるはずだ」

「なるほど」

 

 実に興味深い提案だ。たしかに私はあの馬鹿が死のうが苦しもうが知ったことではない。むしろ清々するだろう。

 

「が、それとこれとは話が別だ」

「え」

「余計なお世話だと言っている。なぜお前らに我々の主従の行く末を決定されなければならないのか。あいつを殺すのは私だ。お前らごときが勝手に私たちの関係性を決めつけるなんて。ああ、嘆かわしい。傲慢だ。悪魔失格だ。その罪は命をもって償うべきではないか。お前らの主とやらは、そんなことも教育できない無能だったのか」

「お前」

「待つにゃ!」

 

 ニャプが声を荒らげる。こざかしい雌猫が。お前のような弱小悪魔は精々必死に生きていればよいものを。身の丈に合わぬ幸せを対価なしに臨むなど、悪魔失格というほかない。

 

「挑発にゃ。ダエモン様は契約で縛られているにゃ。こちらから攻撃しなければ、向こうも攻撃できないはずにゃ」

 

 それに、と出来損ないは嫌味な笑みを浮かべる。唯一の希望とでも言いたげな顔だ。

 

「パチュリーに聞いたにゃ。ダエモン様は吸血鬼から攻撃を受けても反撃することができないって。一回、肩たたきをしたレミリアを半殺しにして以来、契約をし直したって。だから」

「だから?」

「私の攻撃だったら反撃できないはずにゃ」

「お前」浮かべていた笑みを消そうとするも、失敗する。「本当に吸血鬼だったのか」

「さすがのダエモン様でもそれは失礼にゃ」

 

 歯を剥き出しにしながら、彼女は爪を伸ばし、顔目がけて振るってくる。頬を貫通した爪が眼球と歯茎に突き刺さり、血がとめどなく溢れる。言葉を発しようとするが、それより早く今度は拳がふってきた。頭蓋骨が割れ、脳髄があふれる。舌が切れたせいで血で窒息しそうになり、咳をする度に水音が辺りに響き渡る。

 

「パチュリーがどこにいるか教えるにゃ」

 

 愚かにも己の勝ちを確信している愚か者は、慈悲のつもりなのかその程度の攻撃の後にそんなことを言ってくる。「お願いにゃ」

「馬鹿ですね。馬鹿だ。馬鹿だよお前。こんな程度の攻撃で私を。この私を屈服させられると本気で思っているのでしょうか。だとすれば滑稽もいいところです。たかだか舌を切って、目をえぐっただけではありませんか。くだらない。そんなことなら人間でもできる。残念だったな。お前らはもう生きてここの館から出られない。まさか悪魔であるお前らがそんなことを言われるとは思わなかったでしょう」

「はったりかにゃ」

「悪魔は嘘を吐かない。そんなことも」

 

 忘れたのか。そう言い切る前に、目の前から血のナイフが飛んでくる。首と目に突き刺さり、勢いそのまま壁にくし刺しになった。ぐしゃりと自らの肉がつぶれる音も同時に聞こえる。腹付近がひどく痛い。おそらく内臓がつぶれたのだろう。目が見えないので分からないが、それでも感覚で察する。

 

「もういいじゃないか。教えてくれにゃ」

「お前らの無能さであればいくらでも教えてやれますよ」

「ダエモン様は分かっていないにゃ」

 

 頭を下げ、手にしたナイフで私を刺した出来損ないは、何も言わずにしばらく俯いていた。返り血で真っ赤に染まっているが、気にした様子もない。

 

「さっき、ダエモン様に抱き付かれた時、本当にエミ様が帰ってきたと思ったにゃ」

「そんなはずはないでしょうに」

「私はただ、また皆で一緒にいたかっただけだにゃ。秘密基地で下らない話をして、エミ様がきな粉餅を食べてむせる姿が、また見たかっただけにゃ」

「そうか」

 

部屋の片隅に落ちているプレゼントボックスを見る。既に崩れていたが、中には黄色の粉と透明な餅が入っていた。きっと、こいつらは。主人が帰ってきたら一緒に食べようとでもしていたのだろう。それを心待ちにし、期待に胸を膨らませていたに違いない。まったくもって馬鹿らしかった。

 

「なのにお前は。ダエモン様はそんな私たちの気持ちを弄んだにゃ」

 

 鋭い光がニャプの目から発される。腕が固まり、鋭い痛みが走る。肉が腐る音が聞こえ、ぼとりと腕が落ちる。

 

「あの時、私たちがどんな気持ちだったか、あなたには分かるかにゃ。分かるはずがない。あるものか! ようやく救われたと思った。ようやく助かったと思った。彼女を病気の苦しみから助けられたと。このままずっと皆で暮らせると思った。なのに!」

 

 魔力で回復中だった腕が再び吹き飛ぶ。身体はボロボロだった。血が噴き出していない所の方が少ない。回復を阻害する魔術でも使っているのか、一向に傷口が塞がりそうになかった。

 

「なのに、こんなのあんまりにゃ。教えるにゃ。なんでパチュリーを隠すにゃ。どうして」

 

 慟哭を止めなかった三下だが、突然その嘶きを終えた。目を丸くし、それから信じられないような者を見るような目で、血塗れで笑う私を見下ろしてくる。

 

「もしかして、ダエモン様はあの魔女がまだ助かると思ってるのかにゃ?」

「何を言っているんだ」

「あのダエモン様が? あの程度の魔女を助けようとしているのかにゃ?」

「そんなこと」あるはずないではないか。そう続けようとするも、不思議と言葉が出ない。出るのは舌打ちだけだ。「マジかにゃ」

「私が何をしようが勝手だろう。お前なんぞに指示される筋合いはない」

「無理にゃ」

 

 牙をむき出しにし、悪魔としての本性を剥きだしにしながら出来損ないはくつくつと笑う。悪意に満ちた笑みだ。どうしようもない袋小路に陥った弱者を甚振り、愉悦を感じる奴の笑みだ。

 

「どうあがいても無理にゃ」

「お前ごときになぜそれが分かる」

「あのかき氷屋の店主が実験しまくったからにゃ。上書きされた魂は消えるだけ。例え術者を殺しても、魔道具を壊したところで変わらないにゃ」

 

 残念だったにゃ、と出来損ないはくすくすと笑い続ける。ばきりと何かが折れる音が聞こえる。何の音か。私の歯が砕ける音だ。歯を食いしばりすぎていた。口内から血が溢れ、ぶくぶくと血が泡立つ音が聞こえる。本当に。このままあいつは死ぬのか。あんなことで? こんな無様に? 笑えない。本当に笑えなかった。

 

「もういいにゃ」

 

 ダエモン様に聞くのは無理にゃ。小さくそう零した出来損ないは、何やらほかの悪魔とひそひそと話し、私に背を向け歩き始めた。この館を出るつもりなのだろう。埒が明かないと判断したのだ。賢明な判断だ。聡明であるともいえる。でも、だからこそ愚かだ。

 

 目と喉を再生させ、一息に大きく跳躍する。警戒はしていたのだろう。が、所詮は出来損ないの吸血鬼。私の速度に対応できるはずもありません。彼女の首をつかみ、地面に叩きつけます。衝撃を吸収するために彼女の後ろに手を差し伸べてやりながら、慎重に力を加える。

「……何をしているにゃ」

「おや。見てわかりませんか。押し倒しているのですよ。きっと、これから見るのがあなたの最後の光景となります」

「攻撃するのかにゃ。したらダエモン様が負けることになるにゃ」

「ならない」

 

 出来損ないの首に体重をかける。反撃のつもりなのか爪で刺してくる。が、喉を貫通されたくらいで反撃にはならない。

 

「教えろ」

「何をにゃ」

「あの馬鹿な魔女を助ける方法を教えろと言っているんだ」

「ないにゃぁ」煽っているのか、それとも恐怖で声が震えているのか、出来損ないは間延びした声を出す。「断言するにゃ。無理にゃ。不可能にゃ。妖怪の賢者だって助けられないし、死神に頼んでも無駄にゃ」

「そうか」だったら、もういい。「なら死ね」

「死ねって。ダエモン様の方が死にそうにゃ」

「そんなものはどうでもいい」私は手を振り上げ、躊躇することなく出来損ないの頬を叩いた。ぱん、と鈍い音が響く。が、ただそれだけだ。

 

「……ただの平手打ちかにゃ」

「そうだ」

「愚かにゃ。こんな攻撃で契約を破るだなんて」

「契約なんて」

 

 大したものではない。残念ながら思い浮かべていた言葉を最後まで言い切ることはできなかった。ふっと何かの糸が切れたかのように世界が暗くなる。四肢の感覚がなくなり、地面に顔から倒れ込んだ。力が入らない。視界がぐにゃぐにゃと曲がる。魔力がなくなった。そう気づいたのは、頭をニャプに踏まれた時だった。

 

「愚かにゃ。殺してくれと言っているようなものにゃ」

「私は初めから、鬼ごっこをすると言ったではないか」

「え」

「今ので捕まったということだよ間抜けが」

 

 ほんの僅かに残っていた魔力が体から一瞬で放出されていく。もはや動くことすらできない。こうなることは分かっていた。契約は絶対だ。そう。どんなことがあろうと。たとえ主が死にかけていようと。

 

「我が主との契約も碌に知らないからこうなるんだよ、馬鹿が」

「それは」

「私が自衛を破ればどうなるか教えてやる。一つは魔力がなくなる。一瞬で、命を維持するための魔力も含めて全てがなくなる。そしてもう一つは」

 

紅魔館が震え始める。私にはもはや魔力はない。防御魔法すら使えない。だが、これでいい。

 

「もう一つは紅魔館が爆発する、だ」

 

 視界が徐々に赤く染まっていく。悪魔共が慌てて逃げ出していくのが見える。が、もう遅い。全身を鋭い熱が遅い、一瞬で視界が真っ白に染まる。空気が圧縮され、全身がバラバラになる。猛烈な爆発音に脳が震えた。もはや、他の悪魔の姿は完全に消え去っていく。薄れゆく意識の中、なぜか頭に浮かんだのは、私に膝枕をされて幸せそうに眠る我が主の姿だった。

 

 

 

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