世界はいつだって残酷で、私の望みはいつだって叶わない。肌は破れ、目が破裂したせいか全てが真っ赤だった。もはや流れる血も残っていない。足裏は歩く度にずるりと剥がれ落ち、体液がじゅくじゅくと嫌な音を立てていた。
いったいどれだけ歩いたのか。あの爆発からどれだけ経ったのか。それすら分からない。が、私はただ歩き続けていた。目的地なんてなかった。ないはずだった。周りで揺れる草木も、空から覗き込んでくる太陽も全てが憎い。風邪が吹く度に顔の肌がめくれ、むき出しになった歯茎が痛む。木々に覆われた鬱屈とした森に来たとしても、それは変わらなかった。
「お前、コアか」
ただひたすらに歩いていると、前方から声をかけられる。聞き慣れた声だ。人間の声だ。いつの間にか、私は霧雨魔理沙の家にやってきていたらしい。
肩をくまれ、家の中に担ぎ込まれる。その場に倒れ込みそうになるが、何とか耐える。足の骨はもはや粉々になっていた。
「馬鹿がお前!」
が、戻ってくると同時にレミリアが私を抱きかかえながら、大声を出してくる。耳が痛い。魔力切れで鈍い頭を必死に揺すりながら、何とか五月蠅い友人へと顔を向けた。
「お前、なんで。お前、別に紅魔館を爆破しなくてもいいだろうに」
「ああ、そんなことか」
「そんなことって」
「でも、あいつらは確実に死んだ」
レミリアが身体を支えてくるが、その手を払い、自らの足で立つ。我が主が冗談半分で付けたペナルティ。いつの日か使ってみたかったのだが、こんな形で日の目を見ることができるとは。
「とはいってもお前なあ」と声をかけてきたのは霧雨魔理沙だった。もちろん本物の方だ。「さすがに爆発の威力を考えろよ」
窓の外見てみろよ、と言われ、優しく身体を支えられる。外に広がっている光景はたしかに異様だった。魔法の森から紅魔館まではかなり距離があるはず。だというのに、紅魔館の爆発による煙が鮮明に見えた。大きな茸のように空上に浮かんでいる。おそらくだが、紅魔館の辺りは窪地になってしまっているだろう。明らかに爆発の威力が異常だ。
「こりゃ霊夢に怒られるぞ」
「とにかく回復してやる。おい魔理沙。なんか魔法使えないのか」
「使えないが、薬はある。今取ってくるから、少し待って」
「必要ない」
私を誰だと思っているのか。この程度の傷、たしかに致命傷だが、どうでもいい。今はそれどころではない。
「それより、我が主は」
私は期待していた。きっと「まだ眠っているよ」であるとか、「服を強制的に脱がされて怒っているぜ」と言われるものだとばかり思っていた。いや、思いたかった。が、人間が「そんなことよりいい天気だぜ」とわざとらしく言い出したので、げんなりする。
「見てみろよ。晴れ時々きのこ雲だ」
「おい人間。私を馬鹿にしているのか」
「きのこ雲って響きが良いよな。そのまま雨の代わりに、きのこが降ってくればいいのに」
「魔理沙」
妙に優しい声を出したボウフラは、その一方で鋭い目で人間をけん制した。愚かしい人間はそれだけでしなびた茸のように意気消沈してしまいます。その眼には確かに涙が浮かんでいた。
涙。涙? なぜ涙を浮かべているのか。そんなこと、考えるまでもなかった。
「間に合わなかったんだ」
困惑する私に答えたのはボウフラだった。
「間に合わなかった? 何が」
「何がって!」と一瞬声を荒らげた友人でしたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「何がって。全てだよ。全てが間に合わなかった」
「だから、具体的に説明しろと」
「パチュリーの魂は戻らなかった。中途半端に上書きもされたままだ。パチュリーはもう抜け殻になるしかない。要するに」
レミリアは、言う必要もないことを言おうとする。が、もはや私にはそれをとめることはできなかった。
「パチュリーは助からない」
へえそうですか。それは何というか面白味がないですね。まあ、あのくだらない魔女が死んだところで清々するだけなのでデメリットはありません。むしろ僥倖ですよ。今日という日を祝日にしましょう。きっと良い日になります。
私は本心からそう思い、実際に口にしようとした。が、なぜだかできない。理由は分からないが、不思議と言葉が詰まる。これだから魔女は。死んでも私に迷惑をかけるだなんて、なんて愚かしいのか。
「どういうことだ」
一度大きく深呼吸をする。自分が動揺しているという事実に動揺する。助からない? なぜ。いや、理由は分かる。分かるが、信じられない。
よく見ると、いや、よく見なくとも、人間もボウフラも何やら様子がおかしい。妙だった。無理に明るく振る舞おうとしているとしか思えない。が、それでも私は腹が立った。
「諦めたのか」
「どういう意味だ」
「お前は友人の命を、そう易々と受け入れるのかと、そう聞いているんだ」
てっきり、怒り出すとばかり思っていたが、彼女ははっと鼻を鳴らし、自嘲気味に笑うだけだった。自嘲気味に笑い、その後で自らの太ももを強く叩き始める。
「諦められるわけないだろうが」
「だが」
「コア。お前が奴らを罠に嵌めている中、私たちが呑気にここでお茶を飲んでいたと、本気で思っているのか」
そのレミリアの声には血が滲んでいた。人間も目を伏せ、どこか遠くを見ている。ああ、なるほど。紅魔館が爆発し、私が戻ってくるまでは、ずっとこんな雰囲気だったのだろう。それを無理やり私をねぎらおうとした結果、あんな訳の分からぬテンションになった。そういうことなのか。
「咲夜と美鈴は」
「咲夜が泣いて大変だったから、美鈴が面倒を見ている」
いつも澄ましているあのメイド長が? 俄には信じがたい。が、今はメイド長の顔を拝んでいる暇なんてなかった。それよりも、あの馬鹿の死に顔を見に行かなければ。
「きっと面白い死に顔を披露してくれるでしょうね」
私は願いを込めて笑ってみせます。不謹慎だ、と魔理沙に言われました。当然、私は無視しました。