紅魔館が謎の爆発をしてから二週間が経った。
未だに原因は分かっていない。外の世界の兵器の影響とも、博麗の巫女のくしゃみのせいとも色々と噂が立っているが、どれもしっくりきていない。あの爆発は間違いなく魔法によるもの。私はそう確信しているが、結論は出ないままだった。
幸いにも、紅魔館のメンバーに犠牲は誰一人でなかった。偶然魔理沙の家で茶菓子パーティーを開いていたから助かったのだ。仮にあの場にいたら一溜りもなかったであろう。そう考えると奇跡と呼べるかもしれない。
まあ、色々とひと悶着あったお騒がせ組の悪魔四匹がどうやら爆発に巻き込まれたようだが、その後の安否は分かっていない。生きているとも死んでいるとも言われているが、真相は闇の中だった。
とにもかくにも。原因が分かっていないといったところで、家がないのは困るわけで。私たちは毎日紅魔館の再建に向けて動いていた。動かざるを得ない。のだが。
「ねえレミィ」
私は隣で汗水垂らして働いている親友に声をかけた。太陽が苦手な彼女は、最初こそ再建工事を傍観していたが、最近では自らが力仕事も含めて手伝うようになった。それもこれも人手が足りていないからだ。
「やっぱり私たちだけじゃ無茶があると思わない?」
「何の話だ」
「私とレミィと咲夜と美鈴、あとはフランだけじゃ、この館の再建は無理だと言っているのよ」
あまりにも非現実的だ。せめてもう一人くらいの助力があれば、少しはましになるのだろうけど、こんな面倒な仕事をいやいやながらもやってくれるような存在がいるとは思えなかった。
「そうは言ってもだな。今までずっとこのメンバーで何とかやってこれたじゃないか。侵入者も撃退してきたし、図書館のエレクトリック化もそうだし、パチェのダイエットだって」
「後半はどうでもいいのよ」
たしかに今までは、ずっとこのメンバーで何とかやってこれた。だが、これからは話が別だ。もっと面倒ごとは増えるだろうし、色々なかかわりも増えてきた。早めに人員を補填しておいた方がいい。
「それに、何だか寂しいじゃない」
「はあ?」
「何かが物足りないのよね」
そうだ。紅魔館が爆発してからというもの、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような気がしていた。別に何も失っていないはずなのだが、何かが足りない。喪失感とでもいうのだろうか。
「パチェも意外と寂しがり屋なのだな」
くすくすと笑った彼女は、意地悪な笑みを浮かべながら「そんなんじゃ、あいつに馬鹿にされるぞ」と指で突っついてきた。
「あいつって誰よ」
「それは、あれだ。あいつだよ。生意気な悪魔だ」
「フランのこと?」
「そうじゃなくて」
うーん、と首を傾げるレミィだったが、すぐに自分が間違っていることに気づいたのか
「だったら」と面白そうににやりと笑います。「使い魔でも従えたらどうだ」
「使い魔?」
「そう。お前、魔女のくせにずっと使い魔がいないだろう。前から不思議だったんだよ」
「それは」
なぜだろうか。特に理由はなかったのだけれど、使い魔を従える気になれなかった。良い巡り合わせがなかったというのもあるけれど、これ以上いらないと心のどこかで思っていたのだろう。十分であると。いったい何が十分であるかは自分自身でも分からなかった。
おーい、と美鈴が牧歌的で、それでいて少し慌てた口調で声をかけてきたのはそれからすぐのことだった。彼女は赤い髪をばさばさと揺らしながら、駆け足で向かってきた。
「大変です! 子供がクレーターに落ちていて」
「生きてるのか」
「バリバリ生きてます。バリ生きです」
「お前の語彙力は死んでるが」
今は咲夜さんが面倒を見ています、とどこか歯切れが悪く言った美鈴についていく。紅魔館の跡地には、今後土を入れる予定であったので、よかったといえばよかったと言えるだろう。が、誰かが落ちていないかは真っ先に確認したはずなので、いささか不自然だ。子供が遊んでいて意図的に飛び降りたのだろうか。
「この子ですよこの子。かわいいですよね」
美鈴は、咲夜に抱きしめられていた子供を奪い取り、頭を撫でる。が、明らかにその子は嫌がっており、ぶんぶんと首を振っていた。それに、美鈴に子供扱いされているものの、子供と呼ぶには成長しすぎている。
「こいつ、悪魔だな」
そんな冷静さを失っている美鈴とは違い、レミィは冷めたものだった。
「珍しいな。下級の悪魔だが、知能はありそうだ」
「下級悪魔」と声を漏らしたのは私でも咲夜でも、ましてや美鈴でもなく、その悪魔本人だった。嫌そうにぐっと眉間にしわを寄せ「それは自己紹介でしょうか」とやけに仰々しい言い方をしてくる。
「随分とご丁寧ですね」
「おい、こいつ生意気だぞ」
「人の振り見て我が振り直せという言葉をご存じではないのでしょうか」
「生意気どころじゃないな」
暴言を吐かれているというのに、なぜかレミィは嬉しそうだった。「おいパチェ」と私を指さし「こいつを使い魔にしろよ」と命令してくる。
「何でよ」
「お似合いじゃないか。捻くれた日陰者のお前にはぴったりだ」
「失礼よ」
「そうですよ」と小さい悪魔が私に同調してくる。「こんな陰険引きこもり紫もやしと私を一緒にするだなんて。ええ、極めて不愉快です」
「あなた」
はぁ、とため息を吐かずにはいられない。が、まあ。いいか。今人手は足りていないのは事実だ。こんな口が悪い悪魔でも、敵意がなければ使い魔も務まるだろう。
「今日からあなたは私の使い魔よ」
「え」
「ちゃんとした契約は後で行うけど、とりあえずよろしく。ああ、裏切ったら死ぬより酷い目に遭うから、気をつけてね」
「私を使い魔にですか」
「ええ。不満?」
「まあ、それなりには」
そこは嘘でもいいから不満ではないと答えてほしかったが、悪魔は嘘を吐かない。それでも誤魔化すことはできるので、明らかにわざとだ。
痛む頭を押さえていると、とてとてと悪魔が寄ってくる。かと思えば、おもむろに髪の毛を引きちぎった。赤色の綺麗な毛だ。それを手渡してくる。
「何ですかそれは」
不思議そうに首を傾げた咲夜が、悪魔の毛を目を細めてみていた。「なぜ髪の毛を渡したのですか」
「決まっているじゃない。私が優勝したからよ」
「優勝?」
「悪趣味世界大会で優勝したから髪の毛が貰えたのよ。こんな奴を使い魔にするなんて、悪趣味だってことでしょ。まあ、髪の毛なんてもらっても使い道はないけど」
「なぜ、分かったんですか」
咲夜は少し、気味の悪いものを見るような目を私に向けていた。「
悪趣味世界大会なんて、そんな大会を開く方が悪趣味ですよ」
「それはまあ、そうね」
言いながら、私は考えていた。何を。もちろんこの悪魔の名前だ。悪魔ではあまりに大雑把すぎるし、呼びづらい。が、いざ名前をつけるとなると何も思い出せなかった。悪魔。小さい悪魔。小悪魔。
「小悪魔。『こあ』でどうかしら」
「突然なんだパチェ」
「この子の名前よ。どう? 悪くないでしょ」
小悪魔。こあ。なるほどなー、とどこか腑に落ちない表情をしていたレミィだったが、すぐにしたり顔になり、これも運命か、とにやついていた。またいつもの出鱈目なのだろうから気にはしないが、なんだか腹が立つのは事実だ。
「こあ。私の名前。中々センスがあるではありませんか」
「お褒めにあずかり光栄とでも言えば良いのかしら。もう少し私を敬ってくれてても良いのだけど」
「どこを?」
「頑張って探して頂戴」
私の言葉に返事をすることなく、こあはどこかに走り去っていく。当然無視しました、と何やら小さく呟いていたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
気のせいでも、それでいいのだ。