なお使い魔でして   作:ptagoon

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あくまで魔女なのだから

 鏡を見て、才能を確信する。紫色を基調としたゆったりとした服は魔女にしては目立つ格好だったが、だからこそ望ましかった。髪を結い、赤ん坊が被っているようなしわくしゃの帽子を被る。薄白い肌は絹のように美しく、やや悪い目つきは寝不足のようにも見えた。というより、事実寝不足だったのだが、そんなものはどうでもいい。

 

 図書館はいつも以上に静かだった。どんちゃん騒ぎが好きという訳ではないし、何なら厄介者が静かになって清清するところではあるが、どことなく寂しいような気がしないでもない。数少ない窓から差し込む月の光が私を照らす。腹立たしい光だ。一刻も早く夜を黒く染め上げなければ、と気が急く。そうしなければ気が休まらない。

 

 図書館の外に出ようと扉を蹴飛ばす。と、そこには一人の友人がいた。影に溶けていたのか、辺りに蝙蝠が舞い、その中央にぼんやりと見慣れた姿が浮かび上がってきた。真っ暗闇のはずの廊下に、彼女の鋭い目だけが光を放っている。赤く、血のように光る目だ。

 

「どこに行くつもりなんだ」

 

 分かっているくせに、彼女はわざわざ訊ねてくる。青白い髪は逆立ち、鋭い牙は赤みを増していたが、それでも彼女は冷静だった。

 

「どこって」

「外だろ」まったく、と頭を抱えた彼女は、茶化すように唇をにっと伸ばした。が、威圧感は一切緩んでいない。「そんな格好で外に行ってみろ。笑われるし襲われるぞ」

「まあ、私は魅力的だからね」

「襲われるというのはそういう意味ではない」

「仕方ないでしょ。これが魔女の正装なんだから」

 

 鋭く尖っていた友人の目が丸くなる。呆気にとられているのだろう。私の才能と無邪気さに驚いたに違いない。その証拠に彼女は「らしくないな」と口元を歪めていた。先ほどとは違い、覇気の欠片もない、それこそ本当の幼子のような笑みだ。「似合わなすぎる」

 

「似合わないことをする時こそ思い切りが大事なのよ」

「私をあまり笑わせないでくれ」という割には彼女は笑い声を一切あげていなかった。「本当にらしくないことをしようとしているのだな、お前は」

「魔女が外に出るだけで大袈裟じゃない?」

「パチェが館の外に出るなんてあり得ないよ。万に一つも無い」

「大袈裟よ」

 

 たしかに出不精なのは確かだけど、それなりに出かけたことはあるはずだった。

 

「この前だって、私と人間と出かけたじゃない」

「人間って魔理沙のことか?」

「そう」

 

 紅魔館と人里の間にある森。そこに住む、魔女に憧れる人間こそが霧雨魔理沙だった。人間でありながら知識に貪欲で、なおかつ倫理観を失った彼女は平然と紅魔館に忍び込み、図書館で本を物色する姿をよく見かける。門番も諦めているのか、最近では餌付けすらしている始末だ。

 

「たしか、パチェの服があまりにもダサすぎて皆で人里で選んだ時だったか」

「懐かしいわね」

「傑作だったよ。男装のパチェなんて初めて見た。まあ、魔理沙が妙に洒落てるってのはあるがな。そのせいで」

「そのせいで?」

「やけに高い服をたくさん買ったせいで、夕飯の会計の時に金が足りなくなった」

 

 あー、と声が漏れる。たしかにそうだった。私たちは服に疎く、興味も無く、侮っていた。所詮は魔力的加工もされていないただの布きれが、まさかあんな値段がするとは思ってもいなかったのだ。

 

「結局あの後はどうしたのだったかしら」

「金が足りませんっていえば良いのに、パチェも魔理沙の手前格好つけちゃって。結局は、ダエモンが魔法で空から魚を降らせて、その隙に魔理沙の財布から金を抜き取って」

「恥ずかしくなってきたわ」

「まったくだ」

 

 まあ、普段から本を無断で持っていっているのだから、それくらいでとんとんだろう。正直、あんなことをするのであれば初めから金を貸してくれと頼めばよかったのに。というよりも、今思えば傍観しているレミリアに貸してもらえば良かった。

 

「それにしても、ダエモンは。いや、コアはなんで魚なんて降らせたんだ」

「大したことない物でも、空から落ちてきたら感動的になるでしょ?」

「はあ?」

「地面に魚が落ちていても、ただ魚かって思うだけだけれど、空から魚が降ってきたらびっくりじゃない。なんか、そういう平凡な物で驚かせることに喜びを覚えるのよ。二階から目薬というか、二階から魚というか」

「地面に魚が落ちていても驚くだろう」

 

 彼女の言葉を背に受けながら、つまり会話を強制的に切り上げ、無視して廊下を進む。そうしなければ言い訳ができなくなりそうだった。冷静になってしまう。そうすれば、今からやろうとしていることの馬鹿さ具合に耐えられず、私は笑い狂ってしまうだろう。

 

「ああ、最後に一つだけ」

 

 私が振り返ることなんてないと知っているのだろう。蝙蝠の羽ばたきが一瞬聞こえたかと思えば、耳元で声がした。つい、ふっと笑ってしまう。まったくもってその通りだ。だが、だからこそ私は胸を張る。これこそが私の生き様の代名詞であり、もっとも求める価値だ。

 

『相変わらず悪趣味だな』

「あなたに言われたくない」

 小さく溢した私の言葉は、魔女の存在感と同じく一瞬にして薄暗い廊下へと消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の外は月が照らしているとはいえ、想像より黒々としていた。光がない。私に相応しい。せっかくの「外」だというのに室内より酷く陰湿だった。

 

 一歩足を進める。歪んだ土道は昨日の土砂降りで浴びた水を吐き出し切れておらず、体重をかける度に濁った泥が靴に纏わり付く。ぐしゃり、と水音を楽しみながら足を進める。ぐしゃりぐしゃりと、何度もその音が脳内に響く。いい音だ。先ほど聞いたばかりの、そして近頃聞くことになるだろう音だ。その時のことを考えると全身が昂ぶる。足下を濁った液体で満たす。ひたひたと、足跡が残るほどに。いや、まだ足らない。足りるものか。辺り一面を覆い尽くしてやる。そうしなければ足りることはない。

 

「あれ、こんな夜更けに一人でお出かけですか」

 

 漠然と足を進めていると、後ろから声をかけられる。美鈴だ。昼間はいつも寝ているくせに、夜だからか嫌に元気だった。普通の門番としてはそれでいいのだろうが、吸血鬼の館の門番としては失格もいいところだ。「珍しいですね。いや、珍しいなんて言葉じゃ足りないかも。天変地異レベルですよ。図書館から一人でお出かけだなんて。しかもこんな夜更けに」

 

「あれね。侵入者は簡単に入れるのに、逆に館から出て行く身内には気づくのね」

 

 一瞬、目を丸くした美鈴だったが、「徹底してますね」とすぐに破顔した。が、すぐに申し訳なさそうな顔になる。緑を基調とした大陸風の服はところどころ破れており、帽子にあしらわれた龍という星は半分ほど剥がれ落ちていた。彼女がその背丈とは裏腹に低姿勢なのはいつものことだが、ここまで恐縮しているのも珍しい。恐縮というよりは、ショックを受けていると言った方がいいかもしれない。心なしか目も潤んでいるような気がする。

 

「私は皆さんのように器用じゃありませんからね。苦労しますよ、ほんと」

「苦労しているようには見えないけど」

「こう見えて、意外と怪我まみれなんですよ? まあ、言い訳にはなりませんけど」

「あなたは悪くないわよ」

 

 凹んでいる彼女の姿なんて本当に久しぶりだった。それこそ、天変地異が起きてもおかしくないほどに。

 

「悪いのは悪魔だから」

「やめてくださいよ」

 

 自分の身体を抱きしめるように腕を組み、ぶるぶると震えた美鈴は私をまじまじと見つめながら顔を青くした。

 

「今、あなたに言われると寒気がします」

「何でよ」

「本能ですよ。妖怪としての本能が訴えかけてくるんです。あれですね。危険察知能力です」

「その能力、なんで門番やってる時に使わないの」

「いやあ。何でですかね」

 

 若干元気になった美鈴に手を振り、湖へと進む。どこへ行けば正解なのかは分からないが、どこに行くべきかは分かる。だったら選択しなんてなかった。方法があれば行動する。そして私が行動すれば必ず成就する。それが世界の選択であり、歴史の真実だった。レミリアの『運命を操る程度の能力』などまやかしに過ぎない。全ては原因があり、結果があるだけだ。

 

「あのー」

 

 湖に漂う妖精共のざわめきを感じながら、今後の方針について考え込んでいると、後ろから「一つだけ聞きたいことが」と間延びした声が聞こえる。間延びしているというか、意図して軽口のように訊ねていた。

 

「誰かに監視されてたりするんですか?」

「何よそれ。そんなに違和感があるかしら」

「違和感はありませんよ。普通です。でも」

「監視なんてないわよ。ただまあ、念には念をと言うじゃない。まあ、ただの趣味とも言うわね」

 

 はぁ、と息を吐いた美鈴は、悲痛と安堵の混じった微笑みを一瞬で消し去り、途端に険しい顔になる。彼女らしくないまでに凜々しく、真面目な顔です。「ほんと、悪趣味ですね」

 

「よく言われるわね」

「あなたの趣味に今更ケチをつけるつもりはありません。が、間に合うんですか? 遊んでいて間に合いませんでした、では本末転倒ですよ」

「大丈夫よ。これが最速なんだから。レミリアのお墨付きよ。何なら、どこかの鴉も認めてくれると思うわ」

「いったいどこの鴉なんですかね」

 

 湖の表面に足をつける。夏の湖は表面が熱されて張り詰めていたけど、私には関係ない。水面に映る自分の姿を確かめながら、ゆっくりと水面を歩いて行く。空を飛ばないんですか、と後ろから聞こえた気がするけど、私は聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 霧の湖。

 誰が呼び始めたのか、安直でかつ明快な湖は笑えるほど静かであった。普段であれば馬鹿な妖精が騒いでいるのだが、今日に限っていえば一切の音はない。妖精が消えた訳ではなく、単に隠れているだけだ。霧に紛れて、なんてどこぞの吸血鬼のような真似をするんて、妖精らしくない。いったい誰に入れ知恵されたのやら。

 

「よお、パチュリーじゃねえか」

 

 夏にもかかわらず、冷気の漂う湖面を歩いていると、奥から人影が見えてきた。正確にはもっと前から見えていたが、ようやく気づいたふりをする。手に力が入りそうになり、思わず笑ってしまう。私らしくない。本当に私らしくない。

 

「元気だったか?」

「えっと、あなたは」

「おいおい。こんな華麗な美少女を忘れるなんて、人生損してるぜ」

「たしか」と私は知っているにもかかわらず、とぼけたふりをする。「髪型バナナさんだったかしら?」

「違う」

 

 白と黒が印象的な、漫画で出てくるいかにもな『魔女』の格好をした彼女は面倒そうに頭を掻いた。悪趣味としか言いようのない三角の黒い帽子がゆらゆらと揺れる。顔はとぼけていたが、その目は鋭い。真意を探っているのか、はたまた自らの目論見達成を喜んでいるのか。いずれにせよ、意外と出会うのが早かった。

 

「この格好で、この顔といったら、霧雨魔理沙に決まっているだろう」

「冗談よ」

「それにしても、体調は大丈夫なのかよ」それにしても、という言葉の意味を明らかに理解していない彼女は、白々しく言ってくる。「紅魔館で侵入者が暴れてたって話だけど」

「侵入者なんて言い方はよくないわよ」

「え?」

「あ、いや。何でもないわ。ただ、なぜかしらね。あの悪魔を見ていると、懐かしい気分になるのよ。愛おしいというか何というか」

「それは、お前の使い魔よりもか?」

「ええ、そうね」そんなこと、考えるまでもなかった。「彼女に懐かしさなんか覚えたことはない。それに、主すら禄に守ることが出来ない使い魔に存在価値はないわ」

「辛辣だな」

「私はいつだって優しいわよ」

 

 湖の真ん中は、突っ立って話すにはあまりにも悪い場所だった。周りに遮るものはなく、逃げも隠れもできない。だからこそ私はここにいたのだが、もはやその必要はない。だとすれば、こんな無意味な行動にはとっとと終止符を打つべきだ。

 

「それで? こんな場所で一人だなんて、随分と寂しいじゃねえか」

 タイミングよく、というより当然のタイミングで、当然の質問を投げつけられる。「家出でもしたのか?」

「少し、捜し物をしたくてね」

「捜し物?」彼女は不思議そうに首を傾げる。「本当の自分でも捜してるのか?」

「そうよ」

 

 冗談めかした彼女の言葉に、私は頷く。

 

「ねえ。あなたは前世の記憶って信じる?」

「前世?」

「生まれ変わりと言ってもいいわね」

 

 最近ね、と私は話を続ける。自分の声だけが辺りに響く。他に一切の音はない。身体が強張る。強張っている自分を自覚し、嘆きたくなる。一体いつから私はこんなに人間臭くなってしまったのか。

 

「私はパチュリー・ノーレッジが何をして、どのように生きてきたのか当然分かっているわ。でもね、なぜだかそれが自分の人生じゃないような気がして。まったく違う意識が、自分の中にあるのよ」

「それが前世の記憶だと?」

 

 あまりの荒唐無稽な話に驚いているのか、それとも愚かで滑稽であると嘲笑しているのか、彼女は興味深そうにこちらを覗き込んでくる。

 

「それで? 前世の記憶とやらを思い出して、パチュリーはどうするんだ。まさか自分捜しといっても、本当にもう一人自分がいる訳ではないだろ」

「私はとりあえず少し、この記憶の意思に従って動くわ」

 

 私の言葉に一瞬、怪訝そうな顔を見せた彼女だったが、すぐに破顔する。「しょうがないなあ」と何も頼んでいないのにやれやれと肩をすくめ、「手伝ってやるよ」と私がさも土下座して頼んだかのような傲慢っぷりをみせた。もはや呆れて物も言えない。

 

「人手は多い方がいいだろ?」

「役立たずが増えても邪魔なだけよ」

「酷いこと言うなよ」

 

 湖面を蹴り飛ばした彼女は、その長いエプロンのようなスカートを翻し、魅力的な笑みを浮かべた。金色の長髪は月夜に照らされ、幻想的に輝いている。誰もいない湖。その真ん中で踊るようにぱしゃぱしゃと足を進める彼女は子供のように無邪気で、同時に狡猾だった。魔女よりも魔女らしい。少なくとも、人間らしくはなかった。

 

「私とパチュリーの仲じゃないか」

「レミリアの懐より深く、博麗の巫女の器量より広い友情ね」

「それは……馬鹿にしてんだろ」

 

 水面を蹴り、空を舞う。気持ちの良い夏の空だ。雲一つ無い晴天。そこそこの高さまで上昇すると、はるか遠くの人里まで見渡せた。真っ暗闇の中にぽつぽつと電灯の光が浮かんでいる。宙に浮かぶ星々を写し取ったかのようだった。舌打ちが溢れる。これではまるで、天空に憧れ、模倣しているみたいではないか。気に入らない。

 

「おい、飛ぶなら言えよ。びっくりしたぜ」

 

 しばらく空で留まっていたからか、下から声をかけられる。ひらひらと、天女のように舞う姿は私の飛ぶ姿にそっくりだった。魔女特有の飛び方だ。

 

「なんで空を飛ぶのにあなたの許可がいるのよ。そういう契約でもあるのかしら?」

「いや、ないけどさ」

「それに、憐れな人間の地に魔女が行くなら、空から降り立つのが礼儀ってもんでしょ」

「なんで」

「まあ、強いて言うなら」

 

 細々とした地上の星に目を向ける。妖怪にとって、喉から手が出るほどほしいであろう場所。仮初めの平和の象徴。餌を捕縛しておくための鳥かご。人里という名の幻想郷の管理者が造った実験場。人間達の居住地。

 

「二階から目薬というか、二階から魔女みたいなもんね」

 

 そういうもんか、と曖昧な返事が後ろから聞こえる。が、当然私は無視して先を急いだ。

 

 

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