霧雨魔理沙。魔法の森に住む魔女を目指す人間。キノコやら何やらを好む変わり者で、紅魔館に度々不法侵入する少女。絶対に本人には告げないが、人間の中ではそこそこ気に入っている存在。そんな彼女は魔女を目指しながらも、人間としての美しさも兼ね揃えていた。自由で気ままで、そして慈悲深く同時に愚かしい。些細なことでくよくよし、大きな事には太っ腹になる。それが彼女の特徴だった。
でも、だからこそ。
「人里でそんなに挙動不審になる魔理沙の姿を見られるとはね」
「挙動不審になんかなってない」
「なってるじゃない」
おそらく、今後一生見ることはないだろう魔理沙の姿を目に焼き付ける。まさか、人里に入った瞬間に十六夜咲夜に後ろから殴られるとは思ってもいなかったのだろう。
夜の人里は静まり返っていた。たしかに夜は妖怪の時間だ。いつ襲われてもおかしくない危険な時間だ。が、それはあくまで森や湖の話で、人里の中心は別だ。妖怪が人里で暴れることは御法度とされている。まあ、御法度としたのは妖怪の賢者と博麗の巫女なので、別に無視しても構わないのだが、今は彼女達に構っている暇はなかった。
その、安全であるはずの人里の中央は四六時中賑わっているのだが、今日に限って閑散としている。人っ子一人いない。扉を閉め切った商店が両端に建ち並んでいるだけだ。荒廃している。
「なんでお前がここにいるんだ」警戒心を隠そうともせず、黄色い髪をばさばさと揺すりながら、愚か者が咲夜に訊ねる。殴られた後頭部さする姿は哀愁すらあった。「何しに来た」
「何しにって」己の拳を懐から取り出したハンカチで拭きながら、咲夜はこてんと首を傾げた。「護衛に決まってるじゃないですか」
「護衛?」
「最近何かと物騒ですからね。魔法の森にはゾンビが出て、紅魔館にも侵入者が来た。パチュリー様にいたっては酷い目に遭っていましたし」
「悪魔に目を付けられるのは魔女の宿命よ」
「まあ、コアに絡まれるよりは百倍マシでしょうけど」
咲夜はいつの間にか私たちの先頭に立ち、足を進め始めている。街灯があるとはいえ薄暗い人里を嬉々として進んでいった。闇夜が似合う人間というのも中々に珍しいものだ。
「ねえ、覚えてます?」彼女の背中を追っていると、唐突に咲夜が顔だけこちらに振り返った。覚えていない、と発作的に言いそうになる。「昔、コアがパチュリー様に喧嘩売ったことあったでしょう」
「売ったことというか、いつも売ってるじゃねえか」
「あんなんじゃなくて、もっと本気の奴ですよ。コアが召喚された直後のことだったかしら? ああ。その前に、あなたはコアの能力って知ってる?」
「能力? 相手を不快にする能力とかか?」
「それもあるけど」
物言いたげにこちらを見てくる咲夜を肘で突き、ついでに足を踏んで背中に頭突きして先を促す。彼女は面白そうに手をひらひらと振った後「あれです。『対価を用いて願いを叶える程度の能力』ですよ」と薄く笑みを浮かべた。
「何だそれは」しょうもない、とでも言いたげに目を細めてくる。「大体の悪魔がそうだろ。そんなこといったら、私だってその能力を持ってるとも言えるぜ。何なら『きなこ餅を美味しく作れる能力』も持ってる」
「そうじゃないわよ」暗に、お前なんかと一緒にするなと釘を刺したのだが、彼女に気づいた様子はなかった。相も変わらず馬鹿だ。「比喩とかではなく、本当にそういう能力なのよ。まあ、使い道なんてほとんどないのだけどね。そんな能力使わなくとも、悪魔としての身体能力と魔力だけで大体の願いは自分で叶えてしまうし」
「コアの願いなんてしょうもないじゃないですか」何も面白くないというのに、咲夜は傑作だと言わんばかりにくすくすと笑う。「例えば、この前なんて唐突に『この図書館には彩りがありませんね』とか言い始めて、ありとあらゆる本を七色に光らせてたり」
「エレクトリカル図書館。懐かしいわね」
「あれはよかったです。まあ、眩しすぎて本が読めないのが致命的でしたが」
たしかにあれはよかった。よかったというのに、身内ネタだったためか、それとも緊張感を維持することに必死なのか、「そんな話はいいんだよ」と私と咲夜の話を無理やり遮られる。「それよりコアの能力の話だ。あいつ、どんな能力なんだ。変身すんのかよ」
「しない。そんなしょうもない能力じゃないわ。文字通り、対価を消費して願いを叶えるのよ」
「分からねえ。何だそれは」
「例えば」と指を立てたのは咲夜だった。またしょうもない昔話をするのかと思ったが「以前パチュリー様が十キロ太ったときに」と面白い昔話をしだしたので黙っておく。
「コアに頼まれたのですよ。『能力で私の体重を減らせないかしら』って」
「そんなことでか」
「それで、パチュリー様は対価としてお嬢様が大切に保管しておりましたプディングを差し出されたのです。たしか、十年に一度しか売られない凄い物だったのだとか」
「胡散臭いプリンだな」
「だけどね。ふふっ。コアが能力を使ったら、たしかにそのプリンは消えたのよ。コアが食べた訳ではありませんよ? 元々そこにはなかったかのように、一瞬で消えたの。そして」
「そして?」
「お嬢様が十キロ太りました」
今思い出しても笑えてしまう。あれから血相を変えたレミリアが「三百歳で成長期が来た!」と喚いていたが、身長は一切変わっていないのを確認して無言になったのもあわせてよく覚えている。
「コアはね、文字通り対価をこの世から消し去って、願いを叶えられるのですよ。まあ、対価が見合ってなければこのように代償が発生するのですが」
「あれか。十キロ痩せるのにプリンじゃ足りなかったてことか」
「というより」とご丁寧に私は補足する。魔女一人細くできなかった能力だというのに、だ。「対価の価値は願う存在に依存するのよ。たとえそれが世間的に価値がある、例えばダイヤモンドのような物でも、願う本人にとって無価値なら対価にならない。逆にそこら辺に落ちてるゴミでも、本人にとって価値があるのなら対価になる」
「ならあれか? パチュリーがコアを対価にしたとしても、何も叶えられないということか」
「その通りです」
「なんで咲夜が答えるのよ」
やけにテンションが高い咲夜を見て、私は少し。ほんの少しだけ恐怖を感じた。こんな咲夜を見たのは久しぶりだ。レミリアが人里の男にチビ蝙蝠と愛称をつけられた時以来だろうか。
その咲夜は、異様なテンションを維持したまま、今度は完全に身体ごとくるりと振り返った。が、そのままの速度で、そのままの姿勢で後ろ向きに歩いている。何とも無駄な特技だ。
「それで? 皆さんはどちらに向かっているのですか?」
「どちらにって」さすがに私たちも困惑せざるを得ない。「咲夜が先頭じゃない。てっきり目的地があるものだと」
「いえ、迷ってただけです」
「そんな自信満々に歩いてたのに」
「道に迷っている時こそ堂々と。お嬢様が常々言っております」
「あの主あってこの従者ありね」
「あまりお褒めにならないでください」
「褒めてないわよ」
気づけば私たちは人里の奥、入り組んだ細道へとやってきていた。街灯の明かりもなく、民家にも光が灯っていない。本当の漆黒だ。まあ、私であればむしろ暗闇の方がよく見えるのだが、案の定咲夜は「こんな暗闇だと何も見えませんね」と堂々と歩いていたとは思えないようなことを言い出していた。
「じゃあなんで壁にぶつからなかったんだよ」
「匂いで分かりますよ」
「犬か」
「まあ、悪魔の犬とはよく言われますが」
「負け犬の間違いだろ」
カラカラと笑い、黒々とした三角帽子を揺らしながら「だったらよ」と人間がしないような歪な笑みを浮かべ「適当な民家に入っちまおうぜ」とこれまた人間らしくないことを言い出した。「こんな夜更けにこんな可愛い少女が三人いれば、茶くらい出してくれるだろ」
「魔理沙っぽいわね」
「馬鹿にしてんのか?」
誰も賛成だなんて一言も言っていないのに、彼女は勝手に歩き始め、一直線に古びた民家へと足を進めていく。止める暇すらなかった。思わず、私と咲夜は顔を見合わせてしまう。もっとも、咲夜は私の顔の位置をぼんやりとしか認識できていないのか、かなり近距離で向き合う形になっていた。そのおかげで、彼女の表情が鮮明に分かる。きっと私も同じような顔をしているのだろう。苦々しく、なんとも言えない顔だ。拳に力が入る。落ち着け、と自分に言い聞かせる。この私が冷静でなくなるなんて、あり得ていいはずがない。あんな些細な事で動揺するはずないじゃないか。
入るぜー、と扉を開けている馬鹿に続く。彼女に従うのは癪だが、今は従うほかない。
民家は酷く汚れていた。家というよりは、それこそ犬小屋と言った方が適切だろう。白アリに食われたせいなのか柱や床は穴だらけで、壁に至っては大穴が開いている。そもそも、いくら人里が安全とはいえ、こんな場所で扉に鍵もせずいるなんて。不用心にもほどがある。自分の実力によっぽど自信があるのか、それともただの馬鹿なのか。まあ、実際は没落した元実力者が安い家を借り受けたとか何かだろうが。
「なんか怖いですね」絶対に怖いとは思っていないだろうが、咲夜がわざとらしく言ってきます。「愚かさが怖い」と小さく呟いていたが、聞こえなかったことにした。きっとそれは、この場にいる私以外の全てに言っているのだろうから。
「あれですかね。幽霊とか出ますかね」
「別に出ても怖くないでしょ。むしろ見慣れているくせに」
と言いながらも、私はそこにいる存在に気づいていた。普通の人間であれば驚いて狂乱し、その場から逃げ出してもおかしくない物がそこに転がっている。が、ここには時を止めるという異常な人間がいるだけだった。少なくとも普通の人間はいない。
「おいパチュリー。灯りつけてくれよ」
「人に頼むのではなく自分でつけたらどうかしら?」
「ケチだな。そんなにケチだといつの日か痛い目に遭うぞ」
「肝に銘じとくわ」
炎魔法の応用で壁に光をくっつける。酷く初歩的で単純な魔法だ。魔女として相応しい魔法ではなかったが、幸いなことにそれを指摘する奴はいない。
ぼんやりと部屋が明るくなっていく。大して面白みもない部屋が露わになる。汚い布団と、ボロボロの草履、写真の入っていない写真立てと、
そして女の死体があった。
人間の女の死体だ。死体なので当然だが顔はあり得ないほど白く、身体が固まっている。が、綺麗だった。二つの意味で綺麗だ。その女の容姿は端麗で、顔には皺一つ無い。目を閉じ、表情も消えているが、それでも笑顔が似合う女性だと分かる。茶色の髪は肩にかかてっており、幻想的な雰囲気すらあった。
そして何より綺麗なのは死体だ。死体の状態だ。
普通であれば、こんなみすぼらしい民家で孤独死した人間の末路は凄惨なものだ。死に方が凄惨なのではない。死んだ後が凄惨なのだ。一瞬で状態は悪化し、腐ってぐずぐずになるか、それより早く蛆が湧くか。少なくとも生きたままの造形を保てるはずもない。
ましてや、布団で眠っているかのような状態で死体が佇んでいるはずがないのだ。
「これ、死んでますね」
さすがに人間の死体には慣れている咲夜も驚いているのか、死体の側に佇み脈を確かめている。が、何度確かめたところで結果は変わらないはずだ。死んだ人間は生き返らない。生き返られる方法など、私ですら心当たりはなかった。
「こんなに鮮度の良い死体は珍しいですね。新鮮です。妙に真面目な顔をしているあなたと同じくらい新鮮です」
「今のはどっちに言ったのかしら」
「秘密です」
舌打ちをし、死体の側に座る。それだけで床が大きな音を立てて軋んだ。建物全体が傾いたような気さえする。
ボロボロの煎餅布団に寝かせられた死体は、ご丁寧にも掛け布団がかけられ、胸元で祈るように両手が組まれている。一見すると死因がまるで分からない。呪いでもなければ病死でもない。外傷もなければ毒の匂いもしない。それこそ、魂だけが抜き取られているようですらあった。
「あら魔理沙。どうしたのかしら」
死体を検分し終えて満足したのか、咲夜の興味は既に動かぬ愚か者から動く愚か者へと変わっていた。窮地に追い込まれた相手を更におちょくるのは咲夜の悪い癖だ。「浮かない顔してるけど」
「人が死んで浮ついてる奴の方がおかしいだろ」
「なぜ? 自分とは無関係の人間の生き死になんて心底どうでもいいじゃない。それともあなたはこの女性を知っているのかしら?」
「……鋭いな」
さすがは全曜の魔女、とまったく嬉しくない蔑称を宣言し、大きなため息を吐いた彼女は「私の古くからの知り合いだよ」と重苦しい声を出した。知り合いに対する声とはとても思えないほど重苦しい声だ。
「素晴らしい人だったんだ。本当に。彼女みたいな人が救われるべきなんだ。例え相手がどんな弱者でも、例え相手がどんな強者でも態度を変えなくてさ」
「まるで私みたいね」
「そういうことを自分で言わないくらいには謙虚な人だったさ」
音のない古びた民家。そこに女4人。いや、女3人と死体一つとは何とも物悲しい。狭い室内で肩が触れ合うほど近いというのに暖かみはまるでなかった。
「私は弱いから。一人じゃ生きていけないほど弱かったから。頼れる人もいなければ庇護者もいない。くそったれなこの現世に産まれてきたことを恨みながら生きてたら、彼女が助けてくれたんだ」
「そうなのね」
「ああ。道ばたで落ちてる時に暖かいミルクをくれた。それが私と彼女の出会いだよ」
「魔理沙にそんな過去があったんですね」
分かっているだろうに咲夜は目元を拭いながら、およよと泣き真似をしていた。私も真似しておよよと言ってみる。が、あまりにも似合わなかったためすぐに止める。それに、茶化せなかったのにはもう一つ理由があった。
「同情するわよ」
私と彼女の唯一の共通点。それは縛られていないと生きていけないということ。魔を極めようとする者の宿命。悪辣で傲慢な己が欲望を省みるために全てを犠牲にし、そしてそれを後悔することすらできない愚か者。でも。だからこそ時々思うのだ。自分が踏み潰してきた物を振り返り、果たして今までの道のりに何の価値があったのかと。ただ虚しいだけなのかと。そういうときには決まって、何かに縋りたくなる物なのだ。
そして、その縋った先が消え去ってしまうことが、何よりも恐ろしい。そんなこと、とっくの昔に分かっているはずだった。
「心の支えがなくなるというのは意外に腹が立つものよ」
「悲しくなるではなくてですか?」
「もうそんな歳じゃないからね。それに」
「それに?」
「この部屋も意外と悪くないし」
はあ? と咲夜が信じられないほど間抜けな顔をしてこちらを覗き込んでくる。普段、レミリアには決してみせない顔だ。眉間にぐっと皺を寄せ、こちらを見上げるようにぐいぐいと顔を近づけてくる。その透き通った青い瞳には確かに見慣れた感情が浮かんでいた。
「こんな部屋が悪くない? それはもはや紅魔館に対する侮辱ですよ。悪いに決まっております。こんなボロい民家のどこを気に入ったというのですか」
「あれよ。いと趣があるじゃない」
「ないです。ボロボロの物を何でも趣があると言っていい訳ではありませんからね」
「なんだか、来たことがない場所とは思えないのよね」
女の死体をまたがないように気を付けながら、部屋をぐるりと回る。見覚えるのある部屋だ。ボロい民家なんてどこも同じ。そのどれもが卑しくて惨めな残骸に過ぎない。だが、ここは。この家はたしかに。
「パチュリー・ノーレッジはたしかにここに来ていないはず。なのに、確かに見覚えがあるわね」
「え?」
「ええ。確かに私はここに来たことがあるわ」
「それも前世の記憶ってやつか?」
私は否定も肯定もしない。前世。曖昧な言葉だ。果たしてそんな物があるかは知らない。が、少なくとも。咲夜の眉間の皺を濃くするほどには胡散臭い言葉だった。
「分からないけど、とりあえず」
「とりあえず?」
「誤解を解いた方がいいわよ」
こんこん、と扉をノックする音が聞こえる。あのー、と聞き覚えのある声が聞こえてきた。まだ返事をしていないというのに、扉が勝手に開かれる。呆然と突っ立っている私たちをぼんやりと見た彼女、我らが門番は目を丸くしていた。
「えっと、これどういう状況ですか?」
「あー」
特に示し合わせた訳ではないが、私と咲夜は顔を見合わせ、同時に部屋の片隅で佇んでいる馬鹿を指さした。
「こいつがやりました」
おい! と部屋の片隅で馬鹿が馬鹿らしく喚く。はぁ、と間抜け面をさらす美鈴が面白く、私はつい笑ってしまった。
「まったく何事かと思いましたよ」
紅色の長い髪を後ろ手に掻いた美鈴は、苦労人特有の垂れた眉を更に落とし、はぁとそれはそれは深いため息を吐いた。「危うく通報するところでした」
人里の一端は先ほどまで閑散としていたことが嘘のように騒がしかった。美鈴が人間に声をかけ、死体があることを告げると、途端に無数の人間が駆け込んで来たのだ。蟻みたいね、と咲夜に言うと凄い顔で怒られたのでもう言わないようにする。
訪れた数多の人間が部屋に立ち入り、嘆き悲しみ、恐れおののいている。どうやらあの女性はかなり人望があったらしく、その死に直面した人間は誰もが動揺していた。こんなことであれば、彼女の名前くらいは聞いておけば良かったかもしれない。
その、人間達に追い出された私たちは部屋からしばらく北西に行った箇所。大通りに置かれたベンチに腰掛けていた。紅魔館組に囲まれて相当心臓が痛いのか、白黒の格好をした魔女もどきは私の隣で小さくなり「通報ってどこにだよ」と唇を尖らせていた。「自警団か?」
「いえ。博麗の巫女にですよ」
「そんなことをしてみなさい。夜中に起こすなって殺されるわよ」
「いくら博麗の巫女だからって殺しはしませんよ」
「そうかしら」
「精々爪を剥がれて腕をもがれるくらいですよ」
「お前らは博麗の巫女を何だと思ってるんだ」
「何って」そんなもの、考えるまでもなかった。「悪魔かしら」
「それをあなたがいうのかしら。私はそこまでは思いませんよ。精々鬼くらいかと」
「どっちかといえば殺戮ロボットですよ。感情を実家に忘れてきたんです」
「酷い言い草ね」
だがまあ。博麗の巫女は確かに恐ろしいが、この世にはもっと恐ろしい物もある。私の才能や魔理沙の無邪気さ。そして美鈴の神経も恐ろしい。
「美鈴。なんでこんなとこに来たのよ」
緑色の龍と書かれた帽子を奪い、自分の頭に載せようとする。が、そもそも帽子を被っていることに気づき、諦めて返した。「門から離れる門番なんて前代未聞ですけど」
「あれですよ。サッカーだとゴールから離れるゴールキーパーもいますからね。攻撃的ゴールキーパーならぬ、攻撃的門番ですよ」
「何を攻撃するのよ」
「レミリア様の護衛を無断で投げ出してお散歩するメイドとか」
「オウンゴールよ美鈴」
言いながらも、私は入り組んだ道から大量に溢れてくる人間に目をやっていた。死体の持ち運びをしているようで、何人かの男に担がれた担架が大勢に囲まれて移動していく。人間は同族の生き死にに敏感だとは分かっていたが、ここまでとは。背筋が震える。
「あれ、魔理沙さんじゃないですか?」その人間の中に目立つ金色の髪が見えた。いつの間にかベンチから離れ、人間の群れへと混ざっている。いったいいつの間に。さすが、こそこそするのは得意のようだ。
「彼女はいったい何を企んでいるんでしょうか」
「さあねえ。どうせ、禄でもないこと考えてるんでしょ」
「私たちに囲まれてたら、まあ悪事をしないと思いますよ。そんな勇気もないでしょう。というより、私からしたらお二人の方がよっぽど悪さをしそうですけど」
「うるさいですよ美鈴。むしろよく耐えていると、自制心を褒めていただきたいくらいよ。あなただって、気を抜いたら暴れそうなんでしょう。妖怪らしく」
「それはまあ……そうですけど。でも、丑三つ時に妖怪が人里で暴れたなんて、それこそ巫女が飛んできますよ」
歯切れが悪い門番だったが、その歯切れの悪さを誤魔化すためか「それはそうと、これからどうするつもりなんですか?」と強引に話を変えてくる。「何か考えが?」
「まあ、とりあえずあの人間の死について調べることにするわ」
「調べるも何も……いえ、何でもないです」
「あなた達は、一応魔理沙の所に行ってなさい。大丈夫だとは思うけど、一応ね」
「へえ。優しいところあるじゃないですか」
「まあ、大好物だから」
「何が?」
「苦汁のお粥」
何ですかそれ、と二人が聞いてくる。もちろん、私に答えることなんてできなかった。