なお使い魔でして   作:ptagoon

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仄暗い洞穴の中で

 人里にも色々な場所がある。大通り沿いの豪華絢爛な屋敷から、奥まった場所にある民 家。うざったい半獣が出しゃばっている寺子屋や人間に絆された天邪鬼が出入りしている蕎麦屋。多種多様な建物は、この小さな人里だというのに人間の優劣を如実に表しているようで、見ていて飽きない。同じ種族で群れることこそが人間の強みだというのに、人間が集まると必ず争いが起こる。興味深かった。ここまで愚かな種族がいるのかと感動するくらいだ。

 

「でも、まさか人里を捨てるような人間が霧雨魔理沙以外にいるとはね」

 

 私達は人里を出てすぐの、何もない平原に突っ立っていた。一見すると本当に何もない。人間の出入りが多いからか木々は伐採され、地面に生えている草木も踏み倒されている。妖怪にとっては格好の狩り場なのだろうが、流石に人里の近隣は博霊の巫女や人里の守護者によって守られているのか、邪魔者の気配もなかった。ただ芝生ほどの低い草花が咲き乱れた平原があるだけだ。なるほど。たしかに平和に過ごすには打って付けの場所かもしれない。

 

「エミとやらはよっぽど物好きだったようね」

 

 その平原の端に、小さな洞穴があった。洞穴というのもおこがましい小さな穴だ。一見すると何もない、動物の巣穴にしか見えないが、よく見るとたしかに人間が過ごしていた形跡がある。やけにふかふかの布団と座布団だけが置かれているのがかえって不気味さを助長しているような気がした。

 

「ここがエミさんの隠れ家っすよ」

 

 あの失礼な人間。もはや名前を思い出すことはできないが、おそらく私が名前を消し去ったであろう人間のことが気にかかったのか、私たちは人里を後にし、こんな場所にやってきていた。何が悲しくてこんな連中と洞穴に行かないといけないのか。苛立ちが募るが、私にとっては好都合だった。

 

「隠れ家というか秘密基地と言った方がいいかもっすけど」

「なんであなたは当然のように着いてきてるのよ」

「別にいいじゃないっすか」

 

 秘密基地の居心地は悪くなかった。布団が一つに座布団が五つ置かれている。そこそこの広さがあり、雨風も凌げて、何より薄暗い。悪魔のためを思って作られたかのようだ。いや、かのようというより、実際そのとおりだった。

 

「それで、パチュリーは何か思い出せそうなのかよ」

 

 黒々とした三角帽子を脱ぎ、自らの顔を仰ぎながら訊ねてくる。彼女の金色の目はきゅっと縮み、期待と不安で震えているようだった。「何か前世の記憶を思い出したか」

 

「そう言われると私が頭のおかしい人みたいに思えるわね」

「事実そうだろ」カラカラ、と彼女は豪快に笑う。「頭がおかしくないと魔女にはなれない」

「まあ、そうね。強いて言うのであれば居心地の良さは感じるわね」

 

 紫色のスカートを両手で持ち上げながら、洞穴を一周する。特に罠は仕掛けられていない。が、何もないわけではなかった。本気で隠れるつもりがあったのか、それとも元々バレる気でいたのかは分からないけど、少なくとも二人は指摘するつもりはないようだった。

 

「隠れてないで出てきなさい」

 

 虚空に向けて私は話す。高い天井のその奥の気配が若干震えていた。「なんでそんなこそこそしているのよ」

「おいおいパチュリー」

 

 がしりと肩を掴んできた彼女は、頭上をずっと見上げている私のおでこをぴんと指ではじいてくる。

 

「あんまり虐めるもんじゃないぜ」

「別に虐めるつもりは」

「サプライズを看破したらサプライズにならないだろう」

 

 サプライズ? いったい何を言っているのだろうか。私からすればここにいる連中の思慮の浅さそのものが驚きに値するものだったが、彼女が言いたいのはそういうことではないのだろう。

 

 観念したのか、頭上にあった異様な気配は消え去り、代わりに洞穴の入り口に人影が現れる。人影というが、それは別に人の影ではなかった。指摘はしないけれど、お粗末というか何と言うか。

 

 現れたのは三人の男だった。背格好は皆同じで、背が高く、華奢な体つきをしている。病弱な優男といったところだろうか。兄弟というよりは三つ子のようだった。優しい目つきも柔らかそうな茶色の髪も薄い唇も、判を押したかのように三人とも同じだ。違うところといえば、着ている服装くらいだ。右から順に、緑、黄、赤と並んでいる。幻想郷の賢者がたまに見せてくれる、外の世界の信号機とやらにそっくりだった。

 

 その男の中の黄色が、何やら奇妙な物を手に持っていた。まさか、移魂を残さない君3号だろうか、と背中に汗をかくが、すぐに違うと分かる。白色の箱に赤色のリボンがついたそれは、間違いなくプレゼントボックスだった。

 

「これは、そろそろくるはずの恩人に渡す予定のプレゼントだぜ」

 黒色のエプロンとワンピースで足して2で割ったような服をふるふると揺らしながら、彼女は近頃では滅多に見れなくなった、綺麗なドヤ顔をしてくる。

 

「私たち皆で買ったんだ」

「それを、隠れてサプライズで渡す予定だったんすよ」

「来る予定って」私はさも困惑しています、といった風に眉をひそめる。「そんな所に私が来ちゃってよかったのかしら」

「いいんすよ。気にしないでくださいっす」

 

 誰も指示していないのに、その信号機三兄弟は、元々決められていたかのように、洞穴に敷かれた座布団へと座った。よく教育されている。こんな場所でこんな怪しげな奴らが集まっていれば、それこそ巫女に殺されそうなものだけれど、その経験はなさそうだった。よっぽどエミとやらの人望が厚かったらしい。そのせいでこんな目に遭っているのかと思えばやりきれなかった。

 

「それより、もっとエミさんの話をさせてくださいっす」

「情報屋らしからぬ台詞ね」

「サービスっすよ」

 

 ありがた迷惑とはこのことだろうか。別にいいわ、と断ろうとするけれど、彼は意気揚々と話し始める。

 

「エミさんはとにかく鈍くさい人間だったんすよ。彼女、きなこ餅が好きなんすけど、まともに食べられたことがなくて」

「まともに食べられない? アレルギーかしら」

「そうじゃないぜ」と布団の上であぐらを掻いた馬鹿は、その魔女らしくない仕草のまま大声で言ってくる。「大抵、きな粉でむせるか餅を喉に詰まらせるんだ。そのせいで私たちはいつも冷や冷やさせられて」

「周りの人間からも心配されてたっすよ」

 

 うんうん、と信号機三人組が頷く。よくもまあそんな間抜けな人間が魔女を目指そうと思ったものだ。圧倒的に向いていない。

 

「彼女が魔女を目指したのは、使い魔のためだったんだぜ」

 

 私の心を読んだ訳ではないだろうが、彼女はなぜか自慢げに言ってくる。お前とは懐の大きさが違うんだ、と言わんばかりだった。

 

「彼女、五匹の使い魔を使役してたんだ。凄いだろ。自ら召喚したり、野良の悪魔を拾って育てたりしてたらしいが、まあとにかくそいつらが問題児だったらしくてな」

「問題児の使い魔ね。耳が痛いわ」

「ダエモンなんかより、よっぽど出来が悪い悪魔だったんだ」

 

 例えば、とその場にいた全員が指を一本ずつ立てた。「ある悪魔はお使いに失敗して八百屋を爆破したり」と言いながら情報屋が指を折り、「ある悪魔は野良猫探しの最中に迷子になったり」と布団にねそべりながら指を折り、「ある悪魔は妖怪退治をしようとして、間違えて巫女に喧嘩を売ったり」と指を折った。

 

「とにかく、問題ばかり起こすような使い魔だったんすよ。それなのに彼女はその使い魔たちを見捨てなかった。それどころか、他の人間との仲も取り持ってくれたらしいっす」

「よく、そんな情報を知っているわね」

 

 別に意地悪をするつもりはなかったのだが、この状況の異様さの自覚を促すつもりで私は彼に詰め寄った。きっと、彼らにとってこれは別に異様な空間ではないのだろう。むしろ自然な空間で、いつも通りの空間なのだ。だから私をここに連れてきた。何のために? そんなの、考えるまでもない。

 

「情報屋というのは伊達じゃないということなのかしら」

「こんな話、皆知ってるっすよ」おそらく誤魔化しではなく、本気で情報屋は断言した。「エミさんは人里で有名でしたっすから。そりゃそうっすよ。使い魔を5匹も引き連れた美しい女性が人里を歩いてたら、誰だって注目するっす」

「私は聞いたことなかったのだけど」

「紅魔館に引きこもってるからっすよ」

 

 何が面白いのか、周りの連中も含めてくすくすと笑う。が、その目は生暖かかった。慈愛の目だ。待望の目だ。期待の目だ。今まで私に向けられてきたことがないような、そんな目だ。

 

「そんな彼女の寿命が近いと分かったのはつい最近のことっす」

 

 が、そんな目を若干濁らせながら、情報屋は話し始める。既に彼女が息絶えているはずなのに、彼の声には悔しさは浮かんでいなかった。嘆きだ。嘆きと罪悪感で満ちている。

 

「消化器の病気らしいっす。もう手の施しようがなくて。彼女も使い魔も、色々何とかする方法を探したんすよ。魔女になって永遠の命を得る。妖怪の秘薬を飲む。吸血鬼に噛まれる。死神を打ち払う。でも、そのどれもが難しいということが分かったんす」

「それで結局彼女は死んでしまったということなのね」

 

 私の質問に答えるものは誰もいなかった。それもそうだ。私だって分かり切っていた。彼女は死んだ。間違いなく彼女の魂は消滅した。が、彼らは答えられない。答えることができない。そういう存在なのだから。

 

「ねえ魔理沙」

 

 私は己の本能をかみ殺しながら、布団でだらける彼女に声をかける。びくりとその場で飛び跳ねた彼女は、私のすぐそばまで寄ってきた。「何だよ。どうかしたのか?」

 

「伝えたいことが二つあるのだけれど」

「何だよ。勿体つけないでくれ」

「一つはね、ここの雰囲気についてよ」

 

 私は大きく息を吸い、洞穴から外を見る。そよ風と朝日が心地よい。既に日はかなり高いところまで昇っていたけれど、爽やかな風と冷たい空気のおかげで不快感はなかった。

 

「悪くないわね」

「そうか」

「話したこともない3人の男がそこに座っているし、ほぼ初対面の情報屋が居座っているというのに、不思議と嫌ではないわ」

「それはよかった。本当に」

 

 彼女は感動したのか、目を輝かせてすらいた。他の怪しげな連中もしんみりとしているようで、目元を手で押さえてすらいた。「悲願が」と喚いてすらいる。

 

「それで、もう一つの伝えたいことというのは?」

「あなたのことよ」

「私?」

「あなた、誰?」

「え」

「あなた、霧雨魔理沙じゃないでしょ」

 

 帽子を脱いだ彼女は、私の顔をじっと見てくる。そして、嫌みなほどに美しい顔を歪ませ、綺麗な三日月のように口を歪ませて笑う。そんな彼女の不適な笑みだけが洞穴の空気を覆い尽くしていた。

 

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