異世界のジョン・ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~   作:?がらくた

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第7話 救われた命、奪われた命、いらない命

「……う……うぅ」

 

長い夢から覚めて目を開けると、何故か涙が溢れていた。

 

(母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、カブβ……)

 

どうやら九死に一生を得たらしい。

大いなる意志がまだ死ぬなと、僕に言っているかのような奇跡。

もしかしたら天国の彼らが、僕を追い返したのかもしれない。

僕は皆に、命を救われた。

否、生き長らえてしまったといった方が正しいのか。

どちらに転ぶことも、ある程度覚悟していた。

しかし、生きてきて後悔ばかりの青年は、生を素直に喜べなかった。

 

(生きる価値、生きる意味、生を授かった者の使命。そんなキラキラしたもの、僕以外の誰かにやらせておけばいい。ここで生き抜く内にどうすべきか、どうしたいのか、勝手に答えがでるはずだ)

 

腹を括った青年が体を起こすと、高級そうな木製のチェストが目に入る。

ダンスでも踊れそうなほど広い部屋の足元には、マーガレットの花柄があしらわれたカーペットが彩りを添えていた。

僕の暮らす宿はもっと質素だ。

また見知らぬ土地に飛ばされたのかと辺りを確認すると、椅子に座った直美と視線が合う。

瞳は充血しており、紅に色づいた頬がかすかに濡れていた。

少し前まで、泣いていたのだろう。

 

「……無事だったのね、よかったわ。ここは私が宿泊してる宿屋よ。郊外の宿屋だと何かと不便だし、王国の大通りにある、こっちに運んだの」

 

直美は心配していた様子など微塵も感じさせないよう、気丈に振る舞う。

ベッドの隣には場違いな、藁が敷かれた庶民用のベッドが置かれていた。

僕が死の淵を彷徨う間、彼女がここで就寝していたのだ。

 

(……ベッドで僕を寝かせてくれたのか。心根は綺麗な子なんだろうな)

 

いきなり罵倒してきた女。

初めは悪印象しかなかった彼女に触れていく内に、多くの美点を知っていく。

 

「体調はよさそうだけど、いちおう診てもらいましょう。待っててね。今からあの子を呼んでくるから」

「?」

 

一方的にそういうと彼女は部屋から退出し

 

「目を開きました。とりあえず見にきてくださ〜い」

 

直美は大声で誰かを呼ぶ。

いったい何事だろうか。

きょとんとした様子で呆然としていると、直美は小走りで駆けて部屋に戻ってきた。

身長の割に痩せている少女を引き連れて。

 

「怪我は治ったみたいなの。でも大事がないか、確かめてもらえる?」

「ユウさん、怪我が快復したようで何よりです。治療の甲斐がありました。棒を近づけるので、痛みがあれば仰ってください」

 

茶色の法衣に身を包む少女は、何の変哲もない棒を僕の傷口にかざして喋り出す。

死に瀕していた際、おぼろげに聞こえた甲高い声の主は彼女のようだ。

彼女がいなければ、今頃自分は亡くなっていたのかと思うと、背筋が寒くなった。

 

「あの、貴方は……」

「英子といいます。以後お見知りおきを」

「英子さん、はじめまして。治していただいて、ありがとうございました」

「……これが仕事ですから。報酬を貰えれば、どなたでも治療します」

 

丁寧な言葉遣いに品と育ちの良さを感じると同時に、人と親しくなるのを拒絶するかのような態度が印象に残る。

彼女も人間不信になるような経験をして、ヴォートゥミラにきたのだろう。

けれど僕には、その距離感が心地よかった。

彼女になら、心に土足で踏み込まれる心配はない。

 

「痛みはないですか?」

「ええ、英子さんの腕がいいんでしょうね」

「無理した様子でもなさそうですね。数日の間、休養を取れば問題なく復帰できるでしょう」

 

瞳を見つめられて石動は縮こまるが、青年を一見して調子を感じ取った英子は、彼を励ます一言をかけて微笑する。

カルテとPCばかり眺めて、人を一切見ない医者とは対称的だ。

健全な精神は、健全な肉体に宿れかし。

健康な人間に、必ずしも健全な精神が宿るとは限らないという皮肉だ。

 

(……人の命を預かる医者でも、皆がこうじゃないよな。こんな子に手当をしてもらえるなら、安心できる人も多そうだ)

 

ほっと息を落ち着けて、青年は診察を受ける。

治療中に真剣な面立ちの英子を観察していると、髪が所々痛んでいて、健康状態は良くなさそうに映った。

よけいなお節介かもしれないが、言わずにはいられず

 

「あの、ちゃんと食事を摂れてますか? 僕に構わず、ご自愛ください」

 

自分の体調が優れないのに、人の心配などしないでいい。

まずは自分を優先すべきだ。

特に人を診るような人間ほど。

そう考え、英子自身をいたわるよう勧めたのだが

 

「……食べるも食べないも、あたしの勝手ですが。失礼します。用があれば隣室にどうぞ」

 

英子はそういって部屋から出て行ってしまう。

眉を八の字にして不満げな彼女に面食らい、彼はそれ以上何も言えなかった。

何が英子の逆鱗に触れたのか定かではないが、自分の不用意な発言で彼女を怒らせたのを理解した石動は

 

「……食欲がなかったのかな。コミュニケーションって難しいね」

 

と愚痴をこぼす。

 

「もしかしたら月経だったのかも。あなたの発言には何も問題なかったと思うけど。心配してくれる相手に、あの言い方はないんじゃない?」

「そうかな。でも、あれくらいの娘は繊細な年頃だから。お説教もムカつくだろうし、あんまり口煩く言わないようにしないと」

「ま、あの子も迷い人だから。いろいろあるんでしょ。地道に彼女について知っていけばいいわ」

 

日本で暮らしていた人間が、いきなりヴォートゥミラに来たらストレスも溜まる。

現代人の僕らにはゲーム機器やスマホは単なる娯楽のための道具の域を超え、人によっては商売の道具としても扱っている。

文明に毒された僕らにとっては、この世界は厳しい。

他人を思いやる余裕もなくなるのも当然だ。

考えても仕方ない。

 

(後で謝らないと。それより『地道に彼女を知っていく』って、どういう意味なんだろう)

 

まるで、これから長い付き合いになるような口振りだ。

気になってしまい、訊ねると

 

「そうそう、あの娘もね。私たちの冒険に協力してもらうことにしたの」

「え、急にどうしたの?」

 

何者も寄せつけない氷の叛逆者である彼女が、どういう風の吹き回しなのか。

呆気に取られた青年に

 

「……あなたが生死を彷徨っている時、考えてたのよね。聞いてくれる?」

 

直美が真剣な面持ちで話し始めた。

彼女が自分の気持ちを吐露するなど珍しい。

そんな直美に、石動は耳を傾けた。

 

「自分一人だけだったら、あの後に悪魔にやられてたかも。それに私の知らないことを、貴方は知ってるし。そうやって助け合いながら、人っていうのは生きてるのね」

 

いつも自信満々で喋る彼女らしからぬ、たどたどしい話し方に石動は面食らう。

自分でも感情の変化についていけていないのか、心に感じたことを素直に話している。

石動は茶化したりせず、耳を傾けた。

 

「何よりあなたの台詞があったから、人の道を踏み外さずにすんだ。あなたを信じてよかったって思ったから。だから今度は、あの子のことも信じてみようかなって」

 

言い終えると直美は柔らかく微笑む。

僕との冒険で、多少なりとも心境の変化があったのかもしれない。

その変化は水平線の向こうから太陽が昇るような、明るい兆しに感じた。

 

(直美さんは変わったな。僕も変われるかな)

 

「まぁ、右も左もわからない僕を直美さんは助けてくれたんだ。お互い様だよ」

「そうね。この直美様に出会えたことに感謝なさい。あなたは頼りないから、私についてくればいいのよ。楽な道は進まないけどね。追いつくまで待っててあげる」

 

胸を張って威張る直美に、石動は困ったように笑う。

しかし彼女が頼もしい存在なのは事実だ。

手を差し出して握手を求める彼女の右手を握り締めると、冷たい手の体温が彼に伝わる。

20代前半の若い女子に触れた青年は

 

(……女の子の体って冷たいんだな)

 

と、素朴な感想を抱いた。

直美は何とも思っていなさそうだ。

 

(あ、あれ。言われるがまま応じたけど、結構とんでもないことをしてるのでは?)

 

異性だと思うと、妙に意識してしまい、石動は彼女の顔をまともに見られなかった。

茹でたタコの如く、顔が赤くなっていく。

 

「どうしたのよ、急に。熱でもあるの?」

「いや、別に。それより僕がいなくても平気だった?」

「ま、あなたはまだ冒険者として頼りないしね〜。普段通りに冒険して、普段通りに稼いできたわ」

 

心配した彼女が顔を覗き込んできて、石動は誤魔化すようにまくしたてた。

話題を変えると安堵したのか

 

「それだけ元気なら、すぐ復帰できそうね」

「はは、お陰さまで」

 

なんとか追及を免れる。

照れ隠しで視線を逸らし、ベッド横の机に目をやると、何やら羊皮紙が数枚置かれていた。

チラリと覗くと、日本語で文字が書かれている。

おそらく彼女の物だろう。

 

「それは何?」

「ああ、これ? 日記よ。いつ亡くなってもおかしくないし、今まであったことをまとめてるの。私の亡き後は、これをあなたたちに託すから。参考にしなさいよ」

 

彼女ほどの実力があれば、不安などないと思った。

けれど強い彼女も、僕らと同じ人間なのだ。

 

「この世界から脱出できるといいね。英子さんも含めた3人で」

「3人だけじゃないわよ。ヴォートゥミラには帰りたい人が、もっといるはず。その人達もまとめて、元の世界に帰してやるんだから。それがヴォートゥミラに来た、私の宿命ね」

「そうだね。若くて覇気がある、君にしか成しえないことだ。立派だよ」

 

やる気に満ち満ちた直美を見て、石動は彼女を称賛する。

僕が呑気に寝ている間に、いい充電期間になったのだろう。

 

(……生き延びた僕には、何ができるのかな)

 

人間というのはじっとしていると、あれこれ考え事をしてしまう性分だ。

僕を刺した娼婦は、どうしているだろう。

そして悪魔に盗賊の親分は……。

両親や姉のだけでなく、ヴォートゥミラで起きた様々なことが思い出された。

彼女に聞けば、わかるやもしれない。

 

「倒れた女の人がいたはずだけど、どうなった?」

「あの後、大騒ぎになったからね。複数の癒し手に治療されて、すぐに元通りになったわ。何故かあなたのことをジロジロ見てたわね」

 

生きていたという事実に、石動の肩の荷が降りた。

不可抗力だったとはいえ、殺人鬼になるのは御免だ。

だがハリーに利用された被害者だと、同情する気は起きなかった。

また襲われないとも限らない。

今後一切僕と関わらずに、暮らしてくれればそれでいいが。

 

「じゃあ、坊主頭の人は」

「教会に預けたから大丈夫でしょ。力の差は見せつけたから、私に歯向かうことはないだろうけど」

「これに懲りて、盗賊稼業から足を洗ってくれたらいいね。せっかく拾った命を、むざむざ捨てることのないように。僕もそれは肝に命じておこう」

「殺しにかかってきた相手にも甘いわね。ま、それが貴方らしさなんだろうけど」

「僕だって、どうでもいいって思ったよ。でも助けちゃったから、どこかで生きていてほしいんだ。僕の命もあの人の命も、同じ命だから」

 

現代では誰にでもある天賦の人権は、先人が勝ち得たもの。

それを自覚していないと、いつか自分にも牙を剥く。

偽りのない気持ちを伝えると

 

「……いつまでも、その気持ちを忘れないで。私が道を間違えそうになったら、また正しい方へ導いてね。あの時そうしてくれたように。そろそろ冒険にいくわ。部屋は自由に使って」

 

まっすぐに見据える直美に、青年は口ごもる。

一人の人間を正しい方へ導く。

世間から疎まれ、常に自分がまともなのかと疑いの目を向けている僕のような人間に、普通の人でも難しいことができるのか。

ただ彼女の信頼を無碍(むげ)にするような発言も、僕にはできなかった。

 

(彼女の模範になれるような立派な人間じゃない。でも直美さんが騙されてる内だけは、善良な人間に見えるよう努めよう)

 

「言い忘れてた。早く復帰してよね。あなたと冒険するの楽しみなんだからさ」

 

部屋を立ち去ろうとした直美は、踵を返して云う。

気恥ずかしいのか、それだけ告げると、そそくさと出ていく。

弱った人間を看病する。

きっと多くの人が何の気なしにする、ただそれだけのことに、石動の胸がじんわりと暖かくなる。

 

(これから先もSG8に、悪魔に襲われるだろう。けど彼女と出会えてよかった。その気持ちだけは変わらない)

 

諸行無常、栄枯盛衰。

この世に不変なものはない。

案外人なんてものは、簡単なきっかけ1つで壊れたり、救われるものだ。

直美が変化したように、自分も変われるだろうか。

彼女に幻滅されない人間に

 

「……ハァ、まだ眠い。冒険ができるようになるまでは、彼女の親切に甘えるとしようかな」

 

ヴォートゥミラに来てからというもの、災難続きだ。

疲れが溜まっていたのか、彼は瞬く間に睡魔に襲われた。

薄れゆく意識の中で

 

(僕はいい。でも未来ある彼女たちだけでもヴォートゥミラから脱出させないと……そんな命の使い方なら、きっと後悔はしない)

 

そう胸に誓い、眠りについたのだった。

 

 

 

一方その頃

 

 

 

教会の地下墓地。

王国内で命を落とした者の、幾多の人骨が積み重なった魂の安息の地。

そこで目覚めた禿頭の男は鼻が曲がりそうな異臭に、顔をしかめる。

 

「こ、ここは」

「ハッ、ようやくお目覚めかよ。寝すぎだろ」

 

黒のローブをまとい、片手鎌を手にした少女は、ニタリと不敵な笑みを浮かべた。

腰からぶらさげたランタンが映し出された彼女は、まさしく死神そのもの。

命を刈り取る死神がもし実在するならば、案外こんな姿なのかもしれない。

 

「ア、アンタは……」

「あの女がまとめて凍らせてくれたお陰で、お前の大事なお仲間の回収が捗ったよ。いいから、ついてこい」

 

案内された先の人一人通るのがやっとの通路には、盗賊たちが無造作に並べられている。

少女が凍りづけになった盗賊たちを足蹴にすると

 

「やめろ、仲間には手ェ出すな!」

 

男は激高したが、それを遮って少女は男に怒鳴り散らした。

 

「偉そうに指図すんなよ。私に何か言うべきことがあるんじゃねぇのか。成功か失敗か正直に話せ。でないと、こいつらがどうなるか……」

 

一向に話を切り出さない坊主頭に、彼女は作戦が失敗したのを理解した様子だ。

黙り込む坊主頭に

 

「……おいおい、役に立たねーなぁ。手段は問わないから、奴を殺せって言ったよな。簡単な指示だろ? まぁ、いいや。最初(ハナ)から期待してねーしな」

 

両手に鎌を持った女は振り回し、歩み寄る。

―――明確な殺意を持ち、それを隠そうともしていない。

男は少女が近づく度に、自らの死が間近に迫るのを肌で感じた。

 

「ひっ、悪魔を召喚したところを茶髪の男に邪魔されちまって……悪魔に殺されかけたんだ! 頼む! もう一度チャンスをくれ!」

 

どうにかして時間を稼がねば。

男が一生懸命まくしたてると、ぴたりと足を止める。 

そして何かを考えているのか、上を見ながら呟いた。

 

「茶髪の男……ね。あの女が情に絆されるとは。そいつが付け入る隙になるかもな。こりゃ、いい情報だ」

「もう一度、もう一度チャンスをくれ、今度は絶対に息の根を……」

 

男は懇願するが、少女は顔色ひとつ変えない。

 

「要約するとあの女にやられて、茶髪の男に邪魔されて、悪魔に殺されかけたってことだろ。いい所なしじゃねぇか。そんな奴がチャンスだぁ? 笑わせるなよ」

「次は、次こそはちゃんと策を練って……」

 

次があればと絶えず繰り返す男の言い訳に呆れた少女は、溜息をつくと男の言葉を遮る。

 

「お前、私から魔術書を渡されて満足しただろう? 策ってのは蜘蛛の巣みてぇに張り巡らせるもんだ。1つ2つ作戦を立てて、運よく成功すんのは物語の中だけだぞ」

 

男を罵倒する、少女の弁舌が冴え渡る。

―――このままいけば、待つのは死だ。

脚がガクガクと震え、男は何も言い返せなかった。

 

「もういらないよ、お前。利用価値ないから。口止めで殺しておくわ」

 

鎌を持つ少女の気が変わらないのを察した坊主頭は、身震いする。

戦うことでしか、生き残る道はない。

そう悟った男は

 

「ただで殺されるほど、俺だってお人好しじゃねぇぞ!」

 

腰のナイフを取り出し、応戦する。

しかし恐怖からか手が震え、照準が定まらない。

 

「はいはい、すごいね〜。別にいいけどさ、抵抗するほど長く苦しむぜ」

 

鎌で短刀の突きをいなしつつ、あからさまに力を抜いた様子で、彼女は

 

「一回くらい当ててみろよ。雑魚の相手、ダルいわ~」

 

あくびをして隙を見せたのを見逃さず

 

「模倣の神イミタ、我に世界と同化する術を授け給え。イミタティオ」

 

と、不可視の魔術を唱えた。

2度3度瞬きすると、男は半透明になっていき、少女の5回目の瞬きで完全に周囲に溶け込んだ。

 

「どうだ。いくらアンタでも俺がどこにいるかはわからんだろう?!」

「アハハッ! ゲスの卑怯者らしい魔法だな。お前にお似合いだ。あと洗練されてねェ。アタシの仲間は透明になるまで、時間かからねぇぞ?」

 

煽りも無視して、彼は地上を目指す。

命さえあれば何度でもやり直せる。

そう考えていたのだが

 

「組織の長が無能だと、下の人間が皺寄せがくる。お前みたいな奴を信頼した部下が可哀想だねぇ。ま、長の器を見極められない馬鹿共なら、死んでよかったかもなぁ。いらない命だったってことだ」

 

歩みを止め、この場から逃げる。

それは部下の尊厳を冒涜することに他ならない。

振り返った盗賊は腹を決めたのか、不可視の魔術を自ら解いた。

 

「卑怯者だと蔑まれるのは慣れてんだ。だが手下を馬鹿にされて逃げる頭目にゃ、何の価値もねぇ」

「部下を愚弄されて腹が立ったのか。泣かせるねぇ」

 

凍てついた薄ら笑いを浮かべて、心にもない台詞を吐き捨てる。

全くの無感情で人の生き死にを嘲笑う姿は、少女が生き抜いた環境の壮絶さを物語っていた。

男が口喧嘩に乗った意味を理解した少女は

 

「ああ、訂正するよ。馬鹿な頭目と同じで、力量の差もわからない連中だったってな。さっさとかかってこい。お前に構う時間ないんだよ」

「生かしておけねぇのは俺も同じよ」

 

両者、臨戦態勢に入る。

戦闘が始まるも、二人は冷静に戦う距離を見定めていた。

近接武器を扱う以上、間合いに入れば、自分も攻撃される恐れがある。

下手に攻撃すれば一気に不利に陥り、地獄行きだ。

となれば、求められるのは一撃必殺。

両者の頭には、その文字が浮かんでいたことだろう。

睨み合いに痺れを切らした少女は

 

「埒があかねぇな。面倒くせぇ。テメーだけで勝手にやってろ」

 

頭を掻き乱し背を向けて、地上への階段へと歩み出す。

勝負にあるまじき行動に大男は驚愕し、目をぱちくりさせた。 

何か勝算があって、わざと隙を見せているのか?

頭では冷静に裏があると勘ぐる。

だが、この絶好の機会を見逃してしまえば勝ち目はない。

盗人が仕留めた!

勝利を確信した瞬間

 

「なっ……!」

 

背後から神に祈るように両腕を折り曲げる怪物が、姿を現す。

その怪物は彼の腕を捕らえると男の背中を、腕を、貪り食い始めた。

あまりの激痛に、男は気が狂ったように叫び、外の世界に助けを懇願した。

 

「アタシばかりに気を取られてたな。遺言があれば聞いてやろうか? ま、あいつらもまとめて殺すし聞くだけだけどな」

 

ヘラヘラと嘲笑う彼女に、男は口から吐血しながらも、精一杯の強がりを見せる。

 

「へへへ、だーれがテメーになんか話すか。地獄に墜ちろ、クズ女!」

「社会の落伍者が粋がるね。お前も私も似たようなもんだろ? お前は不愉快だ。なるべく苦しむように殺してやるよ」

 

今まで傍若無人に振る舞った罪が、一身に男に降りかかる。

当然の報いだ。

だがせめて、目の前の女には屈しない尊厳ある死を。

盗賊は次第に絶望的な状況に抵抗することもなくなり、微動だにしなくなった瞬間、少女は男の死を悟る。

 

「死ぬ時はあっけねぇな、人ってのは。こうなったら人間、ただの肉の塊だ。ごくろう、もういいぞ」

 

少女が命令を下すと、怪物は放り投げた。

男の遺体を見下ろしながら、彼女は執拗に踏みつける。

男は息絶えて、返事はないにも関わらず。

目の前の男ではない誰かへの憎悪を、怒りをぶつけるかのような攻撃は、その後も彼女の気が済むまで繰り返された。

 

「馬鹿だな、お前。人ってのはな。テメーの都合が悪くなりゃ平気で裏切るんだよッ! くだらねぇもん見せつけやがって! 苛々する!」

「盗人のクズの分際で友情ごっこかよ。いいご身分だな、オイ!」

「恵まれた連中が偉そうに、説教してきやがって。手前勝手なクソ親も、口だけの友情も、ウザい先公も全員くたばれ! 全部いらねェんだよ! オラッ!」

 

息を荒らげ、不平不満を吐露する。

数十分も経過すると気が晴れて、情緒が安定してきたのか

 

「茶髪の男について、姉御に報告しておかねぇとな。あの女を始末する駒が揃ったってよ。喜んでくれっかな、あの人」

 

乱れた髪をかきあげ、少女は暗黒の世界から、地上の世界へと向かうのだった。

拙作「異世界のジョン・ドウ 〜オールド・ハリー卿にかけて」において、好感の持てる仲間キャラクターはいますか?

  • 石動 祐
  • 向川 直美
  • オールド・ハリー
  • 七種 英子
  • アシェル・F・フェアチャイルド
  • ウィッカ・ヴィッカーズ
  • ミッシャ・フォン・シュバルツマン
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