カチ勢頑張る   作:インスタント脳味噌汁大好き

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プロローグ

『Fantasy Universe Online 2』略称『FUO2』というゲームが、もうすぐサービス終了を迎えようとしている。宇宙にある様々な惑星を舞台にしたMMORPGで、プレイヤーはタキオン船団に所属する戦闘員シアリーとして宇宙の敵と戦う。何だかんだでサービス開始から10年間ずっとプレイしていたゲームだ。個人的には凄く悲しい。

 

[クロワッサン:あと10分だな]

[ユリクリウス:とうとうサ終かー。長かったな]

 

5年前、最盛期を迎えたFUO2は同時接続数20万人を記録し、国内のオンラインゲームのトップに位置していた。確かチュートリアルをクリアして5レべになったプレイヤーが、300万人を突破したのもその頃かな。しかし近年、人離れが加速してメインイベントであるエマージェンシークエストでも同時接続数は3000人に満たなくなった。恐らく、アクティブプレイヤーは1万人もいないだろう。

 

299万人が辞めたゲーム。そう言われるのもやむを得ない。そんな中、常に最前線でプレイしていたプレイヤーの感想として、サービス終了は悲しいけど妥当だった。

 

だってこの少ないアクティブ層を、更に二分化しているからね。カジュアルとプロフェッショナル。この区分けがこのゲームのサ終を早めたと言っても良い。

 

[クロワッサン:FUO3の方はどう?]

[ユリクリウス:ベータ版参加したけどオープンワールドのせいでレベリングがだるい、戦闘のテンポ悪い、移動めんどいの3重苦]

[クロワッサン:マジか。まあもうすぐ社会人だしそろそろネトゲは引退だなー]

[ユリクリウス:キャラクリはそのまま引き継げるし、ログインだけでもしてみたら?]

 

54人いるフレンドの内、唯一最後の時までインしているフレンドのユリクリウスとのチャットを楽しむ。まあリア友だし中学、高校、大学まで一緒だったのでこのゲームでは一番パーティーを組んだんじゃないかな。

 

最後の時をスクショするべく、カウントダウンの掲示板の前に立って自キャラのクロワッサンをアップにする。名前の由来は名前を付ける時に食べていたのがクロワッサンだったから。案外、こういう食べ物系の名前の人は多いんじゃないかと思う。

 

このゲームの最大の売りとして、キャラクリの幅が極めて広い、という特徴がある。そして自キャラであるクロワッサンは、外見が完全に美少女だ。女性用の着物を着ているし、小さくて可愛い。だが男だ。

 

自キャラを作る時に、最初は女にしようと思っていたけどキャラクリの幅に驚いた自分は、性別:男で可愛いを追求することにした。そしてゲーム内通貨数億ゴールドとリアルマネー20万円を費やし、完成したのがこの『狐の尻尾付き赤髪緑眼着物美少女』だ。ぶっちゃけ女にしか見えない。

 

ゲーム内のあちこちでスクリーンショットをとり、いよいよカウントダウンが始まるとオープンチャットの方ではあちこちで[ふおにありがとー][サ終しないでー!]というコメントが飛び交う。しかしまあ、最終日にも関わらず人は少ないな。

 

自分も最後はクロワッサンをアップにしてスクショしまくり、これをFUO3に連れて行こうかなーとか考えていると、いつの間にか自分がクロワッサンになっていた。食べ物のクロワッサンではない。自キャラのクロワッサンに、だ。

 

「……は?」

「……お?」

 

ふと、声がしたので隣を見るとユリクリウスがいる。自分と同じく着物を着ているが、男性用なので当然男。このゲーム、女性用の服を男性が着るのは問題ないのに男性用の服を女性が着るのは無理なんだよね。まあ一部の水着や露出の多い服のせいだろうけど。

 

……あれ、これどーなっているんだ?周囲を見渡すと、明らかにサービス終了時より多い人数がゲーム内のロビーにいる。なるほど、これが集団異世界転生か。

 

というかロビーが滅茶苦茶広い。1つの宇宙船に1000万人が乗っていると言われているタキオン船団のロビーだから現実になると滅茶苦茶広いのかな。

 

明らかに周囲も動揺しているが、ここでロビーの中央にあるディスプレイに女性の顔が映る。タキオン船団の船長、シウラさんだ。

 

『地球の皆さん、ようこそタキオン船団へ。タキオン船団の船長を務めるシウラです』

 

……現実として、ディスプレイに映っているシウラさんはめっちゃ美人だ。いやこれ夢だよな?なんか和服の着心地とか実感出来てしまっているんだが夢だよな?

 

「VRMMORPGでサービス終了のゲームの中に取り残されるタイプのラノベは結構読んだけど、ふおにはただのMMORPGだよな?」

「ただのMMORPGに間違いないぞ。うわ自分の声めっちゃ高い」

「男性キャラボイス132っていのりんボイスだっけ?そりゃ高いわ」

「ピッチ変更してかなり高い声にしたし、見た目も相まって完全に女になった気分だわ……」

「俺は普通にイケボにしておいて良かった」

 

しかし隣にいるユリクリウスの存在が、夢じゃないぞと訴えかけて来る。というか声も変わってるのは凄い違和感。下手すりゃネカマに見られるとかめっちゃ嫌だ。男の娘キャラを使っている時点でネカマに等しい存在だけど。

 

『あなた方は全員「Fantasy Universe Online 2」略して「FUO2」のプレイヤーだったはずです。しかしあの物語は、ゲームの物語ではありません。現実です』

 

シウラさんの話は続くが、周囲のざわつきがどんどん大きくなる。うわ、初心者プリセットの人も多い。何だか懐かしいなぁ。

 

「話が読めた」

「奇遇だな。俺も読めたわ。

……強制徴発かい」

「装備はどうなってる?」

「普通にアサシン/ソードマンで使っていた装備だな」

「こっちはソードマン/ナイトで使っていた装備だ。まあラストだったし1番強い状態にはするわな」

 

周囲の装備を見て、自分の装備を確認するけど、3部位全てで課金して手に入れた防御系特殊能力を10枠全てに突っ込んだ通称『カチ装備』を身に付けていた。詳しい能力値はゲームと同じか後で確認するけど、まあ滅多なことでは死なない。というかこのカチ装備を作る前からソードマン/ナイトで死んだことはない。

 

『物語では最終章で主人公が大いなる闇を打ち払いハッピーエンドを迎えましたが、現実は違います。主人公に該当する人物が最終章前の7章ラストで死亡しています。その代替戦力として、あなた方を招待いたしました』

 

シウラさんの話はとうとう本題に入り、主人公死亡済みとかいう大変辛い現実を押し付けて来た。確か7章ラストで主人公は大いなる闇陣営に裏切った人と刺し違えて一歩間違えば死亡、みたいな描写がされていたかな。ということはそこで主人公に該当する人が死んで、大いなる闇と戦う戦力としてFUO2プレイヤーを連れて来た感じか。

 

……ゲーム内では滅茶苦茶戦闘しているが、現実世界で戦闘した経験なんてない。いやこれどう考えても無理だろ。現在進行形で背中に背負っている剣とか、使ったことすらないんだぞ。

 

『どうか大いなる闇の打倒に協力して下さい!300万人のFUO2プレイヤー達の力があれば、きっと倒せます!』

 

300万人。そうは言うものの、ここにはそこまで大人数居ない気がする。恐らく、1万人も居れば良い方か?ロビーが凄く広いとはいえ、端が見えるしな。寿司詰め状態だけど、300万人は居ないと思う……。

 

「なあ、どう思う?」

「ムリゲー。カチ勢のお前はともかく、俺は1回のエマージェンシークエストで1回はペロるし、最終章の敵ってストーリーの敵なのにやたら強かったじゃん」

「……自分はまあ、基礎防御ステの暴力で一回もペロらなかったけど時間はかかったな。サービス終了間際、ラストのプロフェッショナル基準をクリアしているプレイヤーって何人ぐらいいると思う?」

「1500人は超えてないな。昨日称号獲得人数でプロフェッショナルになっているプレイヤー数を計算したけど、最大で1500人程度だったぞ」

「あー……まあ、カンストで装備も充実しているシアリーが1500人も居たら何とかなるか」

 

このゲームは、基本的には誰とでも遊べるゲームだ。最大12人でクエストに行くマルチ形式であり、その仕様上、サービス開始から5年目までは寄生プレイやスタート地点で放置するプレイが横行した。そのため、次第に真面目にプレイしているプレイヤーはそれ以外のプレイヤーとの区分を望むようになった。

 

そして運営側は、プロフェッショナルとカジュアルの二つの層にプレイヤーを分ける。プロフェッショナルの基準を満たした者はプロフェッショナル限定ブロックへ移動することができ、そこでクエストを受注することで『プロフェッショナル限定ブロックへ移動出来ないカジュアル層と一緒のマルチ』という状況にはならないようになった。

 

この制度、最初はとても喜ばれたが、次第に雲行きが怪しくなる。カジュアル同士でマッチングして行くと、エマージェンシークエストがクリア出来ない状況となるのだ。やがてカジュアル層はゲームを辞め、人口が減る。人口が減るとプロフェッショナルの割合が高くなり、割合を減らすために再度基準が設けられる。

 

次第に求められる技量は高くなり、カジュアル落ちしたことでゲームを辞めるプレイヤーが多発した。そしてどんどん先細った結果がサービス終了という認識だ。まあ今のこの状況を考えると、わざと先鋭化させたという捉え方も出来るけど。

 

『ゲーム内で保有していた通貨は残念ですが使用できません。しかし、アイテムや装備であれば使用することが出来ます。後日、順番に案内人を用意いたしますので個室で自由にお過ごしください』

 

ディスプレイに映るシウラさんは、それだけ言うとお辞儀をして去ってしまう。残ったのは困惑している人、ゲーム内に来れたと喜んでいる人、ふざけるなと叫んでいる人などと様々だな。

 

「個室か。これってマイルームがゲームでの状況そのままってことかな?」

「お、じゃあ俺のマイルームは温泉宿になってるな。ちょっと気になるわ」

「自分は完全に女子の部屋だから嫌なんだけど……あとコレクション部屋が恥ずかしい」

「あの何億ゴールドかけたんだっていうマットやポスターの山はゲーム内通貨がない今、財産じゃないか?」

「現実的に考えてマットやポスターにどれだけの価値があるかって話よ……」

 

ゲーム最盛期の時は、アクティブプレイヤーが40万人から50万人ほどいたため、それなりに装備の整っている人が多い、しかし1年前からレベルキャップが80レべから100レべ、100レべから120レべと極端なインフレが起きたため、5年前のレベルキャップである65レべの人が多い印象だ。

 

そして何より、レベル5からレベル30の人が半分以上いる。これは面倒な状況だな。この後ロビーに居ても暴動とかに巻き込まれそうだし、さっさとマイルームの方へ移動するか。


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