Another School idols diary 作:藤原久四郎
暖かい温もり、安心感。それらの中に俺はいる。心の中の濁りを少しづつ吐き出し先へと進もうとしている。
……よく考えたら希さんに抱き着いてるんだよな。
……そういえば希さんて胸がとてもふくよかなんだよな。
吐き出した濁りとは別にとても汚らしい濁りが精神を汚染し、悪魔の囁きが聞こえてくる。
今なら多少揉んでもばれやしねぇ!チャンスをつかむんだよ!
そんな誘惑に負けそうになると今度は天使の言葉が聞こえてくる。
駄目よ!そんなことしたらそれこそ居場所がなくなってしまうわ!
善と悪の葛藤、その声は次第に大きくなり脳を揺さぶる。徐々に徐々に耐えられないレベルに――
「はッ……」
意識が覚醒し、ぼやけていた視線が次第に光をとらえ始める。周りをぐるりと見渡すと風景から察するに場所は公園だ。さっきまでは学校にいたはずだったが……そんな中に一人の女神の影を捉える。さっきまで俺を抱いていてくれた希さんが覗き込むようにこちらを見ていた。
今の状況を確認すべく希さんから視線を剥がし、逆側を見る。そこには肌色、それに黒色。俺の頭が預けられているのはこの柔らかい肌色……足?
「あんま動かんといて~くすぐったいわぁ」
膝枕……!?あの誰もが憧れる?彼女からしてもらいたい事ランキングの常に上位(俺調べ)に位置するあの……。
「うわっ!すみません!」
なぜ膝枕されているのかはわからないがこのままだと色々と不味いので素早く起き上がり、少し希さんから距離をとる。
「そんな別に気にせんでええのに~」
ウチも新鮮やったし、という希さんの表情はいつも通りの屈託のない笑顔だった。
「こ、ここは?」
辺りを見渡しながら呟くように問いかける。この公園は確か音ノ木坂の近くだったはずだが。
「あぁ、陽月くんあの後疲れてたのか眠っちゃったんよ。ウチ君の家知らんからどうしよ思てね、そしたら公園で起きるまでまとってね」
成程、記憶があやふやなのは眠っていたからか。あの包容力をもってすればそれも容易だろうと希さんの体を見ながらしみじみと思った。
「で、落ち着いた?」
「えぇ、憑き物が落ちたように気分爽快です」
「なら良かったわぁ」
時刻は夕暮れ時。俺も希さんも見合って笑いあい、俺たちには暖かな夕焼けの明かりが差し込み、爽やかな風が吹き抜ける。そんな公園には穏やかな雰囲気が漂っていた。
俺は希さんと別れ、公園から家までの道のりをこれからの事を考えながら歩いている。
まず矢澤先輩だが、スクールアイドルをやりたいってのは変わっていないらしいからタイミングは丁度いい。μ´sの皆も部活として活動したいのと、そしてメンバーはまだ募集している様だからアイドル研究部がμ´sと合併して活動していくのはいい話だ。
だが矢澤先輩は何か思うところがあるのか、乗り気ではないどころか俺たちを部室から追い出す程度には拒絶していた。
多分何かきっかけがあれば矢澤先輩も素直に了承してくれると思うのだが……。
結局解決策が見つからず家に着くまでの間はずっとどうしたらいいかを考え続けていた。
家に帰り、荷物を自室に置いてから居間に降りるといつもはまだこの時間には居ないはずの母さんがキッチンに立ち、料理をしていた。どうやら今日は早帰りだったらしい。
俺はテレビをつけてソファにもたれかかり特にじっくり見るわけでもなくボケっと眺める。明日の天気は雨かもしれないという事をニュース番組の天気予報士のお兄さんが言っているのを半分空気に溶けかけている意識で聞いている。
「ねぇ、お醤油買ってきてくれない?もう切れてきてるの」
寝かけている意識の俺に母さんが俺にお使いを頼んできた。少々眠いが断る理由もないので承諾をする。
「いいけど、どこで買ってくるの?」
「音ノ木坂の近くにスーパーあるでしょ?あそこのお醤油がいいんだけど」
以前ブラブラした時に音ノ木坂の近くにそれなりに大きいスーパーがあったのを話を聞きながら思い出す。距離自体もそこまで遠くはないはずだ。
「わかった、じゃあ行ってくるわ」
「よろしくね~」
わざわざ着替えるのも面倒なので制服のまま財布だけをポケットに入れ、スーパーを目指す。確かこの時間ってタイムセールとかやってるんじゃなかったっけ、前チラシ見たときに書いてあった気がする。
「もしかしてはめられたか……?」
その嫌な予想が的中するのはここ最近の俺を鑑みればわかることだが、何かに遭遇してしまうだろうというのは火を見るよりも明らかな事だった。
人、人、人ッ!スーパーとは戦場である!
時には他人を陥れ、時には騙し、そして得られるのが特売品ッ!
このスーパーでは夕方六時から賞味期限ギリギリの物などの所謂訳あり商品を半額で売り出すという一種の暴挙を訳あり商品セールという名目の下行っているのだ。
聡い主婦達はこのセールを決して見逃しはしない。時間をただ悩むふりをしながら待ち、店員が値引きシールを貼る瞬間を今か今かと表面上は何も知らぬ赤子のような表情で待っているのだ。
そして時計の針が六時を指した瞬間、店員がバックヤードから片手に紙を片手に出てくる。それは期限の近い商品をメモした物だ。
それを確認した主婦達はどこかソワソワした様子でさりげなく店員の後を追いかける。
店員がある一角で止まる。沢山の種類の肉が冷たい風に煽られながら陳列されている場所で止まる。今日のセールは肉のようだ。
店員は商品を確認し、エプロンの裾から一枚の紙を取り出す。
それはシールッ!半額と書かれたそのシールには主婦達を狂わせるには十分すぎる魔力の込められた代物だった。
数分後、店員が去った後、つまりバックヤードに消えた瞬間が闘いの合図であるのはこのスーパーを縄張りとした者たちの暗黙の了解である。
そして、店員が。バックヤードへ消えた。
「「「うおおお!」」」
主婦達の仁義なき闘いが――始まる。
そんな主婦達の熱いドラマとは縁のない調味料売り場。俺は目的の醤油を探しながらその光景をあっけにとられながら見ていた。
「あんなのに巻き込まれたら死んじまうぜ……」
この世の物とは思えない程の闘い。初めて、というか当たり前に見た事のない出来事なのだが……。あれはあれで客側も店側も楽しんでやってるんだろうか。
あんな世界とは絶対に関わりたくないと思いつつ陳列棚へ目を走らせる。
「おっ、これか」
目的であるこの店の醤油を発見、しかも最後の一個だった。今日は運がいいのかもしれない。それを取ろうと手を伸ばすと逆側からほぼ同時に手が伸びてきた。
「「あっ」」
声を同時にあげ、声の方向へ視線を向ける。
「あれ、矢澤先輩じゃないですか」
「……陽月か」
目の前にいる矢澤先輩はいつもよりどこか疲労しているようで、しかも肩で息をしている。そして俺の視線を釘づけにしたのは矢澤先輩本人ではなく、その手に握られている商品の入れられているカゴだ。
その中には特売品、と書かれたシールの貼られた物がいくつか見受けられた。
「……」
「……」
「醤油……最後の一本ですが、俺はいいんでどうぞ」
「……ありがと」
矢澤先輩は一言だけお礼を言った後、重そうな足取りで会計レジへ歩いていった。
そんな闘いを潜り抜けてきたであろう小さな、しかし大きな背中に俺は尊敬と敬意を払いながらスーパーから出ていくまでの間、ずっとその背中を見ていた。
結局俺は目的の醤油を買えず、帰ったら母さんに怒られてしまったのだが。
調子に乗りすぎました……
書き終えて思ったのがベントーという作品でもこんな感じだったなぁということ。