Another School idols diary 作:藤原久四郎
「なんか色々合ったけどいい意味で落ちつくことができたな」
先ほどの穂乃果さんとの会話のおかげだろうかすんなり学院に入ることができた。
落ち着くことはできたものの別の事で心臓は跳ねっぱなしだったのだが。
「穂乃果さん……綺麗な人だったなぁ」
理事長室に向かう途中はずっと穂乃果さんの事を考えていた。
理事長室は昇降口から入って右手にある廊下を進み、道なりに進んでいくと丁度昇降口の反対側あたりに位置していた。
理事長室、と書かれたプレートを確認してから扉を二回ノックする。
「すみません、編入の決まった泰原陽月ですけども」
できるだけ滑舌よく問いかけた。いきなりどもったりするのはあまり印象的にはよくないからな。
一拍間を置いてから部屋の奥から女性の声がした。
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
扉のノブを捻る。ドアがギシッと音を鳴らし部屋へ招き入れる。
木張りの壁に、茶色と紫を合わせたような色のタイル。入口側の壁には風景画がかけられ、入って右手の壁には茶色のクローゼットに観葉植物が置かれていた。よく手入れのされた落ち着いた雰囲気の部屋だ。
そんな部屋の主は高そうな薄茶色のクッション素材の椅子に腰かけてさっきまで作業をしていたであろうノートパソコンをパタンと閉じた。
学園理事長をしてるのでそれなりの年齢だと予想していたのだが、蓋を開けてみればまだ二十代だと言われても疑わないであろう綺麗な大人の女性だった。
「どうも陽月君。私が学園の理事長をしている南です。」
見た目の優しそうな雰囲気、それに声音も落ち着いており、あまり緊張することなく言葉を紡ぐことができた。
「初めまして南理事長、今日はよろしくお願いします」
少し堅苦しいだろうが変にだらしないのも失礼なのでできるだけ気を張っておく。
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。もっとリラックスして」
そんなにも畏まっていただろうか、南理事長はクスクスと笑っていた。
「では少しだけ……」
そういって体の余計な力を抜き、重力に負けない程度に体を立たせる。
「では、早速ですが今後の事について話すことにしますね。ここではなんですので応接室でお話しすることにしましょう。」
南理事長が椅子からスッと立ち上がり、応接室まで案内してくれることになった。応接室は理事長室から廊下を少し進んだ先にあり、中には大きな長いガラス製のテーブルと柔らかそうな長いソファが設えてあった。
最初案内された席は上座で一学生が上座に座るのもどうかと思い遠慮はしたものの南理事長はどうぞどうぞと始終笑顔で言ってくるものだから、結局俺は入口側の上座、理事長は扉から逆側の下座に腰かけた。
「陽月くん、でいいかな。君はこの音ノ木坂学院に編入することが決まりました。それに当たり一応注意というか気にしておいて欲しいことがいくつかあるんです」
さっきまでの笑顔から引き締まった真剣な顔で理事長は続けていく。
「この音ノ木坂学院は以前まで女子高であったのはご存知だと思います。なのでまだ男子生徒に対する設備がまだ完全ではないんです。」
ある程度覚悟していたことだったが、やはり色々と問題がありそうだ。
「ある程度の設備、トイレや更衣室などは既に用意してはありますが数も少ないので……」
「ですがそのぐらいなら我慢、といったら変ですが大丈夫だと思います」
遠慮はせずに率直な意見を述べていく。ここで何も言わないと今後の生活に支障がでることにもなりかねない。
「確かにそうですがやはり女子高だった。という点が一番重要ですね」
やはり一番の問題はここだということか。男子禁制であった為に今在学しているのは女子生徒のみなのだ。俺みたいな特異な奴以外はこの時期から編入してくることはまずない。
「それは問題を起こすな、という意味でよろしいですか?」
やはりここは遠慮せずにどんどん意見を言っていこう。
「何もそういったわけではないですが、あくまで伝えておくべきだと思いますから」
未だ真剣な面持ちのまま表情は崩さない理事長。
案外くわせものかもしれないな……人は見かけによらないって言うしな。流石に学園の理事長をしているだけのことはある。
「お話というのはこれだけでしょうか?学校に通うのは来週の月曜日と聞いていますが」
事前に学院に通う日は通知がきていて、それに学園長との簡単な面接というよりお話があるということも書かれていたので今日は来ていたのだ。
「あと陽月くんは初の音ノ木坂学院の男子生徒です。なので貴方には悔いの残らないような三年間を送ってほしいのです」
理事長の表情がさっきまでの真剣な顔つきから、わが子を見るような慈愛に満ちた表情に変わっていた。
「ふぅ……」
あの後は学園のことについて詳しく話された。一年生のクラスは一クラスしかないということと、何か不都合があればすぐに理事長に話してほしいとのことだった。話が終わったのは丁度十三時。昼飯時だった。
この後の予定もないので初めて来たこの土地を散策して回ることにした。
とはいったものの、悪く言えば何もないこの土地では特に見るものも無く学校までの道やショートカットできそうな裏道をいくつか発見できたくらいだった。
当てもなくブラブラしている内に腹の虫が空腹を告げる間の抜けた音を発していた。
「なんか食いもの屋でも……贅沢言わないからなんか腹に入れられそうな所はっと」
周りは家が立ち並び見渡す限りそれらしきものは見当たらなかったが辺りを行ったり来たりしている内にひとつの看板が見つかった。
『和菓子屋 穂むら』と書かれた看板のかかった二階建ての家だ。玄関の引き戸には穂むらと書かれた暖簾もかけられている。
やっと食べ物にありつけそうだ。空腹を訴える大きな音が腹から再びなっていた。引き戸に手をかけ横にスライドさせ中に入る。店内に置かれたショーケースの中には様々な甘味が所せましと置かれていた。
何か買おうと思ったのはいいが店員がいない。中にいるんだろうか。
「すみませーん、誰かいますかー?」
少し大きめの声でショーケース横にある廊下の奥の方へ問いかけてみる。少しおいてから後ろから女性の声がした。
「はーい!今行きます!」
通りの良い澄んだ声だ。なんだか聞き覚えのある声だが……パタパタとスリッパが床を蹴る音が廊下の方から聞こえてくる。そんな音を連れてきたのは、今朝音ノ木坂学院の校門であった穂乃果さんだった。しかし身を包んでいるのは学院の制服ではなく、白の清潔感ある割烹着だった。
「すみませーんって陽月くんじゃん!」
心底驚いたように穂乃果さんは目を丸くしていた。
「丁度町を散策していたらここのお店にたどり着きまして……如何せん土地勘無くて放浪してました」
さっきまでの苦労が思い出され、また腹の虫が大きくなった。
「お腹なってるけど、もしかしてすっごい空腹だったりする?」
今の聞かれてたのか。結構恥ずかしいぞ……
「まだ昼飯も食べてなくて。何かオススメの物ってあります?」
初めてのお店なので何がいいのかもわからないので聞いてみる。
「それならやっぱり、和菓子屋穂むらといえばこれ! 穂むらまんじゅう、略してほむまんです!」
そういって笑顔で手に「ほ」と大きく書かれたおまんじゅうを差し出してきた。空腹からかほむまんが輝いて見えるぞ。
「じゃあそれ一つ…いや三つください」
「毎度ありー!」
穂乃果さんにお金を手渡し、袋に入れられたほむまんを受け取る。
「じゃあ俺まだここら辺見て回るんで、ありがとうございました」
「じゃあ今度は学校でね!ありがとうございましたー!」
そろそろ一日目が終わります。
次はスピリチュアルなあの人との出会いです。