Another School idols diary 作:藤原久四郎
理由は明快、会話が減っている事です。
電車を幾駅分か乗り、駅を出て少し歩くと大きなマンションが見えてきた。どうやらこのマンションが希さんの家らしい。雨でも降っていたのか幾つか大きな水たまりが見受けられ、気を付けないと水浸しになりそうなくらい溜まっている。
マンションの階層は見た所十階前後の大きさであることが伺え、希さんの部屋は三階らしくエレベーターではなく階段を使い三階を目指す。先導の関係で希さんが先に行くのだが上を向いて歩くと聖域が見えるのではないかという懸念があったがそんなイベントは無く、あっという間に希さんの部屋にたどり着く。
希さんが扉の鍵を開け、どうぞ、と希さんが許可を出してくれてから俺も中へ入る。中に入ると仄かに女の子の部屋らしい刺激的な匂いが鼻孔をくすぐる。女の子の部屋に入るのが何時ぶりかも思い出せないくらいに久々に入るものだからとても緊張する。
「そこの椅子に座ってて?すぐ作るから」
そう言って部屋の中央から少しずれた位置にある、キッチンの隣に置かれている二人が座れるだけの椅子とそれに合わせた大きさの机を指さす希さん。
俺は言われた通り椅子に座り、そういえばここまで何も発言していないことに気が付き何か喋らねばと思い、そういえば、と口を開く。
「一人暮らしって言ってましたけど、なんで希さん一人暮らししてるんですか?」
「あ、お茶でいいよね?」
「あ、はい」
希さんはこちらに背中を向けながらやかんに水を入れ火にかける。そんな彼女の表情はうかがい知れないが至って穏やかな口調で俺の質問に答えてくれる。
「ウチ、親の都合でよく引っ越ししてたんよ」
希さんの俺より小さな背中は、その時はいつもより更に小さく見えた。聞いた手前、相槌だけをして希さんの言葉に耳を傾ける。
「それも小学生の時からやったわ。友達作ってもすぐ移動、移動でなぁ……」
親の都合での引っ越しは俺もなんどか体験したことがあるので心情はなんとなく察することが出来る。見知らぬ土地に、見知らぬ人。今でこそ精神的にも成長しているのでこの音ノ木坂に来た時は不安もあったがそれ以上にワクワクしていた。だがそれが精神的にも身体的にも幼い時期ならどうだろう。わからない事だが希さんの口調からしてとても苦労したのは間違いないだろう。俺の思考に重ねて希さんが続ける。
「でな、どこに行っても居場所は無かったんよ、仮にできてもすぐ手放すことになるし」
居場所がない。その言葉は何故か俺の心に深く突き刺さるような鋭さを感じさせる。
「だからこうして三年間も同じ場所にいるなんてある意味奇跡に近いんよ」
奇跡という言葉が意識しているのかはわからないがとても強調しており思い入れ、いや感謝の感情をひしひしと感じさせる。その横ではやかんが沸騰を告げる音をせわしなくならしており、希さんが慌てた様子で火を止めている。
「そうだったんですか……俺も引っ越しを何度か経験してるんでなんとなく気持ちはわかります」
そうは言うものの明確に覚えているのはこの音ノ木坂に来た時の事だけで、他の時の事はおぼろげに引っ越しをしてきたという漠然とした現実だけだ。
だがこうも引っかかるのはただ親近感が湧いているだけなのだろうか。思い出そうにも靄がかかったように必死に掴もうとすればするほど頑張りとは裏腹に霧散していく感覚だけが残る。
「まぁ今は絵里ちや君らと出会ってとっても楽しいんよ?」
お茶の入った湯呑を俺の前に出しながら希さんがこちらに笑顔を見せながらなだめるように呟く。
「俺も、今は楽しいです。皆と会って、部活でも活動して……」
「うん……ウチもや。でも、まだウチには夢があるんよ」
「夢……ですか」
夢、その言葉はいつも以上に重みを感じさせる。
「ウチはな、居場所が欲しかったんよ」
場所を窓際に移す希さん。過去を追想しているのだろうか、視線がどこか遠くを眺めている様だ。その視線の先には窓ガラスを通して夕暮れ時の淡いオレンジ色が神秘的な輝きを放っている。
「今でも十分なんやけど、それ以上に望む景色が、場所が、それを囲む人たちがいる場所を」
「いったいどこなんです?その居場所って……」
「九人の女神……女神なんてだいそれたものじゃないけどね」
うふふ、と笑みを漏らしながら真面目なのか冗談なのかわからない言葉を紡ぐ希さん。
ん?九人の女神……それって……俺の中で一つ疑問が答えを伴って浮上する。
「その九人の女神って……もしかしてμ´sの事ですか?」
「ん、そうよ。ちなみにμ´sの名付け親もウチよ?」
希さんが名付け親……それならば時折μ´sの助けになることしていた事も納得できる。だが九人……か。
「という事は今のμ´sに後二人加わるってことですか?希さんの計画……いや理想は」
未だに窓の外を眺めながら窓際に佇む希さんはいつも以上に神秘的な雰囲気を宿し、気を抜くと吸い込まれそうな妖しさも兼ね備えていた。
「そうやね、ウチは皆見てて思ったんよ。噛み合わない歯車、きっかけさえあれば動き出すそんな歯車を」
皆を見てた……以前話していた矢澤先輩の事も含まれているのは確実だろうし、それ以外のメンバーの事もだろうか。
「でね、ウチにはその歯車を合わせることはできなかったんや。でも、それを強い力で繋ぎ合わせてくれた人たちがいた――」
「それが穂乃果さん達……μ´s」
そうよ、と夕焼けを眺めていた希さんがこちらに振り向き、夕焼けを背中に受け、悪戯そうに笑みを浮かべている。
「そのμ´sもあと二人、その一人は一筋縄ではいかないけどね」
「その二人って……」
「自分で言うのも恥ずかしいんやけど……ウチと絵里ちや」
今度は頬を掻きながら恥ずかしそうに呟く希さん。やはりμ´sの名前の由来はそういう事だったのか……そこでまた一つ疑問が浮上する。
「ならなんでμ´sに入って、スクールアイドルとして活動しないんです?穂乃果さん達なら喜んでくれると思うんですが」
「あぁそれはね、時期が、まだなんよ」
「時期……?」
予想していなかった言葉に思わず疑問を投げかける形になる。
「出会いってね、いい方に動くときと悪い方に動くときがあるんよ」
「……」
俺は希さんの次の言葉に黙って耳を傾ける。
「それこそ最高の出会いであるはずがタイミングしだいで最悪になったりとか、それの逆もあるけど」
「ってことは……いつかμ´sは九人になるんですか」
「そうね、きっとすぐ揃うよ。後は頭の固い生徒会長次第ってとこ」
もう疑問しか思い浮かばない。未来予知でもしているのかと言わんばかりの希さんの言葉の数々。それに時期、絢瀬会長にも何かあるというのか?考えれば考える程わからないことだらけだ。
「まぁその内、君にも手伝ってもらうことになるよ。これから、大変な事が沢山あるってカードも言ってるし」
そう言って一枚のカード、タロットカードと呼ばれるそれを様々な思いが入り混じったように感じられる視線を注ぐ希さん。こちらからはカードの絵柄が見えないため何を暗示している物なのかはわからない。ならばまだ多くの事を聞かねばと思い、再び口を開くが――
「希さ――」
「はい、この話は終わり。ご飯用意するからもう少し待ってて?」
核心に迫るかもしれない言葉を口に出そうとした瞬間、希さんが遮るように言葉を被せてくる。いったい希さんはどこまで未来が見えているのだろう……。きっと聞いたところで無駄なのだろうが……。
結局その後は話題を持ちかけることもできず、大人しく希さんが料理を作りきるまで待つことになり、先程の渦巻くような大きな疑問が頭から離れなかったせいか本来美味しいであろう希さんの手料理はただただ無味無臭の物を食べているような感覚が口の中を支配していた。
「ごめんね?口に合わなかった?」
ずっと考え事をしていた、などと言えるはずもなく身振り手振りで誤魔化す。
「いやいや!そんなこと無かったです!美味しかったですよ!」
頭にはてなマークを浮かべるように首をかしげる希さんはいつもの大人びた雰囲気はどこかへ行き、子供の様なあどけなさを垣間見せる。
「そ、そうだ。もう遅いから帰ります!」
このままではいつかボロがでるかもわからず、壁に掛けられた時計を指さし帰ろうとする。だが……
「待って、一つ質問に答えて!」
希さんは何故か声を大きく張り上げ、しかも椅子から立ち上がりさっきまでとは打って変わり真剣、かつ真面目な表情を作っている。
「な、なんですか?」
あまりの気迫に立ちかけていた椅子に再び腰を下ろし、希さんの質問とやらに答える姿勢になる。
「陽月くんって、引っ越しばっかりしてたんよね?」
「え、えぇ」
質問の意図が読み取れずとりあえず頷くことしかできない俺に希さんは次の言葉を紡ぐ。
「それで――何か覚えてることない?」
「え……?」
覚えている事?あまりにもざっくりしすぎた、いや抽象的すぎる質問。もはや質問と呼んでいいのかすら怪しくなってくる程の事を希さんは至って真剣な表情で告げてきた。
俺は昔、つまり引っ越しを連続して続けていた時期の小学生から中学生時代の記憶を必死に思い出そうとするが何一つとして思い出せることがないことに気が付く。まるで掴めるはずのない水を掴もうとしているかのような錯覚さえ覚える。
「すみません……信じてもらえるかわかりませんが何も……」
事実何も思い出せない。自分の事なのに、意味が分からない。唯一わかったのは思い出せない、という現実だけだ。
「そう……」
安心したような、それでいて落胆したような複雑な表情を浮かべている希さん。さっきからの事でもう考えることが困難になり始めている俺の頭の中ではいくつもの疑問が渦を巻くようにグルグルとせわしなく回転をしている。
「あ、呼び止めてごめんね?帰るんだったよね」
「あ、はい」
疑問の渦の中定まらない答えを探していると希さんに今度こそ帰っていいとの許可をもらうことができた。今は何もわからない、か……。
「じゃあ、ご飯ありがとうございました。また学校で」
「うん、じゃあね?」
玄関の前で希さんに挨拶をし、希さんが見送る中マンションを後にする。階段を降り、もと来た道を歩きながら出来るだけ頭の中の疑問を解決しようと思考に思考を重ねる。
希さんの予言めいた言葉に、意味深な台詞。俺の中にあるピースではその二つを完成させるだけの物が足りないことがわかるだけで他の事は一切わからない。
結局どういう意味だったんだ。仮に希さんのからかいならばいいのだ。それを可能にするだけの情報を希さんは持っているから、むしろこれが一番理解でき、かつ納得のいく結論だ。だがもし、そうではなくどの言葉も真実で本気だとすれば、それは――
思考とは時に視界を狭め、他の事に意識を向かせなくする危険な行為でもある。ましてや勝手知らぬ土地、歩きながらなどもってのほかだ。
陽月の歩く道の先には行きに見つけた気を付けないといけないと自分で評した大きな水たまりがある。彼はそれに気が付く余裕がないほどに思考の茨に絡めとられていた。
その後の事は言うまでもないだろう。そして辺り一帯には男子学生の叫び声がこだましていった。
窓越しから叫び声が聞こえる事を長い青紫色をした髪を二つ結びにした彼女は思考渦巻く中おぼろげに理解していた。
「ねぇ君の名前は――?」
「私?私は希っていうの貴方は?」
「そうか希っていうのかぁ。僕の名前は――」
「そうなんだ。貴方も引っ越しばっかりなんだね」
「うん、だからこれって”運命”かもな!俺たちそっくりだもん!」
遠い記憶だ。彼に会ったのはいつだったろう。小学生の、引っ越しを重ねた時期であることは覚えている。霞がかった彼の姿はかすかにしか思い出せないが今さっきまでいた彼はその姿と、雰囲気がとても似ていた。
彼女は一枚のカード、所謂タロットカードと呼ばれる物を一枚取り出し、様々な思いを込めて眺める。そのカードに記された意味は”運命の輪”。意味は周期や運命を意味し、回避できない運命的な事件や変化、チャンスの到来などを表す良いカードだ。
だがそんなややこしい意味を抜きにして彼女はそのカードを眺める。
「やっぱり"運命"って……」
彼に会ってから何度か感じていたのだ。過去にあった少年と重なり合う何かを。だからさっき問いかけたのだ。結果としては空振りだったし、彼もわからないと言っていた。だがまだわからない。まだ可能性はあるのだ。
昔、独りぼっちだった自分に唯一自ら手を差し伸べてきてくれた少年が彼である可能性が。
彼女は再びカードをしまい、グリーンブルーの瞳をゆっくりと閉じた。
そろそろ会話多めの日常が書きたくなってくるぅ。
そしてUAが30000を超えた事と評価数が増えていたことに驚きを隠せません。応援してくださっている皆様、読んでくれている皆様に感謝の言葉を。
これからも頑張っていきます!