Another School idols diary 作:藤原久四郎
「んーっ……なんか疲れた」
海未さんと別れ、武道場からでた俺は少しだけ固まった体をぐっと伸ばして脱力する。後ろの武道場からはまたしても海未さんの気合の入った声が聞こえてきており、いつまで練習していくつもりなんだろうと、一人考えた。
「そろそろ帰るか」
現在時刻は六時を指しており、日もオレンジ色が少しずつ影がかかり始めている。暗くなる前に帰る事にしよう。時間があったら生徒会室の方にも行きたかったが、まだ早まることでもないだろう。勿忘草の所にもう一度行ってからでも十分間に合う事だ。
そう考えると、俺は今度こそ家に帰るべく足を家に向けた。
「ただいまー」
我が家に着き、鍵のかかった扉を開けてから帰宅の旨を誰もいない家に響かせる。誰もいないとわかっていても、とりあえず言ってしまうのはもはや癖だからとしか言いようがないだろう。
はいていた靴を脱ぎ、居間ではなく自分の部屋へ向かう。階段を少し上ってすぐの所のドアをくぐってすぐに鞄を乱雑に投げ捨て、自分は布団に体を投げ出す。
「……やることだらけだ」
ぽつりと一人言葉を漏らすと、自分が今やるべき事が冷静に頭の中をよぎっていく。ことりさんのストーカー疑惑の解決、それに伴った護身術の稽古。そしてその交換条件である海未さんの作詞の件。本当にすることだらけで大変であるが、なんというか自分に関係した事があまりないなぁ、とふと思った。
「暇だし作詞でもしてみるかぁ」
布団に体を任せながら、今の状況でできそうな作詞の事を考えてみる。作詞と言っても曲の歌詞を考える事だろう。だが生憎なことに俺はそんなセンスを持っているわけでもないし、今までそんな大層立派な経験をしてきたつもりもない。じゃあどうするか、というのだが……
「あっそうだ、μ'sの事を書いてみようか」
さっきの言葉は語弊があった。今では珍しくない事だがスクールアイドルという一つの文化に、そして一番近い位置で俺はμ’sというものを見てきたではないか。その事を思い出しながら書けば意外とかけるのではないだろうか。それに思い出してみればμ'sはかなりの大きな出来事も多く、廃校を阻止しようと立ち上がったという王道な面もある。ネタとしてはかなりいい線なのではないか?
それにこうやって作詞して悩んでみれば、海未さんのスランプの原因がわかったりするかもしれない
「そう考えたら早速書いていくか」
自分で気合をいれ、布団に投げていた体を再び起こす。そして鞄に入っている筆箱をとりだして昔からの付き合いである学習机に向かう。そして手近にある何も書かれていない無名のノートを取り出し、よし書こうと決めた所で動き出した手が止まってしまった。
「……何書くんだ?」
確かに経験はある、だがそれを纏める言葉がない。というか濃すぎる、何気ない日々ですら記憶に残っている程に。
そうだな、とりあえず何か思いついた言葉とか記録でも書いてみるか……。
そうと決めたら、俺はスラスラと空白の一ページ目に筆を走らせ始めた。
陽月が帰った後の数時間後、陽月の母である美佐江はご飯の時間になっても降りてこない陽月を起こしに来ていた。
「陽くん? 起きてる?」
コンコン、と数度ノックをしても反応がないため声をかけてみたものの、同じく反応が帰ってこなかった。
「入るわよ~?」
ドアを恐る恐る開ける美佐江の姿は、思春期である息子にある意味気を利かせた行動ではあるが、今回の場合はいらぬ心配であった事を部屋の様子を伺うとすぐに理解できた。
「……うーん」
「あら、寝てるのね。しかも……机に向かって寝てるだなんて、珍しいわね」
美佐江は陽月が勉強をあまりしない事をよくわかっており、勉強机に向かっている姿を久しく見たのだ。そしてそれと同時に、机の上に一冊のノートが広げられている事に気が付いた。
「……あら、何かしら」
勉強をしない、というと思っていたのに広げられていたノートに美佐江は強く興味を惹かれてしまった。もしかして実は勉強をしていたのか、という少しの期待と、それともよくある妄想ノートかな、という面白半分の期待である。
「ごめんねぇ~起きないでね~?」
そう聞いていないはずの陽月のノートを覗き込む前に一言断りを入れてから、机に突っ伏している陽月の腕の隙間から見えるノートを美佐江は覗き込む。
そこには『どんな明日が待っているのかな』という文字が、様々な言葉が並ぶ中で一際濃く、そして力強く丸が付けられていた。
「あらあら……随分学院は楽しいみたいね」
美佐江はクスクスと笑いながら、ある意味満足げな表情をしながら息子の部屋を後にした。
「……はっ!? 寝てた?!」
丁度美佐江が部屋を出た後、ほんの少し遅れて陽月は飛び起きた。いつのまに寝てた……? というか記憶ないんだけどどう言う事やねん。時間は……部屋の時計を確認すると、どうやら軽く1時間は過ぎていたようだ。
「いかんいかん、どこまで書いたんだっけ……」
寝ぼけた目を擦り、頭をクリアにしながら枕代わりになっていた薄いノートに目を凝らす。そこには力強く書かれた、大きく丸の付けられた一つのフレーズが書かれていた。
「どんな明日が待っているのかな……?」
そこに書かれた筆跡は間違いなく俺のものであるし、実際このノートは先程から書いていた物である。なのに、こんなフレーズは考えた覚えも、書いた記憶もない。寝落ちする寸前に書いたのなら、というのはイマイチ合点のいかない事なので信じたくはないが、どうやらこれは俺が書いた物であるらしい。
「それにしても……やけに詩的に書いたなこれ。もしかして俺の深層心理がこんな感じなのか?」
怒涛のイベントに巻き込まれる日常を送っている中で、俺が感じていないと思っている深い心理では実はこういう風に思っていたのかもしれない。どんな明日が待っているのかな、確かに今の俺が考えたにしてはやけに上手く当てはまっている。
「……案外いいかもしれないな」
もしかして実は作詞の才能あったりして、とか思ってしまうが驕ってはいけない。最後までやりきってからでないと。それに、一つ分書ききらないと海未さんの代わりにならないではないか。
そうは思って続きを書こうとしたものの、何故かびっしり書かれたノートとは裏腹に今度は完全に手が動かない。それに頭には単語もフレーズも何一つ浮かびあがってこないという素敵なおまけつきだ。
「やっぱりまぐれじゃねーか!」
いつもの癖で野暮ったいツッコミを一人虚しくやってしまう俺。どうやら俺は予想以上に学院関連のイベントに毒されている様だ。最近は周りがボケ倒しなので、少しくらいここで発散しておかないとますますツッコミの役にずぶずぶとはまっていくことになってしまいそうだな、と一人言から推察する。だって本来俺はボケる側なんだもん。
「陽くんー? 起きたならご飯にしましょー?」
と、行き詰った挙句自棄になりだしたところで、母から食事のお誘いがかけられた。仕方ない、一度頭をリセットしてもう一度考えよう。
「わかった、すぐいくよー」
一応返事を返してから、ノートをパタンと閉じてから俺は部屋をでる。にしても、本当にいつ考え付いたんだろうか、あのフレーズ。自分で考えたんだろうけど、なんかもの凄くいい感じに何故か感じるのだ。その感じですらかなりの違和感と言うか、不思議を感じるのだけれど。
「なんてな……」
自分で書いたのだ、俺の言葉に決まっているじゃないか。何をそんなに疑問に思う事があるんだ……最近変に考える事が多すぎるな。やっぱり皆のせいで変わりつつあるのかもしれないな、良い意味なのかはしらないけど。
すこしだけ疑問が解消する中、俺は食事の卓につくべく階段を下りていった。
独り言多すぎなんだよなぁ陽月くん。
今回の話は別になくても良かったと今更後悔してたりしてなかったり。