Another School idols diary 作:藤原久四郎
来る日も来る日も暇なときは武道場。そんな毎日が続く中、俺はみっちりと海未さんに鍛えられていた。勿論朝のランニングも、トレーニングメニューも欠かすことなくこなしており、最近では少しだけ体が締まってきた……様な気がすると励みになるんだけどな。
そして現在いるのはやはりというか武道場で、最近では俺も慣れてきて海未さんと会う前に、さっさと着替えをする癖が付き始めていた。
「こんにちは海未さん。今日もお願いしますね」
「あ、陽月さんこんにちは。こちらこそよろしくお願いします」
いつも通り挨拶を交わしてから俺は海未さんのいる部屋に入る。そして海未さんがこちらもいつも通り固い木張りの床に正座して待っているので、その少し離れた正面に俺も正座して座った。こちらもすっかり癖になって、最近では正座しても足が痛くなかったりするというなんともいえない微妙な特訓の成果もあったりする。
「では今日の特訓ですが、正直なところ、もう教える事がなかったりします」
開幕早々唐突な終了宣言に思わず声を上げそうにもなるが、ここは我慢。単に早とちりの可能性もあるからな。
「つまり、それは免許皆伝……?」
「いえ、そうでないのですが。ただ陽月さんは元々筋が良くて……」
「ってことは、教える事はないってそのままの意味ですか」
「はい。ですが、まだステップアップはできます。基礎の特訓であったり、新しい技の習得であったり……」
「でも俺はあくまで護身術教えてもらいに、ってだけですからね。特に必要以上に強くなりたいわけでもないですし」
「それはわかっています……なので、今日は陽月さんの得意だと思われる、私が一本取られたあの動きの事についてやりましょう」
あの動き、とはきっと壁際に追いつめられた時に咄嗟に行ったあの背後取りの事だろう。一応あの後も動き自体は出来たが、海未さんにはキレがないと幾度となくトライアンドトライさせられたりと、実は軽いトラウマになっていたりする。
「それでやる前に一つアドバイスです」
「なんですか?」
「陽月さんは確かに動きは出来ていますが、なんといいますか気合が足りないように感じられます。なので……」
そりゃ実戦じゃないから……と言いたいが、きっと言いたい事はそうではないと思うので何も言わず頷きながら次の言葉をまつ。
「陽月さんは声を出したらどうですか? 声には、相手を怯ませて自身を鼓舞する意味がありますから」
「声、ですか」
「事実スポーツ競技でも、声を上げる場面がいくつか見られていると思います。それも声を上げる事でメリットがあるからです」
「それは気合が入ったり、力がいれやすくなるってことですかね」
「そうです。なので恥ずかしがらずに次からは声を出してやりましょう」
「はぁい!」
「ひゃっ!? い、今から出してとは言ってませんよ!」
ちょっと遊んでみたら怒られてしまった。
「オホン……では、また組手から始めましょうか」
ペースを乱されたのか、海未さんは軽く咳払いをしてから無駄のない所作で立ち上がる。俺はと言えば思い切り手をついて老人が立ち上がるかの様にノソノソと立ち上がるがーー
「っ、隙あり!」
「どわっ!」
突然のことに理解が及ばぬまま視界が一転した。俺が立ち上がりきる前に不意打ちと言わんばかりに海未さんが俺の足元に向かって足払いをかけてきたのだ。
立ち上がる際に自分の体重をかけたその足をめがけた一撃に、避ける間もなく直撃させられた俺はあえなく転倒し、今ではすっかり見慣れた天井を早速見る羽目になった。
「ふふん、ちょっとしたお返しです」
「……大人げないですねぇ」
「そ、そんな事言ってもいきなり驚かした陽月さんが悪いんですからね! 本来なら責任問題です!」
何のだよ、とはまた揉めそうなので言わないでおこう。そして何故か顔を真っ赤にして怒りを露わにする海未さん。そんなにビックリさせられた事で怒るとは俺も思っていなかったので、思わず鳩が豆鉄砲を食ったような表情をきっと俺はしたことだろう。
事実その怒った時特有のふくらませた口元に呆気をとられて、思わずまじまじと眺めてしまっていた。違う、これ驚いたんじゃなくてただ見とれてるだけだ。
「いかんいかん……じゃあ、お願いします」
今度は無駄のない動きでスッと立ち上がり、お互いに礼をしてから構えを取りあう。まぁ、俺は俺でいつも通り記憶にあるよくわからないポーズだけど。
「ではいきますよ!」
「はい!」
海未さんの気合の入った声が開始の合図となり、いつも通り特訓スタートだ。
「せやっ! やりますね!」
「よ、避けるので……精一杯ですけどね!」
かれこれ一週間ほどこの特訓をしているせいか、今では海未さんの行動の癖というか狙っている場所もわかり始めてきた。やはり少し遠慮しているようで、狙いやすいかつダメージもそう通らないであろう所を狙っている。それでも上下左右縦横無尽行われる攻撃に、俺も中々反撃できず結局これまたいつも通りに回避一辺倒になっている。
「でもッ!」
「っ!」
時折狙いの甘い拳が顔付近に飛んでくるときがあり、俺は唯一の反撃ポイントであるそこは見逃さない。拳と共に踏み込んできた所を今度は後ろではなく肉薄する勢いで思い切り踏み込み、海未さんを信用してできるだけ遠慮なく、それでいてガードのしやすい体の横側に拳を振りぬいていく。初めてこの組手をした時は俺も流石に遠慮がちではあったが、海未さんはここ最近本気でやっている節もあってこちらも結局本気になっているのだ。
だが、
「……甘いですね!」
「げっ!」
俺の放った拳は予想と違いガードされることはなく、そのまま脇腹に吸い込まれていく。まずい、と思った時には既に遅かった。海未さんは素早くアクションを起こし――
「へぶっ」
「ふふふ……何の対策もなしにガラガラの一撃はだしませんよ?」
俺は地面に叩きつけられていた。だが小難しい事は何も起こっていなく、俺の腕は相変わらず海未さんの脇腹近くに変わらずに合った。ただ、海未さんの腕に挟まれている事以外を除いてだ。
何が起こったかは物凄く単純で、俺の拳の勢いを軽く飛び上がった事で移動エネルギーとして活用し、その勢いで俺を引っ張りつつ踏み込んでいた足を引っかけて転倒させてきたというわけだ。普通にやろうと思ったら間違いなく体に衝撃が襲うはずなのにも関わらず、海未さんはどう見てもノーダメージでピンピンしている。
「はぁっ……これで何敗目ですかね? 投げられた回数より多くなったかもしれないな」
「そうですね、今ので戦績は101敗2勝1分けですね」
「そ、そんなにやってたのか……」
「えぇ、割と一瞬で勝負も決まりますし、陽月さんがそれはもう何回もやってましたからね」
「夢中になってたからかな……というか二勝が奇跡すぎる……」
「いずれも私が完全に意表をつかれたときでしたね。一回目は兎も角、二回目の時は猫だましまでして勝ちに来ましていましたね」
「くそ~流石に勝てないなぁ」
「むしろ私が負けたら駄目だと思いますけどね」
軽口を交わしあいながらふふふ、と海未さんが上品に笑うものだから俺も思わずつられて笑い出す。
よし、最悪相討ちでもいいからせめて一勝を取れるように頑張ろう。
「よし、まだまだいきますよ!」
「その調子です! 頑張りましょう!」
特訓は、日が暮れる寸前まで行われた。
「はぁっ……そろそろ最後にしますか」
「そうですね……そろそろ限界でしょう」
俺と海未さんはお互い息も絶え絶えであり、所々赤くなっている所も見えていて無意識の内に加減が少しずつ取れていた事を今更ながら理解させられた。
俺の服も少し伸びてよれていたり、床や壁に擦ったような汚れもいくつかついている。海未さんは着ている武道着が少し乱れており、更に汗のせいか青色ロングの髪が少しだけ乱れていた。そして心なしか頬も少し紅潮して正直ちょっとエロい。
そんな事を考えてはいるものの、俺も海未さんも極限まで集中して向き合っており、お互いどちらかが動けば一瞬で勝負が決まる間合いである。
「ふっ、ふっ……」
「……ふぅ」
お互いの息遣いと、足をささやかながら擦る音が静寂に支配されている武道場に響いている。俺は素人なので感覚でしか言えないのだが、この状況は先に動いた方が負けるような、そんな確証の無い予感がよぎる。
「きっと、陽月さんも私と同じことを考えてるのでしょうね」
「……えっちなこと?」
「ふふふ、今の私に冗談は効きませんよ」
「くっ、俺の巧妙な心理作戦が」
「油断も隙もあったものではないです……ねっ!」
「……ちっ!」
俺の油断を誘う問いかけは失敗に終わり、むしろ俺に一瞬隙を生む原因になってしまった。まずい、と思った瞬間には海未さんは一瞬にして俺の懐まで踏み込んでおり、そのままの勢いで俺の脇腹に掌底と思わしき攻撃を繰り出していた。
「ぐっ……!」
「これで、終わりです!」
その拳に陽月は反応しきれず、その拳は彼の懐に容赦なく打ちこまれた。だが直前で手加減されたのか、襲いくる衝撃はギリギリ耐えられる物だったかに思われた。少なくとも、海未はその実感を得ていた。
「終わり、ですね!」
「なっ!?」
だがギリギリ耐えられた理由は海未が手加減したからではない。陽月がその勢いを殺さんと、海未も一度使った軽く跳躍するという手段であった。見様見真似であり、結果としてあまり意味のないものだったが、その勢いは後方に対する移動エネルギーに変わり、耐えられるものになっていたのだ。
「へへへっ、いきますよ!」
「くぅ!」
その移動の力をそのまま懐に打ち込まれていた腕を引っ掴んだ陽月は、その勢いで思い切り引き下げて海未の体のバランスを崩した。初めの時と同じく完全に油断していた海未は抵抗も出来ずそのままよたよたと地団太を踏んでしまう。
そして、
「終わり、ですね」
「……はい」
陽月はそのまま海未の打ち込まれていた左手を思い切り押し下げ、その体に染みついていた動きでまたしても後ろに回り込んでいる。そしてがら空きの右腕を振りかぶっており、いつまでも打ち込める状態で制止していたのだった。
「……負けですね、完全に」
「や、やったぁ……つ、疲れた」
俺と海未さんは肩で息しながら、武道場の少しだけひんやりとした床にぶっ倒れていた。俺はともかく海未さんまでこうなるとは、実は結構健闘していたのだろうか。
「にしても、最後もあの動きでしたね」
「なんでですかね、慣れてるみたいです」
言われてみなくてもわかる事だ。初めに海未さんの意表をついたのも、二回目も、そして今も海未さんに敗北を認めさせたのはあの動きだった。俺の記憶にはない染みついた動き、単純ながら相手の意表をつけるそんな動き。
「それに、最後のは顔辺りを殴られていたらきっと立てなかったでしょうね」
「さ、流石にやりませんけどね」
「ですがきっと効果的でしょう。それに、顎の辺りを狙えば一発で倒せるかもしれません」
「……過剰防衛なんじゃ?」
「ふふふ、相手の心配を先にするなんて、やっぱり優しいですね。ですが、もしもの時に遠慮はしてはいけませんよ?」
「ないにこしたことはないですけどね」
「確かにそうですね。それであと一つ助言をしておきますね」
「はい?」
「攻撃は、二回です」
「に、二回」
「一撃目で相手の抵抗を封じて、最後に渾身の一撃です」
「わかりましたけど、流石にやりすぎですね……」
「あくまでも助言ですから、頭の隅にでも置いておいてください」
「はい、わかりました」
話している内に俺も海未さんも息が整い、今日の特訓も終わりが近づいていた。
「では、今日はお疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でした」
始まりと同じくお互い手の届くくらいで正座で向かい合い、お互いに今日の健闘をたたえ合う。礼に始まり、礼に終わる。これが俺と海未さんの特訓で変わらない光景だ。それをようやく終え、すっかり外も日が暮れ始めている事を、窓から零れるオレンジの光から理解する。どうやら今日は今までに無く長々と特訓をしていた様だ。
「じゃあ、帰りましょうか」
「はい、もう遅いですしね」
海未さんがスッと立ち上がり、俺もつられて立ち上がる。全身に受けた衝撃の名残で巣少しふらつくが、それは海未さんも同じであるようだ。見るからに足元がふらついており、踏み出した足も少し覚束ないように見える。
そして海未さんが一歩を踏み出し、俺も着替えに行くべく海未さんに背を向けた瞬間、
「ひゃうっ!?」
「……えっ?」
妙に驚愕の色を帯びた素っ頓狂な声が唐突に後ろから聞こえてきたため、海未さんの方へ俺は何事かと素早く向きかえる。そこには、どうやら乱れていた特別長い下の道着の裾を踏んだようで、こちらに勢いよく倒れ掛かってきていた。
って冷静に見てる場合じゃない! 眼前には何が起こったかわからないままこちらに向けて倒れてきている海未さんが視界を覆っているではないか。
「どわっ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
もちろん避ける事も、支えてやることも全て時すでに遅し、辛うじて支えようと押し出した手も力の入らない腕では無力で、海未さんの倒れる勢いのまま二人揃って転倒。俺はそのまま思いきり後頭部から床に倒れたものだから、ぶつけた衝撃から視界が歪んで眩暈が襲い掛かってきた。
「いっつ……」
「す、すみま――あ、あわわわ」
「ど、どうしたんです……ん?」
俺は落ち着いた視界に、海未さんの何ともいえない驚愕と恥辱と色々と混じった表情が浮かんでいる事に気が付く。そして先程押し出した両手に柔らかい感覚、そして海未さんが俺の足の上に跨りながら体を押し付けているという漠然とした状況である事を理解……理解、ってちょっと待て。
「あ、あうぅぅ……」
「あの、えっと……その……」
俺は柔らかい感覚……きっと俺の手が触れてはいけない領域にある事を理解しながら、どうにか海未さんをなだめるべく口をひらこうとするが――
「は、破廉恥ですぅぅぅぅ!!」
「うわらば!?」
衝撃が、俺を襲った。それを知覚するまでもなく、一瞬にして俺の意識は遠くへ飛んでいった。
そして数分後。
「っ……痛ってぇ……あれ、海未さん?」
て痛みを覚えながら再び目覚めた時には、ほんの数分前の記憶と海未さんだけが消え去っていたのだった。
うん。おいしい(錯乱
勢いで書いてるのでこう誤字やらわけわからない所があるかも。
一応見直してはいますが、大抵見切れていないパターンばかりなので……