Another School idols diary 作:藤原久四郎
別に矢澤推しでは…ない…のにッ!
「調べるなら矢澤先輩に聞けばよかったじゃないか……」
俺は家のパソコンの前でにらめっこしながら頭を抱えていた。時刻は十一時、夕食も終えもう寝ようかという時間帯だ。
スクールアイドルの実態はよくわかったものの、いまいちスクールアイドル、いやアイドルというものについて実感がわかないままだった。
調べれば調べるほど情報の多さに目が回り、脳が先にギブアップしてしまった。
「明日矢澤先輩に聞くことにしよう……」
さっきまでの俺の短絡さに嫌気がさした、そんな家での一コマ。
「そういえばウチにはスクールアイドルっているのか?」
ふとよぎる疑問。名前や話題がでない辺り活動してない、もしくは存在しないの線が濃厚だが。
神社前や屋上でみたあの光景。ダンスに精をだしていた穂乃果さんにことりさんに海未さん。
彼女らはもしかしてスクールアイドルをやっているのだろうか。だがそれを確認するのは少し恥ずかしい。
別に穂乃果さんとは知らない仲ではないのだから気兼ねする必要もないと思うんだがどうも気後れしてしまい、前の神社や屋上の時のように出ていくことが出来ない。
「やっぱヘタレなんだろうなぁ」
自分の根性のなさにポツポツと独り言を繰り返している。次の機会があれば何をしているか絶対に聞こうとそう決める。
そういえばアイドルといえば思い出したことが一つあり、昔、まだ俺が幼稚園か小学生くらいの頃どこかの女の子とアイドルのことを話した記憶がある。
記憶があやふやなのは昔から親父の転勤で引っ越しが多く、所謂転勤族だったからだ。
まぁ大したことではないだろうと自己完結し、布団に入る。
「その内思い出すだろう」
楽観したまま、意識を深い闇の中へ沈めていき眠りについた。
『ねぇ陽月くん、私かわいい?』
目の前で眼鏡をかけた可愛らしい少女がスカートを翻しながら問いかけてくる。
『うん!とってもかわいいよ!』
『えへへ…私、大きくなったらアイドルになる!』
小さい俺は目をキラキラさせて女の子の夢に耳を傾ける。
『それでね! みんなとおーっきなステージですっごいかわいい衣装をきて踊るの!』
『なら僕はそのお手伝いをする! ――ちゃんと皆のマネージャーさんになる!』
『じゃあ約束だよ!』
小さな手と手の小指で指切りをして約束の言葉を紡ぐ。
それは遠い記憶。子供の頃の輝かしい思い出。
約束は忘れても色褪せても果たされるから約束なのだと記憶の海を漂う俺はそう思った。
だが夢は覚えたままでは先に進めないから、目を覚ますときには忘れてしまうのだ。
いつか叶うことを夢に見ながら。
次の日、放課後に明確な目的意識を持っていたせいか授業はどんどん進みあっという間に放課後になっていた。
「よし、アイドル研究部にいくか」
「陽月くん、アイドルの追っかけをする前にウチのクラスでの評判どうかするべきだにゃー」
「くそぅ、うるさい! 俺だってまだ諦めたわけじゃない!」
まだ解決していないクラスに馴染む問題をほじくり返して来たのは、猫言葉が特徴的な同じクラスの星空凛だ。
「でも急にどうしたにゃ?アイドルに興味ある素振りは今までなかったのに」
「なぁ凛、お前はこの学校にスクールアイドルってあるか知ってるか?」
「スクールアイドル?聞いたことないにゃー」
となると先輩達は今年から動き始めたんだろう。そうすれば様々な場所で活動しているのにも合点がいく。
「わかったありがとなー」
未だはてなマークを浮かべた凛に別れの挨拶だけ伝えて足早に教室を出ていく。
一人教室に残された凛は首を傾げながら。
「どういう風の吹き回しかにゃ?」
俺は素早く階段を駆け上がりアイドル研究部の部室前まで一分たたずに到着した。
「もしかして俺って走りの才能あったりして」
仮にあってもこの学院では役に立たないだろう。わけのわからない自惚れを頭から振り払いアイドル研究部のドアノブを捻る、が。
「げ、そういや鍵とかないじゃん」
それに鍵の持ち主であり目的である矢澤先輩がいなければ話にならない。
仕方ない、このまま正座でもして待つことにしよう。そして待つこと十分。正座などしなれているはずもなく三分で断念。残りは胡坐をかいて待っていた。
「アンタ、くつろぎすぎでしょ」
胡坐さえやめ壁にだらりともたれかかっていた俺に矢澤先輩は極めてあきれた口調で投げかけた。
「あぁ矢澤先輩、昨日の今日ですみませんがちょっと聞きたいことあるんですがお時間いいです?」
「別に構わないわよ。さ、入って入って」
そういって扉を開け中に招き入れてくれる。電気をつけ彼女は奥へお茶を入れに行った。
その間に俺は椅子に座り、周りのグッズ類に目を通す。昨日の調べのお蔭である程度はわかるがまだわからないことの方が多い。
「おまたせ、昨日と同じの緑茶でいいわよね?」
「ありがとうございます。代わりと言っては何ですがこれを、どうぞ」
鞄をガサガサと漁り、中に入っている少し大きめの缶を差し出す。
「ありがとってこれアキバで今話題の洋菓子屋キャッチハートの菓子詰め合わせじゃないの!?」
箱に筆記体で書かれたお洒落な雰囲気のキャッチハートというロゴに矢澤先輩が思わず狼狽えている。
洋菓子屋キャッチハートは最近できたにも関わらず、かなり美味しいとのことで直ぐに人気を博しあらゆる情報伝達手段で拡散され、今では予約なしでは入手できない程の人気を誇っている。
なぜ俺がそんな物を持っているかというとなんでもその経営者の妻がウチの母親の友達だったらしく、試作品の試食を兼ねた商品提供をしてくれているらしいのだ。まぁだからなんだよ、という話でもある。
「まぁまぁ食べましょうや、折角のお茶も冷めないうちにね」
「え、えぇ!」
矢澤先輩は少し興奮気味にあけられた缶の中身を一つ一つ噛みしめるように咀嚼していった。俺もそれに合わせて一つ、また一つと食をすすめていく。
うーんいつ食べてもおいしいな、また感想を母さんに伝えておかないとな。
「忘れるところだった、色々と聞きたいことあるんですがいいです?」
「ちょ、ちょっとまって」
とりあえず全種類を食べ終えた矢澤先輩が喉に詰まったのだろうかお茶を一気に飲み干していた。
「オホン。で、なにかしら?」
「えーっとスクールアイドルについてなんですけど」
スクールアイドルという単語を出した瞬間、矢澤先輩の目がギラリと光を放った。
「スクールアイドルはね、学校単位で行われるアイドル活動のことで、東西南北すべての学校で行われているくらい、今流行りに流行っているのよ!その中でも一際輝いているのがUTX学院のユニットA-RISEでね!それでね……」
物凄い剣幕で捲し立てられ、頭が一瞬で許容量を超えた。アイドルの事となると豹変するな矢澤先輩……。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!それじゃなんもわかんないですよ!」
「はっ! 我を見失っていたわ」
「そんなんで大丈夫なんですか……」
少し呆れ気味にため息をつく。その後は少し落ち着いた様子の矢澤先輩からスクールアイドルの成り立ちから今に至るまでを一時間ほど聞くことが出来た。
本人曰く、アイドルの事を語りつくすのは無理なのよ!と豪語されたため適当なところで一度打ち切らせてもらった。
それでもう一つ気になっていたことを聞いていないことを思い出す。
「そういえば今ってウチの学院はスクールアイドルっていないんですよね?」
「少なくとも最近そういった話題はないわね。私もできないし」
「でもこの前それらしき二年生を見たんですよ」
「なんですって?」
矢澤先輩は表情を変え、その瞳はまるで獲物を狙うようで、野獣のそれに見える。
「……なら私もちょっと調べてみることにするわ」
「俺も興味出てきたんでまた遭遇したら色々聞いてみますよ」
「というかアンタまた来るつもりなのね」
「えぇ……来ちゃダメなんですか?」
「いや、そんな頻繁にくるなら部屋の鍵渡すし、私に用があるときの為に連絡先教えるけど」
「おぉ、そうすればいつでも疑問をぶつけれるじゃないか」
「というかアンタもう入部してくれていいじゃないの」
「それもそうですね」
こうして矢澤先輩の連絡先と部室の鍵、そしてアイドル研究部の入部許可をもらうことができた。
いつの間にかアイドルに惹かれ始めている事に少し戸惑いを隠せないが、今はこの気持ちに従っていこうと俺は心の動きを受け止める。
そして入部するためには生徒会室での手続きがあるとのことなので今から向かうことになった。
「じゃあ俺、入部申請だしにいきますね。今日はそのまま帰ると思うんでまた明日」
自然に明日会う約束をしている辺り、俺は案外この場所を気に入ってしまっているのかもしれない。
「わかったわ。あとさ……このお菓子もらってもいい?」
遠慮がちにチラチラとこちらの様子を伺いながら残りのお菓子の処遇を聞いてくる矢澤先輩。
一瞬呆けにとられたが俺はすぐに笑い出し、いいですよと言ってからアイドル研究部を後にする。
後ろからは矢澤先輩の歓喜の声が廊下の方まで響き渡っていた。
やっとμ´sラストメンバーである賢い可愛いあの方が出てきそう。
(矢澤は今後自重するか…)