Another School idols diary 作:藤原久四郎
そして一周年に合わない妙な重くるしい話を書いた私を赦してくれ。
「さて、帰るか」
「ちょっとまってくださ~い!」
精身ともに疲労困憊の俺に、ことりさんが半ば泣きつくように制止をかけた。今の俺には矢澤先輩を追っかける気力も、わざわざ学院に戻って皆の進展を見るような余裕がないのにも関わらず、だ。
「も~! 何か忘れてませんか~!?」
「うーん、なんだろ」
「んー! 何かあってからじゃ遅いんですよー?」
「嘘です嘘です、忘れてませんって」
そう、あまりにも音沙汰が無いのですっかり忘れていたが……忘れてないが、ことりさんにはストーカーがいるかもしれないという疑惑があったのだ。いかんいかん、気を引き締めねば。言葉通り、何かあってからでは遅いのだから。
「じゃあ一緒に学院までいってくれますかぁ?」
「そうですね背に腹は代えられませんし、いきますか」
なんだ、結局矢澤先輩を問い詰めに行くことになりそうではないか。まぁ、ことりさんも余裕飄飄としているが、やはり女の子なのだろう。ストーカーなんて怖いに決まっている。俺も頼られているのだから、信用を裏切らないようにしないとな。今一度、俺は気を引き締めた。
「あら、ことりじゃない。それと……陽月くんまで」
「あ、お母さんだ」
と、俺とことりさんが学院に向けて足を運ぼうとした時、不意に学院の方から一人の人物が声をかけてきた。それは学院理事長であり、ことりさんの母親である南理事長だった。仕事帰りだろうか、以前見たことのあるシックな趣のスーツとタイトスカートに近い姿に、親あっての子と言わんばかりの少し控え目のトサカが付いた髪型でこちらに歩み寄ってきていた。なんともタイミングよく来たものだ。
「どうしたの? こんな家の近くで。もしかして……そんなはずないわね」
「な、なんですか」
南理事長は意味深な目線をこちらに向けながら、何やら意味深な言葉を発する。そして少しだけ口角を上げながら意味深な視線を投げかけながら「あぁ~若い男女だもんね~」みたいな事を言いたげに俺とことりさんを見返していた。というか、こんなある意味理事長のイメージとはかけ離れた表情をしているものだから、こちらは思わず苦笑いをしてしまう。
「なんでもないんだよお母さん? ただちょっと付き合ってもらってただけで~」
「あら、そうなの? 今夜はお赤飯かしら」
「あ、あはは」
そうじゃねーだろ、と心の中で突っ込むものの、俺はこの二人の間に入るだけの器量はなく、ただ苦笑いを浮かべる。その間にもあーだこーだと家族トークが繰り返され、内心溜息をつきながらもお二方が落ち着くまで顔に苦笑いを貼り付けた。
「も~陽月くんが困ってるからやめてよね、お母さん!」
「ごめんなさいね~陽月くんが楽しそうだったからつい~」
「あ、あはは」
話はようやく終わったものの、なんだかすげぇ居づらい。なんだろ、親と子のノリがあるからだろうか。気分的には人の家に遊びにいって、相手の親が「そろそろ帰らない?」って言ってきたくらいの緊張感だ。あ、あんまりシチュエーションは変わらないな。
「もう……ごめんね、陽月くん。それにお母さん来たし……私は帰るね?」
「あ、わかりました。じゃあ、俺はこれで」
「またね、陽月くん~」
「さよならー」
俺は無性に居づらい親子の空間をあっさりと脱し、微妙な居心地の悪さから逃げるべくとりあえず適当に歩き出した。さて、これで今日の用事は終えたし、マジに疲れたから家に帰るか……。そう思い、当てなく動かしていた足を家の方に向けて歩き出した。
「……ん?」
と、丁度一歩踏み出した瞬間、制服のズボンのポケットに入れてある携帯が激しく振動を繰り返し、なにやら着信がきている事を知らせてきた。
「んー……あ、本田のおっさんか」
俺はスマホを慣れた手つきで操作し、着信の正体であるメールを開く。そこには「今暇か? 暇だったらちょっと話したい事があるから勿忘草っていう喫茶店まで来てくれないか?」という文面の、お誘いメールであった。そこはおっさん的にはメイド喫茶じゃないのか? というふとした疑問は置いておいて、唐突な事ではあるがこのお誘いをどうしようか考える。
「……ぶっちゃけ暇だもんなぁ」
帰って寝たいという本能もあるが、今から寝るのは生活リズム的に得策じゃないし、それにメールの文面の「話したい事」というのが何か気になるという事もある。ことりさんの送迎も……一応終えたし、部室は行くまでもなく何もしてないだろうから……。
「行くか……」
結局、暇なので行く。という何とも言えない結論にいたり、俺は帰路についていた足を喫茶店『勿忘草』へ向けた。
人の雑多とした繁華街を通り抜けて、歩くこと十数分。俺は繁華街の喧騒から逃れている喫茶店、勿忘草へやってきた。
「こんにちはー」
俺はためらうことなく入口のドアを開け、相変わらず落ち着いた雰囲気の、それでいて少しだけ騒がしい内部に入る。
「いらっしゃい。あぁ、陽月くんかい」
「こんにちは、店長」
そしてテーブル席の方ではなくカウンター席の方にいた、こちらに向かって来客の挨拶をしてくれた店長の方へ会釈をし、すぐそこに本田のおっさんがいる事に気が付く。俺はそちらに歩み寄り、空いていた隣のカウンター席に腰かける。
「お、陽月か。すまんな急に呼び出して」
「いや、今日は暇だったんで別にいいですよ。それより話したい事って?」
「まぁそう焦るな。あ、マスター。コイツに今日のオススメ一つ」
「かしこまりました」
本田のおっさんは何度か来ているのだろうか、慣れた様子で店長にオーダーを出し、そして店長も慣れた様子でコーヒーを淹れはじめた。
「あ、おごりですか?」
「ふん、仕方ねえ。今日はアポなしだからな、代わりに少しだけ話を聞いてもらうからな」
「へへ、やったぜ」
少しだけ、という言葉に微妙な引っ掛かりを覚えながらも、俺は少しだけ得した気分でおっさんとの時間を過ごすことになった。
「こと……ミナリンスキーさんの様子がおかしい?」
「あぁ、まぁお前ならわかってるかもしれないが……最近、少なくともメイド喫茶にいる時のミナリンスキーさんはなんというか……元気が無いんだ」
本田のおっさんの話、それはなんとも予想外……ある意味俺への用事という意味では予想通りのモノだった。その内容は、俺にとってもまるで予想できず面喰うもので。
「元気がないって……どんな感じで」
「いつもならいつだってミナリンスキーさんは笑顔なんだが、ふとある時に溜息ついてたり……俺たちの方を見て少しだけ怯えたような視線を向けていたりとか……それも俺たちや他の客が話しかけたりするとおさまるんだが……」
「それ、単に嫌われてるんじゃないですか?」
「ま、まてよ。確かに通い詰めてたり、聞こえる距離で可愛い可愛いとか言ってるが……この本田一、女に嫌われるような事はした覚えはねぇ!」
「……本当かなぁ?」
「な、疑ってやがるのか!?」
と、俺は軽口を挟みつつニヤニヤしてはいるものの、内心は不安で心がざわめいていた。ついさっきまで自分の隣で笑顔で居てくれたその人が、まさかそんな自分が知らない所でなやみつめていたなんて考えもしなかった。それに、俺はストーカーなんて実際は気のせいだろうとか、軽視していたしことりさんの様子から意外と大丈夫なんじゃないかと考えてはいたが……まさか思ったより状況は深刻なのかもしれない。
「……で、もっと具体的にどういった様子とかは?」
「どうだろうな……俺たちも店にいる様子しかしらないからな。むしろ、だからお前に学院での様子だとかを聞きたかったんだ」
「そう、ですか」
やはり、本人に直接聞くべきなのだろうか。というよりも、無理にでも聞くべきなのだろう。だって、ことりさんは、俺の目の前で……皆の前で笑っていたのだから。きっとその笑顔の裏では一人悩んでいるのだろうから。自分でもおこがましいと思う、けど……それでもことりさんに俺は頼まれて、信用されているのだから、自分のすべき事をすべきなのだろう。けど。
「……おまたせしました」
と、俺とおっさんの話が一段落したところで、店長が落ち着いた笑顔で俺とおっさんの前に今淹れていたと思われるコーヒーを二つ出して来た。
「あれ、マスター。俺は一つって……」
「サービスです。悩める人たちの、休憩のためです」
「ははっ、それはありがたい」
店長は、あくまで話を聞いていたとは言わず、ただ俺たちのためだけに二つのコーヒーを出してくれたようだった。俺や、きっとおっさんにもその温かさがコーヒーの熱以上に伝わってきたから。少なくとも俺は、少しだけ凝り固まった思考がほぐれた気がした。それでも、俺にはどうするか答えがでなくて。
「じゃあ、冷めない内に飲むか」
「そうですね」
俺とおっさんは目配せをして、目の前に出された湯気立ち上るコーヒーを同時に口に運び、一息つく。目をつぶってその温かさを感じ、ほっと熱い息が零れる。この温かさはとても気持ち良くて、凄く気持ち悪くなって。
「美味しい……」
「全くだ、流石マスターだ」
「ありがとうございます」
店長はいつも通り、笑顔は崩さずお礼を言ってはいるが、いつもよりも嬉しそうに見えるのはきっと仕事抜きで、一人の人としてした行動だからだろう。現に俺も、そのやさしさで心がとても温まった。そして、人と人の掛け値なしの繋がりは、こんなにも素晴らしいんだってそう思った。そしてまた一口、また一口と口に運んで、差し出された温もりを味わう事にした。その間も俺の心の中は、酷く冷たく濁っていた。
そして、あっという間に熱いはずのそれらを全てを飲みほし、俺とおっさんは、満足げに息を漏らした。俺はことりさんの事を、一切隠さずに言うべきなのか考えていたのだが、それでもおっさんは、一度区切れた話の続きを始める。
「で、なんだ……結局ミナリンスキーさんの様子がおかしい原因ってのは、わからないのか?」
「今は、まだ何とも言えないですけど……その……」
結局、俺はストーカーされている事を言うべきか、言わないべきかで悩まざるを得なかった。喉を通ったコーヒーが今にももう一度喉を通りそうな不快感と、何とも言えない心情が、良心とせめぎ合って悩ませる。おっさんが信用できるできない、とかではなく、ただ…………
「その様子だと、お前も何も知らないって感じか? まぁ、お前も近くにいるんだから気にかけといてくれよ」
「え、あ……はい」
おっさんは、そんな俺の煮えくらない様子を見てか、半ば呆れ気味に、笑いながらそう言ってきた。なんて情けない事だ、俺の事をおっさんは信用してくれているのに、俺は何一つ話せないままで。ただわけのわからないモヤモヤした感情に振り回されて、感じていた人と人の繋がりの素晴らしさまで、自分から否定しているみたいではないか。
「わかりました……おっさんも、よかったらまたミナリンスキーさんの話でもしてください。俺も、ミナリンスキーさんの近くにいる人の話聞きたいですから」
俺は、本当にそう思っているかもわからない言葉を漏らしていた。そうだ、明日にでもことりさんに会いに行って話を聞こう。今日は自分でどうすべきか考えて、それからまたことりさんに相談しよう。こんな目の前のミナリンスキーさんの事を好きでいてくれている、スクールアイドルの南ことりの事を好きでいてくれる皆のためにも、この問題は解決しないといけないと思うから。
でも本当は……? 人のためなんかじゃないんだろうか。時折考えるのだ、本当は皆でこの問題に当たるべきなのでは、と。皆を心配させたくないことりさんの気持ちもわかるが、それよりも大事な事があるんじゃないかと。でもそうしなかったのは……俺がことりさんの唯一の『特別』になれたからではないのかと。考えすぎかもしれない、けど。
「おい、大丈夫か? 陽月、顔色悪いぞ」
「え、あぁ……大丈夫ですよ」
そんな事はない……ないはずだ。俺はただことりさんの、皆のために俺ができる事をしたいからこうしているのだ……。自分の事だ、もっと自信を持てよ。なんで、こんなに気持ち悪いんだよ。なんでこんなにぶれて、自信が持てないんだ? ほんの数時間前まで普通でいられたはずなのに。自分の事なのに、他人の事みたいに全然わからねぇよ。なんなんだよ。
「陽月? おい、大丈夫かって聞いてんだよ」
「あ、え?」
「ったく……お前疲れてんじゃねぇのか? さっきから何回喋りかけてると思ってんだ」
なんだ、おっさん俺に話しかけてたのか? 全然聞いてなかった。あれ、俺何考えてたんだっけ……ことりさんストーカー対策、考えすぎてたのか?
「……俺、疲れてるんですかね」
「何言ってんだ? まぁ、確かに疲れてるみたいだけどよ……ま、今日はこれくらいにしとくか。マスター、会計お願いするわ」
「……かしこまりました」
おっさんは、少しだけ深い溜息を吐いて、いつも通りの表情に戻っていたマスターと会計を始めた。その間俺はただボーっと、空になったコーヒーの入っていたカップを眺めて、ただただボーっとしていた。何も考えないで。その時の俺には、視線の先のよく手入れの届いた綺麗な白いカップの中に少しだけ残ったコーヒーの飲み残しが、不思議なくらいに澱んで見えていた。まるで、自分の心の中を覗き込んでいるみたいに。
相変わらず誤字脱字、感想など諸々は募集してます。
一周年だったり百話目だったりと記念でもしようか考えてしなかったり、相変わらず更新遅かったりぐだついてますが、きっちり完結させるべく頑張りまする。