Another School idols diary   作:藤原久四郎

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いつだって変われる

「……はぁ」

 

 本田のおっさんと別れ、勿忘草を後にした俺は行く当てもなく人の溢れる秋葉原の街をブラブラとしていた。モヤモヤとした心はあの後も晴れることが無く、むしろこうしてずっと考えてしまう程には俺の心を縛っていた。

 

 時折考えが回ってしまうその卑屈すぎる考えは、いつからかはわからないが俺の思考のソースを全て割く程で。今だって見つからない答えをずっと探している。俺の本当ってなんだろうって。

 

 音ノ木坂に来て、μ'sの手伝いをして。皆のためだと思ってしてきたことの大半は、俺が無意識に何を思ってしてきたんだろう。少なくとも、ボランティアの様な気持ちでやったとは思えなかった。そうじゃなかったら、悩んだりしない。悩むのはそうじゃなくて、きっと薄汚れた考えに基づいた行動理念があったからじゃないか。

 

「……そんなわけ」

 

 ない。って本当は言いたいけど、言えなくて。言えないのは皆の前で決して胸を張って言えないことって意味で。あまりにも唐突すぎる自分の心境の変化は、思考や思いすら振り切っていく。

 

 結局、俺はなんの為にμ'sを――

 

 いつか感じた可能性を、好きだっていう気持ちに自信が持てなくなってくる。なんでなんだろう、なぁ……誰か教えてくれよ。わからないんだよ、自分の事なのに……まるで本当の自分じゃない、夢の残骸で出来た空虚なだけの自分の中にいるみたいで。世界でたった一人みたいな錯覚を覚えながら、世界の冷たさに泣きそうになる。誰か、答えを押してくれよ……。

そんな答えの出るはずのない押し問答を繰り返しながら、ゆらゆらふらふらと俺の答えの帰らぬ問いかけをすると、カラスが嘲るような声を響かせる。そんな冷たい印象を見せる、繁華街から少し離れたところを当てもなく彷徨ってしまうそんな夕暮れ時。空のオレンジが、酷く薄汚れて見えた。

 

 不安からか溜息を漏らしながら当てもなく彷徨う街の片隅に、いつかみた覚えのある屋台が見えてきた。視界の端に映るそこには、同じく最近まるであっていなかった人影が居て。

 

「……ん? なんだ、陽月じゃないか。久々じゃないか……ってどうしたんだ、そんなしけたツラして」

 

 先の見えない思考が見知った顔を見た瞬間に止まったから、安堵のあまり泣きそうになった。

 

 

 

「ほら、食べると元気になるぞ」

「……ありがとうございます」

 

 未だに名前も知らないクレープ屋のおじさんに、差し出されたクレープを手に取り、軽く一口いただく。ほんのり甘く柔らかいクレープ生地に、中身のシンプルなクリームとチョコレートのトッピングが程よい甘さを舌に伝え、その味が沈みきった気持ちを少しだけ元気にさせてくれた。

 

「全く、最近皆も忙しいみたいで全然顔見ないと思ったら、今度は死人見たいな御客人だ。いつからウチはそんな葬儀屋になったのやら」

 

 おじさんはよくわからない軽口をたたきながらも、こちらの様子を探り探りと言った様子で心配してくれているようだった。というか、そんな顔してたのか……。

 

「その、なんだ。俺で良かった話ぐらい聞くぞ?」

「じゃあ、ちょっとだけ」

 

 俺はその言葉に少しだけ甘えたくなり、親しすぎない人だからこそ言える本音をつらつらと吐き出し始めた。μ’sのことを楽しげに話して、学院でのことを少しふざけて話して、そして、俺の考えていたこと全部。そんな意味不明な重い話でも、おじさんは時に笑いながら、時に神妙な顔をしながら、それでも真剣に聞いてくれた。そして男同士だから話せることに、俺の心は少しだけ楽になった気がした。

 

「それで俺……どうしたらいいんだろうって」

 

 全て俺が話しきる頃には、おじさんは何故か満足げな表情を浮かべ、そして口を開いた。

 

「なんだ、陽月……ただの青春ドラマじゃないか。というかアニメや漫画の世界の話みたいだぞ」

「……え?」

 

 そしておじさんは俺の悩みを全て一蹴する、全てを統括した一言を放った。

 

「なんていうんだろうな……他人事だからかもしれんが、俺もそんな青春送りたかったぞ」

「でも、そんな簡単なことばっかじゃないんですけど」

「それも含めて青春だ。というか、きっと数年後には武勇伝だ」

「……他人事ですもんね」

「ま、事実他人事だ。それでも……なんだ、きっと全部が全部悪いことばっかじゃないと思うぞ? 俺も陽月くらいの頃はそうやって悩んだもんだ」

 

 おじさんは少しだけ遠くを眺めながら、感慨深げにそう呟く。

 

「そうなんですか……どんな風にですか?」

「まぁ無難な事だが、恋愛絡みでな。ちょっとばかり拗れた関係に酷く悩んだものだよ」

 

 恋愛、今の俺にはまるで関係の無いことだが、何故だか他人事のように感じられず、黙って耳を傾ける。それに、きっと俺の出せなかった問いかけの答えのヒントがあるかもしれないという希望が見えたから。

 

「中のいい男女二人とな陽月みたいな青春を送っていたんだがね、ある時皆が異性を意識した瞬間、っていうよくある話さ。それでもその時は、俺も含めて皆は酷く悩んだものだよ。喧嘩もしたし、みんなバラバラにもなったりしたよ。今となっては馬鹿らしいけど」

「……どうしたんですか、その……」

 

 俺の出せない答えを得た人の話は俺の興味をひくには十分で、更に話の催促をする。

 

「簡単、一度全部考えるのをやめたのさ。今まで悩んでたことを全部ほっぽり出して。そしたら世界が広く見えて、見える景色もなんでもなかったことも全て華やいで見えたんだ。今でもその時の複雑な心境は忘れられないね」

「そうすると、おのずと自分のやるべき事がおぼろげだけど浮かんできてね。みんなと仲直りして、そして色々なことに決着をつけて……その時はあまりのショックで泣きだしてしまったけどね……ははは、今でも意味がわからなくて笑えてくるよ」

 

 考えるのをやめる、か……。でも、そんなことするより、するべきことが……。

 

「だから陽月、悩みすぎだよ君は」

「……ッ」

 

 考えていた事が筒抜けになったみたいで、俺は思わずどきっとして声を漏らす。でも、やらなきゃいけないから仕方ないじゃないか。

 

「決して悪いことじゃないさ、悩むことは。でもそんなこと続けていたらいつか潰れてしまうぞ、昔の俺みたいに……ま、俺は潰れてないけれど」

「でも、俺にはやるべきことが……」

「それが考えすぎなんだって、ほら、一回深呼吸して。それから目をつぶってみて」

「え、あ……」

 

 半ば操り人形のように言葉を脳内で反芻し、その通りにする。

 

「当たり前だけど真っ暗だろう? それが君の心の中だ。これはきっと誰だってそうだ、誰だって悩みごとの一つや二つ、絶対あるんだから」

 

 暗い、闇。これが俺の心の中。きっと間違ってない、先の見えない形のない不安に怯えている、今の俺には。

 

「でも、君は一人じゃないはずだろう? 友達や、家族だっている。それに君には……μ'sの皆がいるはずだ」

 

 その言葉で、脳裏に家族と鷹能と……μ'sの皆の顔が浮かんだ。不思議と、今まで考えていたことを全て忘れて、皆と作ってきた時間を思い出していた。学院に来て、μ'sの支えになろうと頑張って、今みたいに悩んで……でも、一番最初に思った事って、感じたことってなんだったんだろう……。

 

「君の……今の陽月のしたいことはなんだい?」

 

 俺の、したいこと……。全ての思考と考えてきたことを振り払って、一番の行動理念は……

 

「結局、俺はなんの為にμ'sを――」

 

 好きだったんだ、今が。新しい生活の中で、居場所になったμ'sとの世界全部が。細かいことは一切関係ない、ただ好きだったんだ。だから悩んで、考えてきた。でも結局、なんでもない、俺にとって大切だと思える場所になったから……。

 忘れていた……そうだ、俺はしたいんだ。μ´sの皆で。夢を、叶えることを。悩むな、ぶれるな。昔、記憶の隅にいる誰かと決めた約束だ。それに俺の願いでもある。誰よりも近くでμ'sの皆を支えることが。そして、誰よりも皆のファンでいることが。

 

『ええんよ、でも君も自分のしたいこと始めよう?』

 

 また悩むかもしれない、けどもう迷わない……あぁそうだった、希さんに言われたことを忘れていた。踏み出したはずだろ、過去じゃなくて未来に。漠然とした不安を感じる過去にじゃなくて、漠然とした希望をいだける未来に。暗闇に、光が差した気がした。

 

「うん、良い顔になった」

 

 目を開いて、世界をよく見る。そこには屈託のない笑みを浮かべ、満足げなおじさんの顔と、どこまでも広く伸びていく空と、様々な風景が変わらず広がっていた。でもさっきまでと違って、どこか温かい雰囲気があった。まるで、世界が俺を歓迎してくれているみたいで。

 

「……俺、笑えてますか?」

「あぁ、笑い泣きだけど、ね」

 

 どこまでも熱い思いを零しながら、俺はやるべきことを心に誓った。どこまでも好きでいよう、μ'sを。そして見続けよう、その笑顔を。そのために、やらなければいけない。ことりさんを悩ませることを解決することと、μ'sの応援をすることを。

 

 なんだ……こんなにも世界は華やいでいて、温かかったんだ。よかった、俺は一人じゃなかったんだ。また一度、頬に熱い思いが零れた。

 

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