Another School idols diary 作:藤原久四郎
「……考えない、か」
おじさんにお礼を告げてから別れた後、俺は少しだけ足取り軽く帰路についていた。そしてまたしても考えていた、色々なことを。もう迷わないって決めた今、次にやることの指標を立てざるをえなかったのだ。
「……でも」
とりあえず今週の休みに、一度ことりさんと話し合わねばならないことだけははっきりしたのだが、それからのことがまるでイメージが湧かずにいた。結局、俺の気持ちがどうとかではなく、皆に相談すべきとはわかっても一体どうしたらと。警察に言ったとしても前々から話していた通り、まともに取り合ってもらえない方がある意味現実的なのだ。逆に言えば、何かあれば……だが、その何かがあってからでは遅すぎる。どうしたものか……
何故だか、笑みが零れた。どうにかしなきゃとは思っていても、どうにもならないことはある。ならすべきことは別のことなんじゃないかって。
「やっぱり、考えすぎなんだな」
いい案は今は浮かばないし、ならすることは。なんだ、おじさんの言う通りじゃないか。そうだ、これはきっとストレスだ。考えすぎによる考えすぎのためのストレスだ。ストレスの発散、そうなったらやることは決まっているじゃないか。
「遊ぶぞー!」
そうじゃないだろとも思いつつ吼えながら走りだした時刻は六時、まだまだ時間はありそうだった。
日も暮れ始めた中、俺は繁華街を半ば狂った様に走り抜けとあるところまでやってきていた。途中途中道行く人に見られもしたがそんなことはどうでもよくて、走ったせいでかいた汗を服にじませながら、俺はやってきた施設に足を踏み入れた。
ゲームセンター、以前みんなでセンターを決める争いの時にやってきたところだ。あの時はなんだかんだで楽しみながら、みんなで遊べていたなぁと、まるで昔のことの様に追想する。俺はその記憶を辿るように一台の機械の下へ。それはいわゆる格ゲーと呼ばれるもので、とりあえず誰もいない席に座り百円を投入する。
確か前にみんなで来た時は……
『何よ別に好きなキャラぐらいいいじゃないの! 大体ああいうのは運営の調整ミスなのよ! それに――』
「運営の調整ミス、確かにその通りだ。今日は俺のストレス発散に付き合ってもらおうか」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべながら俺はしゃがみ格闘家ことモヒカン……を相手に選択、そして自分は別のモヒカンを選択し早速プレイし始めた。
「いけ! スクリューPileドライバーッ!!」
画面の中では、筋骨隆々のガチムチレスラーが金髪モヒカンを物凄い勢いで占め落としていた。かれこれ何回みたかわからない光景である。だが最初と違うことがあり、それは相手がいるということだ。
「お、俺の待ちガイルがッ!?」
ゲームを始めること三十分。というか格ゲーで三十分というのも珍しいものなのだが、辺りには人だかりができ始めていた。それも仕方がないことだ、一人のプレーヤー……俺だけど、そいつが迫りくる猛者(対戦相手)を悉く蹴散らしているのだから。
「うおおお! とうとうここの四天王がやられたぞー!」
相手が厨キャラだろうが強キャラだろうが雑魚キャラだろうが薙ぎ払っていくと、この熱狂的な有様であった。しかしいつかとった杵柄だろうか、いつぶりかもわからないこの格ゲーで俺はなんなく連勝してこれたのだ。そんなやつに負ける四天王って大丈夫なんだろうか。
とは言っても流石に疲れてきたのでやめたさもあるのだが、負けねば終わらない格ゲーの宿命にどうしようかと少し首を傾げて考え始める。
そんな俺の考えを読んでいるかのようにギャラリーも、「もうこのまま1Pプレイで変わらせるか」というある意味現実的な後退方法を提案していたりと、どうやらそろそろこのゲームを終えられそうな雰囲気が出始めていた。
「あ、あれは!?」
「ん?」
そうなったらさっさと終わらせようと意気込んだ所で、向かい側の台に誰かが座ったと思わしき音と、嫌でも臨戦態勢を取らせるコインの投入音が聞こえた。ギャラリーがざわざわと浮き足立ち、その一瞬の後、ギャラリー全員がまるで冷水を浴びせられたような異常なまでの静寂に包まれた。どうやらまだ辞めさせてもらえないようだ。
だが俺も、内心少しビクビクしていた。さっきまでざわついていた空気の中で乱入してきたので、乱入相手も見上げた図太い神経をしていると思いつつも、その後の異常なまでの静けさが逆に見られない対戦相手の不気味さを際立たせたからだ。
そしてギャラリーの静寂が一層増していたからか、誰かが放った声に嫌でも気が向いた。
「あの人は……まさか本当に現れるなんて」
「あぁ……あの巨乳、忘れるわけもねぇ」
「やべ、緊張してきた」
「相変わらずお綺麗だ……」
それもそのはず、明らかに騒ぎの声色がピンク色だったからだ。てっきりこの状況だ、いかにもなお兄さんがおじさんかと思いきやまさかの女性だ。それも話の内容からしたらかなりの美人……それも若い人と見た。
「だからって、手も抜けないけどな」
俺は今一度気を入れなおし、汗で湿り気を持った手でレバーを握る。ホームポジションに置かれている反対の手も、何故か小刻みに震えていた。
「な、なんだこのプレッシャーは……」
ゲーマー? 特有の謎のプレッシャー。それは確実に存在し、そして今まさにそのプレッシャーに俺は気圧されていた。だが同時に、確実に高揚していた。まだ見ぬ敵、まだしらぬ技。男なら興奮するのが通りだろう。
一人気持ちを高ぶらせている間にもスクリーンに相手キャラの選択が終了したようで、しばしのロードがなされていた。相手はどうやらベストオブノーマルのデフォキャラである、柔道着を来た格闘家のキャラクターを選んでいた。ポジションでいえば、マ○オであり、無難も無難である。だがそれ故に使い手の上手い下手が露骨にあらわれ、ある種一つの判断材料ともなるのだ。
一瞬、画面が暗転したかと思うと即座にゲーム画面が表示された。筋骨隆々のレスラーと、それより一回り小さい格闘家がボクシングステージにて見合っていた。
そんな独特の緊張感が一帯に蔓延する中、静かにゲーム内にカウントが開始される。
3……
「やってやるぜ」
気合十分、今なら誰にだって負ける気がしねぇ。
2……
「うふふ……」
相手方からは、不気味な笑い声。
1……!
騒音に包まれたゲームセンター内が、この一瞬だけ静寂に包まれる。
Fight!!
同時にレバーとボタンの操作音が周囲に響き渡り、ギャラリーも歓声を上げた。男の負けられない戦いが、始まる。
チーン。
そんな気の抜けたような音が聞こえてくるようであった。それもそのはず、すっかり人のいなくなった筐体付近で、一人の青年が口を呆けたように空けて放心していたのだから。
「全戦全敗、か……」
酷く思い現実。まさか、というかこんなのってありなのか、というぐらいにボコボコにされた。途中から明らかに舐めプされてたし……なにあれ、人間の動きじゃねーよ。余裕のあまりか、普通ならばありえないアピール行動までされてた。
「……帰ろ」
木端微塵に粉砕された俺の自信と心は癒えることなく、その場にいることを拒否したのだった。今一度大きくため息をついてから無駄に重くなった足を引きずって、俺は店をまるで操り人形のようにフラフラと出ていった。
夕暮れ時も儚く過ぎ去り、日も暮れる数刻前という明るさまでも曖昧な時間。繁華街を幽鬼のように彷徨い、俺はその時間の感覚が掴みづらいいつも通りの帰路についていた。まぁ、なんとまぁ……濃密な一日なことだろうか。悩んで悩んで、一回忘れてまた気が抜けて……。
「なーにしてるんだろ」
曖昧な時間は、複雑に入り組んだ心の中を余計に曖昧に溶かしていく。でも、そのおかげで指標はたった。ことりさんに会って、皆と話して……皆で乗り越えるべきことなんだって。でも……
「やっぱり、考えすぎなんだな」
今日何度目かわからない溜息と、自嘲気味に笑いながら一歩一歩確実に我が家へと進んでいく。俺の思いを吹き飛ばすようにほんの一瞬、顔を撫でる爽やかな風が吹いていった。
「あっ……」
風に煽られて少しの間顔を手で覆った俺が、その手をどけて目にしたのは少し前に穂乃果さんと早朝ランニングで会ったこともある、なんの変哲もない公園だった。
『……くん』
『……くん!』
「……陽月」
走馬灯のように思い返されたのは、三人の声。ざっくりとした声とその場の雰囲気、記憶。ただそれだけの妄想に近いような、フラッシュバック。
「公園、か」
昔、誰かとここで会ったのだろうか。最近は考え事がすぎるのだろうか、必要のないことも忘れてしまったであろうことも、何故か時折思い出す。いいことなのか、わるいことなのかわからないけど、ただ少しだけ寂寥感の襲われる。
「馬鹿らしい、さっさと帰ろ」
「なーにが馬鹿らしいん?」
「っ?!」
また不要なことを考える前に、目を向けていた公園から離れようとすると、背後から甘ったるいような小馬鹿にしたような独特なイントネーションをもった声が聞こえた。
「びっくりするから普通に正面から来てくださいよ、希さん」
俺はほぼ呆れ気味にその声の主、東條希さんの方へげんなりしながら向きかえった。
「うふふ、ミステリアスな方が男の子は惹かれるんとちゃう?」
「引かれる、が正解」
「お、やっぱりあってるやん?」
「文字にしないとわからんのですか?」
「うそうそ、そこまで頭固くないやーん」
「で、何か用ですか? こんなところまで来て」
「だ、か、ら、そこもミステリアスに?」
なんか、頭の悪い五歳児でも相手にしているような感覚すら覚える。わざとやっているのだろうが、それが余計にたちが悪いと思う希さんとのやりとり。下手な事言えば言葉狩りにあうのだ、ここはそそくさと立ち去るのが正解だろうか。
「じゃ、僕は帰るんで」
「ちょちょ、こんな美少女置いてくなんてどうなのかな~」
「あいにくですが、僕は美少女と自分でいけしゃあしゃあと言える人は美少女とは認めません」
どうせ無視してもついてくるんじゃないか? ともう呆れを通り越して妙に納得しながら、足を進めていく。もちろん、後ろからは同じペースで足音が続いてくる。
「あ~ん、置いてかんで~」
「ん?」
その声が急に質量を持ったかのように加速したと思うと、背中に尋常ではない衝撃が襲ってきた。謎のエアバッグのようなものがその衝撃を、妙な気持ち良さに変換しているのも即座に判断。これは……
「だ、抱き着いているだと! は、離れてください!」
「むぅ~無視する人にはこうだ~」
「何この人!? 酔っぱらってんのか?!」
激しい衝撃(主に体)と激しい衝動(もろに心)に平常心を欠きながら、その現況を振り払わんとバタバタと体を振るうも、首筋にドッキングされた女性らしいか細い両腕はパージされる様子を微塵も見せない。
「ねぇ……」
「な、なんですか」
急に大人しくなったかと思えば、淫靡な声音で俺の耳を刺激する希さん。一体なんなんだ、落ち着きがなさすぎるぞ。
「公園で……何か思い出した?」
「ど、どういう意味ですか」
「……いいから」
俺の後ろにピッタリと張り付いてる希さんは、その言葉の意味をまるで伝える気がないように囁く。伝わってくるのは、ほんのりとした温もりと、肩に伝わる不自然な湿り気。
「昔のことなんで、全然覚えてないですよ」
だから俺は、真面目に問いかけに答える。きっと彼女が望んでいるのが別の言葉だとうっすらとわかっていても。……希さんは俺に何を望んでいるんだ。
「……うふふふ」
「?」
「も~陽月くん、騙されてるやろ?」
「……は?」
素っ頓狂な声。そして嘲るような声。二つの声が曖昧な夕暮れとも夜とも取れぬあたりに響き渡る。
「だ、か、ら、ミステリアス。わかった? これがミステリアスやん」
「……もしかして、からかった?」
「うん」
「……はぁ」
何度目かわからない溜息を吐き、少しだけ緊張していた体を脱力させる。相変わらず俺の後ろに位置を保っている希さんの表情はうかがい知れないが、きっと俺を笑っていることだろう。きっと。
「ねぇ陽月くん、少し目瞑ってて?」
この人はどれだけ俺をたぶらかすのだろう、別に嫌とかではないが、ただむずがゆいのだ。子供の遊びみたいで。
「さっさと解放してくれるなら、いいですよ」
「うん、約束するわ~」
「……嘘くせぇ」
俺は仕方なく言葉通りに目を瞑り、何をされるかわからない少しの不安に怯えながら希さんの次の動きを待つ。
希さんは俺の首に巻き付けていた腕を離して、どうやら俺の目の前に立ったようだ。ほんの少しの足音と、至近距離であるがために聞こえる息遣いから、俺はその結論をだした。
「…………約束」
「……なに?」
うっすらとしか聞こえない囁きが聞こえたかと思った次の瞬間、体の一部に何かが押し付けられた。思わず目を見開いて、何事かと確認する。そこでは、希さんの人差し指が、俺の唇にあてがわれている。あまりの突然さに意味もわからず、俺は目をパチパチと瞬きさせるしかできなかった。
「じゃあ、また学校でね……陽月、くん」
『またね、陽月』
希さんの声が、またしても蘇った誰ともわからぬ三人のうちの一人の声に重なった。そしてその別れの挨拶とも取れるその言葉に、俺は返事することすらできないまま、目の前から立ち去っていく希さんを茫然と眺めていた。
「……だから、誰なんだよ」
希さんが立ち去り、茫然と立ち尽くした俺の脳裏によぎった一つの疑問。なぜこうも、俺は悩まされるのだろう。俺は……どれだけのことを忘れてしまっているのだろう。まるで……都合よく昔の記憶だけを削り取られているみたいだ。
「考えすぎ、か」
一つ溜息。希さんは何を知っていて、何を隠しているんだろう。俺は、希さんを知っていたのだろうか……。
「ミステリアスって、難しいな……」
考えすぎであることも、希さんの不可解な事も……判断材料のない今の俺には、難しすぎる話だった。
いい加減この話終わらせる。次からこの章のまとめやる(届かぬ思い