『何か』がカフェの姿をして俺を誘ってくる件について   作:ウポ東

2 / 2
後編

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 しばらく俺は、路地裏の前でうずくまっていた。その後、何となく怖かったので這いずりながら建物の壁まで移動し、背中をぴたりと付けて自分の身を守っていた。

 

「……トレーナーさん?」

 

 彼女が来たのは、それから数十分経ったくらいのことだった。

 

「……"()()()()()()()()"」

 

「まだ決めてません……心配しなくても、私は違いますよ……。」

 

「………」

 

「あの……大丈夫ですか……?」

 

 マンハッタンカフェが心配そうに俺の顔を覗き込む。教え子に心配させるとは情けない。俺はすぐさま立ち上がり、彼女の目を見つめて言った。

 

「大丈夫だ。ありがとう。」

 

「出たんですか……。」

 

「……そこの、路地裏の向こう側に連れて行かれてな。」

 

「……路地裏?」

 

 彼女が首を傾げて言った。

 

「この近くに……路地裏なんて、無かった気がします……。」

 

「何だって?」

 

 もちろん俺は驚いたが、それが腑に落ちる自分もいた。先程、俺と『何か』は確かに路地裏を通ったはずだが、そもそもこの辺りにそんなものは無かったはずなのだ。

 

「ちょっと一緒に来てくれ。さっきあったんだ。」

 

「……分かりました。」

 

 俺はカフェの返事を聞かずに、すぐさまその路地裏があった場所へと向かった。

 

「ほら。あるんだよ、ここに。」

 

「………」

 

「……見えないか?」

 

「いえ……見えます。だからこそ……これは……」

 

 横目で見れば、驚きつつ何かを思考している彼女の横顔が見える。右手にはあの雑貨店で貰ったのであろう買い物袋を持っていた。何を買ったのだろうか。

 

「……誘われていますね。トレーナーさんも……私も。」

 

 誘われている。俺だけではなく、彼女も。一体どういうことだろう。今までにそんなケースは無かったはずなのだが。

 

「……行きましょう。」

 

「えっ!?」

 

「大丈夫です……。彼女は危害を加えません……。」

 

「見えているのか。カフェ。」

 

「はい……来て下さい。」

 

 彼女に手を引かれ、再び俺は路地裏に入った。

 

 本当は怖かった。もし、今俺の手を引っ張っているカフェが偽物だとしたら、今度こそ俺は何処かに連れて行かれてしまうのではないのかと不安になった。

 

 だけど、繋いでくれた彼女の手が、今度こそ暖かくて。

 

 つい身を任せてしまった。

 

 

 

「……ここは。」

 

 カフェが呆然として声を漏らす。そりゃそうだ。俺だって目をまんまるにしたのだから、彼女が驚かないはずもない。

 

「本当に大丈夫なのか。」

 

「はい……。この道の先に、彼女がいます。」

 

 落ち着いた様子で歩く彼女は頼もしい。黒い髪を靡かせて前へと進む彼女に、俺は見惚れながらも付いて行く。

 

「……トレーナーさん。」

 

「何だ、カフェ。」

 

「彼女は……私の姿をして、何か変なことを言ってませんでしたか。」

 

「え?……へ、変なこと?」

 

「……"痛い"とか、"見つけて"などは言われませんでしたか……?」

 

「………」

 

 彼女が出したキーワードを聞いて、俺はカフェに化けた『何か』の言葉を鮮明に思い出していた。

 

 

 "見つけて欲しいんです。"

 

 

「言われたかもしれない。」

 

「……そうですか。」

 

 彼女は満足そうに短く返事をした。しかし、何故カフェはそんなことを聞いたのだろうか。疑問は尽きないが、分からないことを憶測で考えても仕方あるまい。

 

 やがて、俺が死に物狂いで逃げた場所を越えた。坂道とも言えないような坂道を登って、木々のざわめく音や小鳥の鳴き声に耳を傾けていると、俺たちは行き止まりに辿り着いた。

 

「着きました……。」

 

 ただの行き止まりではない。そこには、人の背丈ぐらいの大きな岩があった。

 

 

────────────

 

 

「岩……?」

 

「岩です……。」

 

 『何か』が俺を連れて行こうとした先。カフェが俺と一緒に目指した先。そこにあったのは何の変哲もない、ただの岩。

 

「では……岩を動かします……。」

 

「あぁ、うん。待て待て待て待て。」

 

「……?どうかされましたか……?」

 

 彼女が岩を両手で触り始めたのを見て、俺は我に返った。

 

「ちょっと待ってくれ。もしその岩を動かしたら、何かの封印が解けてしまうとか……」

 

「………」

 

「それとも、岩の下には地下室への階段があり、中には狂気のマッドサイエンティストが……!」

 

「タキオンさんなら今日は家に居ますよ……」

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

 ただ岩を動かすだけ。されど、もしもカフェに万が一があればと考えると、彼女の危なっかしい行動を見てられないのは当たり前だ。

 

「トレーナーさんって……意外と怖がりですよね……。」

 

「うっ……いや、そうじゃなくて……」

 

「えぇ……分かっています。でも、心配しないで下さい……。信じて下さい、私のことを……。」

 

「……うん。」

 

 その言い方は狡い。そう思った。

 

 

 

「……私の姿をした『彼女』がある日、私の目の前に現れました……。」

 

 両手で大きな岩を触りながら、彼女は語り始めた。

 

「彼女は、私に"見つけて"と言いました……。でも、私にはどうすることも出来ない……。それが分かったのか、彼女は"私のトレーナーさんの所に行く"と言い出したんです……。」

 

「勘、と言うのでしょうか……私は……彼女が『トレーナーさんに見える』ようになれると、何となく分かったんです……」

 

 カフェが岩に体重を乗せて押し始める。

 

「だから……私は、トレーナーさんに言いました……『何かが、私の姿をして出るかもしれない』と……。」

 

「危険だと思いました……。前例もありましたし……もし、トレーナーさんに万が一があればと考えると……」

 

 少しずつ、少しずつ、岩が動く。

 

「でも……路地裏の前で彼女を見た時……私は、確信したんです……。」

 

 岩を押すカフェに息切れしている様子や疲れている様子は無い。淡々と語れる余裕を残して彼女は手のひらに力を込める。

 

「……『首の無い彼女』……"見つけて"という言葉……」

 

 岩が動き、下に何かが見える。一途に岩を見つめているカフェには見えない、何か。

 

 

 

「彼女は……助けを求めていたんです……。」

 

 ぐいっと、カフェが岩を押す。

 

 そこにあったのはーー

 

 

 

「カフェ!」

 

 考えるよりも早く身体が動いていた。

 

 岩を押し切った彼女を後ろから抱き寄せ、空いた手で彼女の目を塞ぐ。それから俺は、『見つけてしまったもの』を見て、小刻みに呼吸を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 はぁっ    何で

 

 見つけた   はぁっ

 

はぁっ  あった  見られた?

 

 はぁっ  はぁっ  カフェ

 

はぁっ   ……ーナーさん

 

はぁっ  はぁっ  はぁっ

 

 はぁっ  はあっ  はぁっ

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさんっ!」

 

「……!」

 

「……手、震えてますよ……。」

 

 彼女のその言葉で、自分の手ががたがたと震えていることに気が付いた。過呼吸も止まり、だんだんと落ち着いていく。

 

「……平気ですよ……頭蓋骨ぐらい……。」

 

 カフェが呟いたその言葉を聞いて、俺は黙って手を下ろした。

 

 岩の下にあったのは、一つの頭蓋骨。誰のものかなんて分かるはずもない。それでも……

 

 

 

 

『アリガトウ』

 

 首の無い少女は確かにそう呟いた。

 

 呟いた気がした。

 

 

────────────────

 

 

「埋めましょう……。」

 

 カフェの提案で、発見された頭蓋骨をどこか綺麗な場所に埋葬することになった。

 

「彼女の願いは……『墓を作ること』、『誰にも言わないこと』です……。」

 

 首の無い少女の願い通り、このことは警察にも伝えないことにした。真実は、頭蓋骨と共にここに埋める。語りもしない、三人の秘密だ。

 

 日が暮れるまで穴を掘り、丁寧に頭蓋骨を埋めた後は軽く手を叩いてお辞儀をする。手に付いた土が煙になって、そこに吸い込まれるように沈んでいく。そんな光景を不思議に思いながら、俺たちは錆び付いたトンネルに向かって歩き出した。

 

 途中、なんとなく後ろを振り向いてみると、カフェの姿では無い誰かが深々とお辞儀をしていた。一度瞬きをするとそれは消えてしまい、代わりに冷たい風が哀愁を感じさせるように吹いた。カフェは一度も振り向かなかった。

 

「あの……先程はありがとうございました……。」

 

「え?」

 

 二人分の足音がかんかんと響くトンネルを抜けた直後、前を歩く彼女が口を開いた。

 

「……本当は、怖かったんです……頭蓋骨……。でも、トレーナーさんの手が震えているのを見て……ちょっと冷静になって……それで、強がってしまいました……。」

 

「……いや、逆に安心した。慣れていいはずが無いんだよ、カフェみたいな歳の子がさ。」

 

「年寄りのようなことを言いますね……。」

 

「年寄りというか、まぁ、トレーナーとしての気持ちというか……親心というか。」

 

「親心……?」

 

「……そんな感じだ。」

 

 親心。同意するように返答を返したが、その言葉に妙に考えさせられた。

 

 彼女と出会い、見えない存在を知り、登山をしたり彼女に守られたりレースに魅せられたりと、彼女の存在は間違いなく自分の人生に鮮やかな色をつけてくれた。それゆえ、俺は彼女のことを大切な教え子だと思うと同時に、自分でもよく分からない特別な感情を彼女に抱いている。

 

 しかし、それを『親心』と表現されるのはどうも腑に落ちない。俺が持つ感情は確かに親と子のそれに近いのかも知れないが、俺がカフェを自分の子のように思うなど図々しいにも程があるし、出過ぎた真似だと自分で自分を殴るのも不思議ではない。

 

 俺たちはあくまで『トレーナーとウマ娘』だ。でも、自分の気持ちに嘘はつけない。急に契約解除を告げられたら号泣するぐらいには、俺は『トレーナーとウマ娘』という関係を逸脱した感情を彼女に持ってしまっている。それで、少しだけ自己嫌悪に陥ってしまった。

 

 まぁどちらにせよ彼女が嫌がっていないのなら別に良いやと脳内会議は勝手に解散。気持ちを切り替えて、俺は彼女が持つ雑貨店の袋の中身について尋ねようとした。

 

「そういえば、あの雑貨店で何を買ったんだ?」

 

「……秘密、です……。」

 

「一個だけヒント!」

 

「秘密です……。」

 

 どう足掻いても秘密らしい。しかし、クリスマスがじりじりと迫る今日という日に、この反応。これは……

 

(……彼氏へのプレゼント!)

 

 まさか自分の教え子に彼氏がいるなんて。普段は見かけたカップル全てに平等に憎しみの視線を向ける俺だが、親しい仲の者ともなれば話は別だ。興味は尽きないが、根掘り葉掘り聞くのも無粋だしそこで話はやめようと思った。

 

 その時だった。

 

「きゃっ……!?」

 

 路地裏を出る寸前、カフェが何も無い場所で前のめりに転んだ。まるで誰かに押されたように、急にだ。

 

「大丈夫か!」

 

「は、はい……大丈夫です。急に、お友達に押されて……でも、お友達が支えてくれたので、平気です……。」

 

「マジか」

 

 カフェを押した者の正体は、彼女にしか見えない『お友達』だった。そして倒れたカフェを支えたのもまた『お友達』だった。これはどういうことだろうか。もしや俺を襲うための陽動作戦か。

 

(っ!プレゼントが……)

 

 彼女が両手を開いて倒れたことで、地面に落ちている雑貨店の袋からプレゼントが出てしまっている。思わぬ出来事で露わになってしまったプレゼントの内容に、俺は固まってしまった。

 

「──!」

 

 俺がプレゼントを凝視していたことに気付いたのか、カフェは目にも止まらぬ速さで落ちていたプレゼントを拾い、手に持つ雑貨店の袋に荒っぽく押し込んでしまった。すると、あまりにもがさつに入れてしまったのが駄目だったのか、袋の底がどごぉんと大きな音を立てて破れてしまい、小さなプレゼントの箱がゆっくりと落下していった。

 

 ふわっと、音も無くプレゼントが地面に着地した。着地したというよりも、その箱は地面から数ミリメートル程度浮いていた。

 

「……プレゼントに、傷は?」

 

「……このように、お友達が二回とも受け止めてくれたので……平気です……。」

 

 お友達すごい。そんなことを呑気に思いながら、空気がだんだん気まずい方向へ流れていくのを肌で感じる。とうとう俺は我慢の限界に達し、口を開いた。

 

「……プレゼントって、俺と一緒に選んでくれたマグカップだったんだね。」

 

「……トレーナー、さん……。」

 

「ど、どうした。」

 

 カフェがぷるぷると震えながら、俯かせていた顔をゆっくりと上げる。彼女の頬は紅潮していて、まるで林檎のように真っ赤だった。

 

「それ……誰にあげるつもりなんですか……。」

 

「えっ。俺のは、えーっと……」

 

 彼女が俺の手に握られた雑貨店の袋を指さして言った。まずい。どうにかして誤魔化さなければ、サプライズが台無しになってしまう。

 

「えーっと……」

 

 しかし現実は非情である。俺の頭は真っ白になってしまい、どんな嘘をでっち上げればいいのかなんて全く思い浮かばない。そうして脳をあたふたさせている間に、彼女が再び口を開いた。

 

「トレーナーさん……。誤魔化そうとしないでください……。誰に……あげるんですか……。目の前に……その人はいるんじゃないんですか……?」

 

「……もしかしてバレてる?」

 

「……バレバレ、です……。」

 

「えーっと、いつから分かってた?」

 

「アナタが……『プレゼントを貰うとしたら何が良いか』と聞いてきた時からです……。」

 

「……まいったな。」

 

 やっぱり隠し事は苦手だ。そう思い、白いため息を吐いて、袋から小さなマグカップの箱を取り出した。彼女も、足元に浮いたままの小さな箱を、軽くしゃがんでから拾った。

 

「そう言う君は」

 

「……分かってるんでしょう……。」

 

「彼氏、だろ?」

 

「バカですかアナタ……?」

 

「えっ。」

 

「鈍感ですね……。アナタに決まってるじゃないですか……。」

 

 そうだったのかと、俺が驚いた顔をして見せる。彼女はじっと俺の目を見つめていた。

 

 路地裏を背中に街路を見れば、忙しなく歩く人々は時々こちらをちらりと見る。さらにその人々を背景に、黒い髪を靡かせた彼女が何かを期待している目でこちらを見ている。頬は赤く染めたまま、俺の様子を伺っている姿に少しだけ胸の鼓動が速くなる。

 

 仕方無しと、俺は腹を括って言った。

 

「……ちょっと早いけど、これ。」

 

「私も……です……。」

 

 俺たちは同じ大きさの、同じ色のマグカップを、同じタイミングで交換したのだった。

 

 それって、何か意味はあるのだろうか。

 

「ありがとうございます……。」

 

 ある。彼女は笑ってマグカップを受け取ってくれた。釣られて俺も照れながら笑えば、そこに意味は確かに存在した。

 

「……ペアルック、ですね……。」

 

 黄金色の瞳に吸い込まれるように。

 

 その時、俺は彼女が言った『親心』とは全く別物の違う、持ってはいけない『何か』を持ってしまったのかもしれない。

 

 だって仕方ない。彼女は本当に嬉しそうに笑ってくれるのだ。俺が彼女と同い年だったら絶対に惚れてる。惚れるに決まっている、こんな顔をされて。

 

 

 

 だから、それは決して表には出さない。墓まで持っていく、胸が熱くなるような感情。

 

 惨めに仕舞っておきたい。

 

 

 

「………」

 

 カフェが一変して驚愕の表情を浮かべる。

 

 後ろを見れば、路地裏は跡形も無く消え去っていた。

 

 

────────────────

 

 

「じゃあな。」

 

「いえ……。今日は曲がりません……。」

 

「あれ?家、そっちじゃないのか?」

 

「こっちに、用事がありますので……。」

 

 夕暮れが一層深みを増してきた頃。俺たちはあの路地裏での出来事や、今後の練習メニューのことなどについて話しながら帰り道を歩いた。途中、いつもなら彼女が曲がるはずの分かれ道で、カフェは俺についてきた。

 

「……本当、今日は色々あったな。」

 

「はい……。」

 

 お互いに疲れ気味の声を出した。色々あったとはいえ、これで例の件も万事解決である。

 

 頭蓋骨を埋めた時に付いた土は未だ手にこべりついたままでいる。それでも構わないと言うように、俺と彼女は同じくらい汚れた手と手で握り合っていた。恥ずかしくなんか無いのは、やはり俺が彼女に特別な感情を抱いているということの証明なのかも知れない。

 

 ……いや。今分かった。俺は彼女のことを歳の離れた妹みたいに思っていたのだ。そう考えると、何だか胸の奥がすっきりとした。

 

「寒いな。」

 

「そうですね……。早く温まりたいです。」

 

 肌寒く薄暗い冬を、彼女と黙って歩く。全く同じマグカップを交換したことは、きっと時々思い返しては笑えるような思い出話になるのだろう。そんなことを考えていると、何だかコーヒーを飲みたくなってしまった。

 

「……こっちに用事があるんだったらさ。ちょっとウチに寄って、コーヒー飲む?」

 

「……はい!トレーナーさんのコーヒー、飲みたいです……。せっかくマグカップも買ったことですし……。」

 

「よし。最高級を振る舞ってあげよう。インスタントだけど。」

 

 決して下心は無い。ただ温まって欲しかっただけであり、そこに他意は無いはずだ。彼女が寒そうにしていた所に付け込んだ訳では無いが、とにかく俺はカフェに持家でコーヒーを振る舞うことになった。

 

 歯がかちかちと震える程に寒いのは俺も彼女も同じで、合図も無しに早歩きで急ぐ。見慣れた建物が見えれば、心から安心したようにまた一つ白い息を吐いた。

 

 俺は口を開いた。

 

「まぁ、今日のあの『何か』は、前と違って全然悪い類いの奴じゃなかった。良かったよな、うん。ちょっと怖かったけれど。」

 

「……そうですね。」

 

「朝には、わざわざ俺の朝ご飯も作ってくれたし。」

 

「………」

 

「いや、なんか。今日の朝に目が覚めたらカフェが居てさ。鍵は閉めてたのに何でだろうなぁって、滅茶苦茶びっくりしたんだよね。良い眠気覚ましになったよ。」

 

「それ、私ですよ……。」

 

「え?そうだったのか。へぇ〜……」

 

 

 

 

「え?」

 

「洋風の方が良いと言った感じの反応だったので、明日はオムレツです……」

 

「何の話?」

 

 度重なる疲れで俺の耳はいかれてしまったのだろうか。彼女が放つ言葉の一つ一つが、それぞれ理解の出来ない言葉となって俺の頭を殴ってくる。

 

「……はは。冗談が上手くなったみたいだな。」

 

「冗談じゃありません……。」

 

 彼女が冗談では無いと言うならば、それは冗談では無いに違いない。なので、余計に混乱と恐怖に身を包まれた。

 

「そういえば用事って何?」

 

「トレーナーさんの家に泊まることです……。」

 

「はぁっ!?」

 

「許可はいただいているので……よろしくお願いしますね……。」

 

「俺は許可してないんだけど!?」

 

 一体誰に許可を貰ったのか。真相は謎のままだが、どうやら彼女は本気で泊まるつもりのようだった。それも教師の、しかも成人男性の住んでいるむさ苦しい1LDKに。

 

 貞操観念のまるでない彼女に対して思わず声を荒げた頃には、俺たちはとっくにアパートの前に到着していた。ガチャっと音のした方向に視線を向ければ、鍵を閉めていたはずの俺の部屋のドアが勝手に一人で開いている。

 

「お友達が開けてくれました……。ここで話し続けると体が冷えますし、中へ入りましょう……。」

 

「………」

 

「……トレーナーさん……。『どうして?』……という顔をしていますね……。」

 

 彼女は純粋無垢な子供のように、楽しそうに言う。絶句している俺は今、どんな顔をしているのだろうか。

 

 

 

「……何で?」

 

 恐る恐る口を開く。彼女は言った。

 

 

 

「……先程……私に抱く感情について、それは親心なのかと聞いた時……アナタは『そうかもな』と言いましたよね……。」

 

「……違うんです……駄目なんです……。トレーナーさんは、私に依存をしなければいけないんです……。私に関わったアナタを助けられるのは、私だけ……私のことを心から理解してくれたのは……アナタだけ……。」

 

「私はとっくに……アナタに依存しているんです。だから、アナタも私に依存して欲しい……。振り向かせて見せますよ……トレーナーさん。アナタには、もう『親心』だなんて言わせません……。」

 

 にっこりと魅力的な笑みを浮かべながら、彼女は恐ろしいことを言ってくる。それはまるで、あの世の『何か』が俺を引き摺り込もうとしているかの様に思えてしまって。

 

 

 

 俺は言った。

 

「……"()()()()()()()()"」

 

「これから二人で決めましょう……トレーナーさん。」

 

 黄金色の瞳に吸い込まれるように。そして誘われるように。この先、俺は彼女に魅了されてしまうのかも知れない。

 

 それはまた、別の話。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。