神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第12話 山籠もり

「鹿野苑は人命に関わる怪異のみを討伐する方針のようです」

 

 エレンスゲを通して知らされた情報を一葉が皆に説明する。

 地元京都のガーデン、怪異退治の専門家である鹿野苑高等女学園は宇治の橋姫を積極的に討つ気は無いらしい。

 

「無論、宇治橋は監視するそうですが。今のところは大きな脅威になる可能性は低いと見ているとか」

「確かに、街で出会った時は悪意が感じられませんでした」

 

 千香瑠がキッチンに立って洗い物をしながら一葉の言に頷いた。

 

「何よ、わざわざ橋まで行って大立ち回りしたのに。無駄骨じゃないの」

「それはどうかしら。私たちと戦った結果、満足したとも考えられるし……」

 

 今度はダイニングの椅子の上で口を尖らせる恋花に対しフォローする千香瑠。

 ちなみにこのヘルヴォル臨時拠点のキッチンは、ダイニングと対面するオープン型のキッチンだった。

 

「根本的な問題は、やっぱりガーデン間の情報共有にあると思う」

「そうそう、それなのよねえ。あたしら京都(こっち)じゃ完全に外様なんだし。出たとこ勝負じゃ空振りもするって」

 

 恋花の隣に座る瑤が指摘する。

 すると六人掛けのダイニングテーブルを囲んで会議が活発になっていく。

 

「エレンスゲは鹿野苑とは関係が悪くないのですが、逆に特別良いわけでもない。と言うよりも、関係が無いと言った方が適切でしょうか」

「まあ、今更じっくり仲を深めるのも難しいしね。あっちはあっちで忙しくて暇が無いだろうし。てか、忙しいからあたしたちが来たんだし」

「関東横断風紀委員会の会合によって関東地方のガーデンは連携が強化されてきましたが、地方を跨いでの連携についてはまだ課題が残りますね。こればかりは一朝一夕でどうにかできるものではありません」

 

 一葉が述べたように、ガーデン間の協力体制は必ずしも万全とは言えない部分がある。強引な外征がしばしば批判されてきたエレンスゲなら尚更だ。

 現場レベルでの連携に関しては、作戦に従事するリリィ個々の人間関係に依るところが少なくない。

 

「あーあ、鹿野苑の子たちと一緒になる機会があったら、ちょっとは違うんだけど」

「恋花だったら、すぐに仲良くなっちゃうね。ガーデンは案外そういう顔の繋がりが大事」

 

 付き合いが長いだけあって、瑤は恋花の横の繋がりをよく知っていた。

 

「ともかく現状で可能なことを実行していきましょう。差し当たっては、特訓で私自身の力を高めるのです」

「んー、ちへど吐くのー?」

 

 食後のたい焼きを頬張っていた藍が尋ねた。

 すると一葉は言葉で肯定こそしなかったものの、深い笑みを浮かべてみせた。

 

「以前にも少しお話ししましたが。怪異に対抗し得る力を身に付けるため、ヘルヴォルは山籠もりを敢行します!」

 

 テーブルの上に両手をついて、一葉が堂々宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車とバスを乗り継いで、途中からは自らの足で、ヘルヴォルは緑あふれる山林の中を進んでいた。

 ここは京都府北西部。兵庫との県境に近い山間の地。

 

「大江山……。初めて来たけど、悪くない所だね」

 

 殿として最後尾を歩く瑤がそう言った。

 だが瑤の前を行く恋花にしてみれば、同意はし難い。

 

「冗談でしょ、真夏に山登りとか」

「山登りじゃなくて山籠もり」

「もっと悪いわ! も~、こんな何も無い所で……」

 

 チャームを構えつつ、周囲を警戒しつつもブーたれていると、前の方を歩いている一葉がフォローを入れてくる。

 

「特訓には中々適した場所ですよ、ここは。麓の町や山道近くには小型のエリアディフェンス装置が設置されているので、ケイブの心配は無いですし。ヒュージ自体も滅多に出ないとか。そのお陰で中腹辺りまでの登山道は整備されいるそうです」

「へー。霊験あらたかな山って聞いたから、もっと人跡未踏な僻地だと思ってた。言われてみれば、町からもそう遠くなかったね」

「特訓中に遭難なんてしていたら、目も当てられませんから……」

 

 怪異退治のための特訓。そのための山籠もり。

 五人はチャームだけでなく、背中に大容量の背嚢を装備していた。山に泊まり込むので当然の用意である。

 

「それにしても、よく学園が特訓の許可を出したわね」

「流石に橋姫の件で慎重になったのでしょう。まさか、あのような存在が居るなんて。千香瑠様の仰ってた通り、西国は私たちの想像を超えた土地のようです」

 

 訝しむ千香瑠と、当然だと頷く一葉。

 いつものエレンスゲならすぐにでも討伐続行を命じそうなものだが。今回の外征は異例中の異例なのだ。

 

「肝心の特訓内容ですが、千香瑠様監修の下で決定しました。楽しみにしておいてください!」

「え、何か怖いんだけど」

「取りあえずは、滝行ですね!」

「えぇ……」

 

 それから道中何事もなく山の中を歩き続けた。

 周りの緑が徐々に色を濃くしていく。広大なブナの原生林だ。

 一行は山の中腹に辿り着いていた。

 そんな中、細い山道から開けた空間へと出た。そこがヘルヴォルの目的地である。

 

「こんな所にお家があるよ?」

「あれは山小屋だよ、藍。登山者が休憩する所。私たちはここに寝泊まりするんだ」

 

 先頭の藍が声を上げると、その疑問に一葉が答えた。

 中腹には木組みの建物が二つ建っていた。新築同然、とは流石に言い難いが、雨風を凌ぐ分には問題無さそうに見える。

 あらかじめ山小屋を管理する市から使用許可を取っていた。ヒュージの危険は少ないとはいえ、今の御時世、中腹まで観光に来る一般人はほとんど居ないらしい。そういうわけで、許可は割とあっさり下りた。

 

「今日のところは荷解きと周辺の確認、夕食の準備に取り掛かり、特訓は明日の早朝から始めましょう」

 

 一葉の指示によってヘルヴォルの強化合宿……ではなく山籠もりが始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その山小屋はかつては休憩所のみならず、登山客相手の食堂としても機能していたようだ。物資を搬入する車道の方が整備されなくなったため、今では営業していない。だが寝泊まりするのには十分な物件だった。

 中は埃だらけだが、掃除すれば問題ないレベル。屋根が抜け落ちたり床板に穴が開いたりということも無さそうだった。

 当然食材は残ってないので、持ち込みだ。そのための重装備なのだから。それが尽きれば麓の町まで買い出しに行くか、自然の恵みを現地調達することになるだろう。

 そういった諸々の準備を済ませていると、すっかり日が落ちていた。

 

「一葉と藍は、お風呂に行ったね?」

 

 恋花は自身に割り当てられた部屋に瑤と千香瑠を招き、ベッドにどっかりと腰掛けて二人と向かい合う。

 お風呂と言ってもガスは無いので、底に鉄板を敷いた大きな木桶で作った即席の五右衛門風呂である。

 

「一葉と気まずいわー……」

 

 直球で本題に入る。

 椅子に座る二人は最初こそ無言で瞬きしていたが、すぐに話を理解したようだ。

 

「そんな風には見えなかったけど」

「いや、皆と居る時は別に普通なんだよ。でも二人きりになると、微妙にぎこちないと言うか何と言うか……」

 

 顔に疑問符を浮かべる千香瑠に、恋花が切実に訴える。

 だが実際、一見するとレギオンのリーダーとして卒なくこなしているように見えた。あの一年生の隊長は器用なのか不器用なのか、時々分からなくなる。

 

「やっぱり、宇治橋で恋花にしたこと気にしてるんだ」

「そうなのよねえ。もういいって言ったのに。どうしたもんかねえ」

 

 個人的な感情を抜きにしても、これは大きな問題だった。隊長と隊のムードメイカーがぎこちないというのは、レギオン全体にとっての懸念と言える。

 

「この特訓の間にどうにかするしかないね」

「うん。それで、何かいい方法思い付かない?」

「思い付かない」

「おいっ」

「逆に聞くけど、恋花は私がこの手の話に造詣が深いと思う?」

「思わないけどさぁ! 胸を張って言うんじゃないよ!」

 

 恋花が瑤に突っ込むと、それを見ていた千香瑠がくすくすと笑い出す。

 

「ふふっ、ふふふふ。恋花さんも、この手の話で悩むことがあるのね」

「んもーっ、皆もっと真剣に考えてよね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大江山は単一の山ではなく、幾つもの山々によって構成された連山である。三つの市町村に跨るほど広大で、峰の高さは山によってまちまちだ。

 そんな山々の中に滝がある。山道からそれほど離れておらず、見つけるのに苦労はしなかった。落差は約25メートル。切り立った大岩に囲まれた険しい滝である。

 朝早くからヘルヴォルの五人は滝の麓にある岩場の上に立ち、落水によって水飛沫を上げる滝の様子を眺めていた。

 

「怪異を祓う巫女の修業はリリィと似通った部分があります。マギ操作の訓練が近いでしょうか」

 

 千香瑠の監修による怪異退治の修業。それは至ってシンプルであり、ある意味ありきたりなものだった。

 

「まず皆さんには滝行を行なってもらいます。これは精神修養の面が大きいわ」

 

 そう言って千香瑠が落水先へ入るよう促してくる。

 

「ほ、本当にやるんだ……」

「恋花、諦めな」

「夏だからまだいいけどさあ」

「冬でもやりそうだけどね」

 

 愕然とする恋花と、達観した態度の瑤。

 なお今のヘルヴォルは制服姿ではなく、白色・半袖の訓練着を身に付けている。濡れても構わない格好というわけだ。流石に緑に囲まれた山奥で水着を着たりはしなかった。

 

「始める前にこんなことを言うのも何だけど――――」

 

 千香瑠の声、先程よりもトーンが落ちている。

 

「修行したからといって、必ず怪異を討てる力が身に付くとは限らないの。本来なら幼い頃から積み重ねていくものだから。でもこれしか思い付かなくて。ごめんなさい……」

 

 影の差した表情で詫びてくる。

 姉のように母のように皆を包み込み、しかし時には妹のように心配を掛ける千香瑠にこんな顔をさせて、それでも発展性の無い悲観論を吐き続けるほど恋花は人間が出来てはいなかった。

 

「しょうがない。避暑代わりに一丁やっちゃいますか!」

 

 踏ん切りをつけて水の中に足を沈める。そのまま水の落下点を目指して少しの距離を歩いていく。

 滝壺は大した面積は無く、膝上が浸かる程度に浅かった。滝行に集中するのならこのぐらいがちょうど良いだろう。

 

「あっははっ! 気持ちいいー!」

 

 水に入った途端、バシャバシャとはしゃぎ回る藍。滝の下に着いて勢いよく流水をかぶっては、また楽しそうに笑う。

 

「藍! 修行なんだから、もっと無心に! ……いや、これもある意味無心なのかな?」

 

 一葉が藍を叱りつつ自らも滝の下へ入っていく。

 そうして五人全員が揃うと、多少窮屈に感じるぐらいであった。

 無論、ただ滝に打たれるだけが滝行ではない。深呼吸をして両手で合掌し、へその下あたりで組んだ両手を上下に激しく振る。雑念を取り払う精神統一法の一種だ。

 これを強烈な水流を浴びながらやるのだから、中々ハードである。それも、水分補給を交えつつ三時間。リリィでなければ間違いなく低体温症で倒れているだろう。

 ちなみに本来の滝行で水に打たれるのはせいぜい十分程度である。

 

(これは、何? 苦行? 拷問?)

 

 冷水に肌を刺され続けて感覚が麻痺しかける中、恋花はこの理不尽に対する疑念を頭の中で堂々巡りさせていた。

 踏ん切りをつけたその勢いで最初の方は乗りきったものの、実際ずっと継続するのは辛いものがある。体力的に、ではなく精神的に。徒労ではないのか、という思いがどうしても拭いきれないのだ。

 修行を考案する前、一葉と千香瑠は鹿野苑にコンタクトを取って相談に乗ってもらったらしい。それによると、向こうのリリィたちも似たような修行法を採っているのだとか。

 何より、皆が千香瑠のことを信頼している。故に一見すると徒労のような行為でも、歯を食い縛って続けられるのだった。

 

(それはそれとして、やっぱりきっついわー)

 

 真夏で着ているものがすぐ乾くのは幸いである。濡れた長い髪を顔に貼り付けながら、恋花はつくづくそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滝壺から山小屋に帰還した後、夕刻から夜にかけて実施された修行は、人によっては滝行より厳しいものがあった。

 五人全員横並びで小屋内の床板の上に正座。その上で何かしらの書物を読む修行なのだが。

 

「房総半島解放戦、幕張奪還戦、大磯海底谷ネスト攻略戦。以上の戦闘詳報を読み込みましょう」

 

 昼間の疲労も何のそのと、意気揚々とした一葉が紙の山をドサッと下ろした。A4用紙に文字がぎっしり詰められたその光景は、遠目から見ただけで目眩がしてくる。

 だがそれでも、修行とあらば皆で臨む。

 

「何だか有名どころばかり。一葉ならこれ全部に目を通してるんじゃない?」

「はい、そうですね。勿論それ以外にも用意してあります。新佐世保港防衛戦、下関要塞防衛戦、淡路島解放作戦等。これらは明日の夜にします」

「……よくそんなに持ってこれたね」

 

 瑤が色んな意味で感心する一方、げんなりと目を細める者も居た。藍だ。

 

「何でぇ、学校じゃないのに勉強しなくちゃいけないの?」

「修行だからね。あと、終わるまでは一言も喋っちゃいけないからね」

 

 一葉が説明した通り、読み込みは黙々と行われた。

 戦史や戦術の研究は恋花も得意とするところだが、じっと正座してやるというのは苦行と呼んで余りある。

 硬い床の上、痺れる両脚、息詰まる沈黙。

 慣れぬ空間から解放されたのは、入浴の時間が訪れてからのことだった。

 

 風呂場は屋外に設置されている。山小屋の裏手に、倉庫の中で埃をかぶっていたカーテンで囲いを作った手製の浴場である。

 体の凝りをほぐしながら、恋花は一人で浴場の中にやって来た。

 明日の予定は早朝から滝行、午後からチャームを用いた訓練、そして最後にまた戦闘詳報の読み込みとなっていた。

 

(問題はいつまでこれを続けられるのかってことよねえ)

 

 ガーデンから指示が下れば、山を下りて怪異なりヒュージなりを倒しに行かなければならない。そうでなくとも、この山で戦闘が発生する可能性が無いとも限らない。

 いざその時、自分たちは戦えるところにまで至っているのだろうか。

 服を脱ぐ手を止めてぼんやりとそんなことを考える。

 なので浴場を囲むカーテンの布が開かれた時、恋花はすぐには反応できなかった。少しの間、入り口で固まっている一葉と無言で見つめ合う。

 

「……す、すみませんっ! お先にどうぞ!」

「ちょっと待って!」

 

 慌てて去ろうとする一葉を反射的に呼び止める。

 

「どうせなら一緒に入ればいいじゃん」

 

(何を言ってんだ! あたしは!)

 

 恋花は口に出した直後に内心で焦る。

 しかし出してしまったものは仕方がない。

 

「で、ですが」

「何よ、藍とは入れてあたしとは入れないって?」

「いえ…………分かりました。ご一緒させて頂きます」

 

 そうして囲いの布が閉じる。

 二人して風呂桶の前に立ったはいいものの、そこから先が続かない。お互いに黙りこくり、入浴の準備も進まなかった。

 桶の真下で薪がパチパチと火の粉を上げて燃える音だけが浴場に響く。

 このままでは何も解決しない。そう思った恋花は腹を決めて一歩前に踏み出す。

 

「分かった、じゃあこうしよう。一葉も太もも触らせなさい」

 

 言われた方は一瞬だけポカンと口を開けていた。

 

「何を言い出すんですか! おかしいですよ恋花様!」

「おかしいのはあんたも一緒じゃい! 気まずいったらないのよ!」

 

 浴場の中にもカーテンで仕切りが設けられているので、別々に着替えることも可能だった。だが恋花は今ここで、目の前でスカートを脱ぐよう一葉に迫る。

 

「それで()()()()。そうでもしなきゃ、あんた納得しないでしょ。変なところで頑固なんだから」

「そんなことしても納得できませんよ!」

「ああ~、もうっ! めんどくさいなあ!」

 

 これまでのモヤモヤを晴らすかのような勢いで、恋花は一葉に飛び掛かる。

 

「太ももで手打ちにしてあげようって言ってんだから、有り難く呑みなさい!」

「嫌です!」

「このっ、強情っぱり! 意地を張るんじゃないわよ!」

「そういう問題じゃありません!」

 

 一葉の下半身を狙って組み付く恋花。彼女の両手を掴んで抵抗する一葉。

 狭い空間で揉み合っていたものだから、バランスを崩して二人とも倒れてしまう。

 一葉が尻もちを付いた一方、恋花は前のめりに地面へ突っ伏した。

 顔を上げた瞬間、恋花の目前に広がっていたのは一葉のスカートの中だった。

 

「あっ……」

「……なっ!?」

 

 一葉は慌ててスカートを押さえて立ち上がった。

 エレンスゲのリリィは基本的に自室のユニットバスを使う。また一葉は部屋に洗濯物を放り投げておくような性格ではない。そのため恋花はこれまで一葉の下着をまじまじと見たことがなかった。

 服に付いた土を手で払い、恋花もゆっくりと立ち上がる。そしておもむろに口を開ける。

 

「う~~~ん、65点」

「はっ? えっ、あの、何がですか?」

「いやー、安心したよ。もしも男物のトランクスでも穿いてたら、どうしようかと思ってたから」

 

 ニヤニヤと笑みを溢す恋花を見て、一葉の頬が赤く染まっていく。

 

「一葉も案外可愛いもの穿いてるんだねえ。うぷぷっ」

 

 少し前までの強張った空気を忘れて恋花は笑う。

 

「でもまあこれに驕ることなく、普段着の方もお洒落に気を遣って頑張ってくれたまえ」

 

 満足げに一人うんうんと頷く。

 暫く赤くなって俯いていた一葉だが、不意にその目線を恋花へ向けた。

 

「私が65点なら、恋花様はさぞ可愛いらしいお召し物を穿いているのですね」

「……んん?」

 

 不穏に気付いた時には遅かった。

 

「恋花様のも見せてください!」

「ちょっ」

 

 自分よりも肩幅の広い一葉に両肩をがっちり掴まれて、迫真の表情で迫られる。

 背後は囲いの布。退路は無い。

 

「見せてください!」

「おちっ、落ち着きなって!」

「私だけ不公平です! 恋花様!」

 

 じゃあさっき言った通り太もも触らせろ、と返す余裕が恋花には無かった。むしろ今の一葉には()()()となりかねない。

 狭い浴場で大騒ぎしていると、異変を察知したのか囲いの入り口が勢いよく開かれた。ヘルヴォル残りの三人だ。

 恋花は簡潔明瞭に事情を説明するものの――――

 

「恋花が悪い」

「これは、恋花さんが悪いわね」

 

 瑤と千香瑠にばっさりと斬り捨てられてしまう。

 

「ねえ、もう一度お風呂入るの? らん、もう眠たいよ」

「そうだね、もう寝よっか」

 

 寝惚け眼の藍が欠伸をすると、瑤はそちらに向き直り頭を撫でてあやす。どうやら本当に助けるつもりは無いらしい。

 

「恋花様、見せてください! 恋花様!」

「一葉ちゃんも恋花さんも、夜遅くならないようほどほどにね?」

「教育に悪いから藍は見ちゃ駄目」

「ん~、むにゃむにゃ……」

「恋花様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これも橋姫の仕業かっ!!!!!」

 

 恋花の叫びが夜の山に轟く。

 

 これ以降、二人はようやく元の空気を取り戻すのだった。

 

 

 

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