神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第22話 閑話 市ヶ谷にて

 薄暗い大部屋の中、壁一杯に達しようかという立体画像(ホログラフ)が浮き上がる。

 それは日本列島と日本周辺の地図だった。地図上のあちこちには青と赤の光点が対峙するかのように表示されている。

 

「――――以上のように、一時は沈静化したヒュージの活動に再び活発化の兆しが見られます。現状ほとんどの地域では群れ単位の攻勢にまで至っておりませんが、少なくとも北関東においては注意を厳とすべきかと」

 

 陸上防衛軍大佐、石川精衛がそう説明を締め括ると、部屋の照明が灯って大部屋に明るさが戻ってきた。対照的に、ホログラフの地図は若干見え難くなってしまったが。

 

 ここは市ヶ谷、防衛省本省。地下三階に設けられた作戦会議室の一つである。

 

「怪奇現象に続いて、またヒュージ。元に戻っただけとも言えるが……」

「その怪奇現象とやらも、一部のガーデンが鎮圧に乗り出しているようだが。上がってくるのは雲を掴むような話ばかり。彼らの秘密主義にも困ったものだ」

 

 部屋の中央、長机を複数組み合わせただけの簡素な会議場。集ったのは陸・海・空の三軍から佐官と将官が合わせて十二人。言うまでもないが、三軍それぞれ四人ずつとバランスを取っている。

 

「全体方針として、我々はこれまでヒュージの停滞に対して警戒に徹していました。敵がいつ動き出そうとも、対応できるものと思います」

「大佐、ちょっと待ってくれないか」

 

 会議の場に、精衛の弁を止める者が居た。

 それまで発言していた精衛自身は勿論、他の将校たちも皆そちらに注目する。

 空軍の軍服に煌びやかな勲章をこれでもかと飾り立てた、痩躯の少将だった。

 

「先程の大佐の言葉には語弊がある。具体的には、警戒に徹していたという点だ」

田之上(たのがみ)少将、どのような語弊でしょうか?」

「実際には、一部のガーデンは警戒に徹していない。むしろここぞとばかりにネスト攻略に走っている。我が国の方針に反する行動であり、重大な問題だ。成功したから良いという話ではない」

「……少将もご存知の通り、ガーデンには国定守備範囲における作戦に裁量権が認められています。勝算ある攻勢は、その裁量の内かと」

 

 精衛はこの時点で田之上少将の意図に察しがついた。同時に、今回の会議が紛糾することも覚悟した。

 

「それだよ。その裁量が問題なのだ。各ガーデンの身勝手な振る舞いのせいで、我々防衛軍の戦略も支障をきたしかねない」

「仰ることは分かります。ですが――――」

「そもそも、自主に任せるに足る相手なのか? ほとんどのガーデンはチャームメイカーから後援を受けている。同時に、チャームメイカーはリリィやアーセナルの卒業後の重要な進路の一つである。従ってガーデンやそこに所属するリリィは、メイカーの犬と言っても過言ではないだろう」

 

 流石にここまで言われては、精衛も黙っているわけにはいかない。リリィの身内としての身贔屓が全く無いと言えば嘘になるが、しかしそれを差し引いても少将の言は乱暴なものに思えた。

 

「メイカーの犬……成る程、言い得て妙ですな。ならばラージ級以上が現れたらリリィを盾にし尻尾を巻く我々は、さながら『腰抜けの非国民』と言ったところでしょうか」

 

 精衛の反撃に、会議室がひりひりとした緊張感に包まれる。

 その時、上座に座る一人の将官が場の沈黙を破るかのように咳払いをした。この会議での最上位者になる海軍中将だ。

 

「双方、言葉が過ぎるぞ」

「これは申し訳ありません、閣下」

「はっ、失礼しました」

 

 中将の取り成しにより、張り詰めていた空気が少しだけ、ほんの少しだけ和らいだ。

 けれども状況は予断を許さない。その証拠に、少将は全く悪びれた様子も無く澄ました顔で再び口を開く。

 

「皆様方、『何を関係無い話を』と思われるかもしれないが。しかし関係はある。ガーデンやリリィに大量の補助金が注ぎ込まれている一方で、その分だけ我々軍が割りを食っているのだから。厳しい目を向けざるを得ない」

 

 もっともらしいことを言う。

 しかしそれはこの場で――――防衛軍の会議の場で論じるべき話ではない。至極当然だ。

 にもかかわらず少将の舌禍が制止されないのは、軍における彼の英雄としての立場と、軍の厳しい内情が関係していた。

 

「では何故、優遇されているはずのガーデンが戦力維持に汲々としているのか? 最大の要因は後方支援体制の脆弱さにある。では何故脆弱なのか? それはかつてガーデン設立黎明期、一般の工業学校の生徒をガーデンに編入させるという防衛省の案を、ガーデン側が蹴ったせいだろう」

 

 チャームをはじめとしたリリィの装備品を整備・保守する者をアーセナルと呼ぶ。アーセナルの中にはリリィも居るし、スキラー数値がリリィに至らないマディックも居る。それらに共通しているのはガーデンに属するという点、即ち女学生という点であった。

 

「工業学校生ということは、ほとんどが男子学生というわけだ。当然リリィにはなれない。しかしそれだけで自分たちの学び舎に寄せ付けないというのは……。悲しいかな、いつから我が国は差別推奨国家になったのか」

 

 大仰な仕草と口調で熱弁する少将。

 防衛省が過去にそのような提案をしたのは事実であるが、しかし問題も多い案だった。ガーデンに人材を投入し過ぎることになるし、将来の技術者の卵はチャーム関連以外においても有用なのだ。

 なのでガーデン側が難色を示したところ、防衛省は大人しく引き下がっていた。文科省にろくな根回しをしていなかった辺り、最初から本気ではなかったのかもしれない。

 ところがこの「ガーデンが男子生徒の編入を拒んだ」という事実は、一部の人間のプライドを酷く傷つけてしまったらしい。

 もっとも精衛に言わせれば、それはあまりに甘ったれが過ぎる。ガーデンもリリィも、彼らの感情を慰撫してあげる()()()()ではないのだから。

 

「少将、それは邪推です。単に編入させることでのデメリットがメリットを上回ると判断されただけでしょう。そもそも、どうしてそこまで共学に拘るのですか?」

「それが社会集団として健全な姿だからだよ。組織というものは、特定の属性を持った人間ばかり集まると、思考も何もかもが硬直化して偏ってしまう。現にその弊害が出ているはずだ」

 

 さも周知の事実であるかのように語る少将だが、精衛にはその弊害とやらがすぐには浮かんでこなかった。無論、現在のガーデンが抱える問題については幾らか認識しているが、少将が言及したがっている問題とは違う気がした。

 

「現状、軍とガーデンの連携が限定的なのは、リリィたちがマギを用いない我々の装備を見下しているせいではないのか。マギを扱える自分たちを高尚な存在だと思い上がっているせいではないのか」

「一体どこからそんな話が……。少将はどこぞのリリィの口から、そのような言説を耳にしたのですか?」

「まさか、あるわけないだろう。だが言われずとも察しはつくというものだ」

 

 主張の根拠がだんだんと怪しくなってきた。

 そんな()()を共有知識の如く語られても困る。

 

「それにしても、大佐はやけにガーデンの肩を持つな。石川精衛ともあろう者が、まさか身内を贔屓しているとは考え難い」

「…………」

「ならば男である大佐がガーデンを持ち上げる理由は一つ。それは男性性の嫌悪から来るものだ」

「だっ、男性性の嫌悪!?」

 

 また訳の分からない言葉が出てきたぞ、と精衛は唖然とした。

 

「リリィを神聖視するあまり、自分を含めた男という性を無意識に蔑視しているのでは? 進歩人を気取る欧米かぶれにはありがちな現象だ。解決するには……タイにでも飛んで手術することだな」

 

 とても省の外には出せない発言。

 今の少将の様は軍の将校というよりも、扇動家と称した方がしっくりくる。

 

「弊害はまだある。ガーデンは一般社会に対して閉鎖的で排他的であるがため、特殊な文化が醸成しやすい。リリィ同士の家族ごっこや恋人ごっこがその典型だ。思春期における一過性の錯覚をプロパガンダの如く美化するというのは、いかがなものか」

 

 少将が強い口調でそう断言すると、横から彼の部下に当たる空軍大佐が口を挟む。

 

「まあまあ、少将。そのぐらい良いではありませんか。過去には神聖隊という例もありますし」

「ふんっ。ヒュージどもに、フィリッポス2世ほどの慈悲深さがあればいいがな」

 

 話は脱線に脱線を重ね続けていく。

 会議は踊るとよく言うが、地雷原の上でタップダンスは遠慮願いたい精衛であった。

 

「何にせよ、ガーデンの自主独立性は百害では納まりきらん。彼女らは自分たちだけで戦っていると勘違いしているに違いない。例えば校舎の建築、あるいはチャームに使うレアメタルの調達。それら全てを自分たちで担えるならいざ知らず。ガーデンが不可侵の聖域などと、笑止千万。やはり国防を主導すべきなのは私企業ごときではなく、国軍たる我々――――」

「いい加減にせんかッ!」

 

 海軍中将の握った拳が机を思い切り叩き、熱弁を力尽くで遮った。

 当然ながら、他の者たちは開けていた口や開きかけていた口を瞬時に閉じる。

 

「政治の場で決まったことを、蒸し返すんじゃあない! 今更論ずるべきことか! 大体、我々は軍人だぞ! 軍人の本分を果たせ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察予備隊、保安隊、自衛隊、国防軍を経て、紆余曲折の末に現在の防衛軍がある。

 国防軍時代、精衛は三佐としてリリィの部隊を率いていた。当時はガーデンの数もごく僅かで、軍の直接指揮の下に戦っていた。そんな時代である。

 

 ガーデンがその数を増やす際、防衛省は大量の現役・退役軍人を教導官としてガーデンへ送り込もうとした。「小銃を扱えるんだからチャームの教導ぐらいできるだろ」という無理筋な理屈を添えて。

 ところが精衛は実際にリリィを指揮した経験から、「できるわきゃねーだろ」と言わんばかりのレポートを上げていた。同時に「リリィを教えるのは元リリィか元マディックが適している」とも。

 時の政府はこの精衛の報告に着目し、防衛省の要求を却下した。

 精衛も、自分の意見が国政を左右したなどと自惚れたりはしない。だが結果を見れば、防衛省の大量の天下り先を潰した一助となっていた。謂わば朝敵ならぬ省敵である。

 実際、制服組はまだともかく、背広組の一部から蛇蠍の如く嫌われている自覚はあった。

 

「…………」

 

 会議の後、精衛は本省地下の長く殺風景な廊下を黙々と歩く。

 重要な扉の前に立哨が立っているが、それ以外はガランとした雰囲気の空間だった。

 精衛の脳裏に浮かぶのは、先程の少将とのやり取り。

 

(前線を知らないってわけじゃない。むしろその逆だ)

 

 田之上少将はパイロット上がりだった。若かりし頃、爆装のF-35を駆って数多のヒュージを撃破してきた。

 空中勤務時代の通算戦績、個人戦果だけでスモール級800体にミドル級150体。防衛軍において、間違いなく英雄と呼ばれるべき戦果である。綺羅星の如き勲章の数々は伊達ではないのだ。

 精衛も前線に居た頃、彼と彼の部隊には幾度となく助けられた。

 感謝した。

 尊敬さえしていた。

 

(なのにっ! それなのに……っ!)

 

 本当は分かっている。少将のあれはガス抜きなのだと。

 わざと極端な発言で馬鹿の振りをするのも、露悪的に振舞うのも、軍内部に燻るガーデンへの不満を和らげるため。()()があそこまで言ったのだから、と溜飲を下げさせるのが狙いなのだろう。

 だからこそ軍も少将の舌禍をある程度黙認しているのだ。

 精衛もそれは分かっている。分かっているのだが、やるせない。

 

(そこまでせざるを得ないほどガタガタなのか、我が軍は)

 

 あまりに危うい措置だった。対処療法に過ぎない上に、劇薬だ。

 劇薬などに頼らずに済むためには、精衛のような立場の者がリリィとの橋渡しを務めねばならない。それがまた難しい。

 拳を握った精衛の手には、己の爪が深く強く食い込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターで昇った先は地上一階。開放的なロビーに来て、精衛は僅かながら気が晴れてきた。

 ロビーの中を見渡すと、休憩用の長椅子と机にタブレット端末を開いて仕事に勤しむ者や、コーヒー片手に寛ぐ者がチラホラ映る。

 しかし巨大省庁の本省の割には人の姿が少ない。部屋に籠って仕事中か、本省の外に出てお勤め中か。

 精衛もまた、暫しの間休憩したら自身のデスクに戻らなければならない。

 

 隅の方にある長椅子に腰を下ろしていた時のことだった。廊下の向こうから見知った顔が歩いて来るのを認め、精衛は立ち上がって近付いていく。

 

(つじ)! こっちに来てたのか」

「……石川か」

 

 精衛と同じく陸軍大佐の階級章。潔く丸めた禿げ頭に丸眼鏡の男である。

 顔を和らげた精衛に対し、辻と呼ばれた大佐は眼鏡の奥の細目を向けた。鋭い目付きだが、別に睨んでいるわけではない。精衛もよく分かっている。

 

「石川、お前まだ佐官のままなのか。とっとと将に上がればいいものを」

「無茶を言うな。そっちこそ上層部に噛み付いてばかりで、前線勤務のままじゃないか」

「生憎と私はエアコンが嫌いでね」

「この、捻くれ者め」

 

 二人は防衛大学校の同期。旧軍風に称するなら「俺・貴様の間柄」「同期の桜」というやつである。

 

「ところで今日はどうした?」

「装備の増強要請だ」

「そのために、わざわざ直接……」

 

 精衛は事情を悟って目を細めた。前線部隊の指揮官が本省に乗り込んで要請する。これで悟れないはずがないだろう。

 穏便にスムーズにいかなかったのは想像に難くない。それは辻という男の性格だけではなく、防衛軍の懐事情によるものだ。

 

「まあ、期待はしていないが」

「……済まんな。前線の将兵にはいつも苦労を掛ける」

「悪いと思うなら、早く昇進することだ」

 

 精衛は対ヒュージ戦略立案の責任者であるが、大まかな戦略を考えるのが主な仕事であって、個別具体的な作戦の詳細まで差配できたりはしない。

 むしろできなくて当然だろう。それは彼の役割ではない。大勢で分担して事に当たれる点こそ、軍隊を含む官僚組織の強みと言えた。

 それでもやはり、本省勤めの人間として負い目はある。

 

「辻はいつまでこっちに居るんだ?」

「明日の正午には市ヶ谷を発つ」

「そうか、例の件か」

 

 辻大佐の部隊に出撃予定があることを精衛は覚えていた。北関東における不穏な情勢に対処するためだ。

 だから「早過ぎる」とは口にしなかった。

 そんな精衛の意を察しているのか、辻大佐は居住まいを正し改めて宣言する。

 

「我々首都防衛隊は翌16:00をもって、埼玉・群馬県境に進出する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、市ヶ谷某所の料亭。

 明日の事は明日の事として、二人の大佐は久方振りに酒を酌み交わしていた。

 

「う~っ、な~にが偏ってるだ、閉鎖的だ。娘の、葵のこと何が分かるって言うんだ」

「おい石川、飲み過ぎだぞ」

「頼まれたって教えてやらんがな!」

「そうか」

「だけど辻ぃ、お前には教えてやってもいいぞ。葵がいかに優秀なリリィか」

「いや、結構なんだが?」

「葵はなぁ、入学試験トップ合格で、生徒会直属レギオンのエースで、相模女子『妹にしたいリリィランキング』№1で――――」

「私の壮行会ではなかったのか……!?」

 

 

 




百合小説なのに今回おっさんしか出とらんぞ!
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