神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第25話 霧 三.

「ヒュージ反応増大! スモール級300、ミドル級50……まだ増えます!」

 

 群馬・埼玉県境。

 首都防衛隊隊本部がにわかに慌ただしくなる。通信事情が改善したと思ったら、施設設置式の大型ヒュージサーチャーが異常な事態を示したのだ。

 

「敵の予想進路は分かるか?」

「一部のヒュージは群馬県内の市街地へ。しかし大多数は南下を図っています」

 

 副隊長の問いに、サーチャーディスプレイの表示を睨む電子観測員が答える。

 南下。即ち埼玉県境を突破し、東京へと侵入してくる可能性があった。

 群馬内のシェルターの安全確保と埼玉方面の防衛。二つを同時に実現するには今動かなければならない。

 

「これより本隊はヒュージの侵攻を阻止すべく、敵集団に攻撃を開始する」

 

 隊長の、辻大佐の命令が下る。

 天幕内の喧騒が止む。

 

「各歩兵中隊、前進し敵を誘引。機動戦闘車中隊、右翼側面へ迂回機動。工兵中隊は事前計画通り、所定の斜面を爆破し切通(きりどおし)を封鎖、敵進路を限定せよ」

 

 命令は通信兵を通して各部隊に伝達される。

 人里離れた静謐な山林に戦火が吹き荒れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸上防衛軍の歩兵連隊には大隊が存在せず、複数の歩兵中隊によって連隊が構成されている。つまり連隊と言っても、実質はせいぜい大隊レベルの規模でしなかない。

 首都防衛隊の場合、二個連隊、六個中隊の歩兵戦力を有している。

 隊本部からの命令を受け、予備戦力とされた第6中隊を除く五個中隊が前進を開始した。

 なお本来中隊番号は連隊ごとに振られるものなのだが、部隊改編に合わせて一部の隊では変更されていた。

 

 現代の歩兵は自動車化歩兵だ。しかし戦闘においては降車して徒歩歩兵となる。

 冬に入り立てでまだまだ緑の残る山の中を、斑模様の野外戦闘服を着た集団が行く。一人一人が一定の間隔を保ち、全周に警戒の目を向けつつ、両手で黒色の小銃を構えて。

 彼らは歩兵中隊を構成する小隊の一つであった。

 

 ――――止まれ

 

 先頭に位置する兵が無言で手の平を掲げた。

 後続は歩みを止め、木の裏に身を隠したりその場で中腰に身を屈めたりする。

 一時の沈黙。

 やがて後方の空より、気の抜けるような間延びした音が響き渡る。そうかと思えば、前方に広がる木々の向こう側で爆発が巻き起こる。

 歩兵中隊隷下の迫撃砲小隊による準備砲撃だ。着弾地点、即ち部隊の進路上に敵が居る。

 幾度目かの炸裂音が鳴り終わった後、兵士たちの視界に立ち昇る黒煙が映った。

 

「10時方向! ファング種!」

 

 指揮官の吼えるような大声に、複数の視線と銃口が動く。

 枝葉が踏み潰される音、硬質な物体が擦り合うような音。それらを伴い、前方の木々の合間に銀灰色の物体が現れる。

 槍のような鋭利な四つ足で獣のように地を這うスモール級ヒュージ。スモールとは言っても、下手な熊などよりも大きい。そして脅威度と凶悪さは熊以上。

 そんなヒュージが三体、四体と続けて山林の中から出てきたところで、指揮官が新たな指示を下す。

 

84(ハチヨン)、榴弾、前へ」

 

 すると小銃より何倍も太い筒――――84mm無反動を抱えた砲手と弾薬運搬手が前に出てくる。片膝を突いた砲手が筒の口を向ける先は、言うまでもなくヒュージの先頭。

 奴らの銀灰色した金属の体には焼け焦げた跡が見られた。先程の迫撃砲弾によるものだろう。直撃ならばともかく、爆風や破片程度では仕留め切れない。

 だが群れの足並みを乱すぐらいはできたはず。

 

「てっ!」

 

 号令の下、無反動砲がその牙を剥く。大筒から白煙が吐き出され、弾頭が一直線に低空を翔ける。

 のそりのそりと未だ悠長に進軍していた先頭のヒュージが鼻っ面に一撃を受け、頭部をズタズタにされて地に膝を突いた。

 それを皮切りに、小隊の火器が一斉に火を噴く。

 乾いた発砲音を上げる多数の小銃、軽快な連射音の軽機関銃、再装填された無反動砲。

 銃声と弾幕が激しく飛び交う戦場を、ヒュージたちが駆け出した。ファング種最大の武器たる高い機動力を以って、防衛軍の前衛に襲い掛かる。

 突出したヒュージから集中砲火を浴びていった。

 無数の5.56mm弾で蜂の巣にされ、青い体液と体表の金属片を撒き散らして四つ足の怪物が息の根を止める。

 だが勢いの付いた物体はすぐには止まらない。

 

「がぁっ!?」

 

 不運な兵士の一人が、突っ込んできたヒュージの残骸に轢かれて地に伏した。

 

「敵発砲! 伏せ――――」

 

 また別の兵士は、ファング種の頭部で怪しく光る緑の光点からレーザーを撃たれ、肩を押さえて倒れ込んだ。

 負傷した者たちを健在な者たちが引き摺り下がらせ、残った者たちで弾幕を張り続ける。

 ここと同じような光景が各所で発生していた。

 少なくともこの時点では、全戦線においてヒュージの浸透を阻止できていた。相手がスモール級だけならば、歩兵科の装備でもどうにか対抗できるのだ。

 問題は、ヒュージが尽きるまで消耗に耐えられるのかという点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦線後方。砲兵大隊射撃陣地。

 木々の疎らな高台に10台もの大型トラックが鎮座していた。軍用車両の標準的な塗装色であるオリーブドラブの車体。荷台には車体に匹敵する長さの長砲身砲。霧のせいで薄らと白い空を向いたまま、10門の砲が沈黙を保ち続けている。

 

「ミドル級、判別急げよ」

 

 装輪装甲車改造の指揮通信車の中で、砲兵大隊指揮官が偵察結果を待ち侘びている。

 自走砲などの間接照準射撃には砲の()となる存在が必要不可欠だ。前進観測班やレーダー、ドローンによる空撮など、様々な情報を集約して照準を定める。

 

「偵察中隊より報告! ミドル級、テンタクル種と認む。現状、他種は確認できず」

「……よし、まずは現状の脅威を取り除く。目標、ミドル級テンタクル種A群、同B群、同C群。順次砲撃せよ」

「了解! 目標、ミドル級テンタクル種A群、同B群、同C群! 順次砲撃開始!」

 

 獲物が選定された。

 トラックのキャビン内部にて、乗員が目標の位置データ等をタブレット端末にタッチパネルで入力する。

 端末のデータに基づき、荷台で沈黙していた長砲身が重厚な駆動音と共に目を覚ます。仰角に微調整を加え、やがて位置を定めて再び静止する。

 それから一拍置いて、天を臨む10の砲口が閃いた。

 砲弾が放物線を描き、遥か前方の山林の中へと落ちていく。砲は休む間もなく照準を動かして、次なる目標に次弾を放つ。

 砲撃を何度か繰り返すと、砲身を下げて車体の上に寝かせる。息を潜めていた当初の状態に戻ったのだ。

 

「全車両、陣地転換。第二砲撃地点へ移る」

「了解! 第1射撃中隊、第2射撃中隊、第二砲撃地点へ移動します!」

「ヒュージの判別は忘れず継続させろよ。バスター種を見逃さないように」

 

 155mm自走榴弾砲を預かる指揮官は索敵と敵情収集を念押しした。

 砲兵部隊にとっての優先攻撃目標は一にバスター種、二にバスター種、三も四もバスター種で五にバスター種。

 防衛軍はそれだけ恐れていたのだ。長射程・高威力の砲撃武装を持つヒュージを。生身の歩兵は勿論のこと、機甲部隊や、場合によっては航空機にとっても脅威となり得るからだ。

 幸いバスター種の武装は直射のみ。障害物の向こう側にはその凶器が届かない。故に曲射ができる砲兵部隊の働きが重要になってくる。

 ただ難点なのは、ヒュージの強大な物量。とてもではないが、他種の敵に砲弾を出し惜しみする余裕などは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上部隊の中で最も危険な役割の一つが偵察である。味方の支援をろくに受けられない敵勢力圏内に侵入し、情報を得る。軍事作戦において非常に重要な任務でもあった。

 古今東西、偵察部隊には優良な装備が与えられる。それは陸上防衛軍でも同じこと。

 偵察戦闘大隊は本部管理中隊の他に、軽装甲車やオートバイを装備して敵の外形的な情報を収集する偵察中隊と、機動戦闘車を運用して威力偵察を仕掛ける戦闘中隊で編成されている。

 もっとも、防衛軍にとって有用な機甲戦力である機動戦闘車に限って言えば、威力偵察に止まらない活用が為されていた。

 

 ヒュージの集団を側面から衝くべく山林を迂回する部隊がある。

 偵察戦闘大隊隷下、戦闘中隊の12両の装甲車両。彼らは舗装された道路を伝って途中まで進軍し、それ以後はアスファルトから土の道へと移行した。

 車体を支える八つのコンバットタイヤが地面の小枝を踏み潰し泥を跳ね飛ばしながら疾駆する。その歩みは迅速ながら、車両本来の足の速さには至っていなかった。

 

「前方に段差。各車両二時方向へ進路取れ」

 

 中隊長車が無線で変針を指示する。すると12両は速度をほとんど落とさず容易くルート変更を達成した。

 国土のあちこちに道路と鉄道を網の目の如く張り巡らせた日本。だがそれもヒュージとの戦闘で少なくないダメージを負っていた。

 舗装道路に頼れない状況ならば、不整地走破性の高い装軌車両が有用となる。それでも数の上での主力が装輪車両なのは、コスト面や整備面との兼ね合いであった。

 

「中隊長、間も無く会敵予想地点に到達します」

「中隊停止。16(ひとろく)各車、弾種榴弾、待機」

 

 12両が一斉に停止する。角ばった形状の砲塔から斜め上方に砲を突き出したまま。

 ひとろく――――16式機動戦闘車。制式化から既に30年以上の時を経た古株の兵器。幾度もバージョンアップを繰り返しながら、陸上防衛軍機甲科の要であり続けている。

 

「11時方向、ヒュージ群確認。スモール級30。その後方、ミドル級6」

「種別確認、急げ」

「…………ミドル級、テンタクル種クレシエンテ型。スモール級、ファング種ツイスト型と認む」

「中隊、距離1000で攻撃を開始せよ。ミドル級を撃破した後、スモール級の掃討に移る」

 

 静止した機動戦闘車の一群がジッとその時を待つ。

 そう時を置かずして、彼らの前方に異形の群れが姿を見せる。

 螺旋の如く渦巻き状の特徴的な頭部を持つ四つ足のスモール級。

 それらからやや遅れて、スモール級の五倍近いサイズのミドル級が後に続く。三日月形の胴体から、巨大な鉤爪みたいな三本脚を生やしたヒュージだ。

 敵はまだ中隊に気付いていない。その証拠に、進軍速度も進路も変える気配が無い。12門の砲が口を開けて待ち構える先に真っ直ぐ歩いてくる。

 中隊長は事前の予定通りに命を下す。

 

「ミドル級、各小隊集中、撃てっ!」

 

 16式の主砲――――105mmライフル砲が発砲する。

 砲身内部の施条によって回転を加えられた砲弾は抜群に安定した弾道を描き、三日月形の胴体に続けざまに突き刺さっていく。

 命中した多目的対戦車榴弾はオレンジ色の炎を吹かし、銀灰色の装甲を焼き焦がす。飛散した破片は三本脚の関節部分まで傷付ける。

 クレシエンテ型一体につき、一小隊四両の集中砲火。合計三体のミドル級が行き足を止めた。

 すると後続のもう三体は足を止めた味方に進路を塞がれ立往生。そこへ105㎜砲の第二射が襲い掛かり、先の三体と同じ目に遭うのだった。

 

「中隊、後進! スモール級、各個射撃!」

 

 三射目を放つ前に、中隊はバック移動を開始した。

 後ろ向きに、砲は前を向いたまま。その砲が向けられるのは、味方をやられて猛然と敵に向けて駆け出したスモール級の群れである。

 主砲による行進間射撃が、7.62㎜同軸機銃が、砲塔上部の12.7㎜重機関銃が、追い縋るスモール級たちを打ち据える。

 悪路を高速で移動しながらの射撃。にもかかわらず、高い命中率で敵の命を刈り取っていく。

 やがて最後のヒュージを撃破したところで、機動戦闘車はタイヤの駆動を止めて停止した。

 

「スモール級殲滅。周囲に敵影無し」

 

 つい先程まで戦場だった場所には幅広のタイヤによって何本もの轍が刻まれ、その上にヒュージの残骸があちこち散らばっていた。

 森の中に束の間の静寂が訪れる。しかし、それは本当に束の間のことだった。

 

「各車、被害報告」

「4番車、車体前部損傷。戦闘行動に支障無し」

「7番車、タイヤ損傷。修理可能」

「11番車、タイヤ損傷。修理可能」

「了解した。修理完了後、移動を開始する。攻撃目標は第5歩兵中隊前面に展開するヒュージ群。後背を衝く」

 

 完全な奇襲であった。機動戦闘車中隊の火力と機動力、更に事前の偵察活動を以ってすれば、ミドル級相手にも有利に立ち回ることができた。

 問題は、不意打ちは人類側だけの専売特許ではないという点である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首都防衛隊は局地的な戦闘には勝ち続けていた。

 作戦通り、一旦前に出た歩兵部隊は敵を誘引した後、野戦陣地まで後退して防御戦闘に徹する。そこに砲兵の支援と機動戦闘車の遊撃が加わり、順調に撃破スコアを積み上げていく。

 しかしだからと言って、決して楽観できる戦況ではない。倒す端からヒュージの増援が押し寄せてくるからだ。

 

「事前の想定よりずっと多い……。信じ難い話だが、あの霧がヒュージ反応を隠していたとしか思えない」

 

 隊本部の天幕。机上の作戦地図で戦況の推移を把握する副隊長が顔を顰めて唸る。

 現状、各歩兵中隊陣地は理想的なキルゾーンを形成しているが、弾薬には限りがあるし、兵は疲労する。

 

「4時方向、本部陣地に向かってヒュージ反応接近。スモール級、数は20」

「種別は?」

「詳細不明ですが、移動速度と移動経路からリッパー種と思われます」

「……森の中を這って飛んできたのか。だからレーダーに引っ掛からなかった」

 

 ヒュージサーチャーからの情報を電子観測員が報告すると、辻大佐は敵の動きとそれへの対処法について考える。

 リッパー種は戦闘ヘリに準じた速度を出せる飛行型ヒュージ。鋭利な四肢や胴体そのものを駆使した近接戦闘を得意とする。

 

「高射中隊に隊本部の16式をつけて迎撃させろ」

「了解。直ちに迎撃部隊を向かわせます」

 

 奇襲に備えた戦力は手元に残してある。だが当然ながら、それだって無限ではない。

 リリィのレギオンの場合、敵の中核である大型ヒュージを討って群れを瓦解させることができるが、防衛軍には不可能だ。リリィの個人戦闘能力の高さと小回りの利き易さは真似できない。機甲部隊なら敵陣への浸透はできても、ラージ級が一体でも交ざっていたら全滅しかねなかった。

 

「関東各ガーデンからの応援はどうなっている?」

「沿岸部のヒュージが活発化したことで、その対応に追われています。東京都横須賀の聖メルクリウスが先程外征宣言を出しましたが、出撃にはまだ時間が掛かるかと」

 

 戦いが続き、時が過ぎていく。

 時が過ぎるにつれて、隊本部に上がる情報に悲観的なものが増えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「12時からミドル級3! まだ来るのか!」

 

 連戦を重ねる偵察戦闘大隊所属の16式小隊の正面に、新たなヒュージが迫る。球形の胴体から生やした三本脚を盛んに動かして、ミドル級が横一列に並んで距離を詰めてくる。

 ヒュージの目に当たる器官だろうか。胴体前面に灯る三つの丸い緑光が光線を撃ってきた。それは16式の砲塔側面を撫で、鋭角的な装甲をドロドロに溶かしてしまう。幸い搭乗員には被害が無かった。

 

「ええいっ! オルビオごとき、仕留めて見せろ!」

 

 小隊長の発破によって、105㎜砲の射撃がテンタクル種オルビオ型に突き刺さる。

 胴体を穿たれ火花を散らし、あるいは脚を砕かれて地面に擱座する直径5メートルの金属球体。

 ()のヒュージは日本で最もポピュラーなヒュージであった。スモール級のものとミドル級のものが存在し、とにかく数を揃えて攻めてくる。

 砲火を浴びて仲良く黒煙を上げる三体のオルビオ型。

 その時だ。16式の乗員の一人が遥か前方に映る敵影を見つけたのは。

 

「バッ、バスター種! 11時方向!」

「後退っ! 下がれ、下がれ!」

 

 山間にのそりと現れたミドル級は、岩石から短い手足が生えた見た目をしていた。見た目通り、動きは緩慢だ。

 ところが突然そのミドル級の胴体が上下に分かれ、中から螺旋状に渦を巻いた黒色の砲身が伸びてくる。

 バスター種トリスケリオン型の280㎜熱線砲。その先端に光が瞬いた。

 直後、青白い熱と光の奔流が後退する16式に襲い掛かり、その車体を防弾鋼板ごと熱したガラスの如く溶かすのだった。

 

 

 

 

 

 また同時刻、戦線を支える金床たる歩兵陣地においても血みどろの激戦が繰り広げられていた。

 あちこちに点在する蛸壺壕を連絡用の塹壕で繋げた防衛線で、地中に身を隠した兵士たちが引き金を引き続ける。

 冷や汗や涙や小便や、時には血など。穴の中で様々な液体に塗れながら、彼らは際限無く向かってくる敵へ弾丸を送り続けている。

 蛸壺からヒュージに向けて小銃を一連射すると、お返しにレーザーが飛んできた。

 鉄帽(ヘルメット)を容易に貫くレーザーも、天然の土壁を盾にすればどうにか防げる。直射武器に対して塹壕は有効に機能していた。

 

「左翼、連絡壕に一体取り付かれた!」

 

 それは無線か肉声か。誰かの絶叫が轟いた。

 乱戦の最中、蛸壺と蛸壺の間を縫って一体のスモール級が連絡用の細長い塹壕まで浸透してきたのだ。

 戦斧のような形状の肥大化した頭部を持つファング種アッシャー型が、連絡壕の中で身を屈める兵士に飛び掛かる。

 銀灰色の下腹部に多数の小銃弾が撃ち込まれた。

 だが応戦虚しく、アッシャー型は四つ足で連絡壕を踏み抜くと、小銃を構えた兵士を頭部の鋭利な突起で刺し貫いた。

 

「穴を塞げ! ヒュージが集まってくるぞ!」

 

 更に厄介なことに、突破を許した地点に他のファング種までわらわらと寄ってくる。

 こじ開けた穴に後続の戦力を投入して突破を図るのは初歩的な戦術だ。彼らヒュージが戦術をどこまで理解しているかは定かでないが。

 

「あぁ……っ! くそっ! くそっ!」

 

 自身の蛸壺に肉薄された兵士が銃口を向けるものの、弾が出ない。咄嗟に小銃を棍棒代わりに振るってファング種の横っ面を殴る。

 勿論そんな抵抗は蟷螂の斧でしかない。ただ鈍い音が響いただけで、ステンレス製の銃身は呆気なく弾き返された。

 無慈悲に振り下ろされたファング種の前足が兵士の太腿を串刺しにした。

 

 あわや戦線崩壊――――

 

 その兆しが現れかけたところで、浸透したファング種の一体が銃撃を受け倒れた。

 突破された塹壕線の後方、二列目の塹壕線に設けられた三人用の大型蛸壺に、三脚架で地面に固定された無骨で凶悪な重機関銃が口を開けていた。

 小銃とは比較にならない重低音を唸らせ、12.7㎜弾がばら撒かれる。

 前進してきたスモール級の一団が次々に被弾し制圧されていく。

 それから後方の部隊が連絡壕を伝って前に出ることで、ほつれた防衛線が修復されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 県境を巡って一進一退の攻防が続く。

 戦いは消耗戦の様相を呈してきた。

 

「砲兵大隊、残弾二割を切りました」

 

 隊本部に送られてくる通信は、その場に居る者全てに厳しい現状を突き付けてくる。

 砲迫支援の有無は前線が流す血の量に直結する要素であった。

 

「隊長、防衛線を後退させますか?」

「いや、この状況で退けば全体が瓦解しかねない」

 

 辻大佐は副隊長の意見具申を却下した代わりに、机上の作戦地図を睨みながら思案する。

 

「車載の火器を下ろして予備の第6中隊に装備させ、臨時の火力支援部隊とする」

 

 少しして大佐の口から出てきたのは苦肉の策だった。

 隊本部所属の車両から重機関銃や擲弾銃を外して歩兵部隊の支援に充てる。

 とても重砲の代わりが務まるようなものではない。何もしないよりマシではあるが。

 そして何より、予備戦力まで投入することで、いよいよ後がなくなってしまう。

 

「了解、しました……。準備が完了次第、第6中隊を前に出します」

「まずは最も損耗の大きい左翼の第3中隊の支援。以後は適宜移動させる」

「機動戦闘車中隊はどうしますか?」

「今は呼び戻せ。また、出てもらうことになる」

 

 天幕内で報告と指示とが入れ代わり立ち代わり繰り返される。直接血が見えないだけで、そこで繰り広げられているのは紛れもなく死闘だった。

 

 兵が死んでいく。

 自身の命令で、兵が死んでいく。

 その感覚は己の四肢をもがれるかのようで、いつまで経っても慣れ切ることはない。

 

(この感覚を乗り越えられる者こそ、人の上に立つ器と言うべきなのだろう。私は違う。だから勝手に石川に期待して、自分はこうして前線に残っている)

 

 本省勤めとなれば、間近で人の死を見なくなる代わりに、前よりもずっと大きな責任が肩に伸し掛かってくる。

 現場主義と言えば聞こえは良いが、実態は卑怯な自己保身。その自覚があるがため、ヘルヴォルのリリィに過去の栄光を言及されたことが応えたのだ。

 

「偵察中隊より報告!」

 

 絶叫の如き通信兵の声が辻大佐の思考を中断させた。

 

「北北西、神流川方面よりラ、ラージ級を確認! ラージ級を確認!」

 

 

 




百合小説なのに今回戦争しかしとらんぞ!
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