神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

26 / 47
第26話 霧 四.

 重圧に大気が震える。

 振動に森が戦慄き、そこを住み処としている鳥たちが一斉に羽ばたき天へと昇る。

 山々の谷間を、鈍色の装甲を纏った異形が行く。下半身に備えた四角錐の三本脚は低空を浮遊し、下半身に比べてアンバランスなまでに巨大な上半身は多面体で構成されていた。全高15メートルに及ぶサイズも相まって、その姿はさながら宇宙怪獣といったところか。

 

「ラージ級、ウィッパー種アーレア型と認む。繰り返す、ラージ級ウィッパー種アーレア型と認む」

 

 偵察用ドローンから送られてくる映像を、離れた位置に身を潜める高機動車内の偵察要員が解析する。

 

「アーレア型、進路変わらず群馬・埼玉県境に向け南下。40分で我が方の第一防衛線に接触する見込み」

 

 浮遊する巨体は進路上の障害物を全く気にしない。枝が圧し折れ葉が舞い散り、木々が呆気なく倒れ伏していく。

 ヒュージの行動原理は今もって完全に解明されてはいなかった。一般的にはマギに引き寄せられると考えられているが、例外は少なくない。人口密集地を目指す者が居れば、過疎地に現れる者も居る。

 ただこのラージ級に関して言えば、埼玉から東京方面へ進出する可能性が限りなく高かった。

 

「……アーレア型、発砲!」

 

 偵察要員が映像の変化に気付いた時にはもう遅い。

 上半身の装甲の隙間に赤い単眼(モノアイ)が灯ったかと思いきや、同色のレーザーが放たれて映像を映し出すモニターの視界を覆った。

 ドローンが撃墜されたのだ。

 

「ハヤブサ04、シグナルロスト。空中偵察は危険と判断。以後は偵察警戒車による監視に切り替える」

 

 防衛軍がここまで警戒するのには無論理由がある。

 スモール級やミドル級は自分たちの装備でも何とか対抗できる。ギガント級やアルトラ級はほとんどが鈍足で小回りが利かない上、そもそもの数が少ない。

 だがそれらの中間であるラージ級は通常兵器の攻撃を受け付けず、なおかつそこそこ数が多く機動力もある。前線の防衛軍にとって最も厄介な存在がラージ級なのだ。

 そんなものが現れた以上、首都防衛隊は()()を迫られることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各歩兵中隊、第一防衛線を放棄せよ。遅滞戦闘を展開しつつ埼玉県内の第二防衛線まで後退。偵察戦闘大隊戦闘中隊は動ける16式で再編後、後退を支援。砲兵大隊は中央ヒュージ群に砲撃し攪乱。砲弾を全て使い切って構わん」

 

 偵察部隊からの報せを受け取った辻大佐が方針を転換するのにそう時間は掛からなかった。

 現状で退けば確かに戦線が瓦解しかねない。だがこのままラージ級に踏み潰されるようなことになれば、瓦解どころか文字通りに消滅するのは必至であった。

 古来より、退くのは攻め込むよりも難しい。引き際を見極めるのは指揮官としての重要な役割の一つと言える。

 

「本部機能も後方予備陣地に移転させる。副隊長は準備に掛かれ」

「はっ、了解しました。隊長は――――」

「移転完了後に私もここを引き払う」

 

 こんな時でも、こんな内容でも、辻大佐は落ち着き払って淡々と命令を下す。

 指揮系統が一挙に壊滅しないよう、別行動を取るのは理に適っている。ヒュージのような神出鬼没の敵を相手にするなら尚更だ。

 前線と後方という概念が過去のものから大きく変容していた。その弊害は、大所帯の大軍になるほど色濃く受ける。

 逆に言えば、少数精鋭部隊にとってはそこまで影響が出ない。ちょうどリリィたちが構成するレギオンのように。

 

「第二防衛線である程度足止めした後、そこも放棄する」

「ですが、それでは東京方面にまでラージ級の進出を許すのでは?」

「その前にメルクリウスの外征部隊が間に合うだろう。問題は、他の小物を掃討し切れず周辺市街地へ流入させてしまうことだ。副隊長、指揮を引き継ぐ際はその点をよく留意するように」

 

 まるで自分は指揮を執り続けられないとでも言わんばかり。

 だが辻大佐は別に()()()()()というわけではない。何が起きるか分からない、一寸先は闇なのが彼らが臨んでいる戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両脇を山林に囲まれた粗末な山道。一応舗装路ではあるものの、あちこちがひび割れたり抉れており、端の方は草がぼうぼうと生えるに任せきり。この上を車で走った際のお尻の惨状は想像に難くない。

 その悲惨な道路の脇に、オリーブドラブに塗られた3トン半トラックがエンジンを止めた状態で鎮座していた。

 幌に覆われたトラックの荷台部分では、防衛軍の兵士たちが肩を寄せ合って座っていた。「荷台に詰め込まれた」と言った方が適切だろうか。

 ある者は包帯の巻かれた腕を庇うように押さえ、またある者は銃口の潰れた小銃をお守りの如くがっしりと抱え込み、俯いてひたすら貧乏揺すりを続ける者も居た。

 多種多様な姿だが、ほとんど全員に共通している点もある。それは迷彩柄の野外戦闘服を汚しているということ。泥をかぶった跡や液体に濡らした跡がシミになっていたり、よく分からない植物の種が付着していたり。身綺麗にしている兵士は一人も見当たらなかった。

 

 そんな待機中のトラックからやや離れた地点に一時的な防衛線が構築されていた。敵に一斉に背を向ければいい的なので、幾らか踏み止まって戦う者も必要なのだ。

 もっとも、防衛線といっても余剰の土嚢を並べただけの有り合わせの代物であったが。

 

「ブリキどもは?」

「まだ見えん」

 

 木の幹を背もたれにして座り込む兵士が軽い調子で尋ねると、地面に伏せ撃ちの姿勢で軽機関銃を構える兵士がぶっらきら棒に答えた。

 袖にされた方は肩をすくめた後、野戦服のポケットをパンパンと叩いてタバコを探す。しかし何も見つからない。

 それから少しの沈黙を挟んでまた口を開く。

 

「もう来たか?」

「見えんっつってるだろ」

 

 先程と同じ調子で別の問い。返ってきた答えも、やはり先程と同じで素っ気ない。

 似たようなやり取りがさっきから幾度も繰り返されていた。気を紛らわせるための、意味は無いようで意味のある行為であった。とにかく何か喋っていないと、恐怖と絶望に飲み込まれそうだから。

 だがそんな誤魔化し、いつまでも効果が続くものではない。

 二人の兵士が話している間にも、ここではないどこか遠くで銃声が鳴り響いていた。一応、今のところ整然とした後退ができてはいるが、それでも突出してきたヒュージとの散発的な戦闘が生起していた。

 

「……もうお終いだ。俺たち全員、奴らに殺される」

 

 気に寄り掛かる兵士の口から、今まで押し止められていた本音がついにぶち撒かれた。

 無理もない。彼らのほとんどは、何か崇高な大義や理念のために戦っているわけではないのだ。

 生活のため、家族を守るため、ヒュージへの復讐のため。銃をぶっ放したいがため、というレアケースもあるかもしれない。

 ただいずれにせよ、このような状況下で彼らに虚勢を張り続けろというのは酷というもの。

 

「俺たち、超人でも何でもないんだ。どうしろって言うんだよ」

 

 ぶち撒かれた偽らざる本心に対し、軽機関銃手は地に伏せたまま後ろを見ずに口を開く。

 

「そうだな。こんな戦いがずっと続けば、きっとその内どこかで死ぬだろうな」

「…………」

「でもあの隊長の下でなら、どうせ死ぬにしても、ちっとはマシな死に方ができるんじゃないか?」

 

 それは畳の上で死ねるとか、苦しまずに死ねるとか、そういう意味ではない。

 自分たちの戦いが、犠牲が、少しでも意味のあるものになるはずだと、そう信じられるという意味であった。

 軍人は確かに公僕だ。奉仕する相手は国家と国民だ。

 だが実際に戦場で奮起する拠り所となるのは、一番身近な上司であり同僚であった。

 

「横、ズレろよ。俺は耳が良いんだ。先にブリキどもに気付ける」

 

 背もたれにしていた木から離れ、軽機関銃手の横でうつ伏せになって小銃を構える。

 自棄になっただけかもしれない。即席の覚悟など、ヒュージを前にすれば吹いて消え去るかもしれない。

 それでも首都防衛隊は士気を崩壊させずに踏み止まっていられた。

 

「……言ったそばから、来るぞ!」

 

 ヒュージサーチャーも、このような乱戦中では大した精度は望めない。携帯式のものなら尚更だ。

 故に最初にヒュージの接近を察知したのは、本人が自慢した通り耳であった。

 地面を踏み鳴らす音。木々を軋ませ押し倒す音。

 恐らくはミドル級が複数。歩兵だけでまともにやり合って勝てる相手ではない。

 しかしその場の兵士たちは上級部隊に通信を入れた上で、各々の得物を握り締める。

 徐々に大きくなる足音。比例するように兵士たちが感じる殺気も強くなる。

 ゴクリ、と唾を飲み込んだのは自分か、それとも隣の戦友か。

 

 緊張によって時間の感覚が狂う中、深い山林の向こうから銀灰色の化け物が見えるより前に、複数の砲声が轟いた。

 重砲でも迫撃砲でもない。ましてやミサイルの類でもない。それは彼らや彼らの戦友たちでは出し得ぬ砲声。

 

「こちらヘルヴォル、現着しました! ラージ級の迎撃に向かいます!」

 

 軍用無線に、凛然とした少女の声が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左右から挟み込みように突進してくるスモール級のオルビオ型に、ブルトガングの砲口が唸りを上げる。

 右翼のオルビオ型が穿たれた装甲から火を噴く。一方で左翼のオルビオ型は獲物との距離を詰めた。

 鈍器、あるいは極太の鉤爪にも見える脚を振り上げて濃紫の装束に迫るヒュージ。

 そこでブルトガングのバレルパーツが回転し、鈍色の刃が前に突き出された。ブレイドモードへの変形だ。

 次の瞬間、三本脚の内の一本が斬り飛ばされた。その次には球状の胴体を袈裟懸けにされていた。

 

「あと一つは……上か!」

 

 頭上に視線を走らせると、そこには陽光を遮る黒い影。

 影は落下の勢いのまま、地上の少女へ鈍器を振り下ろす。

 甲高い金属音が山の中に木霊した。衝撃で辺りに砂煙が舞った。

 濛々と立ち昇る砂煙の中に居たのは、数メートルサイズの金属隗に押し潰された少女ではなく、チャームの腹で巨大な鉤爪状の脚を受け止めたリリィであった。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 裂帛の気迫と共に相澤一葉はブルトガングを保持した両手に力を込めた。エレンスゲオーダーのマントを閃かせながら、受け止めていた大質量をそのまま空に向かって弾き飛ばす。

 球技のボールの如く放り上げられたミドル級のオルビオ型だが、空中で体勢を立て直して眼下の一葉を睨んだ。三つ目を思わせる三つの光点から大量の光弾を連射した。雨あられと降り注ぐ弾幕によって再び周囲は砂煙に包まれる。

 

 鈍重な外見にそぐわない三次元機動。各国の軍がヒュージ相手に苦戦を強いられる要因の一つであった。

 

 乱射を続けながらオルビオ型が地上への落下を始める。

 ところが空に白光が奔ったかと思いきや、その光に貫かれたオルビオ型の胴体は内部から爆発四散した。

 

「瑤様、砲撃命中です。周辺に敵影無し。皆さんも前進してきてください」

 

 一葉の無線連絡から少しして、山道脇にヘルヴォルのメンバーが集合した。

 砕け散って地面に突き刺さったヒュージの脚を目にした恋花が眉を顰める。

 

「こりゃ思った以上の乱戦だね。先にシェルターの方を見てきて正解だった」

 

 ヘルヴォルは怪異討伐後、地元群馬のリリィと協力して市街地に向かって来るヒュージたちを迎撃していた。

 その後は町の防衛を彼女らに任せ、敵本隊と防衛軍との最前線を目指していた。

 怪異を倒した後も、ヘルヴォルの方では通信状況が悪化したり改善したりと不安定だった。霧の怪異の名残か、はたまた単なる機械的トラブルか。何にせよ軍と接触するのが遅れてしまった。

 

「――――――感明送れ。LG(レギオン)ヘルヴォル。こちら――――――防衛隊隊本部」

 

 ノイズ交じりの通信が入る。あの時、天幕の中で会談した防衛軍指揮官の声だ。

 

「はい、こちらヘルヴォルリーダー。感不良。送れ」

「――――――付近の部隊から、ヒュージの配置状況を受け取れ。ラージ級までの経路を選定できる」

「了解、感謝します」

 

 一葉が軍の無線通話法に則り「終わり」の一言を発しようとした寸前、再び相手方から通信が入ってくる。

 

「――――――あれは我々では倒せない。虫のいい話だが……頼む」

 

 彼がこれまでの戦場で何を見てきたのか、どう感じたのか、そんなことは窺い知れない。だが今この時、彼の思いが自分たちと変わらないことぐらいは一葉にも十分に伝わった。

 

「任されました!」

 

 今度こそ通信を終えて、ヘルヴォルは自らの役割を果たすべく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の木を押し潰しながら、森に住む生き物を追い散らしながら、その大型ヒュージは悠々と進み続けていた。

 抵抗らしき抵抗は全く無い。首都防衛隊がラージ級との戦闘を避けていたからだ。

 もっとも、仮に抵抗したところで、消耗した彼らの装備と弾薬では有効な足止めになったか怪しいものだが。

 

「取り巻きは居ないみたい。他の群れとも距離が離れてる」

 

 遠方の尾根から双眼鏡で覗き込む瑤が目標の状況を皆に知らせる。

 

「防衛軍の対応能力を超えるぐらい広範囲にばらけてたみたいだけど。あたしたちの前では仇になったね」

「うん。ラージ級単体と随伴付きだと、戦い易さが大分違ってくる」

 

 上機嫌な恋花の言葉に、瑤も頷く。

 防衛軍の状況も厳しいようだが、ヒュージはヒュージでラージ級に取り巻きも付けないほど混乱しているらしい。

 

「一葉ちゃん、あのラージ級から明確に怪異の気配を感じるわ」

「あれも霧に乗り移られているのですね」

「恐らくはあの中に居るのが怪異の主人格。あれを倒せば残りは大した脅威にはならないわ。勿論、怪異抜きにしたヒュージはまた別の話だけど」

 

 千香瑠の言う通り、怪異の有無にかかわらず、この大規模戦闘の行方は予断を許さない。だからこそ早いところ方を付けねばならなかった。

 

「……っ! 避けて!」

 

 突然の瑤の警告。ヘルヴォルは地を蹴って跳躍する。

 直後に彼女らが先刻まで立っていた場所にレーザーが飛んでくる。

 

「どうやら相当目が良いみたいですね。ではこれよりヘルヴォルはラージ級と交戦を開始します!」

 

 空中でリーダーそう宣言する。

 すると真っ先に反応したのは五つの中で一番小さなシルエット。

 

「らんが、らんが倒すよ! いいよね、いいよね!」

 

 小さな両足でトンと着地すると、藍は返事を待たずにヒュージに向かって駆け出した。楽しそうな笑みを浮かべ、大きく開かれた瞳は金色に染まっている。

 そんな藍の姿を見た恋花は呆れ気味に後を追う。

 

「あーらら。藍ったらもうルナティックトランサー発動しちゃって」

「各自、藍を援護しつつラージ級を包囲。退路を断ちつつフィニッシュは藍に任せましょう。フォーメーション・ハチドリさんです!」

 

 巨大な鉄塊――――モンドラゴンを右手一本で握り締め、正面から真っ直ぐに突き進む。その後方から四人が山林の合間を縫って進軍する。それはまるで藍を穂先に見立てた槍、もしくは鋭い嘴のようであった。

 間合いが縮まってくると、ヒュージの迎撃も苛烈なものになる。胴体を構成する装甲のあちこちに開いた覗き窓のような隙間から、次々にレーザーを放っていく。

 赤い光線が幾条も幾条も途切れなく伸びる。視覚的にも圧倒的で、実際にからめ取られれば無論ただでは済まない。

 恐れるものなど無いと言わんばかりに走る藍の眼前に一筋のレーザーが迫る。それは振りかざされたモンドラゴンによって防がれた。だが藍の行き足は一時的に止まってしまう。

 

「斉射!」

 

 一葉の合図で藍以外の四人が一斉にチャームのトリガーを引き絞る。アーレア型の縦長の体に四人の砲撃が命中し、瞬く間に黒煙によって包まれた。

 その隙にヘルヴォルによる包囲が完成する。

 レーザーを受け切った藍が再び走り出す。

 煙が晴れて態勢を立て直したアーレア型。その胴体上部の装甲が部分的にスライドし、左右一本ずつ細長い鞭を展開していた。赤く光る刃を数珠繋ぎに伸ばした殺意の鞭だ。

 それを見た藍の顔はより一層輝いた。

 

「本気出したんだね! らんも本気出すよ!」

 

 藍は両脚をバネにして思い切り跳んだ。

 二本の鞭がグニャリとしなり、目の前に跳んできた敵を打とうとする。

 一本はモンドラゴンに弾かれた。もう一本は藍の左肩を捉えた。

 身に纏うエレンスゲオーダーの防御機能の上から小さな体に衝撃が加えられる。

 しかし藍は構わずアーレア型の胴体に体当たり。そこから落ちる前に、レーザー発射口の穴へ足を掛けてもう一度跳躍した。

 その間にも恋花が、瑤が、千香瑠が、巨体の全周に射撃を加えて他の発射口を潰していく。

 アーレア型の頭上まで跳び上がった藍は両手に握ったモンドラゴンを落下と共に振り下ろす。見事に正中線を捉えた一太刀はラージ級の分厚い装甲を断ち、内部構造を破壊した。

 

「らんたちが、勝った!」

「おーい、まだ油断すんなよー」

 

 恋花の忠告が聞こえていたのか、藍は鈍色の装甲を蹴って距離を取る。

 一方のアーレア型は浮力を徐々に失い、低空に浮かんでいた体を前のめりに傾けて転倒……しなかった。地面に落ちた短い脚で踏ん張って、生き残っていたレーザー発射口を藍に向ける。

 

「言わんこっちゃない!」

 

 そう叫ぶ恋花だが、悲壮感はあまりない。チャームを盾にした一葉がレーザの前に割って入ったからだ。

 ブルトガングの頑強な刃に光の奔流がぶつかる。飛び散った光が濃紫の衣装を焼き焦がす。

 レーザーの勢いに弾かれながらも、一葉は片手で藍の腕を掴んで離脱した。

 

「一葉! らんがふぃにっしゅだよ!」

「分かった、分かったから。気を付けてね」

 

 先程の一撃が最後の一矢だった。その後アーレア型は地面に倒れ伏し、二度と動き出すことはなかった。

 

 上を見上げれば、遠くの空に軍の輸送機よりもまだ大きな巨人機の姿。機体下部から複数の人影が降りていくのが分かる。周囲には銃砲撃の音と光が瞬いていた。

 

「メルクリウスの、方舟(ガンシップ)……」

 

 横目に入れた一葉が呟いた。

 戦いの趨勢は決しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日に赤く染まった群馬の山では、戦闘終了後も別の戦いが続く。それは戦闘の後処理である。

 消耗した首都防衛隊に代わって、予備役部隊が遺体や装備品の回収に当たっていた。

 また、他の装輪装甲車よりも車体の長いNBC偵察車と、化学防護服に身を包んだ特殊武器防護隊が戦場の除染作業に従事している。ヒュージの体液はある種の有害物質だからだ。

 無論、全てを除染するには時間が掛かり過ぎるので、主だった道路付近と比較的人家に近い地域だけではあるが。

 

 作業の邪魔にならない離れた場所で、一葉は平らな石を椅子代わりに腰を下ろしていた。その手の中には一通の手紙。目を落とす一葉の口元は軽く緩んでいる。

 

「なーにニヤケてんのよ」

「あいたっ……恋花様」

 

 後ろからやって来た恋花に背中をはたかれる。

 後ろから近付いてきたのに、どうして表情が分かったのかと首を傾げる一葉。

 

「それ、誰から?」

「あの時、シェルターまで保護したお婆さんからです。地元のリリィの方がわざわざ手渡しで届けて下さったんですよ」

 

 手紙には言葉少なながらも、ヘルヴォルに対する謝罪と感謝、そして身を案ずる主旨の文章が達筆で書かれていた。

 そんな物を見てニヤけない一葉ではない。

 

「こう言う時、リリィになって本当に良かったと、そう思うんです」

「……そっか。あたしたち、結果を出せたんだ」

 

 恋花の目がどこか遠くを見ている気がした。

 

「結果なら、これまでも出せていますよ。エレンスゲの言う結果とは違う結果も」

「そうだった。これもリーダーのお陰だねぇ」

「私だけじゃあ、ありません」

 

 一葉は自身より小柄な恋花を抱き寄せ、両腕の中に包み込んだ。

 

「ちょっ、急になに!?」

「今回も中々の長丁場でしたから。頑張ったご褒美です」

「何の!? てか、頑張ったのは一葉もでしょ!」

「だから私にとってもご褒美です」

「~~~~~~っ!」

 

 プルプルと震える恋花の体。顔を一葉の首元に埋めているため、表情までは見えない。

 だが少しすると、一葉を思い切り押しのけて距離を取った。

 

「だからって、場所を考えなさいよ! 人が来たらどうすんの!」

「……それもそうですね。藍たちと合流しましょうか」

 

 二人は歩き出す。

 二人の手はどちらからともなく繋がれていた。

 一葉は気付いていたが黙っていた。恋花は気付いているはずなのだが、気付かないフリをしているようだった。

 

 迎えに来たガンシップの出発時間はまだ先だった。なので一葉たちの歩みはゆっくりとしたものだった。

 その途中、防衛軍の兵士がこちらに走り寄ってくるのが見えた。何やらこちらに手を振ってくる。遠目からでもはっきり分かる笑顔で。

 一葉には心当たりが無かった。隣の恋花を見るも、彼女は困ったような顔で首を左右に振る。同じく心当たりが無いようだ。

 やがてその兵士が息も切らせず二人の前に到着する。

 

「エレンスゲの方々、お久し振りです! その節はお世話になりました!」

 

 屈託の無い笑顔に、一葉にも負けない大音量の挨拶。

 やはり心当たりが浮かばない。

 一葉は素直に尋ねてみることにした。

 

「あの、失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

「ほら、あの時の! 公園の()()()()()()ですよ!」

「えーーーっ! あのTS(トランスセクシャル)おじさん!?」

 

 恋花が目を見開き驚愕するのも無理はない。記憶の中の姿とあまりにかけ離れていたのだから。

 生白かった顔は健康的に日に焼け、ボサボサだった長い髪は短く刈り揃えられ、小太りだった体は筋肉質でがっちりとした体格へ。そして何より、卑屈だったその表情は快晴の空の如く澄み切っている。

 

「いやあ、見違えましたねえ」

「見違え過ぎだろっ!」

 

 のほほんとした一葉の反応に、恋花が突っ込みを入れる。

 そんな二人の様子を気に留めず、兵士は急に真剣な顔つきになる。

 

「その節は本当に申し訳ありませんでした。当時の自分は、全てを他人のせいにして腐り切っていた。恥ずかしい限りです。二次元の絵を指して推しだの嫁だの言ってた過去の自分を殴ってやりたい……! あれから防衛軍の先達に鍛え直されて、予備役として半人前ながら働かせてもらっています。過去の償いというわけではありませんが、世のため人のため、粉骨砕身尽くす所存です!」

「ひえっ、中身まで変わってる……」

 

 軍隊って怖い。怪異より恐ろしいものを見た。

 恋花が小さく呟いたのを聞き、一葉はただただ苦笑するだけだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。