神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第32話 祈り

 南関東から太平洋に向けて突き出た地。東京湾を挟んだ東京の反対側に、房総半島はある。

 そこは一度はヒュージの手に落ちながらも、今の高等部三年生リリィたちの尽力によって解放された土地だった。軍民問わず多くの人命が失われた場所でもある。

 そんな房総半島の西岸、東京湾を臨む岬の傍で戦没者慰霊祭が執り行われることになっていた。解放後すぐは慌ただしく先延ばしになっていたものを、ようやく実施できるのだ。

 解放が成ったとはいえ、勿論ヒュージの脅威が全くなくなったわけではない。今回の慰霊祭に当たって、地元ガーデンのみならず関東の他のガーデンからもレギオンが派遣されることとなった。エレンスゲ女学園トップレギオン、ヘルヴォルもそういったレギオンの一つである。

 

 慰霊祭当日に備えて事前に警備計画の打ち合わせの機会が設けられた。一葉もヘルヴォル教導官と共に東京湾を越えて現地に赴いた。

 打ち合わせ場所は、慰霊祭の会場から程近い海岸線に立つ二階建ての建屋。元は使われなくなった携帯会社の基地局があった建物だ。鉄塔を下ろし、内装を改修し、慰霊祭運営本部兼警備本部として活用中である。

 予定よりも大分早く到着した一葉は教導官に断りを入れ、現場付近の海岸線を見て回ることにした。会場自体は後で幾らでも目にする機会があった。

 そして一葉の他にリリィがもう一人。

 

「お久し振り、一葉さん」

 

 軍隊然とした紺色の制服に小柄な痩身を包んだ少女だった。サイドテールに結った群青の髪の上には黒い猫耳、否、ヒュージサーチャーが装着されている。

 

「ヘルヴォルは相変わらず元気そうで良かったわ」

「はい。葵さんも、息災のようで」

 

 石川葵(いしかわあおい)

 鎌倉府5大ガーデンの一角である相模女子高等学館の一年生リリィ。

 エレンスゲと相模女子は姉妹校同士であり、一葉たちヘルヴォルも葵とは交流があった。

 

「私はうちの隊長の付き添いついでに見に来たんだけど。一葉さんはこっちが本命だったっけ」

「そうですね。私たちヘルヴォルの担当はこの海沿いの地域なので」

「会場外周の警備がハゴ女で、場内の儀仗隊がイルマと御台場の共同。まあ解放戦での戦果を考えたら妥当なところかな」

「百合ヶ丘は今回は代表者の派遣だけで、レギオンは居ませんから」

 

 ハゴ女とは地元千葉のガーデン、羽衣女学園高等学校のこと。葵が一時期通っていたガーデンの一つである。

 大よその警備計画は既に書類として作成済みだった。ただ実地でまだ色々と詰める必要があるので、本日こうして集まった次第である。

 

「警備責任者は御台場のアキラ・ブラントン教導官なのよねえ」

「御台場らしい武闘派の方だと聞いてますね」

「この慰霊祭、完全にガーデン主導になったってわけ」

 

 会場となるのは県立の運動公園だが、政府関係者や軍関係者も出席するし一般来場者も多数訪れるだろう。そこまでの規模となると、慰霊祭の性質からしても警備の指揮は国が執りそうなものの、実際は違っていた。

 噂によると、軍とガーデン側で一悶着あったらしい。慰霊事業の所管官庁たる厚労省も絡んでいるとか。

 一葉自身は不確かな流言に流されるつもりはなかった。しかし今、普段は同級生に対して気さくで明るい葵が眉間に皺を寄せ難しい顔をしているのを見て、大まかな事情を察していた。

 

「いや、千葉市や遺族会がガーデンでいいって言ってるんだから、それでいいと思うのよ」

「それにネストは撃破しても、ヒュージの襲来が無いとは言い切れませんし」

「まあ、せめて警備任務ぐらい一枚噛みたいって考えも分からなくはないけど……」

 

 房総半島解放戦といえば百合ヶ丘の初代アールヴヘイムの活躍が有名で、ここ千葉では英雄視されている。

 だが光あれば影も差す。快く思わない者も存在する。

 防衛省本省に勤務する葵の父親――――石川精衛は対ヒュージ戦略立案以前にガーデン側との折衝を勤めていたのだが、そのせいで一部から裏切り者だの何だの陰口を叩かれていた。

 無論、精衛に対する罵詈雑言は完全に言い掛かりである。そもそもガーデンに対して強い権限を与えているのは国の判断なので、精衛がガーデン寄りに見えるのは国策に忠実な証拠とも言える。もっとも、自分たちの属する省庁こそが国だと考える人間にとってはその限りではないだろうが。

 

「ところで話は変わるけど、一葉さん知ってる? 何日か前の新聞の社説に、暗視装置の使えないリリィに夜間戦闘は難しいとか書かれていたのよ」

「それはまた、不思議な話ですね。マギである程度補助されるし、鷹の目やファンタズムなどのレアスキルは暗闇でも索敵できるのに。第一、ガーデンには夜戦装備もあるのですが。夜間戦闘記録を見ていないのでしょうか」

「そしたら別の新聞社が『夜戦も昼戦もろくにできない集団よりはマシ』なんて煽るものだから、そのまま新聞社同士で社説文通バトルが始まっちゃって」

「えぇ……。最近新聞を見てない間にそんなことが……」

 

 葵は笑いながら話していた。ただし苦笑いの類であった。

 

「どうも軍事戦略に一家言ある人は、私たちリリィを魔法が使える中世人とでも思ってる節があるわね」

「まさか、そんな」

 

 あり得ない、とは一葉も断言できなかった。チャーム開発初期の頃から「マギ技術は既存の科学技術を抑制する邪法」などという魔女狩り染みた言説が存在したからだ。だからマギを扱うリリィと科学技術の産物を相反するものと思いたいのだろう。

 すっかり暗くなった空気を変えるべく、一葉は話題を変えることにした。

 

「葵さん。今回の警備任務では、チャームはやはりそのトリグラフを?」

「ええ、そのつもり」

「マギクラウドコントロールシステムを用いた、円環の御手を擬似的に再現する第三世代機。楽しみですね」

「実際は言うほど都合良いものでもないの。親機のコアで間接的に子機のコアを操作してるから、どうしても出力が落ちるし」

「それは今後の改良によって克服できるのでは?」

「コアの出力自体が向上すれば。でもそうするとチャーム全体の性能が上がることになるし、どちらにしろ大きな優位性は無いわね」

「ふむ……。となると、やはり第三世代機開発の本旨は技術実証でしょうか」

「そうねえ。使いこなせれば強力なのは間違いないけど。次への布石って面が強いんじゃないかしら」

「次ということはつまり――――」

「でも現状での問題点が――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰霊祭当日。

 細かく千切れた断片的な雲が漂うその日、東京湾を臨む運動公園に、ここ最近では類を見ないほどの大人数が集っていた。

 場内の両端には公園樹が列を成し、海岸の手前まで伸びている。その突き当り、潮の香りがより強い実感を伴うその場所に、石造りの慰霊碑が鎮座する。

 死者の霊を慰め鎮める儀。

 純粋に祈りを捧げるため、あるいは壮麗な式を一目見るため、訪れた人々は両端の公園樹の袂に並ぶ。

 そして会場の中央、海へと続く開けた道に20名ほどのリリィ。整然と二列を成し、一人一人が剣型のチャームを右手に握って切っ先を真っ直ぐ上に掲げている。二つのガーデンによる合同部隊だが、慰霊祭に合わせて統一の衣装が用意されていた。黒一色のジャケットとスラックスに金のボタンや肩章を付けた礼服だった。

 

 その頃、休憩室にて体を休めるヘルヴォルは大テーブルを囲みつつ、思い思いに過ごしていた。

 会場の様子はテレビモニターを通じ、警備本部建物の一室でも窺うことができる。

 暫くは現地で直接見れない分、一葉は儀仗隊の映像を食い入るように見つめていた。

 

「お弁当、貰ってきたよ」

「ありがとうございます、瑤様」

 

 しかし扉が開いて昼食が届くと配膳を手伝い始める。

 慰霊祭運営が手配した仕出し弁当は葬儀場でもよく見るような仕出し弁当だった。天ぷらや煮物や練り物等が重箱にぎっしりと詰まっている。リリィ向けにご飯もおかずも大増量したものだ。

 

「あたしエビ天多めのやつね~」

「らんはご飯山盛り!」

「どれも一緒だよ」

 

 恋花と藍の無邪気な要求に瑤が苦笑する。

 配り終えた一葉は席に戻り、弁当の蓋を開けながらまたモニターに目を移す。食べながら視聴するのは少々行儀が悪いのだが、早飯は戦士の必須技能である。

 

「こういった光景を見てると、甲州のことを思い出すわ」

 

 隣で一葉と同じくモニターへ視線を注いでいた千香瑠が静かに呟いた。

 

「千香瑠様の故郷の地、でしたか」

「大切なものを失ったけど、大切な思い出もある場所。今の私を作った場所よ」

 

 悔恨と郷愁がもつれたような憂いの横顔。

 甲州の過去について、普段はあまり喋りたがらない。千香瑠に限らずあの地の出身者には多い話である。

 

「祈れば、届くかしら」

 

 千香瑠はそっと目蓋を閉じた。

 

「はい、きっと届きますよ」

 

 一葉もまた箸を置いて目を閉じた。

 気休めかもしれないが、リリィならば誰しもがそう願うだろう。

 

 鎮魂の時間。

 

 それが終われば黙々と昼食を胃の中に片付けて。

 異変が起きたのはその直後のことだった。

 震えるスマートフォンを取り出した一葉は警備本部からの着信であることに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから南東20キロの地点でヒュージの集団を確認したわ。中核となるラージ級とミドル級は地元ガーデンのレギオンが対応してるけど、多くのスモール級がこっちに向かってる。貴方たちヘルヴォルは慰霊祭会場に急行して来場者の避難とヒュージの迎撃に加わってちょうだい」

 

 同じ建物内の警備本部に駆けつけたヘルヴォルに対し、警備責任者が状況説明を行なう。

 抜群のスタイルを黒のオーバーコートとタイトスカートに包んだ20代半ばの女性。御台場女学校のアキラ・ブラントン教導官だ。名前から察せられる通り、イギリス出身の日英ハーフである。

 

「当該ヒュージ集団はケイブを用いて侵入してきたのでしょうか?」

「そうね~。千葉のネストは撃破済みだから。途中までケイブで飛んできた可能性が高いわねぇ。ケイブの捜索・破壊も地元ガーデンが動いているわよ」

 

 一葉の質問に、アキラ教導官は鮮やかなブロンドのロングヘアを掻き分けてから、どうにも緊迫感の欠ける喋り方で答えた。人当たりが柔らかいのは良いことだから一葉は気にしていないが、中々に個性的な教導官だった。

 

「ああ、それと、会場内に居るイルマのハコルベランドは避難誘導後にチャームを換装しに行くから。うちのロネスネスと協力して事に当たってね~」

 

 かくしてヘルヴォルは各々の得物を手に、会場のある運動公園へと出発する。

 警備本部と現場はそう離れていない。リリィならあっという間の距離だろう。

 マギで跳躍しようという直前、瑤がふと口を開く。

 

「それにしても、御台場もイルマもこんな時によく強豪レギオンを出せたね」

「こんな時だからこそ、ですよ。今回の各校レギオン派遣は房総半島における戦力強化の意図もあるんです。ロネスネスとハコルベランドは慰霊祭終了後、東京に帰らず千葉県内を巡回していくのだとか」

 

 最近再び活発化してきたヒュージへの対応で、関東のガーデンはどこも浮き足立っていた。

 そんな状況だからこそ、東京御三家である二校は予定通り慰霊祭を開催して哀悼の意を示すと共に、レギオンを派遣しその雄姿を見せるべきだと考えたのだろう。

 

「ま、イルマにはまだシャイネスが居るし、御台場にはセインツとコーストガードが居るからねー」

 

 現場に着いたところで恋花がそう言った。

 本当にあっという間の距離だった。

 まずは会場内のリリィと合流しなければならないのだが、ヘルヴォルが動く前に向こうの方からやって来た。

 

「セインツ? 人違いではなくて? ここには居りませんわよ」

 

 挑発的な切れ長の瞳を向けてくる黒髪ロングのリリィ。その傍らには()()()()な視線の白髪ロングのリリィ。二人ともいつもの御台場制服ではなく、黒の儀礼服を身に付けている。

 

「きいたん、ういたん!」

「こらっ、藍。……(きいと)様、(うい)様、応援に参りました。現在の状況は?」

「ふぅ……。現在、予想会敵時刻まで8分と24秒。ヒュージの数は40から50。いずれもスモール級で、隊列を組まず順次接近中ですわ」

 

 LG(レギオン)ロネスネス隊長の船田純(ふなだきいと)は警備本部から随時もたらされる情報を教えてくれた。

 敵襲は近い。すぐにでも迎撃態勢を取る必要がある。

 

「分かりました。ではロネスネスの皆様もチャームの換装をお急ぎください。この場は一時、我々が食い止めます」

「いいえ、それは得策ではありませんわ。敵は算を乱すかの如く散らばって進軍しておりますのよ。食い止めるにも頭数が必要でしょう。ハコルベランドが避難誘導と換装を終えて戻って来るまで留まります」

「ですが、今のあなた方には第一世代機しか……」

「問題ありませんわ。慣れていますので」

 

 懸念する一葉をよそに、純は平然と答える。

 あまりに平然としたものだから、一葉はそれ以上止める言葉が出てこなかった。

 

「ならば、配置の方は如何しましょうか?」

「既にロネスネスが会場前面へ扇状に展開しています。ヘルヴォルは二手に分かれて隙間を埋めて下さるかしら」

「了解しました」

 

 一葉はその場で直ちに編成を決める。自身と千香瑠が右翼と中央の間へ。恋花と瑤と藍が中央と左翼の間へ。

 早速それぞれのポジションへ移動を開始する。

 

「じゃあね、ういたん。らんがヒュージやっつけてあげるからね」

「うふふ、頼りにしてるわ藍さん」

 

 純の姉、船田初(ふなだうい)がひらひらと手を振り、藍も大きく振り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰霊祭会場となる運動公園から見て内陸側には小さな森林が広がっており、車両の通行ルートを左右に分岐させていた。

 森の中にある高台には池に囲まれた旧軍の砲台跡。今では展望台として使われているその場所に、ロネスネスの司令塔が布陣して隊の指揮を執ることになる。

 森の奥まで入り込まれると厄介なので、迎撃ラインは展望台の前面に設定された。

 作戦の性質上、広範囲に散開する変則的なフォーメーションが採られていた。

 一葉はロネスネスのリリィを遠目に見る。彼女らが装備中の第一世代チャームとは、ヨートゥンシュベルト。第一世代機は皆そうなのだが変形機構が無いので、見た目通り剣の機能しか有さない。

 

(本来なら、予備兵装か今回のような式典装備として使うもの。だけど、御台場の場合は少し事情が違う)

 

 御台場女学校では高等部のリリィ一人一人にこのチャームを仕立てて貰える。また彼のガーデンでは西洋剣術を始めとした近接戦闘術が必修であり、ヨートゥンシュベルを用いた訓練も行われている。

 

(純様が「慣れている」と仰ったのは、そういうことなんだろう。確かに、御台場の方々なら近接戦闘でも、スモール級程度は問題にならないのかもしれない。それに会敵時刻だって、あくまで予想。チャームのコアを換装しに戻ってる間にヒュージに接近される可能性もある)

 

 火器があるのにわざわざ近接戦闘を選ぶのは愚かだと思われがちだ。取り分け葵の言うところの「軍事戦略に一家言ある人」は、御台場やそれに近しい校風の柳都女学館のことをイノシシだの土人だのと嘲笑していた。

 しかしリリィの場合、建造物への誤射の防止以外にも接近戦を選択する利点がある。より強力なヒュージ、より多くのヒュージの傍ではマギインテンシティが高まるが、これは敵方であるリリィにも活用可能であった。つまりヒュージの近くで戦うとリリィの攻撃力や防御結界が強化できるのだ。

 

「それに凛々しく剣を振るう姿はモテますわよ?」

「っ!?」

 

 不意に耳元から掛けられた声に一葉は身構える。

 反射的に振り返ると、艶やかな赤毛を靡かせたリリィがくすくすと笑みを零していた。

 

「し、思考を読まないでください!」

「あら図星? よそのガーデンまで来て品定めとは、真面目そうに見えてお盛んな方ですわ」

「いえ、そうではなくて……」

 

 ガーデン間の交流の場で見かけることは少ないが、彼女もまたロネスネスの一年生だ。

 

(ともしび)ィ! 隊列を乱さない!」

「違いますわ純お姉様。これは浮気ではありませんの。わたくしはお姉様一筋ですから」

「誰もそんなこと言ってませんわ!」

 

 通信機で隊長からのお叱りを受け、赤毛の一年生――――司馬燈(しばともしび)は本来のポジションへと戻っていく。

 これで本当に配置完了となった。

 程なくして、展望台に居る司令塔から通信が入る。

 

「敵第一波、来るわよ。例の如く報告より数が多い。ヘルヴォルは飛行型を、ロネスネスはそれ以外を優先的に狙ってちょうだい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 LGハコルベランドが迎撃ラインに駆けつけた時、既に八割方のヒュージが撃破されていた。

 

 

 

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