神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第33話 憎悪

 円錐型の胴体後部から青白い炎を噴射して大空を縦横無尽に飛び回る。地上から打ち上げられるレーザーが眼前を掠め、近距離で炸裂した砲弾の余波で飛行体勢がぐらつくと、そのヒュージは旋回して高度を落とし始めた。

 円錐の頂点、即ちヒュージの頭部には上下に二枚のウイングが備わっている。それは刀の刀身の如く鋭利であり、頭部の回転によってプロペラみたいに大気を切り裂いていった。

 地上で這い回る敵を始末しようと、眼下に広がる森へ低空飛行でヒュージが迫る。高速の回転翼が木々の枝を薙ぎ払い、飛行経路に沿って風圧が粉塵を撒き散らす。

 獲物を捕捉し切れなかったヒュージが機首を引き起こした。一旦高度を上げ、再度急降下する腹積もりだろう。空を制するということは、戦場の主導権を握ることに直結する。

 ところが上昇し終える前にヒュージの体がぐらりと揺れた。

 全長2メートルの機体の上に、人影が飛び乗っていた。黒の儀礼服に剣を握ったリリィ、司馬燈だ。

 

「失礼」

 

 一言そう言って逆手持ちした剣を横に引くと、燈はすぐにヒュージから飛び降りた。

 一足遅れてヒュージが左右に蛇行し、既にいなくなった敵を振り落とそうとする。

 その結果、落ちたのはヒュージの頭部だった。プロペラごと胴体から泣き別れして彼方へ飛び去っていく。胴体は胴体でそのまま飛び続けたが、やがて空中で自ら起こした爆炎に包まれるのだった。

 一方の燈は落下していく最中、長い赤毛を靡かせながらネコ科の獣のようにくるりと身を翻す。すると難無く着地を決めて、何事も無かったかの如く立ち上がって剣を構えた。

 

「敵全滅を確認。新たなヒュージ反応無し。ひとまず終了よ」

 

 司令塔からの通信が入り、ロネスネスとヘルヴォルは後続のハコルベランドにその場を任せて帰投し始めた。

 

 そうして帰ってきた慰霊祭会場に、昼時まで詰め掛けていた人々の姿は無い。避難完了済みなので、残っているのは海岸線から応援に来た少数のリリィのみ。

 ここまで来ると、両レギオンの何名かはようやく肩の力を抜いたようだ。

 

「ういたんういたん! ヒュージ一杯やっつけたよ!」

「ええ、お見事でした。助かったわ藍さん」

「えへへっ」

 

 藍が初の胸元に飛び付いて戦果を誇る。視線を落とした初に褒められると、顔を綻ばせて素直に喜ぶ。

 初はそんな藍の腰にそっと両手を回してから、実の妹の方を振り返る。

 

「純、この子ちょっと御台場に連れて帰れないかしら」

「姉様、何を仰いますの……」

 

 すると今度は後ろから近付いてきた瑤と千香瑠が藍の両腕を抱き抱えて引き離した。

 

「上げないよ」

「差し上げません」

「あら残念」

 

 初は本当に残念そうな顔をして藍を見送った。

 これには妹も憮然とするばかり。

 

「姉様、人の娘を盗るのは盗人ですわ。幸い我がロネスネスにもチビッ子はおりますので……」

「ちょっと! 何でこっち見るのよ! 私はチビッ子じゃなーい!」

 

 純の視線にロネスネス司令塔の藤田(ふじた)槿(あさがお)が猛抗議。

 

「あっ、いや、別に初とギュっとするのが嫌ってことじゃないのよ? ごにょごにょ……

「誰もそんなこと言ってませんわ」

 

 ヒュージ迎撃を完遂したリリィたちは意気揚々と帰還した。敵を一体も逃すことなく、市民の避難誘導も完璧に果たした上々の結果である。

 ただ止む無きことだが、折角の慰霊祭は中止にならざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が傾き空に薄闇が染み始めた頃、ヘルヴォルはもう一度運動公園にやって来た。

 既に千葉県内の巡回に出立したロネスネスやハコルベランドの姿が無いのは当然として、公園や公園内の慰霊碑を訪れる一般人も見当たらない。

 ヒュージ出現に係る避難命令は解除され、公園も再び開放されたのだが、だからと言って慰霊祭を再開できるような状況ではなかった。

 

「やっぱり変だね」

 

 手元のスマートフォンを見ていた瑤が疑問を口にする。

 

「警備本部が集めた情報をコピーさせてもらったんだけど。ヒュージの発見と報告がやけに遅れてる。本当だったらもっと早く迎撃できたはずなのに」

「まあ、だからこそロネスネスもハコルベランドも式典装備で儀仗隊やってたんだし」

 

 恋花も横から瑤のスマホを覗き込んだ。そこにあるのは現状で判明している範囲、公開可能な範囲の情報のみだが、それだけでも不自然な点が見受けられたのだ。

 

「ここ房総半島は解放後、南部の館山基地を始め多くの観測所が防衛軍の手で再稼働していますからね。各地に小型エリアディフェンス発生装置も置かれているので、北西に位置するこの運動公園は地理的にも奇襲が難しいはずなんです」

 

 瑤と恋花の前方を歩く一葉がスマホの画面を見ないまま話に加わった。

 ケイブを駆使するヒュージ相手に()()は無いのだが、それを差し引いても今回の襲撃は急であった。

 

「いずれにせよ、後日分析結果が出るでしょう」

 

 そう言うと憶測で語るのを止めて、一葉は周囲の景色を見回した。

 慌ただしく避難が為された割に園内は散らかっていない。良いことだ。しかし人々が集まった痕跡が残っていないというのは、それはそれで物寂しい。

 そんな寂寥たる風景を補強するかの如く、海側から木枯らしが吹き付けた。風に乗った枯葉がひらひらと舞っているかと思ったら、一葉の視界を横切って公園の隅の方へ落ちていく。

 枯葉に釣られて視線を動かした先で、一葉は奇妙な光景を目にした。

 公園樹が建ち並ぶ裏側、園内からは目立たない場所に木の板が立っている。それだけならばまだともかく、板は二枚が縦横に組み合わされており、遠目からではまるで十字架みたいであった。

 

「少し見てきます」

 

 不審に思った一葉は木の板の刺さっている所へ歩いていく。

 他の仲間たちもその奇妙なオブジェクトに気付き、一葉の後を追い始める。

 近くまで来てみると、やはり十字架を模しているように見えた。板を縦横に紐で縛り、柔らかい土の地面に突き刺しただけの簡単な作り。似たような物が三つ横並びに立っている。

 一葉はその十字架を前に目を細め、次いで大きく見開いた。インクか何かで文字が描かれていたからだ。

 

『犬死に』

『税金泥棒』

『まぬけなリリィの墓』

 

 目を疑った。

 瞬きして確認し直すが、そこにある文面はやはり変わらない。

 

「は? 何これ、悪戯?」

「酷い」

 

 一葉の左右に出てきた恋花と瑤が非難の声を上げる。

 千香瑠に至っては後ろの方で口元を押さえて言葉を失っている。

 藍はそんな千香瑠の様子を心配したのか彼女の制服を掴んでいる。

 

「誰が、こんなことを……」

 

 一葉はそう呟いて辺りを見回した。

 慰霊祭中の園内は人が多く、こんな真似はできない。ヒュージとの戦闘中は避難命令が出されていたのでやはり不可能。

 となると、実行可能なのは命令が解除されたあと。つまり今からそう時間が経っていないはず。

 

 案の定、犯人は間も無く見つかった。

 公園の敷地の外で、同じような十字架を立ててスマートフォンからフラッシュを焚いている。

 二人組の青年だった。大学生か、ひょっとすると高校生かもしれない。撮影に夢中のようで一葉たちの接近に気が付いていない。

 

「何をしているのですか」

 

 抑揚を抑えた一葉の声に、二人組は一瞬ビクッと動揺するが、声の主の方を見てすぐに口の端を歪めて笑みを浮かべた。

 

「別に?」

「墓参り」

 

 悪びれもせずそう言ってすっとぼける。撮影に使っていたスマホを隠そうともしない。

 だが勿論、状況的に言い逃れは不可能だ。

 

「一体何のためにこんなことを。何が目的なんですか」

 

 一葉が問うても、返ってくるのは含み笑いだけ。

 なので質問を変えてみる。

 本当は、大方の察しは付いているのだ。ただその動機が理解できないだけで。

 

「SNSに投稿するための、悪ふざけでやったのでしょう? あまりに度が過ぎているっ」

 

 すると気に障ったのか、青年たちは逸らしていた目を一葉の方に向ける。

 

「あのさあ……。あんたら何の権限があって、他人の創作の邪魔してるわけ? 意味分かんないんだけど」

「創作って、ただの誹謗中傷じゃないですか! こんな、人の心を傷付けるようなものを……!」

 

 房総半島ではリリィや防衛軍の兵士は勿論のこと、多くの市民が命を落としている。犠牲者とその遺族を慰めるための場でやるようなことだとは、一葉にはとても考えられなかった。

 

「でもそれって貴方のお気持ちですよね?」

「お気持ち!?」

「何か傷付けてるってソースでもあるんスかぁ?」

 

 肩をすくめたり、わざとらしく溜め息を吐いたり。反省や罪悪感を微塵も感じさせない。明後日の方向性で清々しい態度だった。

 

「何だ? その背中にしょってる凶器で俺らのことも撃つ気か?」

「そんなことっ、しません」

「いやいや、創作物を燃やす人間はやがて人も燃やすようになる。誤射ってことにして気に食わない奴を消してもバレないんじゃね? 知らんけど」

「そんな真似は不可能です。チャームに搭載されるコアには戦闘記録が残るので」

「どうだかなあ。わざわざ善良な市民に難癖付けに来るぐらいだ。よっぽど余裕あるんだろ。知らんけど。補助金だが何だかで公金チューチューしてるんだから、ちゃんと仕事してくれよなー頼むよー」

 

 一葉には彼らの言い分が全く理解できなかった。慰霊の場を荒らす理由が何一つ出てこないからだ。

 長く続くヒュージとの戦争が人心を荒廃させた、というのも些か無理がある。

 

「てか細かいこと抜きにして、そもそも他人の慰霊碑やお墓の近くでふざけたりするの、人としてどうなの?」

 

 一葉の隣まで進み出てきた恋花が話に加わった。

 青年二人は無言で互いに顔を見合わせた後、向き直って口を開く。

 

「でも俺の墓じゃないから……」

「そこは『俺の親の墓じゃないから』だろ! 親の墓ならいいのかよ!」

「ぶははっ! ばれたか!」

 

 ツボにはまったのか、二人して手を叩いて馬鹿笑いし始めた。

 ヘルヴォルの面々が押し黙っていたため、他に人の気配が無いその場に笑い声が際立って木霊しているみたいであった。

 ひとしきり笑った二人は落ち着きを取り戻す。

 

「はぁ~~~っ、こんなしょうもないことでクレーム付くなんて、息苦しい世の中だなぁ」

「大体さあ、これ板に書かれた唯の文字なんだが? 文字が人を傷付けるって? 現実と空想の区別ぐらいつけましょうね~」

 

 今の一葉たちにできるのは、現に発生した出来事を慰霊祭警備本部と運営本部に報告するということだけ。

 

 後日、件の二人組は地元警察によって礼拝所不敬罪に問われることとなる。残念ながら法律は「知らん」では済まされなかった。

 

 

 

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