「しかし諸君らが呼称に困るというのであれば、あえて名乗ろう。
怪異蔓延る大都心の霊園で、堂々とそう語る人物に相対するヘルヴォル。
ついさっき実際に化物を呼び出してみせた。しかしだからと言って、発言全てを鵜呑みにはできない。取り分けあのリンフォンクラスの怪異を召喚したなどと。
そんな一葉の思考をよそに、呼び出された二体の化物が襲い掛かってきた。異常に発達した上半身を揺らし猛然と走り来るその様は、映画などでよく見るゾンビとは一線を画している。
その内の片方に向けて、一葉はブルトガングをシューティングモードに変形させた。既に霊園内の避難は完了したとの報告があったので、多少の発砲は可であると判断した。
重い発砲音の後、一葉の右手から迫る化物が腹部に受けた衝撃で吹き飛んだ。ずっと後ろの植え込みの向こう側へ突っ込んでいき、そのまま見えなくなった。より巨大なヒュージを討つための火砲を浴びたのだから、そうなるのも当然だろう。
そしてもう一体、左手の化物はと言うと、横合いからの射撃を受けてやはり吹き飛んだ。射撃元に目を向けてみると、ゲイボルグを抱えた千香瑠がこちらに接近中だった。
「ふむ」
遠くの千香瑠に対して首を傾げるデモンサマナーとやら。
その余裕に満ちた態度に恋花が噛み付く。
「てか何なのよ。サマナー? 召喚士? そのコスプレはマジでやってるわけ?」
「これは失敬。『生物災害』はお気に召さなかったと見える」
恋花が声を荒げて注目されている内に、一葉が隙あらば取り押さえようと好機を窺う。
だがそんな思惑を嘲笑うかのように異変が起きた。急に手や足が動かせなくなったのだ。
「くっ……」
「一葉ぁ、恋花ぁ、体が重いよ……」
金縛りにかかったのはどうやら一葉だけではないらしい。
背中に違和感を覚えていたため苦労しながら後ろへ視線を向けると、一葉は信じられない光景を目の当たりにした。自らの影から伸びた腕に体を掴まれているではないか。
「無駄だよ。怪異『かげおくり』。諸君らの影は支配させてもらった」
「かげおくりって、そういう話じゃなくない!?」
「物語の定義など、曖昧模糊なもの。さながら揺れ動く陽炎の如し」
「滅茶苦茶だ!」
恋花が吠える通り、もはや怪談も都市伝説もあったものではない。
首から上は動くものの、この状況は非常にまずい。
しかし周囲に残っていたゾンビもどきは次々に撃ち抜かれていく。千香瑠だけは影に捕らわれることもなく、無事に一葉たちのもとへ合流できた。
「何たる耐性。これは大したものだ。同業か、神社仏閣の手合いか」
「動かないでください。貴方を拘束します」
「いや、実際褒めている。心から。よもやあの時甲州から落ち延びた娘が、ここまで成長しているとは」
「……は?」
一葉の背にぞわりと冷たいものが走る。冷たい何かに撫で回されるかのような、不快と恐怖の混ざり合った感覚。
直接関係の無い一葉でさえそうなのだから、当事者である千香瑠の心持ちに至っては想像も及ばない。
「霧によるヒュージの操作実験は以前から行われていたということだよ」
「…………」
「流石に群馬での一件のような大規模操作は初めての試みであるが。諸君らの協力によって実戦に耐え得るものだと証明できた。感謝、感謝」
「……っ」
千香瑠はシューティングモードのゲイボルグを抱えたまま口元をきつく結んでいた。
彼女の耳は、発される言葉を一言一句漏らさず受け止めていることだろう。たとえ彼女自身が望まない内容だったとしても。
「しかし、奇しき因縁とはかくあるか。死に損なった片割れが、今こうして我を討たんと相まみえる。これを天の意と言わずして何と言おうか」
大仰な手振りを添えてそう語る。
その熱弁が終わるや否や、千香瑠が動いた。ゲイボルグを銃砲から槍へと変えて、無防備に佇む学ラン姿に突きを放つ。
だがその身を弾丸と化した千香瑠の切っ先は標的を捉えられない。接触した途端、黒衣の痩身は蜃気楼の如く揺らいで掻き消えてしまった。
残ったのは、中空に響く男の声のみ。
「今日諸君らのもとに伺ったのは謝意と宣言のため。程なくして、我が
「待ちなさい! 何のために、何をするつもりですか! 答えなさい!」
虚空を睨んで問い質す一葉だが、返事は無い。一方的な宣言だけ残して声は途絶えた。
依然として霊園内に涌き出たままの化物たちも懸念すべきではあるが、その前に一葉は目の前で立ち尽くす千香瑠の背に手を伸ばす。
「千香瑠様」
「はっ、はっ、はっ、はぁっ」
「千香瑠様……」
「はぁ、はぁ、はっ……か、一葉ちゃん?」
過呼吸にでも陥ったみたいに息を吐き出している。顔色がまだマシに見えるのは、興奮して息を荒げているせいだろう。何も安心材料にはならない。
「大丈夫、大丈夫よ。私なら」
「大丈夫とは思えません。落ち着ける場所まで退避してください」
「まだここには怪異が残っているでしょう? 霊園の外に出る前に退治しないと……」
そうしている内に、避難誘導に当たっていた瑤が合流してくる。
千香瑠を退かせてから園内の掃討に移ろうとした一葉の耳へ、突如としてけたたましい銃声の嵐が飛び込んできた。
◇
六本木。エレンスゲ女学園一階職員室。
「――――以上が事の顛末となります」
ガーデンに帰還した一葉は霊園での戦闘行為について教導官へ報告していた。
「残る怪異は、駆け付けた防衛軍第1歩兵連隊隷下の歩兵中隊によって掃討されました」
「分かった。ご苦労」
早々に報告の場が終了しそうになったので、一葉は続けて口を開く。
「教導官殿、都内の防衛についてですが……」
「その件だが、先程房総半島沖と鎌倉沖でギガント級ヒュージが確認された。規模は不明だが群れも伴っている。我々エレンスゲは芝浦方面の巡回を強化し、埠頭から侵入してくるヒュージを迎撃する」
「待ってください。では本件の容疑者と怪異はどうするのです?
「防衛軍が対応するとのことだ。近頃どうにもやる気を出しているみたいでな。今回迅速に霊園へ展開したのもそのせいだ」
思わぬ話に一葉は眉を顰めた。だがそう考えたら防衛軍部隊の展開の速さだけでなく、霊園内で躊躇なく発砲していたことにも頷ける。
「確かに霊園に現れた怪異は小銃で撃破可能でした。しかしあれ以上の戦力を持っているのは明らかでしょう。防衛軍だけでは危険です」
「先方が
「それでは群馬の時の二の舞ではないですか! 縄張りに拘泥していて対応できる相手ではありません!」
一葉がデスクに詰め寄らんばかりに訴える。
するとヘルヴォル教導官は椅子に腰掛けたまま「ふぅ」と一息吐き出した。
「相澤、貴様の言っていることは確かに正しいよ。正論だ。だが組織は正論だけで動いているわけじゃない」
「それは、どういう意味でしょうか」
「貴様の言う群馬の件。あの一件が軍の中で大層物議を醸したようだ。慎重策を取り過ぎたせいで、大将首のラージ級はともかくとして、それ以外の戦闘に関しても批判が集まった。美味しいところばかりを貴様らヘルヴォルとメルクリウスに持っていかれたからだろう」
「なっ……」
当時実際に現場にて消極姿勢を非難した一葉は言葉を失った。
あの時、一葉が積極策を主張したのはあくまで市民の安全のため。それがまさか組織の縄張り争いの引き合いに出されるとは。
「今もこうして都心の只中を装甲車両が巡回している。ヒュージではないゾンビもどきと犯罪者ぐらいどうにかできねば、元々疑われていた自らの価値を示せないというわけだ」
「では我々リリィは指を咥えて傍観しているべきだと、そう仰るのですか」
「好き好んで火中の栗を拾うことは無いと言っている。何にでもしゃしゃり出ていれば、それこそ一部の軍事評論家や愛国市民団体の言うような『人間を足手纏いと見下す選民主義者』となりかねんぞ」
「……積極外征を掲げるエレンスゲの教導官とは思えないお言葉です」
今回のガーデンの決定はエレンスゲの姿勢と矛盾する。時に外征宣言も無しに他地域の戦闘に首を突っ込む姿勢とは。
それは裏を返せば、軍がそれだけ意を決しており、ガーデンが忖度せざるを得なかったことの証だろう。
「前線で戦う者は皆、最も重要なことが何か分かっているはず」
最後にそう言って一礼すると、一葉は職員室から退室するべく踵を返す。
「まあもっとも、ヒュージが交じっているなら話は別だが。ヒュージ相手なら大義名分も立つというものだ」
出入り口を跨ぐ際、そんな言葉を背に受けた。
◇
放課後になって、この日出撃任務も訓練も無いヘルヴォルはレギオン控室にたむろしていた。
リビングで戸棚の戸を開けてガサゴソと漁るのは恋花。中に頭を突っ込みかねない様子で何かしら捜している。
「あれー? おかしいな、クッキーってまだあったよね?」
「クッキーなららんのお腹の中だよ。美味しかったー」
「マジ? 全部食べたのか……」
「これで恋花のファスナーは守られたよ。良かったね」
「何だってーっ!?」
恋花は急いで藍の寝っ転がるソファに駆け寄ると、とっちめるべく上から覆いかぶさった。
藍は「キャッキャッ」とはしゃぎながら手足をバタつかせて抵抗する。制服のジャケットを脱いだ黒のインナー姿で、二人してソファの上を暴れ回る。
「大人気ないなあ」
少し離れた場所で椅子に座って読書に興じる瑤が呟いた。
「クッキーならまた焼いてあげますよ」
キッチンの方から顔を見せた千香瑠がそう言うと、二人の掴み合いはピタリと止まる。
「やった!」
「らんは動物さんがクッキーがいい!」
「藍はもう食べたでしょーが!」
恋花が今度はキッチンの方へ駆けていき、エプロンを締めていた千香瑠の背中から抱き付いた。
「千香瑠ママ~、好き好き~」
「はいはい」
恋花の背丈は藍よりも少し高い程度。千香瑠との身長差もあり、親子とは言わずとも姉妹のような光景だった。
そんな恋花のインナーの襟ぐりを、後ろから瑤の手が掴んで軽く引っ張った。
「恋花、手伝わないなら邪魔しない。あ、あと私はクマさんクッキーがいい」
「お前もか! お前もママのクッキー狙いか!」
そこに藍も加わり三人でわちゃわちゃやり出して、広い控室が更に賑やかとなっていった。
千香瑠は笑みを零した後、彼女らに背を向けて奥の収納スペースに向かう。
(皆に、気を遣わせちゃってるわね)
いつもよりオーバーに騒いで見えるのは自分の被害妄想だろうかと、千香瑠はそう考える。仮にそれが事実だとして、心遣いは嬉しくもあり、申し訳なくもある。
千香瑠は悩みを振り払うかのように、クッキー作りに集中するのだった。
◇
ヘルヴォルを前に行なわれたデモンサマナーの宣戦布告から三日。それは実行に移された。
「新宿区に多数のヒュージ出現。総数不明。スモール級とミドル級の混成と認む。発生地点は市ヶ谷、防衛省付近と推定。
ガーデンの作戦に従い芝浦埠頭の警備についていた最中、エレンスゲ司令部からの無線を耳にした一葉は確信に近いものを抱いた。これは怪異の仕業であると。
「ケイブではないでしょう。ケイブ反応があれば、多数のヒュージが展開する前に探知できるはず。そもそもあの辺りはエリアディフェンス発生装置の範囲内。ケイブは生成できません」
「だとすると、怪異が手引きした?」
「やっぱこの前のコスプレおじさんかねえ……」
一葉の意見に瑤と恋花が続く。
怪異が相手だとして、問題は誰がどのように対応するのかという点だ。
「新宿周辺は旧ルドビコ女学院の守備範囲です。今はルドビコとイルマなどのリリィが共同で担当していますが、あまり余裕はないでしょう」
「それに比べて、こっちはまだ大丈夫そうだけど」
恋花が意味有りげにそう言った。
無論、一葉にもその意図は分かる。
「行きましょう。怪異相手なら我々の出番です」
一葉が千香瑠の両目を見据えて訴えると、一瞬視線を彷徨わせながらも頷きが返ってきた。
そうして次はもう一つ、最大の問題点。エレンスゲ司令部が救援を認めるかどうか。
一葉は若干の懸念を抱きつつも通信機のスイッチを入れる。
「こちら芝浦埠頭、ヘルヴォルリーダーよりエレンスゲ司令部へ。意見具申。市ヶ谷防衛省のヒュージ殲滅に向かいたいと思います。彼の地のヒュージは港区港湾部から進出した可能性有り。我々が対処すべきでしょう」
「こちらエレンスゲ司令部。港区からヒュージの浸透を許したという報告は無い」
「しかしケイブが発生したという情報も、他地域から浸透してきたという情報もありません。ならばこの港区からのヒュージだと考えるのが自然かと」
「暫し待て……………………LGヘルヴォルは市ヶ谷救援に向かえ。防衛省本省周辺のヒュージを撃破せよ。ただしそれ以上の戦線拡大は認められない。芝浦埠頭にはLGバシャンドレを増派する」
「ヘルヴォルリーダー、了解!」
予想よりも簡単に許可が出た。やはり何だかんだ言っても戦果を拡大させたいのがエレンスゲの本音なのだろう。
一葉たちは移動経路と周辺地域の状況を確認した後、バシャンドレに連絡を取って引き継ぎを行なう。彼のレギオンは恋花の古巣であり、現ヘルヴォルと理念を共有する部分があった。
「現在、防衛省本省は外部と連絡が取れない状況にあるようです。救援を急ぎましょう」
予想よりも悪い事態にヘルヴォルの気は急くのだった。
◇
昼下がりにはヘルヴォルは目的の場所に到着していた。
広い敷地内に地下シェルターを備え、地上十五階建ての庁舎には大型の輸送ヘリでも離着陸可能な屋上へリポートが設けられている。庁舎の裏手に目を向ければ、商業店舗や技術研究所、訓練設備も見受けられた。
対ヒュージ戦争の中で省機能を分散させたため、これでもコンパクトに収められている方だった。
「やはり内部との通信は繋がりません。省内に突入しましょう」
庁舎前の広場に居たスモール級の群れを撃破後、一葉は中への突入を決断した。
周囲からは依然として散発的な砲声が聞こえてくる。新宿のあちこちで戦闘が生起しているようだ。遠目にも黒煙が立ち昇る光景がはっきりと確認できた。
市中の戦況に気を取られそうになりながらも、ヘルヴォルは迅速に庁舎の前へと移動する。
本来ガラスの自動ドアで仕切られているはずの正面出入口だが、非常時につき頑健な隔壁が下りていた。
中と連絡がつかない以上、開けてもらうことはできない。万が一を考えてヘルヴォルは火砲を使わずチャームの刃を突き立てて隔壁に穴を穿つことにした。
時間は掛かるが堅実な方法で、ようやく子供一人がやっと通れる穴ができた。
チャームを前方に突き出しつつ一葉が中に踏み込むと、幾つもの視線が降り注いでくる。
そこはエントランスだった。
周りの受付机や長椅子や柱の向こう側から銃口が侵入者を捉えていた。
「エレンスゲ女学園LGヘルヴォル、応援に参りました」
濃紫のレギオン制服、エレンスゲオーダーを纏った一葉が宣言するや否や、エントランスに散らばっていた10名ほどの兵士たちが銃を下ろす。
一葉はその軍人たちの中に見知った顔を二つ見つけた。
「お久し振りです、石川大佐、辻大佐」
「相澤君か……。息災で何より、などと言ってる場合じゃないな。応援感謝する」
顎髭を蓄えた将校は防衛省における対ヒュージ戦略立案の責任者で、相模原の石川葵の父親でもある。一葉も東京のリリィとして何度か面識があった。
また彼と同じ階級の禿頭に丸眼鏡の将校は東部方面軍隷下の部隊長で、ヘルヴォルとは群馬の一件において顔を合わせていた。本日はたまたま本省に呼び出されていたらしい。
この場の最上位者は二人の大佐のようだ。
代表して石川大佐が状況を説明してくれる。
「現在、確保できているフロアはこの一階のみ。ここからでも上階と地下との連絡は取れない。何らかの手段で通信が妨害されている。何度か二階に斥候を出そうとはしたのだが、スモール級ヒュージの群れに阻まれてしまった。今の我々の戦力では突破は不可能だろう」
「では、地下はどうなのでしょうか?」
「そちらは現状でヒュージの抵抗は確認できていない。より下層の様子は不明だが、少なくとも上階と違って臨戦態勢にはないようだ」
予断を許さないのは変わらないものの、多少の希望は見えてきた。ヒュージとの戦いに備え、大臣室をはじめとした重要機能の多くが地下に移設されていたからだ。
「ところで相澤君、今回の襲撃はただのヒュージによるものではないのだろう? ケイブ反応は全く確認できなかった」
「はい、恐らくは」
「だとしたら、解せん。ヒュージの気まぐれではなく何者かの意図と仮定して。重要機能のある地下ではなく上階に戦力を集中させるなど」
「待ってください、石川大佐。上にも一つ、分かり易い重要設備があるはずです」
「……っ! それは、そうだが……。しかしあれ一つだけを破壊したところで大した意味は……」
「襲撃者の企みは不明です。ですが、我々の与り知らぬ
石川大佐は髭の生えた顎に手を当て考え込むが、さして時間を費やさずに決断する。
「このまま一階に留まっていても、いつ援軍が来るか分からない。我々は地下階の確保に向かう。君たちヘルヴォルには上階の偵察を頼みたい」
「了解しました」
一葉は二つ返事で了承する。無論、可能なら偵察と言わず首謀者の捕獲・撃破を図るつもりであった。
「幸い襲撃は大臣不在の時に起きた。ただ間の悪いことに、都内の小学校のクラスが社会見学に来ていてね……」
「本当ですか!? つい先日、霊園であんな事件が起きたばかりだというのに……」
「中止にすれば威信に関わるという判断もあったんだろう。だが考えようによっては下手な街中より安全とも言える。結果的には裏目に出たわけだが」
「それで、その小学生たちは今?」
「非常時には地下にあるシェルターに避難させる手筈だ。これも我々が確認しに行くよ」
石川大佐が顔を強張らせながらそう言ったので、一葉はひとまず自分たちの役目に集中することにした。敵主力の制圧下へ侵入するという大役に。
しかしながら、まだこの場でやるべきこと、言うべきことが残っている。
「ではヘルヴォルは上階へ向かいますが……その前に一つだけ」
一葉は辻大佐の方へ向き直る。
「辻大佐、群馬での件ですが、改めて出過ぎた真似をしたことをお詫び致します」
あの時の行動は今でも間違っているとは思わないし、後悔もしていない。次に似たような事例が起きても、やはり似たような行動を取るだろう。
だがそれはそれとして、相手に迷惑を掛けたのも事実である。もしかすると、そのせいで辻大佐は軍内部で微妙な立場に置かれているかもしれない。教導官からあんな話を聞いた後なので、一葉はそう考えざるを得なかった。
「もしも私の心配をしているようなら、不要だ。軍内部の諍いを外の人間が気にする必要などない」
辻大佐は少しも表情を変えずにそう言った。
すると彼の隣で石川大佐も大きく頷く。
「その通りだ、相澤君。そもそも辻が上層部に睨まれているのは、上の作戦指導にやたらと噛み付いているせいだから、今更なんだよ」
「フンッ」
一方はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、もう一方は機嫌悪くそっぽを向く。
これ以上、一葉には何も言いようが無かった。下手な取り繕いも気遣いも、むしろ失礼に当たるだろう。
「お時間を取らせてしまいました。では改めて、ヘルヴォルは上階の偵察、可能ならば奪還を図ります」
「よろしく頼む」
二人の大佐を皮切りに、周りの兵士たちが一斉に手を頭の前にかざして敬礼するのだった。
「見つけた……あの巫女、見つけた……」
ヘルヴォルの省内突入を見ていた者が一人。
「こ の う ら み は ら さ で お く べ き か」