神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第37話 国崩し 死.

 千香瑠と藍を残して上を目指す一葉たち三人は順調に階段を上っていく。時折襲ってくるスモール級ヒュージやゾンビもどきを蹴散らしながら。途中で妙ちくりんな空間に飛ばされることもなく、ひたすら最上階を目指して突き進む。

 特に大きな障害とぶつかることもなく、一葉たちは目的地の手前にまでやって来た。あと一回階段を上れば、その先は庁舎の天辺、屋上だ。

 ここに来てようやく彼女らの足が止まる。何かしらの術によって弄られたと思しき広々とした大部屋にて、黒衣と人物と相対した。

 

「そこまでです。今すぐに防衛省への攻撃を止めて投降しなさい、怪異召喚士(デモンサマナー)!」

 

 チャームを抱えた一葉が警告すると、学ランに黒色外套の男は学帽の下から覗く口元に薄い笑みを作った。

 

「よもや本当に現れるとは。諸君らが。奇妙奇天烈摩訶不思議。感動よりも困惑が勝るのが正直なところ」

「何もおかしなことはないでしょう。私たちはリリィです。ヒュージや、怪異に苦しめられる人々が居るのなら、飛んでいくのは当然です」

 

 召喚士はまた笑う。

 

「フフッ、フフフフッ。それは理想であって、(しん)に非ず。何故軍部の中枢がこうも呆気なく制圧せしめられたのか? リリィなる存在を疎んじていたからに他ならない。実際私は庁舎への初期攻撃にはヒュージしか使っていない。にもかかわらず、この場に居るリリィは僅かに諸君らのみ」

 

 一葉はすぐさま反論することができなかった。事実、ヘルヴォルの行動は軍から正式な救援要請が出る前に為されていた。

 ただそれでも、彼女らがやるべきことは変わらない。

 

「……それでも戦うのがリリィというもの。貴方の狙いは、庁舎屋上に設置されているエリアディフェンス発生装置ですね? それを破壊して市ヶ谷にケイブを呼び込むつもりなのですか?」

 

 防衛省本省の最上階付近にある重要設備と言えば、ケイブの生成を阻害する広域エリアディフェンス発生装置であろう。都市圏には必ず一つは設置されている。

 しかしながら、新宿エリアディフェンス崩壊事件で都庁の装置が破壊されて以降、従来の大型・広範囲の発生装置に加え、バックアップとして小型・狭域の発生装置を複数設置する体制へと改められていた。

 故に防衛省の装置を破壊しただけでは大した意味は無い。他に別の目的があるはずだと一葉は睨んでいる。

 

「否。そのような詰まらぬ雑事、無駄無意味。()の機械に手を加え、列島全土に怪異を振り撒くことこそ我が本意」

「なっ……」

 

 一葉は絶句した。

 事ここに至っては「そんなこと不可能だ」などと希望的観測を持てるはずがない。やると言うからには可能なのだろう。

 召喚士は一葉たちの様子を意に介さず自論を続ける。

 

「この日の本の地に怪異が蔓延り、日常と一体になる。これまで目を背けていた存在を、否が応でも直視せざるを得なくなる。ああ、何と素晴らしき世か。この地の欺瞞は打ち払われる」

 

 徐々に高揚していく声色は、喜びの感情をこれ以上ないぐらいに表していた。理解し難い思考だが、本人にとっては大変意義あることなのだ。

 だが無論、他の人間からしたら堪ったものではない。

 

「冗談じゃないわよ。今の世の中が欺瞞? 怪異を日常にする? 誰がそんなこと望んでんの。何の権利があってそんなこと決めてんのよ」

 

 恋花が声に棘を際立たせ、先程の演説を非難する。

 すると召喚士はそういった非難の言葉を待っていたかのように、揚々と口を開く。

 

「それがあるのだよ、私には。世を糺す権利が。かつてこの国から怪異召喚の秘術を邪法と断じられ、闇から闇へと葬り去られた私には」

 

 その振る舞いは喜びを超えて陶酔の域に達していた。自分を討ちに来た敵を前に、無防備極まりない。

 にもかかわらず、一葉は手を出せずにいた。チャームを握る手が、縛り付けられたかの如く動かなかった。

 左右の恋花と瑤に目配せするが、二人とも事情は同じらしい。

 

「大人しく下階で戯れていれば良いものの。巫女を欠いたまま私を討とうというのなら、蛮勇も甚だしい。禿頭の憲兵も、毛唐の進駐軍も、我が身を滅ぼすこと叶わなかったのだから」

 

 召喚士のその言葉に、一葉は己の置かれた状況を脇に置いて、千香瑠と藍の身を案じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜道の辻に潜んで人を惑わせる。

 その姿は千変万化。あらゆる形が正解とも言え、あらゆる形が不正解とも言えた。

 ただし体は天から地に垂らしてなお有り余るほど長大だった。

 

 古き伝承の存在と、今千香瑠たちは相対している。

 

「千香瑠ぅ、あれ何?」

「南西諸島に大昔から伝わる魔物、大悪霊よ。その名は――――」

 

 千香瑠は前方の怪異を見据えたまま藍の質問に答える。

 

「シチマジムン」

 

 俗な都市伝説の怪異たちとは違う。古くから言い伝えられてきた、歴史に名を刻むモノ。千香瑠たちはそのような存在と対峙しているのだ。

 勿論今までと同様、物語と全く同一の存在ではないだろう。良くも悪くも、あの召喚士の解釈によってこの世に顕現した怪異なのだから。

 とは言え油断は微塵もできない。名は体を表すと言うし、形を整えるのは重要だ。防衛省庁舎が魔境と化したのもこの怪異が原因と思われる。

 

「今ここで祓わなきゃ」

 

 千香瑠は決意する。

 そうしなければ、上階で黒幕と戦っているであろう一葉たちにも悪影響が及びかねない。空間を操り場を支配する力は至極厄介だ。

 槍型のチャーム、ゲイボルグを両手で握り直そうとする。ところが千香瑠の左手は金属のボディを抱える前に、小さくて温かい手に掴まれた。

 

「千香瑠、らんも一緒にやっつけるよ!」

 

 繋がれた手はブンブンと元気よく振るわれた。

 

「らんだけじゃないよ! 一葉も瑤も恋花も一緒に戦って、それでお化けもヒュージもやっつけよう! ここじゃあ、たい焼きが食べられないから。だから早くやっつけて、帰って皆でおやつにしよう!」

 

 隣でこちらを見上げてくる藍に、千香瑠は気付かされた。本当に震えていたのは彼女ではなく自分の方なのだと。

 手の平の熱は伝播する。熱は勇気となって心を癒し、震えを凌駕する力へと変わる。

 一度握り返してから手を離すと、千香瑠は今度こそ両手でゲイボルグを構えた。

 

「藍ちゃん、一緒に戦いましょう。勝って一葉ちゃんたちに追いつきましょう」

「うん。らんは何をすればいい?」

「あの怪異に、何でもいいから攻撃し続けて。その間に私が退治方法を見つけ出すから」

「分かった!」

 

 気持ちの良い返事と共に、モンドラゴンを抱えた藍が飛び出した。小道の先に立ち塞がる怪異目掛けて。マギで地を蹴り、距離はあっという間に縮んでいく。

 また同時に千香瑠もゲイボルグのトリガーを引き絞り、シューティングモードの銃口から実弾を一連射した。

 千香瑠の援護射撃は棒立ち同然の怪異に命中する。深緑と黒のとぐろの中に突き刺さった弾丸がバスッバスッといまひとつ手応えの感じられない音を立てた。それにより、とぐろを巻いていた怪異の一部が弾け飛ぶ。

 そこへ躍り掛かる藍。だがおかしい。詰めていたはずの距離が、いつまで経ってもゼロにならない。それどころかだんだんと遠ざかっている。

 

「藍ちゃん、一旦下がって!」

 

 千香瑠の叫びに前後して、無数にあるとぐろの一部が勢いよく伸びた。先端に蛇のような口を開き、鋭い牙を鈍く光らせ、小道の脇にある密林へ咄嗟に飛び込んだ藍を追い掛ける。

 藍は巨大な鉄塊を抱えたまま、マングローブの木々の隙間を器用にすり抜けていく。

 蛇の口もまた密林の中を縫うように進み、どこまでも伸びる体でどこまでも獲物を追い続ける。

 

(対策を、何か対策を……)

 

 千香瑠は大して効果の上がらない牽制射撃を続けながら、シチマジムンの伝承を思い出す。

 旅芸人の唄に退散した。日の出に鶏の鳴き声を受けて消え去った。そのような逸話はあるが、今この状況では参考にできない。退散させるのではなく、ここで確実に退治しなければならない。

 そこでもう一つ、シチマジムンがとある武芸者を恐れていた話に思い至る。その名を刻んだ石碑にすら恐れるのだとか。

 

(武芸者を恐れるぐらいだから、きっと刀槍が通用するはず。でも、どうやって近付けばいいの?)

 

 シチマジムンは空間を弄って藍の接近を妨害しつつ、同時に長大な身体を用いて一方的に攻撃するという芸当を見せていた。

 そんな相手に、どうやって槍の間合いまで詰めるのか。最も重要な問題を解決しなければならない。

 

「わわっ!」

「藍ちゃん!」

 

 考えあぐねている内に、藍が怪異に追い詰められる。蛇の口がモンドラゴンのボディと藍の制服の裾に噛み付いたのだ。

 藍を捕らえた蛇の如き体躯は、千香瑠の射撃によってすぐさま断ち切られた。

 ところが拘束を脱した藍の四方から石壁が迫る。地面から突如生えてきたのか、声を出す間も無く藍は瞬時に石の中へ閉じ込められた。それは正しく墓石のようだった。

 急いで藍のもとへと跳んだ千香瑠はくぐもった声を響かせる墓石に手を触れる。どうやら石自体にそれほど強い力は無さそうだ。

 

()っ!」

 

 気合一閃、掌に込められたマギが入れ物たる墓石だけを破壊すると、頭から砕石粉をかぶった藍の姿が現れた。

 

「うぅ~」

 

 藍はボサボサの髪を犬みたいに左右に振って、付着した石の粉を振り払う。

 殺傷力の無い術だが、一度閉じ込められたら内部から抜け出すのには難儀することだろう。

 

「追い掛けても逃げちゃう。これじゃあやっつけられないよ……」

 

 眉をハの字に曲げて困惑する藍。彼女の言う通り、追い掛けっこは分が悪過ぎる。空間操作で間合いを弄られ、無限に伸びる体から攻撃を受け続けるだけだった。

 今また小道の先を見れば、異形の怪異が更に遠のいて見えた。

 そしてまた怪異の体から二本の蛇がするすると伸びて、宙に静止すると左右に大きく裂けた口を開いた。

 危険を承知で千香瑠は勝負に出ようと決める。

 

「藍ちゃん、作戦があります」

「なーに?」

「合図したら、藍ちゃんはシチマジムンにブレイドモードで思いっ切り打ち込んでちょうだい。それまで私は攻撃を受けるだろうけど、絶対に合図を待ってね」

「……うん!」

 

 隣の藍に視線を落として説明する。返事を確認すると、再び前方の怪異へ視線を戻す。

 それから千香瑠は藍と距離を取るように横方向へじりじりと歩き出した。

 宙に静止していた二つの蛇の口が、それぞれ千香瑠と藍に襲い掛かった。

 

「ヘリオスフィア!」

 

 駆け出すと同時に千香瑠はレアスキルを発動させた。本人のみならず、周囲の味方のマギを高めて防御結界を強化する。

 千香瑠に向かってきた蛇はゲイボルグの一振りによって薙ぎ払われた。

 しかし五本六本と、次々に追加の蛇が飛んでくる。それらは空中を泳ぐように自在に旋回し、千香瑠の周囲を囲むように迫って来る。

 横合いからの強襲。蛇の一本が千香瑠の右肩を捉えた。牙は結界に阻まれて通らないが、動きを大きく制限される。

 そしてその機に乗じて、辺りを旋回していた他の蛇たちも順次牙を向けてきた。左腕、右足、左脇腹、チャームの銃身と、全身に噛み付き千香瑠を拘束してしまう。

 

「千香瑠! 千香瑠!」

 

 遠くでは藍がチャームを振るって別の蛇を打ち払いながら千香瑠の名を叫んでいる。だが助力に行く余裕は無いようだ。

 

(それでいいわ)

 

 藍を横目に見つつ、千香瑠は噛み付かれるがままになっていた。

 一方、牙が通用しないと分かったシチマジムンは拘束した千香瑠の体をふわりと持ち上げると、勢いを付けて真下の地面へ叩き付けた。

 顔面から土の上にダイブした千香瑠は手前にずるずると引き摺られ、そうかと思えばまた持ち上げられて、密林の木々へと叩き付けられる。大小の木の幹が次々にへし折られていき、上から落ちてきた枝葉が千香瑠の頭へ降り掛かる。

 千香瑠は無抵抗のまま蹂躙されていた。と同時に、チャンスを窺ってもいた。

 

(シチマジムン本来の能力は、人の方向感覚を狂わせるというもの。その力を、異界化したこの庁舎の中限定で空間操作にまで昇華させている。本来の性質から変わった力なら、どこかで隙が生まれるはず)

 

 能力の昇華と庁舎の異界化はどちらの方が先だと言い切れるものではなく、恐らく同時並行で進んでいるのだろう。それは成長性が計れないという点で脅威だが、安定性に欠くという欠点もあった。

 藍の動きを牽制しながら、捕らえた千香瑠をボロ雑巾の如く滅多打ちにする怪異。一度に何本もの蛇の体を操る技は見事だった。

 しかしながら、蛇の挙動に少しずつ雑さが表れてくる。ひたすら地面や木々に激突しても耐え続ける千香瑠相手に、攻撃が大味になってきたのだ。

 不意に、千香瑠の左腕を拘束していた蛇の口が外れた。それ以外に何本もの蛇がガッチリと獲物を捕まえていたのだが、千香瑠にとっては左腕一本で十分だった。

 自由になった左手が蛇の頭を掴む。

 

(ヘリオスフィアの真価は結界強化だけじゃない。負のマギを浄化してヒュージを弱体化させることもできる。それは怪異が相手でも同じ)

 

 手の平から直接ヘリオスフィアを叩き込む。

 シチマジムンはすぐに異変を悟ったのか、千香瑠の拘束を解いて蛇を引っ込め始めた。と同時に、千香瑠に掴まれている蛇を上下左右に暴れさせて振り落とそうとする。

 しかし千香瑠は掴んだ手を決して離さず、逆に蛇を引っ張り込んでシチマジムン本体を引き寄せようとする。

 早速ヘリオスフィアの浄化が効いているのか、シチマジムンは上手く空間を操作できないでいた。

 空中から地面に着地した千香瑠は両足で踏ん張りを利かせ、更に相手を引き寄せる。

 薄暗い中でも異形の姿がはっきりと分かる距離。間合いが10メートルを切ったところで、ようやく空間操作が機能した。幾ら引き寄せても、これ以上は距離が縮まらなくなった。

 ここぞとばかりに、一時撤収していた他の蛇たちが反撃に転じる。長い体を鞭のようにしならせて獲物を強かに打ち据える。

 

「……ぐぅっ!」

 

 防御結界越しとは言え、強烈な衝撃に襲われた千香瑠の口から苦悶の呻きが漏れた。頬を、肩を、脇腹を、太腿を、繰り返し打たれていく。それでも薄桃色の唇を噛んで耐える。

 あと少し。あと少しの距離を、どう越えるか。

 再び間合いを広げられる前に、千香瑠は動く。

 右手に握ったゲイボルグへでき得る限りマギを込め、右足を後ろへ引きつつ体を半身にし、力の限り投擲する。

 黒色の槍が低い放物線を描いて飛んだ。

 槍の穂先が向かう先、空中に亀裂が走ったかと思いきや、不可視の()()が音を立てて崩れ落ちた。ゲイボルグに込められたヘリオスフィアの浄化の力が空間操作を打ち破ったのだ。

 槍は当初の軌道に沿って目標へと命中した。無数の蛇がとぐろを巻いた異形の怪異へと。穂先から機体本体まで深々と突き刺さったゲイボルグが二、三歩ほど怪異に後ずさりさせる。

 直後、甲高い金切り音が轟いた。

 

「藍ちゃん今よ!」

 

 千香瑠が叫ぶと同時に、何本かの蛇からの牽制に手こずっていた藍が突進を仕掛けた。

 蛇たちは進路上に移動し妨害しようと試みるが、藍は待ち構える牙にも躊躇せず突っ込んでいく。

 そうして障害を薙ぎ倒し、モンドラゴンが敵を捉えた。大きく横に振られた鉄塊は黒と深緑のとぐろを根こそぎ吹き飛ばす。

 藍のフルパワーを受けたシチマジムンは宙を舞った。千切られたとぐろはバラバラと飛散し、残りのとぐろはスルスルほどけていく。

 これで終わり、にはならない。

 ほどけたとぐろが膨張し、爆ぜて、どす黒い波へと変じた。それは正しく波だった。波の如く周辺一帯を覆わんばかりに広がっていったのだ。

 波は当然、近くに居る千香瑠たちも飲み込もうとする。

 

「千香瑠! チャーム!」

 

 藍が投擲されたゲイボルグを拾い上げて千香瑠のもとへ走る。その背後には黒の波がすぐそこまで迫っていた。

 膝を突いていた千香瑠は力を振り絞って立ち上がり、走り寄る藍の体を真正面から抱き締めた。

 その直後に二人は頭から波をかぶって飲み込まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暫し大人しいが。もしや他人に心を砕いているのか。だとしたら、甚だ愚か。まず我が身を案ずるべきだろう」

 

 沈黙を続ける一葉たちを怪異召喚士が煽り立てる。

 とは言え、言い返している余裕は無い。チャームを握る腕が重いのに加え、胸の中を締め付けられるような圧迫感さえ生じていた。

 既に怪異による攻撃は始まっていたのだ。

 先程から視線を動かし怪異の姿を探しているが、それらしいものは見つからない。

 焦る一葉の内心を読み取り嘲笑うように召喚士が薄く笑う。

 ふと、学ラン姿の傍らに1.7メートルほどの物体が立っていることに気付いた。ついさっきまで、確かに何も無かったはずの場所に。

 その物体は左右に二本ずつ四本の腕を生やし、更には頭も左右に二つ付いていた。全身が土色に乾燥しており、まるでミイラのようだった。動いてはいない。ただそこに立っているだけだ。

 

「あぁっ……」

 

 ただソレがそこに居るだけで、胸の圧迫感が膨れ上がる。気道を押し潰されそうな感覚に、言葉が呻きとなって絞り出された。

 恋花と瑤の様子を確認する余裕も無い。だが左右から僅かに呻き声が聞こえてくるあたり、自分と似たような状態なのだと一葉は悟る。

 

「フッ、フフフフフッ。その有様では勝敗は明白か」

 

 召喚士がそう言った後、一葉はようやくまともに喋れるようになる。

 

「それは……一体……っ」

「怪異『両面宿儺』。この怪異には、これまでこの国に踏み付けられてきた者たちの怨恨が宿っている。正に我が国崩しに相応しい最高傑作だ……! フフッ、ハハハハハッ!」

 

 自信と嘲りに満ちた笑い声が大部屋の中に響き渡る。

 詳細を説明されずとも、その怪異の脅威は痛いほど理解できた。今まさに自分たちが身を以って知るはめになっていた。

 だからこそ、ここで仕留めなければならない。このようなものを外に出せばどうなるか。市井の人々が襲われたらどうなるか。恐ろしい結果になるのは火を見るより明らかだ。

 故に一葉は震える右腕を叱咤して、ブルトガングの銃口を持ち上げる。藍緑色の機体が小刻みに揺れる姿は頼り無い。それでも人々の脅威を取り除こうと、ブレる照準を必死に合わせようとする。

 

「無駄、無謀、無意味! 人間に両面宿儺は倒せない。怨恨の対象、日本人なら尚更に」

「それでも、それでも止めてみせます……!」

「ならば足掻くがいい。足掻いて、自ら傷を広げて、絶望の末に果てるがいい!」

 

 

 

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