神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第38話 国崩し 五.

 防衛省本省庁舎15階。

 天井を一枚隔てた屋上にある広域エリアディフェンス発生装置を巡り、一葉たちは怪異の黒幕と相対する。

 だが形勢不利は如何ともし難い状況だった。胸の中を締め付ける圧迫が唐突に増し、何とか前にかざしていたチャームの銃口を下ろさざるを得なくなる。背中に寒気が走り、頭は対照的に高熱を帯びてくる。

 

「はぁっ、はっ……」

 

 息も絶え絶えに、杖代わりのチャームに半ばしがみ付く体たらくで、一葉は左右の仲間に視線を送る。

 

「恋花様、瑤様っ……」

 

 二年生二人は立つこともままならず、床の上に倒れ伏していた。小さな呻きと僅かな体の震えが、彼女らの生存を教えてくれる。

 刃も銃弾も交わすことなく、怪異『両面宿儺』はただそこにあるだけでこの惨状を生み出していた。

 

「ふぅん? 一人だけやけにしぶとい、いや頑丈だな。常人でもリリィでも、コレの呪いには抗えないのだが」

 

 怪異の横で黒衣の怪異召喚士が興味深そうに満身創痍の一葉を見やる。

 一葉とて、ほとんど気力で立っているようなものだった。気を緩めればすぐにでも膝を屈してしまいかねない。風前の灯であった。

 ただそれでも、重い身体と目蓋に活を入れて正面の敵を見据え続ける。

 召喚士はそんな一葉の姿を見て、盛大に溜め息を吐いた。

 

「果たしてそこまでして守る価値があるのだろうか。この世の中に」

「なん、ですって?」

 

 召喚士は両腕を左右へ大袈裟に広げるポーズを取る。

 

「私欲に塗れた為政者たち。面子ばかり大きくて役に立たない軍部。無知蒙昧にして手前勝手な民草。果たしてこんな国を守る必要がどこにあるのだろう」

「それはっ」

「否定はできまい。諸君らも散々見てきたはずだ。ただ見ない振りをして事実に蓋をしてきただけではなかろうか」

 

 思い当たる節が全く無いわけではなかった。

 軍とガーデンの軋轢に半分放任状態の政府、新興宗教に嵌まる人々。自分たちがヒュージと戦っている傍で、不毛な諍いが確かに起きていた。

 

「それは、一面的な見方に過ぎません」

 

 しかし一葉は彼の主張に首肯しない。

 

「他者を思い遣り、他者に尽くそうとする人たちも確かに存在します! この世の中には!」

「極々一部の例外を殊更に主張するのは虚言も同然。醜い我欲と保身こそが人間の真なる姿」

「貴方がそれしか知らないだけだ!」

「知らないとも。だが諸君らの十倍ほど生きている私が知らぬということは、即ち虚構なり」

 

 足元が覚束ない状態で、一歩も譲らない一葉。

 相対する召喚士は当初こそ余裕と嘲りに満ちていたが、少しずつ様子が変わってきた。

 

「先程から口を開けば空虚な綺麗事ばかり。どうやら君はLaw属性らしい」

「はい? ロウ?」

「童ならば、理想も夢想も許されるだろう。しかし何事にも限度がある。君の偽善は滑稽を通り過ぎて、不愉快千万」

 

 目深にかぶった学帽で表情は読み難いものの、明らかに気分を害していた。他人を小馬鹿にした物言いからも切れが失われていた。

 だが堪忍袋の緒を切られたのは彼だけではない。

 

「……ざっけんな」

 

 床に伏していた恋花がどうにか顔だけ上げてガンを飛ばす。

 

「一葉のしてきたことが、夢想とか偽善だなんて、誰にも言わせない。一葉の、私たちの想いはちゃんと形になってる……!」

 

 それは見栄でもはったりでもない。

 恋花の言葉を証明するべく一葉が続く。

 

「貴方は軍とガーデンが仲違いする隙を突き、ヒュージをばら撒いたようですが。リリィ不在の箇所で人は一方的にやられているのですか? そんなはずはないでしょう」

「…………」

「貴方が蔑んだ人たちは今も必死に戦っている。それに、これは私の推測ですが、貴方のヒュージ操作能力には限界があるのでは?」

「何故そう思う?」

「軍がリリィを疎んじているというのなら、防衛省襲撃にラージ級やギガント級を投入すればいいでしょう。チャーム以外で大型ヒュージは撃破不可能なのだから。しかし実際に庁舎の周りで見かけたのはミドル級以下でした。それに群馬の時だって。霧の怪異が操っていたラージ級は一体のみ。あれだけ大規模なヒュージの集団なら、ギガント級か複数のラージ級が率いるのが普通です」

「だとしたら、どうだと言うのか」

「ギガント級も満足に従えることができないのに、日本を征服するなど、それこそ無謀というものでしょう」

 

 一葉は自身に向けられる殺気を物ともせずに先を続ける。

 

「結局のところ、貴方の言う『欺瞞を正す』などというものは口実に過ぎない。ただ単に復讐がしたいだけなのですよ」

 

 そう言い切った途端、一葉は膝を突き、恋花は顔さえ上げていられず床に伏せた。

 両面宿儺の呪いが強まったのだろう。内臓を締めつられるような圧迫感が更に増す。

 ところが霞む視界の中で、黒衣の召喚士は光の奔流に飲み込まれていった。

 見れば、床に倒れて沈黙を続けていた瑤がクリューサーオールの砲口を前方にかざしていた。恋花と一葉の挑発によって生まれたほんの僅かな隙に、一撃を叩き込んだのだ。

 一葉にとっては意図せぬことだが、恋花は初めからこれを狙っていたのだろう。

 

「ふざけた真似を」

 

 眩い光の中から声が響く。

 高出力砲を浴びてなお、彼は健在だった。外套(マント)を盾にしたのか、背にボロ切れを纏った状態で。

 一方の瑤は先程の一発が限界だったのか、再び恋花と同様にチャームを手放し顔を伏せた。

 

「諸君らの類稀なる胆力に敬意を表して、一思いに始末を付けてあげよう」

 

 召喚士の宣言の直後、空中に二振りの曲刀が出現する。切れ味などとても期待できない土色の刀身だが、その禍々しさは遠目からでも感じられる。

 曲刀はそれぞれ恋花と瑤の方へ独りでに飛んでいくと、伏している二人の背中を斬り付けた。

 派手な悲鳴は上がらない。代わりにくぐもった呻き声が一葉の耳に入ってくる。

 

「これは失敬。呪いへの耐性だけでなく、身体も常人より頑健だったな」

 

 白々しい召喚士の発言と共に、曲刀が二人の背中から離れて浮上する。

 血の滲んだエレンスゲの制服へ、再び刃が下ろされるのは明らか。

 その光景を、スローモーションの如くゆっくりと視界に映す一葉の瞳。

 

「やめ、ろ……」

 

 体が動いていた。

 内臓をわし掴みにする圧力と、頭を侵す高熱はそのままで、一葉の体は動いていた。

 二本の足で床を踏み締め、チャームはしっかりと手の中に保持して正面の敵にブレることなく向ける。

 

「やめろっ!」

 

 常人でもリリィでも抗えない呪いを浴びた上で、一葉は戦意だけでなく戦う力をも取り戻した。

 

「あり得ない」

 

 そんな一葉を前に、立ち尽くす召喚士は否定の言葉を発する。

 

「あり得ないあり得ない」

 

 だが現実に一葉の体は動いていた。動いてチャームの砲口を怪異に突き付けていた。

 

「こいつは本当に……人間か!?」

 

 一葉が引き金を引きながら前へ駆け出す。

 棒立ちだった召喚士はそこで初めて後ろへと後ずさった。

 

「叩き潰せぇ!」

 

 絶叫の如き命令を受け、能面みたいな両面宿儺の顔が憤怒の形相に染まる。二対四本の腕には虚空から現出した曲刀や槍がそれぞれ握られていた。

 ただそこに立っていただけの怪異が動き出す。前進する一葉を迎え撃つべく床を蹴って跳ぶ。

 シューティングモードのブルトガングをブレイドモードに高速変形させながら一葉も跳んだ。

 両者が空中で矛を交える。

 左右から迫る刺突と斬撃に対し、一葉は横抱きに構えたブルトガングで受け止めようとした。しかし四手の攻撃全ては防ぎ切れず、肩や脇腹に傷を負ってしまう。

 着地の衝撃で、一葉の体から赤い血が滴り落ちた。血は床の上に落ちて鮮やかに広がっていく。それでも明瞭とした意識を保ち、四本腕の怪異を見据える。

 

(やはり相手の手数が多い。このままでは押し負ける)

 

 曲刀二本を手元で回転させる芸を披露しつつも槍の二本を油断なく構える両面宿儺を、一葉は冷静に観察する。

 砲撃では大したダメージを与えられないようだった。一方で斬撃は真面に浴びずに武器で応じた辺り、まだ通用する可能性はある。故に一縷の望みを賭けて剣で片を付けねばならない。

 勝ち筋を探っている一葉へ怪異が仕掛ける。

 

「くっ!」

 

 四本の腕から嵐のような連撃が繰り出され、ブルトガングの刃とボディを激しく打つ。

 後方へ押し込まれながらぎりぎりのところで剣戟を展開するも、一葉は体力とマギを徐々に削り取られていった。

 時間を掛ければ不利になる一方。そう判断した一葉は覚悟を決める。

 

「レジスタ!」

 

 レアスキルを発動してチャームの刃を研ぎ澄ませる。

 一太刀で討つ。

 しかしその覚悟は我が身を贄に刺し違える覚悟ではない。両面宿儺を倒しても、まだ召喚士が居るのだから。

 

「ここで私が勝たなければ、多くの人が怪異の犠牲になる! 恋花様も瑤様も!」

 

 勝って生き残るための覚悟だ。

 そのために敵の一挙手一投足を捉えようと、一葉は全神経を集中させる。

 幸い、四本腕の連撃に多少は目が慣れてきた。

 

「はっあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 吶喊と共に怪異へ肉薄する。

 右の胸を狙う槍の穂先。これをすんでの所で躱す。

 左肩を狙う曲刀の袈裟懸け。これをブルトガングのボディで弾く。

 続いて左脇腹を狙う槍の突き。制服が裂け血飛沫が飛ぶ。だが致命傷には遠い。

 そこまでくぐり抜けた後、振り上げたブルトガングが目標を定めた。

 ところが最後で、両面宿儺の最後の一手が迫る。右横から水平に振るわれた曲刀が一葉の胴体を狙う。

 これは、避けられない。どうあっても避けられない。そう直感した。

 相手もまた必殺の一太刀を研ぎ澄ませていたのだ。

 胴体を真っ二つにされる未来図がありありとイメージされて、一瞬の内に死の予感が全身を駆け巡る。背筋に冷たい悪寒が走る。

 一葉は恐怖した。

 

(死ねない……死にたくない……!)

 

 恐怖が体を突き動かして、懐に入り込むべくより前へと踏み込む。

 

(皆っ!)

 

 間に合わない。あと一歩が足りない。

 それでも一葉は諦めない。生きるために。生きて大切な者たちと同じ時を過ごすために。

 

「恋花様ぁっ!」

 

 曲刀は、一葉に届かなかった。直前に物理法則を無視して明後日の方向へと軌道を変えていた。

 代わりにブルトガングが両面宿儺を袈裟斬りにしていた。

 猛き戦神の如く刃を振るった怪異は全身を粒子に変じてゆっくりと消えていく。風に流され崩れ落ちる砂城のように。

 何が起きたのかと、一葉は辺りを見回した。すると床の上にどこかで見た錫杖が落ちていることに気付く。

 

「あれは、油すましの……。あれを咄嗟に弾いたんだ……」

 

 見逃された借りを返そうとしたのだろうか。本人の姿が見当たらないので確かめる術は無いが。

 

「……恋花様! 瑤様!」

 

 ハッとして倒れている仲間たちに視線を向ける。

 呪いの元凶は討ったはずだが、二人とも浅くない傷を負っていた。

 

「私は、平気。それより恋花を」

 

 未だ立ち上がれないでいるものの、しっかりとした口調で瑤がそう促した。

 それならば、と一葉は恋花の方へ駆け寄った。

 恋花もやはり立ち上がれず、顔から床へ突っ伏したまま。ただし喋ることはできるらしい。

 

「あ~、私も大丈夫。大丈夫だけどさあ……」

「どうかされましたか!?」

「あんな場面で人の名前叫ぶとか、恥ずいんだけど」

 

 言われた一葉の顔は急激に熱くなった。無論、呪いのせいではない。

 

「えっ、あっ、あれっ? 口に出てたんですか!?」

「そりゃもうばっちりと」

 

 今更恥ずかしがることではないかもしれない。今までにも幾度か好意は伝えてきたつもりである。

 しかしこの極限の状況下、シチュエーションが一葉を普段とは違った心持ちにさせていた。

 羞恥で混乱しかけた一葉。そこへ助け船を出すのは瑤だ。

 

「一葉、恋花も平気そうだから、屋上のエリアディフェンス発生装置に急いで」

「そ、そうでした!」

「早く行ってくれないと、恋花も真っ赤な顔を上げられなくて困ってるから」

「何言ってんの瑤!?」

 

 唐突な指摘に恋花が狼狽する。それでもなお突っ伏したままなので、図星を突かれたのだろう。

 

「ふふっ、分かりました。恥ずかしがり屋の恋花様に悪いので、上へ急ぎます」

「一葉ぁ、あんたねぇ! さっきの録音しとけば良かった!」

 

 未だ敵を残しているにもかかわらず、今の一葉に恐れの念は浮かんでこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市ヶ谷はおろか、東京からも遠く離れたとある場所。人の気配から隔絶された地。放棄されて久しい廃墟。

 そこに怪異召喚士の姿があった。ボロ切れと化した外套を捨てた学ランのみの格好で。

 彼は両面宿儺が討たれた時点で防衛省から離脱を図っていたのだ。当然ながら目的であったエリアディフェンス発生装置の改造は果たせていない。全く取り繕う余地の無い敗走である。

 

「まあ、いいさ。次がある」

 

 それは負け惜しみなどではなかった。実際に150年も雌伏の時を過ごしてきたのだ。再び怪異を召喚する力を蓄えるまで、更に150年待つぐらいどうということはなかった。

 

「その時こそが、今度こそ我が国崩しが成就する時。この国が我が召喚術を否定した過ちを償う時……!」

 

 その瞬間を思い描き、召喚士はほくそ笑む。

 端から見たら皮算用も甚だしいが、本人にとっては勝算を些かも疑うところのない話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次があると思ってんの? そんなんじゃ甘いよ」

 

 虚空から女の声が響いた直後、召喚士の体は潰れていた。比喩でも何でもなく、文字通り粉微塵に潰れていた。

 人間を縛る寿命の軛から逃れた存在が、一瞬で終わりを迎えた。腹に抱えた怨嗟の大きさの割に、呆気ない最後であった。苦痛が一瞬で済んだのがせめてもの救いと言えるだろうか。

 その場に残ったのは、宙に漂う白い霧だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市ヶ谷防衛戦から幾ばくかの時が流れた。

 受けた被害は決して少なくないものの、都内を混乱に陥れたヒュージと怪異を駆逐することに成功していた。

 その戦いにおいて中核の役割を果たしたと言っても過言ではないヘルヴォルは、五人とも病院送り――――藍だけはラボ送り――――となってしまう。

 強化リリィである藍の次に回復した一葉はある日、エレンスゲから離れて友好校のシエルリントに足を運んでいた。目的は彼のガーデンが抱える大図書館『ビブリオテカ』。取り分けマギ関連の資料においては世界一を誇るそこへ、一葉は怪異について探るために前々から閲覧申請を出していたのだ。

 友好校のトップレギオン隊長であるにもかかわらず、許可が下りるのに大分時間が掛かってしまった。一葉が閲覧を希望した資料はそれだけ機密性の高いものだったのだ。

 天井の高い吹き抜けの部屋、紙と電子の資料が混在する書庫で、一葉はシエルリントが蒐集した神秘の一端を知る。

 

(古くから伝承として伝わる物の怪の類。それを実体化して使役する技術を研究する者が居た。当局も初めは真面に受け取っていなかったが、大陸に渡ったその者が実験と称して墓場を荒らしたり小動物を惨殺する奇行に走り、遂には生きている人間にまで害が及ぶと本腰を入れて取り締まろうとした)

 

 まず最初に調べたのは、彼女らヘルヴォルが取り逃がした敵、怪異召喚士。そこには150年以上も昔に起きた事件について記されていた。

 

(その者は狂言者ではなかった。狂ってはいたが、狂言は吐いていなかった。既に怪異召喚の技術は一部形となっており、取り締まる側に被害が出た。それでも当時の東条英機関東憲兵隊司令官の命を受けた憲兵の襲撃を受け負傷。以後は行方をくらまし、戦後の連合国軍による追跡も振り切り今日に至る)

 

 歴史の研究をしている気分になりつつも、一葉は次に怪異の行方について探る。

 

(かつて確かに実在した人外たちが文明社会の前から姿を消してどこへ向かったのか。その答えは、世界中に散見される秘境・隠れ里と呼ばれる伝承にある。こちら側の世界と地続きでありながら、境界で隔てられて外からの侵入を拒んでいる。今もなお語られる怪談は彼の地から漏れ出た存在によるものだ)

 

 これが萃香が言っていた「結界に囲まれた土地」のことだろう。シエルリントの集めた資料はかなり事実に食い込んだ物のようだ。

 しかしながら、一葉は読み進めていく内に違和感を抱くようになっていた。

 まず一つ、その隠れ里についての詳細な資料が存在しないということ。人の手では調査する手段が無いと言えばそれまでだが、どうにも引っ掛かる。萃香の話を思い出しても、そこまで厳格な隔離が施されているわけではなさそうだった。

 そしてもう一つ、何故ここまで資料を集めておきながら、当のシエルリントは妖怪・怪異に対して明確なアクションを起こしていないのか。マギやヒュージ関連の案件へ集中しているためだとしても、些か不自然だ。

 

(桜ノ杜や鹿野苑のような怪異退治の技術を擁していないから? それとも、あるいは、ここの資料にも記されていない何か重要な事実が存在する?)

 

 一人黙考している内に、何故か背筋に薄ら寒い感覚を覚えた一葉は一旦思考を中断した。

 

「……ここまでにしておきましょう」

 

 そして無人の大図書館閉架スペースから逃げるように退出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエルリント校舎内のカフェテラスにやって来た一葉は明るい茶色のサイドテールへ声を掛ける。

 

「恋花様、お待たせしました」

 

 テーブル席に座ったまま振り返った恋花はミルクコーヒーを啜るストローから口を離した。

 

「おー、随分と熱中してたみたいじゃない」

「すみません。折角の機会だったので」

「ま、さっきまで深顯とお喋りしてたからいいんだけどさ」

 

 閉架資料の閲覧が許されたのは一葉のみだった。それも持ち出しや撮影、書き取り等は禁止という条件付きで。

 恋花は一葉の付き添い……というよりも、シエルリントの道川深顯と会うために付いて来たようなものだった。

 

「それで、どうすんの? もう帰る?」

「いいえ。ちょっと本の読み過ぎで頭が煮詰まってきたので、外に出て冷やしてこようかと」

「ふーん。あたしはもうちょっとシエルリントの中を見て回るよ」

「病み上がりなのですから、無理しないでくださいね」

「病み上がりは一葉も一緒でしょー」

「私は完全に回復してますから」

 

 恋花と再度別れた一葉は校門をくぐってガーデンの外へ出た。

 シエルリントの位置する金沢町はそこそこの規模の街だが、校舎の後背には広い森林地帯が広がっている。

 ランニングがてら森の中にまでやって来た頃には、体が温まると同時に冷風によって頭は冷えてきた。

 

「私の考え過ぎだろうか」

 

 一葉はそう思い直し、走るスピードを落とす。

 四方を森の木に囲まれた開けた場所。池の畔にあるベンチを見つけて一休み。

 石造りのベンチは古く、保守清掃が行き届いているとは言えないが、幸い耐久性に問題は無さそうだった。

 エレンスゲに残っている千香瑠と瑤と藍は今頃何をしているのだろうか。気分転換にそんなことを考える。

 皆の体調が万全になったら、ブランクを取り戻すための訓練メニューを実施しなければならない。

 途中から思考がワーカーホリックと化す。

 そんな一葉の前に少女が一人現れる。

 

「よっ」

 

 頭から二本の角を生やした少女が気さくに片手を上げる。

 直前まで気配は感じられなかった。彼女が突然なのはいつものことである。

 

「萃香さん」

「やることやり切って気が抜けてるんじゃないかと思ってたが、そうでもなさそうだなあ。いい(つら)してるよ」

「ははは。人からはよく『もっとメリハリ付けろ』と注意されるのですが」

「そりゃ正論だ」

 

 朗らかな世間話染みた会話から入る。妖怪と言っても、そういう部分は人間と大差ない。

 

「でもまあ、丁度良かったな」

「丁度良い? 何がですか?」

 

 萃香は多少の間を置き、勿体ぶるかのように話す。

 

「いやあ、五大怪異を見事に討ち果たしたお前さんたちには悪いんだが、結界補強の儀式がまだ不完全なんだ」

「では、まだ怪異を倒す必要があるのですね」

「そういうこと。そちら側での怪異の顕現を断つためにも、もう一仕事して欲しい」

「しかし、市ヶ谷での戦い以降、怪異騒ぎはパッタリと止まりました。宇治の橋姫も既に結界の向こうに帰ったのでしょう? 一体どこに討つべき怪異が……」

 

 一葉は首を捻る。標的は取り逃した怪異召喚士ではないかとも思ったが、最初に萃香は「五大怪異を見事に討ち果たした」と言っていた。ならばまた別の怪異のことを指しているのだろう。

 

「最後に一つ、打って付けの奴が残ってる」

「……やはり心当たりがありません。そんな大物の怪異なら、何かしら事件になっていると思うのですが」

 

 尚も考え込む一葉に対し、萃香は口の端を持ち上げた。

 

「目の前に居るだろう?」

 

 

 




五大怪異 完






イルマ舞台、シャイネスの密集陣形・統制射撃やハコルベランドの姫翠様以外全員前に出る脳筋突貫戦法など(活かせるかどうかはともかく)創作のネタになりそうな要素が盛り沢山でしたね…

ラスバレのテキストと立ち絵の紙芝居形式では妄想に限界があるので、やはり立体的な視覚情報があると助かります。
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