交差式のシートベルトで座席にガッチリと固定した体が一定のリズムで揺れる。
円形の覗き窓に映る景色は五割方が灰色の雲だった。
機上の人となった一葉たちを運んでいるのはガンシップ。
通常、ガンシップは翼下に懸架する二つの兵員ポッドに十六名程度のリリィと装備を収容できる。五人制レギオンを採用するエレンスゲの場合、複数レギオンやマディック部隊を帯同させて運用するのが基本だった。
一レギオンで専用機の運用を許されたヘルヴォルの特別待遇が分かるというものだ。
そんなガンシップを用いたヘルヴォル二度目の京都外征は、あっさりとはいかなかったものの何とか許可が下りていた。
ただそれは妖怪退治よりも、鹿野苑の関係者と接触を持つ点に重きを置いているように一葉には感じられた。
ガーデンとしても、接点が乏しい西国の他校から情報を得られる機会を活かしたかったのだろう。
「まもなく飛行場、飛行場。着陸態勢に入ります。ベルトの着用を確認し、揺れにご注意ください」
今回の外征に思い巡らせていた一葉の耳が、機内無線のアナウンスを捉える。
落ち着いた大人の女性の声。パイロットもまた機体と同じく、ヘルヴォルの専属であった。
「恋花様。確認ですが、件のご友人たちとは京都市南西部の西京区にあるカフェで落ち合うということで、よろしいですね?」
「そうそう。テラス席で待ってるって言ってたから、すぐに分かるでしょ」
恋花が仲良くなったという鹿野苑の関係者は京都市内の大学に通う大学生らしい。
いつの間にそんな人物と連絡を取り合える仲になったのか。恋花のコミュニケーション能力の高さが窺える。
最初に萃香と出会ったのは京都府内の山中だ。その点からも、地元の人間から話を聞けるのは大きい。
「いやー、リンフォンの時はバタバタしてたし、状況が状況だから話せなかったけど。期待できるんじゃないかな?」
恋花がそんなことを言っている間にも、ヘルヴォルを乗せたガンシップは徐々に高度を落としていく。
これが戦闘機動時なら「舌を噛む」と警告されるところだが、幸い緩降下のため口の中で惨事が起きたりはしなかった。
◇
京都市南西部の飛行場でガンシップを降りて、そこから陸路で目的地を目指す。
京の街は札幌と同じく、隋・唐の長安城を手本として碁盤目状に整然と区画された官製の街である。
ヘルヴォルが向かう場所はそのような碁盤目状の市街地からやや離れた郊外の土地。
片側二車線の大通りに面した並木道の途中に、勾配の小さい黒色の陸屋根を備えたモダンな建物があった。集合場所のカフェだ。
カフェの駐車場は一般車両なら悠々と並べられる程度には広い。また軒先には複数の丸テーブルと椅子が設置され、テラス席を構成している。
開放的だが、それ故に時節柄まだ肌寒いであろうテラス席の一角に、お目当ての人物たちが居た。
成る程、恋花の言った通りすぐに分かった。テラス席にはそれらしい年齢の女性が彼女らしか見当たらなかったからだ。
一人はセミショートの黒髪の上に黒の中折れ帽を被り、羽織るケープも黒色だった。彼女は装丁の地味な分厚い書物へ静かに目を落としている。
そしてもう一人は鮮やかで美しい金髪にナイトキャップめいた特徴的な帽子を乗せた異国の少女。纏う衣装も本人と同じく気品を感じさせる紫色のワンピースドレス。ペンを片手に、テーブルの上の冊子か何かを真剣に見つめている。
二人の少女の内、黒髪の方が一葉たちの接近に気付いて視線を上に持ち上げた。
「初めまして。霊能者サークル『
書物のページを閉じ、帽子を脱いで自己紹介をする。
もう一人もペンを揺らす手を止め、難しい顔も止めて会釈をしてくる。
ヘルヴォル側も恋花を除く四人が自己紹介を返すと、人数が増えてきたのでお店に頼んで屋内の広い席へ移ることにした。
平日の午前十時とあって、店内の客入りは疎らである。元々大きな店舗で席数も多いので余計にそう感じるのかもしれない。郊外の大型店ゆえに為せる業だった。
窓際の八人席で向かい合うヘルヴォルと秘封倶楽部。恋花だけは秘封倶楽部側に腰を下ろしている。
「ふふっ、可愛らしいリリィさんね。この子も飛び級かしら」
「……? らんは皆と同じ高校生だよ」
注文したオレンジジュースのグラスを両手で握って飲む藍に、マエリベリー改めメリーが笑みを零す。
蓮子もメリーも飛び入学によって大学生となっていた。関東や関西の大学ではそこまで珍しいことではない。蓮子が「同年代だと思う」と言ったのはそういう事情によるものだった。
「さてと、まずは私たち秘封俱楽部の活動について説明しましょうか」
取り留めの無いやり取りの後に本題へと移ったのは蓮子である。
「恋花から大よそは聞いていると思うけど、秘封倶楽部は霊能者サークル。と言っても一般的なイメージにある降霊とか除霊とかは領分外で、超常的な現象や場所について調べているの」
ヒュージやマギのような超科学的な代物が実存する現代にあっても、心霊現象は未だ解明されていないオカルトの領分。秘封倶楽部はそういった霊的な分野とは趣を異にするようだ。
「具体的にはどのような?」
「結界の調査よ。この世の中には、ある土地とまた別のある土地を区切る境界線が存在する。そういった普通では認識できないような結界の境目について解明するのが私たちの活動ってわけ。多分、色々経験してきたであろう貴方たちなら信じてくれるでしょう」
一葉の質問に対して蓮子は躊躇うことなく自信を以って答えた。
実際、彼女の話を頭ごなしに否定するつもりはない。ただ一点、疑問は抱いたが。
「待ってください。結界の境目なんて、見つけようと思って見つけらるようなものじゃない。貴方たちは一体……」
「あー……、私じゃなくてメリーだけなんだけどね。見えるのは。それでフィールドワーク中に鹿野苑に保護されることになったのよ」
神社生まれの千香瑠が驚くということは、それだけ大層なことなのだろう。
だが目の前の女子大生たちはそんな大層な行為をサークル活動として実施しているというのだ。
「ふむ……。それは一種の異能かもしれませんね」
「一葉ちゃん?」
「レアスキルに類別できない特異な能力、異能。スキラー数値とはあまり関連性がないとは言われてますが……。念のためお尋ねしますけど、お二人はリリィではないのですね?」
「それは間違いないわ。私もメリーも、学校で測定した時はマディックになれるかなれないかって数値しか出なかった。当然チャームなんて使えない」
珍しいケースだが、あり得ない話ではなかった。
それに異能を持っているならガーデンに保護されるのも頷ける。
「まあそういうわけで、私たちはリリィでもマディックでもないから、鹿野苑の関係者と言ってもそこまで深い関係じゃないの。ただ調査した結果をレポートして、有用だったらちょっとした報酬を貰ったり。調査場所によっては護衛して貰ったり。そんな関係。以前よりやり難くなった面はあるけどね」
「自由にさせ過ぎないぐらいが丁度いいわ。蓮子には」
「ちょっと、そういうこと言う? 危なっかしい目に遭うのは大体メリーの方でしょ? あの時だって――――」
何やら別の話題へと発展しそうな様子。
一葉もそれはそれで気になるが、しかし今日の目的とは違う。
「はいはーい、これで蓮子とメリーについては分かったでしょ? じゃあいよいよ本題に入ろっか」
恋花が上手い具合に場を切り替えた。
するとメリーが軽く咳払いをし、改めて一葉たちと向き合う。ここから先は彼女が主体で応じてくれるようだ。
「恋花からは『怪異について話がしたい』としか聞いてなかったけど。話せること、話せないこともあるでしょうし」
メリーは瞬きを挟みながら薄紫の瞳で見つめてくる。
「それで、貴方たちは具体的に何の怪異を追ってるの?」
作戦行動上話せない点を除き、一葉は秘封倶楽部に事のあらましを説明した。鬼を名乗る少女のこと、彼女と協力して怪異と戦ってきたこと、そんな彼女が突如として牙を剥いてきたこと。
メリーにしろ蓮子にしろ、伊吹萃香という名が出たところに反応しているようだった。
「――――というわけで、我々ヘルヴォルは彼女が次に行動を起こす前に接触したいと考えています」
「接触して、場合によっては戦うと?」
「そうなるかと」
一葉の言葉に、メリーは少々考え込んでから再び口を開く。
「まず、私たちは実際に鬼と接触したことはないわ。以前はその実存も信じていなかった。だけど……そうね、そちらの千香瑠さんは巫女だったのよね? 貴方は伊吹という名の鬼について、どの程度知っているのかしら?」
「はい。伊吹……伊吹童子が彼の日本三大妖怪とされる酒呑童子と親子関係にあったり、伝承によっては同一人物とされていることぐらいでしょうか」
「……鬼の伝承は日本中に伝わってる。その形は多種多様で、数も膨大。でも鹿野苑では鬼と接触した記録は勿論、存在を示す痕跡すら無い。一体どういうことなのかしら」
意味深なメリーの物言い。
一葉は今一つ真意を測りかねた。
「それは単純に鬼が我々の世界に姿を現さないだけ、という理由ではないんでしょうね」
「だとしたら伝承だってもっと少ないはずよ。でも実際は近世になっても新たな噺が創られている」
「むぅ……では何故……」
「これは私の推測なんだけど……。鹿野苑と、恐らくは鎌倉の桜ノ社も、鬼が実存する痕跡を敢えて残さないようにしているんだと思ってる」
予想外の意見であった。
当然、一葉はそう思う根拠をメリーに問う。
「どうして、そう思われるのです?」
「以前、能力の応用で結界の向こう側に入り込んだことがあるの。そこでは鬼は強大な妖怪とされていた。そして妖怪は人を襲い食らうものとされていた。実際、鬼相手じゃないけど私も追い掛けられたわ」
「つまり、そのような鬼と極力関わらないようにするための処置だと?」
「触らぬ神に祟りなし、とよく言うわね。鬼もしばしば信仰の対象になるし」
メリーの推測は状況証拠に基づくもの。なので完全に肯定することはできない。
だがその推測を信じるなら、一葉がシエルリントの大図書館で抱いた違和感に説明がつく。鬼や結界の内側についての詳細が記されていなかったのは、意図的に残していなかったから。そしてまた、シエルリントが積極的に怪異退治へ乗り出していなかったこととも繋がってくる。
(藪をつついて蛇を出す。逆鱗に触れる。ヒュージよりもよほど恐れていた……)
各ガーデンの思惑は置くとしても、一葉たちにとっては困った状況であった。萃香に関する情報を集めに来たのに、鹿野苑に鬼の記録が無いのならそれも難しい。
「それでも、そんな厄介極まりない相手と、貴方たちは本当に向き合うつもり?」
メリーに代わって蓮子がヘルヴォルに問うてくる。
無論、一葉たちの返答は決まっていた。
「はい。どうやら彼女は私たちに用がある様子。それに人へ害を為そうというのを、放っておくことはできません」
「そっか。だったらいいよね? メリー」
「そうね」
一葉から返事を聞くと、蓮子とメリーは何やら目配せし合った。
「鬼の手掛かりかどうかは分からないけど、結界の手掛かりならあるわ。京都の大江山の中に、結界の境目を見かけたことがあるの」
「それはっ……。私たちが萃香さんと初めて出会ったのも大江山。無関係とは思えません」
「彼女が酒呑童子という鬼と同一の存在ならね」
メリーは鞄の中から取り出した大江山の地図をテーブルの上に広げた。その中に記されている赤丸が結界の境目とやらだろう。場所は三合目辺りだろうか。比較的低い位置にある。
「へー、こういうのって山の天辺とかがお約束だと思ってたけど」
「油断しちゃ駄目。山は高い所が危険とは限らない」
恋花のもっともらしい感想に瑤が口を挟む。
確かに高さで言えば麓から近くはあるが、同時に山道から外れた場所でもあった。
「本当によろしいのでしょうか。この地図を頂いても」
地図へ手を伸ばすことに一葉は躊躇う。
すると蓮子は一葉の躊躇する理由を正確に察したようだ。
「あー、まあ、確かに鹿野苑としては鬼と関わって欲しくはないんだけど。でもいいわ」
「何故です?」
「うちが不良サークルだから」
「こら、蓮子」
「冗談よ」
得意げな顔でとんでもないことを言う相方に突っ込みを入れた後、メリーが一葉の疑問への答えを引き継ぐ。
「鹿野苑が危険視しているのは、対処する力を持たない者の妖怪との接触なの。だけど一葉さんたちはそうではなさそうだから。ただ一方的に拐かされる事態にはならないでしょう」
「成る程、その点は多少なりともご期待に沿えるかと」
「それに、やっぱり私たちも気になるから。秘されたものを詳らかにするのが、私たち」
落ち着き払っていたかと思いきや、途端に好奇の色を瞳に宿す金髪の少女。
こちらの姿が本来の彼女、いや彼女たちなのだろう。天才と呼ばれる人間は概して探求心の塊らしいが、この二人も例外ではないようだ。
「う~ん、やっぱり不良サークル」
「だから違うって。もうちょっと言い方が」
「じゃあ開拓者とか、探求者とか」
「悪くないわね」
「何だか、食い詰めたやくざ者が冒険家って名乗るみたい」
「それはやめて」
目の前で軽口の応酬を始めた二人に一葉は呆気に取られる。恋花が「夫婦漫才」とぼそりと呟いたのは気のせいではないだろう。
「ともあれ、嗾けるような真似した私たちが言うのも変だけど、十分に気を付けてね。怪異退治の専門家である鹿野苑が危険視するような相手だから」
「お気遣い感謝します。ですが私たちはリリィ。危険を承知で為すべき時もあるので」
「ふふっ、中々正直ね」
真剣な口調に戻って案ずる蓮子に対し、一葉もまた真剣に応じるのだった。
◇
道は拓けた。
秘封倶楽部と別れたヘルヴォルは早速大江山へ発とうとするのだが、その前に腹ごしらえをしようと京の街に繰り出した。
「恋花様、お昼は何がいいですか? ラーメン以外で」
「ラーメン以外かよ! じゃあ、お寿司!」
そういうわけで、お店で買ってどこか落ち着ける場所で食べることにした。
回転寿司形式の寿司屋が感染症の流行や迷惑系配信動画の活躍で凋落していくのを尻目に、旧来の持ち帰り式の寿司店が復興を遂げるようになって久しい。
特にここ関西では庶民向けのチェーン店が隆盛を誇っている。
パック入りの寿司セットをテイクアウトしたヘルヴォルは街外れの大きな公園をランチの場に決める。
ベンチの上で、ナイロン袋の中に積まれたプラスチックのパックを取り出す。そこには色取り取りの多種多様な海の幸や、中には海ではない幸までもがシャリの上に乗っかっていた。
藍はパックの一つを透明な蓋の上からまじまじと見つめた後、瑤のすぐ隣にちょこんと座る。
「瑤ー瑤ー、タマゴとイクラちょーだい?」
「うん、いいよ」
「代わりに、これ食べて」
「かっぱ巻き……。キュウリ、やっぱりまだ嫌いなの?」
「うん、きらーい」
そんな二人のやり取りに、千香瑠が参入してくる。
「藍ちゃん。ちゃんとキュウリも食べないと」
「えーっ」
「キュウリを食べない悪い子は、河童がやって来て川の中に引きずり込まれちゃいますよ?」
「やだーーーっ!」
藍が緑の悪魔と戦ったり戦わなかったりしているその横で、恋花は幸せそうにトロの握りを頬張っていた。
以前よりも確実に高値となった遠洋魚類だが、それでも途絶えず供給されているのは、命懸けで捕り続けている人々のお陰である。
「美味しそうに食べますね」
「美味しいからね。このこってりとした脂がまた、もうっ」
一葉の指摘にもほくほく顔で返す。
正当な対価を受け取った上でここまで美味しそうに食べてもらえたら、捕ってきた者も調理した者も満足だろう。
「……分かっていたことですが、今回も相当な激戦になるでしょう」
ふと弱音とも受け取れる言葉を漏らす一葉。
実際、それは弱音の類だったのかもしれない。一葉本人に自覚が無かっただけで。
「ま、萃香がめっちゃ強いってのは前から分かってたことだけど」
「いざ本当に敵になると、応えます」
一葉は自分でも驚くほど自然に弱音を吐き出していた。一度恋花に弱味を見せれたせいだろうか。
「本当にヤバくなったら逃げればいいし」
「そんな簡単に……」
「玉砕なんて御免だから、あたしは
そんな身も蓋も無い言い方をされたものだから、一葉はかえって気が楽になった。多少は。
「恋花さんの意見はもっともよ。相手が逃がしてくれるかどうかを別にすれば」
千香瑠も二人の会話を聞いていたようだ。
「ところで、私の別の悩みも聞いてもらえるかしら」
「どうかされたのですか、千香瑠様」
「藍ちゃんにキュウリを食べてもらいたいの。でもマヨネーズに頼ってばかりは、何か違うと思うし。他に妙案はありませんか?」
予想だにしない相談だった。
しかしすぐには一葉も思い浮かばない。と言うよりも、千香瑠に無理なら他の誰でも無理に違いない。
「あはは、ママは大変だねぇ」
「恋花さん? 恋花さんも他人事じゃあないんですよ?」
「へぇっ?」
「藍ちゃんの次に好き嫌いが多いんだから。いずれ恋花さんの食生活改善計画も立てないと」
「そんなっ、ママぁ……」
恋花の力無い悲鳴は公園の空気に溶けて流れていく。
神庭のイベント良かった…
旧グランエプレのメンバーと生徒会メンバーがもうすっかり打ち解けていましたね。
ただ結局あの世界では女性同士結婚できるのかできないのか明言はされませんでした。
小説のネタに使えるかと期待してたのに…
ちなみに私の作品世界では、欧米や国連の圧力によって法制化されたため、日本の行く末を真に憂いて糾弾する義士たちがジオン残党ばりに涌き出ているという設定となっております(隙自語)