神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第43話 旧き者たち

 京都の大江山にて鬼と戦っていたはずの恋花。彼女は気を失っている間に見知らぬ和室へ連れて来られた。

 纏っていたエレンスゲオーダーのジャケットは室内のハンガーラックに掛けられている。

 

「こういうところは洋風なのね」

 

 チグハグさに突っ込みを入れながら恋花は濃紫のジャケットを手に取り羽織った。

 また、枕元には彼女愛用のチャーム、ブルンツヴィークも置かれている。手に取って色々弄ってみるが、特に異常はなさそうだ。

 チャームを構えたまま襖を開けてみると、短い廊下とその向こうの玄関が見える。障子を開いてみると、大岩が鎮座し木が何本か立った空間が映り込む。塀などで囲ってはいないが、この建物の庭なのだろう。

 恋花はすぐに部屋の外へ飛び出したりせず、一旦畳の上に座り込んで考え込む。

 

(状況的に考えて、あの鬼っ子に攫われたのは間違いないよねえ。でも監禁されてるわけでもないし、チャームも取り上げられてない。一体、何が狙い?)

 

 恋花は萃香の目的について思い出す。

 彼女の言が正しいのなら、人に妖怪を倒させ結界補強の儀式を完成させるために動いている。現に恋花のチャームはそのままだ。

 すぐに恋花をどうこうする気が無さそうなのは、ヘルヴォルの他のメンバーがやって来るのを待っているためだろうか。だとしたら相当に遠回しだし、まだるっこしい。

 

(そもそも、本当にここどこなのよ?)

 

 奇妙な現状に頭を悩ませていると、部屋の外からギィ、ギィと木の床が軋む音が聞こえてくる。

 廊下から何者かがこの和室に近付いている。

 恋花は庭に繋がる障子に背を向けると共に、チャームへ手を添えていつでも事に及べる態勢を整えた。

 足音を隠そうともしない辺り、寝首を掻く気はさらさら無いのだろう。かと言って害意が全く無いとも言い切れない。

 それから幾らも経たない内、廊下の軋む音が途絶えて襖がゆっくりと横に開いた。

 

「おや? ようやくお目覚めですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルヴォルと秘封俱楽部の会談から数日後、鹿野苑の支援の一つが一葉たちの泊まる京都市内の宿へと届けられた。

 何だかふわふわした感じの上級生リリィと真面目な下級生リリィが持って来てくれたのは、刀の形をしたチャームである。

 実際、国内メイカーの天津重工などによって刀を模したチャームが幾つか開発されていた。

 だが今回鹿野苑が用意したチャームはそういった物とは根本的に違う。刀を模したのではなく、本物の刀をチャームに改造した物だった。

 

「ドウジキリ……」

 

 一葉は両手の上にその刀を乗せて、神妙な面持ちで鞘に納まった刀身を見つめる。

 

「国宝をチャームに改造し、その上実戦に投入するなんて……」

「ヒュージに対して試行錯誤していた時代のこととはいえ、思い切ったわね」

 

 一葉と千香瑠はその発想よりも実行力に舌を巻いた。たとえ思い付いたとしても、本当に実現させようとは普通は考えないはずだ。

 

「そう言えば、国宝を保管してる国立博物館の所管官庁は文科省だし、鹿野苑を管轄してるのも文科省だったね」

 

 瑤が思い出したかのようにそう言った。

 日本において多くのガーデンは防衛省の管轄下にあるが、シエルリントや鹿野苑など一部は文部科学省の下に置かれていた。

 軍事機関としてのみならず、学術や科学技術の観点からもガーデン運営を評価するため。そのような御題目が掲げられる一方で、省庁間の駆け引きの結果だという批判も指摘されている。

 ただ実際のところはと言うと、対ヒュージ政策において文科省は防衛省に負けないほど積極果敢な面がある。

 文科省の役人たちはかねてから()()()()()()といったスピリチュアルな要素がヒュージ対策に役立たないか検討していたのだ。非科学的だと嘲笑して切り捨てた『軍事に一家言ある市井の自称有識者たち』とは違って。

 文科省のそういった態度は直接的に実を結ばなくとも、マギの解析やチャーム開発の黎明期に大きな助けになったと言われている。

 

「これは噂程度の話なんだけど」

 

 リリィたちの会話の最中、蓮子が前置きした上で加わってくる。

 

「今回の鹿野苑とエレンスゲとの協力を仲立ちした文科省がドウジキリの貸与を強く提案したんだって。ヒュージ相手には振るわなくても、謂われのある相手には通用するって証明したいのかもね」

 

 どこか嬉しそうに語る蓮子の前で、鍔の上部にマギクリスタルコアを搭載した日本刀を一葉はまじまじと見つめ続ける。

 

「本当に鬼に対抗し得る武器だとしたら、千香瑠様が持つべきではないでしょうか」

「いいえ、一葉ちゃんが使って。私にはこれがあるから」

「それは、大幣(おおぬさ)ですか?」

「お祓い棒よ。故郷の甲州から持ち出したものを家族から送ってもらったの。チャームじゃないからゲイボルグと併用できるし。妖怪相手なら少しは役に立つと思うわ」

 

 チャームよりも短い木の棒の先端から捩った白い布を何枚か伸ばした神道の道具。

 一見すると強力な武器には見えないが、千香瑠がああ言ったからには期待して良いのだろう。だんだんと神々しさすら感じられてきた。

 

「ふぁ~~~っ……」

 

 ふと大きな欠伸と共に、会議の途中で睡魔に敗北していた藍が目を覚ます。

 藍は自分の頭がメリーの肩にもたれ掛かっていることに気付いてパチクリと瞬きをした。

 

「あれー? どうしてメリーと蓮子が居るんだっけ?」

「もう、ちゃんと話したでしょう? 鹿野苑の報せ地蔵が京都府内を監視している間、私たちでも他の地域を当たってみようって。そのためにメリーさんたちに協力してもらうんだから」

 

 寝惚け眼の藍へ、仕方なく一葉が説明し直した。

 そしてその捜索地域については、まさに今これから話し合おうというところであった。

 

「流石に闇雲に捜すわけにはいかないから、何かしら鬼と関連性のある土地から当たるのが最善よね。私はやっぱり、最初に伊吹山を推すわ。ちょうど京都からも近いことだし」

 

 蓮子の提案に対し、誰もが納得したように頷いた。

 

「酒呑童子の本拠は文献によって大江山説と伊吹山説に分かれてるし、伊吹山のある滋賀県は京都府の隣だから、初めに向かう候補地として相応しいと思います」

 

 千香瑠も同意の理由をそう述べる。

 ただし、当たり前だが懸念が全く無いわけでもない。

 

「あまりに順当過ぎて、あの萃香さんが素直にそこで待ち構えているとは言い切れませんが」

「まあそれは考えていても切りがないでしょう。まずは実際に行ってみないと」

 

 一応懸念を挙げてみたが、一葉も反対ではない。

 結局、蓮子の提案した通り滋賀行きが決定したのだった。

 ちょうどその時、藍が再び口を大きく開けて欠伸をする。

 

「ふぁ……。決まった? 決まったら、恋花を捜しに、行こうね……」

「藍、昨日も遅くまで必殺技の特訓してたから」

 

 藍の隣を――――今回だけ――――メリーに譲った瑤がフォローする。

 以前の藍の発言を、藍本人は勿論のこと、一葉も真面目に考え許可を出していたのだ。

 そういうわけで、宿の居間を使って開催された会議の場で船を漕いでいても、メリーの肩を枕にしていても、当初の一葉を除いて強く咎める者は居なかった。

 

「ん~~~っ、むにゃむにゃ……」

 

 目を閉じて口をもごもごする藍。

 そんな彼女の柔らかい頬っぺたを左肩に乗せたメリーは体を揺らさないよう首だけ器用に回して蓮子に向き直る。

 

「ねえ、この子ちょっとうちに連れて帰れないかしら」

「やめてよね。潜伏の罪で捕まる前に他の罪でお縄になるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや? ようやくお目覚めですか」

 

 起き上がって布団から離れていた恋花の姿を見て、和室の襖を開けた人物は少しだけ意外そうな声を上げた。

 緑のベストと膝丈のスカートを纏い、白色に近い銀髪のショートヘア。肌は血が通っていないのかと錯覚する程に白い。表情や仕草に生気が感じられるので不気味さは無いが。見た目だけで言うなら、歳は中等部ぐらいだろうか。

 

「このまま寝ているようなら体を拭いてあげようかと思っていたところですが。手間が省けました」

 

 この緑衣の少女、状況的に考えてまず間違いなく萃香の関係者だろう。

 それにもかかわらず、世間話でもするかのような調子で恋花に話し掛けてくる。

 少女の話はあながち嘘でもなさそうだ。実際に湯を張った桶と大きめの手拭いを持参していたのだから。

 現状が全く掴めない中、恋花は一先ず彼女の調子に合わせることにした。

 

「う~ん、確かにシャワーを浴びたい気分かも」

「生憎シャワーはありませんが、お風呂なら沸かせますよ」

「ありがと~。あと着替えがあったら嬉しいなあ」

「仕方ないですね」

 

 その後、恋花は薪を燃料とする昔ながらのお風呂に浸かり、渡された昔ながらの襦袢に袖を通した。

 その途中、幾つか分かったことがある。

 ここは木造平屋の一軒家。それも恋花の常識からすると、相当に古めかしい様式の家である。

 今現在、恋花と少女以外に人の姿は無い。少なくともこの家を恒常的に使用している住人の痕跡は見られなかった。

 そして家の外について。濃い霧が出ているため遠くまでは見通せないが、近くに人家の影は確認できなかった。あるとしても、ご近所付き合いが億劫になるほど距離が離れているはずだ。

 

(まだ闇雲に外を出歩くべきじゃない。となると、あとはこの子か……)

 

 最初の和室の中で、恋花は改めて緑衣の少女を見やる。

 彼女がただの人でないのは外見からも明らかだ。幼さの残る容姿には不釣り合いな刀を二本腰に差し、すぐ傍には白く半透明な物体――――まるで人魂のような何かが付き従うように宙に浮かんでいる。

 見た目と実体が不釣り合いなのは恋花たちリリィも同様ではあるのだが。

 

「そろそろ空腹を感じる頃合なのでは? 粗食で良ければ出せますが」

 

 それとなく少女を観察していた恋花は当人からまたもや意外な提案をされた。

 

「いや~、至れり尽せりだね。もしかして貴方が作ってくれるの?」

「ええ。お客人のお世話を任されていますので」

「へぇー。ところで貴方ってやっぱり、萃香のお仲間?」

 

 恋花が流れで突っ込んだ質問を繰り出すと、少女は眉根を若干寄せて軽く唸る。

 

「うーん……あの子鬼の仲間ではないのですが。(あるじ)の命ですから」

「ふーん。何だか大変そうだね」

「あ、そう言えばまだ名乗っていませんでした。魂魄妖夢(こんぱくようむ)と申します。飯島恋花さん」

「じゃあ妖夢さん、ついでにもう一つ質問。ここって一体どこなのかな?」

 

 恋花が尋ねると、妖夢は何でもないことのように軽い調子で答える。

 

「ここは天界。天人が住まう天界の片隅ですよ」

 

 恋花は最初、己の耳を疑った。しかしすぐに部屋の障子を開けて外の様子を探ろうとする。

 辺りを覆っていた霧は既に晴れていた。

 視界に映る青い空に雲は見当たらない。

 だがよく見ると、空から雲が消えたのではなくて、自分たちが雲よりも高い位置に居るのだと気付く。

 今、恋花は足元の地面ごと空中に浮かんでいるのだ。当然恋花だけでなく、妖夢もこの家も浮遊していることになる。

 更に遠くの方に、表面に緑の木々を生やした大地が目に入った。無論これも天空に浮かんでいる。

 

「…………噓でしょ」

「ちなみにこの土地はあの子鬼が増長した天人との勝負に勝って得たものなんですけど、宴会だの弾幕ごっこだの騒いでいたので土地ごと切り離されたのです」

 

 唖然とする恋花をよそに妖夢は解説を続ける。この驚天動地の光景も、彼女にとっては日常の一コマであることが窺えた。

 妖怪に鬼ときて、今度は天界。目まぐるしく展開する状況に頭がくらくらしてくる恋花。

 

「ほんと、どうすんのよコレ」

 

 目の前の不思議な少女に聞こえないよう呟くのだった。

 

 

 

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