神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

44 / 47
第44話 突入

 ガンシップとは人員や物資を運搬するための中~大型航空機。そのVTOL性能によってインフラの寸断した僻地や最前線へ進出可能。ガーデンが運用する機体はレギオンの空挺作戦などにも投入される。

 今、ヘルヴォル専用ガンシップに珍しくガーデン外の人間が搭乗していた。

 

「近現代の都市伝説は時代時代に特有の要素が付加されることが少なくない。だけど意外にも空に纏わるお話は少ないのよね」

「空はUFOの領分じゃないかしら。だとしたら数的には多いと言えるわ」

「う~ん、微妙にジャンルが違う気もするけど」

「蓮子はそういうの、好きじゃなかった?」

「ただ飛んでるってだけの話はねえ……。UFOの中から別世界に飛び立てるんなら面白そう」

 

 ガンシップ翼下に吊るされた円筒の兵員ポッドの中、向かい合った座席に座る秘封俱楽部の二人がサークル活動について議論している。

 ポッド一つにつき完全武装のリリィ八名と彼女らを支える支援物資を積載できるのだから、ヘルヴォルに民間人が二名加わった程度ではどうということもない。

 

「さて、もうすぐ伊吹山上空に差し掛かります。予定通り麓の町からの探索でよろしいですね?」

 

 一葉が皆に、取り分け蓮子とメリーに対して確認するように声を掛けた。

 京都と滋賀は隣県同士。空路なら尚更時間が掛からない。懸念があるとするなら、途中通過する巨大な湖からヒュージが出没する可能性ぐらいだろう。

 

「ええ。近くで妖怪が活動しているとしたら、町に何かしら影響が出ている可能性もあるし。情報収集がてら寄ってみましょう」

 

 いきなり山に向かうのではなく、足元から固めていく。不良サークルを名乗る割に蓮子の方針は堅実に思えた。

 もっとも、今回は一葉たちエレンスゲのリリィと同行しているためだろう。

 方針に基づき先に近場の町に向かうべく、ガンシップが伊吹山の手前で旋回する。

 ここからやや南方に近年新設された軍民共用の空港があるので、まずはそこへ降り立つ予定だ。

 ガンシップのVTOL性能ならちゃんとした飛行場でなくとも離着陸できなくはないものの、それは非常時の緊急手段である。

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

 旋回の最中、円形の覗き窓から外を眺めていたメリーが切羽詰まった声を出した。

 VTOL機なので停止することも可能だが、一葉はまず状況を確認しようとする。

 

「何かあったんですか?」

「境目よ! 結界の境目!」

「どこに……って、もしや!」

「空の上よ!」

 

 メリーが指差したのは、有機ガラスで構成された覗き窓の向こう側、山頂付近に分厚い雲を纏った伊吹山の上空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の麓から程近い比較的平坦で開けたスペース。ガンシップを緊急着陸させた上で、一葉たちは伊吹山方面の空を睨む。

 

「……うん、やっぱり間違いない。境界の境目よ」

「う~~~、何も見えないよー」

「見えないけれど、そこにあるの」

 

 肉眼でとある空間を見上げて確信を得るメリーに対し、双眼鏡を構える藍はレンズを右往左往させている。

 一葉も藍と同じく何も知覚できないが、ここに来てメリーの異能を疑うはずもない。

 

「あそこをくぐるとして、どうやる?」

「そうですね……。細かな位置を指定してもらって、ガンシップで接近した後に我々だけで降下するというのはどうでしょうか」

 

 瑤の問いを受けて一葉が答える。ガンシップの性能ならば不可能ではないだろう。

 しかしこの案にはメリーが難色を示す。

 

「危険だわ。境目の先に地面があるとは限らないし、むしろこちら側と同じように空中へ出る可能性が高いと思う」

「それは、そうでした。リリィはマギインテンシティの高い空間では限定的に飛行できますが、向こう側に利用できるマギが十分あるか定かではない。帰る時も問題です」

 

 ではどうするのか。

 あまりに意味深で、あまりにインパクトのある境目なのだ。見過ごすのは少し勿体ない。

 

「ガンシップごと入ってみるのが一番安全じゃないかしら」

 

 メリーの一言で、ヘルヴォルのメンバーは一斉に彼女の方を向く。

 

「私たちには見えないのだけれど、あの境目はそんなに大きなものなんですか?」

「大きさはそれほど問題じゃないの。境目に触れさえすれば向こう側に行けるはず。私も流石に航空機に乗ったまま結界を越えた経験は無いから、絶対とは言い切れないけど。仮に侵入に失敗しても、それが原因で境目が消失することはないわ」

 

 千香瑠の疑問にメリーが答えた。

 それならば試してみる価値はあると一葉は決意する。

 

「分かりました。ガンシップでの侵入を実行しましょう。メリーさんに境目の具体的な位置を教えてもらって、その後お二人を近隣の空港に送り届け、改めて当空域で――――」

「それはお勧めできないわ」

 

 突然、蓮子が一葉の作戦説明を遮った。

 

「一葉さん、境目はいつまでそこあるのか分からないのよ? 大江山の時は運良く長時間残っていただけかもしれない。帰還を考慮するならメリーの能力が必要不可欠よ」

「いけません。ここから先、何が起こるか分からないというのに。お二人を連れ回すのは」

 

 ここまで協力させておいて何だが、妖怪が待ち構えているかもしれない結界の先へ連れて行くのは流石にラインを越えていた。二人はリリィでもマディックでも軍人でもない一般人なのだ。

 当然一葉は受け入れないが、蓮子も食い下がる。

 

「いいえ。貴方たちの目的を考えたら、やはり連れて行くべきよ。貴方たちは妖怪退治のために戦うのではなく、恋花を連れ戻すために戦うのでしょう? だったら少しでも帰還の可能性を高めないと」

「それはっ、ごもっともですが……」

「機体の外へ下手に出なければそこまで危険は無いと思う。私たち過去にも結界を越えたことはあるけど、その時みたいにほとんど身一つで渡るよりはずっと安全よ」

 

 一葉は悩んだ。

 鹿野苑との取り決めでは、直接戦力を送ってもらえない代わりに秘封俱楽部へ可能な範囲で協力を要請しても構わないとされていた。

 確かに結界については彼女らの力が欠かせないが、限度をどこに置くべきか。

 

「私もメリーも今までそれなりに危ない目に遭ってきたし、弁えてるつもり。だから足を引っ張たりはしないわ」

「そういう問題でもないのですが……」

「結界越えの経験者がいれば色々とスムーズにいくでしょう。自慢じゃないけど、学術として研究対象にもしてるしね」

 

 最終的に、一葉は秘封倶楽部へ条件付きでの同行をお願いすることにした。帰還可能性の点を重く見た結果であった。

 

「分かりました。ただし、くれぐれも不用意にガンシップから離れないようお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして準備を整えたヘルヴォルは伊吹山上空にて結界越えに臨むこととなった。

 パイロットと細かな進路調整のために機体座席へ移ったメリーを除き、全員がポッドの中でその瞬間を待っていた。

 

「気流、風速安定。周囲に障害無し。まもなく予定空域に到達します」

 

 機内無線を通してパイロットの状況報告がポッドの中に響く。

 低速で慎重に事に当たれるのは高いVTOL性能を誇るガンシップの利点であった。もっとも、今回のような任務はそうそう起こるものではないだろうが。

 初めての事態ということで、ヘルヴォルのメンバーは口を閉じ顔を引締めている。

 その一方で、蓮子は興奮を滲ませるかのように両の瞳へ期待の色を浮かべている。

 

「通過」

 

 パイロットのその言葉の直後には、これといった実感は湧かなかった。

 しかしながら、ポッドの覗き窓から垣間見た光景により、一葉は否が応でも状況の変化を実感させられる。

 

「これは……雷雲!?」

 

 晴れ渡っていたはずの空の青は消え、周囲を鉛色の分厚い雲に包囲されていた。薄闇の中で断続的に明滅する明かりは稲光の明かりだろう。

 荒れ狂う雷雲の真っ只中をガンシップは飛んでいた。

 

「席から離れないでください。揺れますよ」

 

 こんな時にも沈着冷静な女性の声。

 わざわざ言われずとも、座席に体を固定するベルトを外そうとする者など居なかった。

 窓から機外の様子を窺う余裕も無く、一葉たちは衝撃と振動に備えた。

 上下左右に激しく揺さぶられる。これが遊園地のアトラクションなら楽しめそうではあるが、残念ながら金属の内壁の外は地上何百メートルかも分からぬ空の上であった。

 

 時間にしたら、僅かなものであったろう。

 実際の時間よりもずっと長く感じられた空のアトラクションはだんだんと沈静化に向かっていく。

 機内の揺れが元の程度に戻りつつあった頃、一葉は除き窓に目を向けた。その先では鉛色の雲が消え、代わりに鮮やかな群青一色が広がっている。

 

「皆っ、外を見て!」

 

 機内無線から今度はメリーの声。

 一葉はポッド内に設けられた外部モニターのスイッチを入れ、機外の状況を探ろうとする。

 モニターに映し出されたのは真っ青な空間。その下方に絨毯の如く敷き詰められた真っ白な雲海。そして――――

 

「岩が、大地が浮かんでいる……」

 

 それは文字通りの()()だった。宙に浮遊する大岩や土の塊の上に、緑が広がり木々が生えて川が流れている。

 そのような浮島が一つだけでなく複数個。サイズは様々で、大きなものになると人が住めるどころか町すら興せそうだ。

 

「蓮子さん、これは……」

「ごめんなさい、私たちにもさっぱりよ。少なくとも過去に訪れたことは一度も無いはず」

 

 返ってきた答えを聞いて、一葉は次の方針を考える。

 

「取りあえず、手頃な浮島に着陸しましょうか?」

「可能ならば、お願いします」

「いつでも飛び立てる態勢にして降りますから、ご安心ください」

 

 一葉が方針を示すより先に、パイロットからの機内無線が望む回答をもたらしてくれた。

 そうしてガンシップはそこそこ大きな浮島の一つへ低速で近付くと、徐々に高度を落としていく。

 ランディングギアの車輪が上下に揺れたことで、兵員ポッド内の一葉たちは着陸の瞬間に気付くのだった。

 

「ねえねえ、早く降りようよー!」

「まだ駄目よ、藍ちゃん。外が安全かどうか確かめないとね」

 

 藍が座席に座ったまま手足をバタバタさせ、千香瑠がそれを窘める。

 待ち切れない気持ちは一葉にも理解できた。こんな状況でなければ、一葉とて御伽噺の如き未知の浮遊世界に胸を躍らせていただろう。

 

「私が見てくるから、藍はもうちょっと待ってて」

 

 ポッド内の片隅にある専用ロッカーから白一色の防護服を取り出すと、一葉はレギオン制服の上から自らの全身をすっぽりと包み込んだ。

 どこのガーデンも化学防護服は保有しているし、ガンシップにも大抵積まれているものだ。ヒュージとの戦いにおいて防疫は重要な要素だから。それがまさかこのような形で役に立つなど、中々思い至らないだろう。

 

 通常の出入口とは別の二重構造の密閉用ハッチから機外に出た一葉は暫くの間、専用の機器を用いて検査に当たっていた。

 検査は思いの外、順調に進んでいった。

 

「大気の組成、問題無し。放射線等の有害物質も許容範囲です。出てきても大丈夫ですよ」

 

 一葉が無線を入れると、ポッドのハッチが勢いよく開かれた。

 真っ先に飛び出した藍は辺りを駆け出し、その後、遅れて降りてきた瑤と千香瑠の元へ、防護服の頭部分を外した一葉が歩み寄る。

 

「空の上とは思えないほど、普通の場所だね」

「ええ。全く息苦しくもないわ。本当に別世界に来たのね」

「仰る通り。ですがそれだけではありません」

 

 二人の見ている前で一葉はチャーム――――ブルトガングからマギクリスタルコアを換装したドウジキリの切っ先で地面に小さく円を描いた。

 マギを込めて作った円は眩く青白い光を放つ。

 

「この辺り一帯、マギインテンシティが異常に高いんです。まるでそこいらをアルトラ級が闊歩しているかの如く。私たちのリリィとしての力も、ここでは想定以上のものを発揮できるでしょう」

 

 マギインテンシティ、即ち空間の滞留マギ濃度。

 ヒュージは体外にもマギを放出するため、より大型でより強力なヒュージの存在はそれだけマギの濃度を高める。

 滞留マギはリリィも活用することが出来るため、大型ヒュージの傍では平生以上の力が引き出されるというわけだ。

 

「地面が浮かんでるのも、マギ濃度と関係があるのかな?」

「恐らくは」

 

 一葉は瑤の言葉に頷いた。

 勿論、マギ濃度だけでこの光景を説明するのは難しいだろう。もしそうであるならば、一葉たちの元いた世界でも()()が無いとおかしいことになる。

 ただし全くの無関係とも考え難かった。

 

「ともかく、暫くこの場で様子を見て、それから探索に向かいましょう」

 

 そう言って一葉は周囲の空を見渡した。

 ()()はガンシップが着陸したここだけではないのだ。見える範囲だけでも他に三つ。その内の一つは明らかに島ではなく大陸と呼べそうなほど巨大であった。

 そしてリリィの跳躍力は、マギインテンシティの高い場所において限定的な飛行能力にまで昇華される。

 

「そうね。もうすぐ日が沈みそう。朝になってから動くべきだわ」

 

 いつの間にか赤く染まり始めた周りを見て千香瑠も同意した。

 空の上でも、別世界でも、当たり前のように朝と夜とが入れ替わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、一度ああいうの、やってみたかったんですよね」

「ああいうの?」

「雷雲の中を突っ切るの」

 

 夜。機内から出てきたパイロットがガンシップの近くで焚き火を焚く一葉のもとにやって来る。

 ヘルヴォルは翌朝に探索へと出発するまで、交代で番を務めていた。

 

「初めはどうなることかと思いましたが、ガンシップ一機がまるまる着陸しても、浮島がどうにかなる気配はない。GPSを除いて機体に異常も見られませんし、離陸も問題ないでしょう」

「そうですか。マギ濃度の件も含めて驚かされることばかりです」

 

 パイロットの女性、学生時代はアーセナルだったそうだ。このような状況下では頼りになる。

 

「あ、驚くと言えばもう一つ」

 

 機体の中から更にもう一人、毛布をカーディガン代わりに羽織った蓮子が出てきて会話に加わった。

 

「ここ、位置的には長野県のちょうど県央に当たるみたい」

「え……? どういうことですか?」

「調べたの」

「どうやって……?」

「あれっ? 言ってなかったっけ? 月を見たら今居る場所が特定できるのよ」

「聞いてませんね」

「ちなみに星を見たら時間が分かるわ。今は22時28分と15秒ね」

 

 蓮子は遥か真上で瞬いている天然の灯りを指差しながらそう言った。これもメリーと同様に異能の一種なのだろう。

 彼女たち秘封倶楽部は単なる外部協力者にしては、ガーデンである鹿野苑との繋がりが――――当人たちの言に反して――――強いように思えるが、その異能を鑑みれば納得がいくというものだ。

 

「まあ勿論、私たちの知る長野とは別物なんでしょうけど」

「ええ。本当に空の上にこのような大地が浮いていたら、たとえ視覚的に隠せても何かしら影響が出ないはずがないですからね」

 

 結界を隔てた異世界と一口に言っても、実態は中々複雑らしい。

 そもそも一葉たちリリィにとって結界といったら、普通はマギによる防御結界のことを指す。オカルトや宗教用語としての結界についてはそこまで造詣が無い。

 

「欲を言えば隅々まで探索してみたいところだけど……」

「約束通り、ガンシップから離れないでくださいよ」

「分かってる。ていうか、流石に他の浮島まで跳んでみようとは思わないわ。リリィじゃないんだし」

 

 蓮子は軽く笑いながら肩をすくめてみせた。

 これだけマギインテンシティが高い地ならばリリィでなくとも跳べそうではあるが、マギを操る訓練を受けていない人間では流石に危険だろう。

 

「でも、結界の境目は一応探しておくべきかもね。来るときにくぐったものはまだ閉じてないみたいだけれど、出口は複数確保しておいた方が安心でしょ?」

「いざとなったら、地上まで降りて探してみるのもありですよ。燃料も食料も目一杯積んできましたからね」

 

 蓮子もパイロットの女性も自分たちにできる事を考えている。

 パチパチと火の粉が散る焚き火の前に座ったまま、一葉もできる事とするべき事を改めて振り返っていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。