神社生まれの千香瑠様   作:坂ノ下

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第6話 のっぺらぼう

 白みがかった日射しが地上に容赦なく降り注いでくる猛暑の日。

 ヘルヴォルは基礎体力作りの一環として、生存術訓練の一環として、ガーデン内の屋内プールを利用した水泳訓練を実施した。

 この訓練で最も成果を上げたのは藍であろう。当初こそ浮き輪装備で瑤に手を引かれながら泳いでいた彼女だが、今では単独で、犬と蛙を組み合わせた全く独自の泳法によってプールの端から端まで縦横無尽で泳ぎ回っていたのだ。

 藍は何事も経験不足なだけで、飲み込み自体は非常に良い。前々から気付いていたことではあるのだが。

 

 訓練を終えて、ヘルヴォルの面々はプール場に併設された休憩所で一息ついていた。

 長椅子に腰掛けているのは千香瑠。千香瑠の後ろで彼女の長い髪に櫛を入れているのは藍である。

 

「千香瑠の髪、さらさらできれーい。らんも千香瑠みたいなさらさらになりたいなぁ」

 

 藍は慣れぬ手付きながら、憧憬の眼差しでリボンを外した茶髪を梳いていく。

 

「ふふ、ありがとう。でも藍ちゃんや恋花さんみたいに、ふわふわな髪もいいと思うわよ」

「えーっ、らんはさらさらがいいー」

 

 隣の芝生は青い。

 微笑ましい駄々を口にする藍だが、そんな彼女の背後から忍び寄る人影が。

 

「何だよー。藍はふわふわ髪は嫌だって?」

「うん、さらさらの方がいい」

「あたしみたいな髪にならなくても良いのかね?」

「えぇーっ、恋花は別にいいや」

「何だってぇ!?」

 

 わざとらしくショックを受けた恋花は藍のくせっ毛へと手を伸ばす。

 

「そーれ、わしゃわしゃわしゃ――――」

「あっ、もー! 止めてよー!」

 

 キャッキャッと互いの髪を弄り合う。

 全員分の飲み物を持って戻ってきた一葉と瑤は、休憩所内のやり取りを見て目を丸くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、問題の公園」

 

 瑤の先導でヘルヴォルが訪れたのは街外れの小さな公園。六本木からそう遠くない都内某所に位置している。

 滑り台に砂場にブランコにジャングルジム。あとはベンチと公衆便所。特筆すべき点の見当たらない何の変哲も無い公園だった。

 

「いつもなら昼過ぎから子供たちの姿があるはずなんだけど。ここ最近はほとんど遊びに来なくなったって、近所の幼稚園の先生が」

「以前にヒュージの襲撃から園を守って以降、懇意にしている先生ですね」

「その先生が聞いた限りでは、どうも子供たち自身が嫌がってるみたいで。ただ、理由がよく分からない」

 

 一葉の補足を交えつつ、この場所まで来た理由を瑤が改めて説明する。

 街角に起きた些細な異変。一見するとリリィが、それもトップレギオンが関わるような案件には思えないが。

 

「それであたしたちが調査するって、ちょっと大袈裟過ぎじゃない?」

「いいえ、そうとも限りませんよ、恋花さん。子供というのは直感が鋭いものだから、この公園から何かを感じ取っているのかもしれないわ」

「何かって……千香瑠も感じるわけ?」

「残念ながら、今のところは……」

 

 傍目には本当にただの公園にしか見えない。

 ともかく外で立っているだけでは始まらないので、実際に足を踏み入れてみる。

 

「滑り台には異状を認めず。金具が外れているようなこともありません。まあ、もしそんなことがあれば使用禁止になるでしょうが」

「ジャングルジムにも、何も無し」

「砂場には、空っぽのビンが落ちてたよ! 危ないから捨てておこう!」

 

 一葉と瑤と藍が公園内の設備を調べていく。中の遊具も小さいので、調査はすぐに終わりそうだ。

 

「こっち、これ!」

 

 そんな中、ブランコの方に向かっていた恋花が声を張り上げた。

 

「ブランコがひとりでに動いてる! これはビンゴでしょ!」

 

 恋花の言う通り、二つあるブランコの内の片方だけが前後に動いていた。それも何かの拍子にちょっと揺れた、というレベルではない。あたかも人が乗っているかのように、ガッツリと動いていたのだ。

 その光景に注目した四人がブランコへと集まった。

 

「うーん、特に何も感じないわね」

「これは恐らく、微細な揺れと人が感知できないほど微弱な風によって生じた自励振動現象ではないでしょうか」

 

 大発見は千香瑠と一葉にすぐさま否定されてしまう。

 

「恋花、真面目にやってる?」

「恋花、ダメダメだー」

「ちゃんとやってるってば!」

 

 瑤と藍は疑いの目を向ける。

 これには流石の恋花も釈明せざるを得なかった。

 

 その後、調査を再開して幾らも経たない内に、公園内の全てを確認し終える。結局この時、当たりは引けず仕舞い。

 だが瑤はあることに気付いていた。ヘルヴォルが調べている間、公園に子供が一人もやって来なかった。

 改めて瑤は利用者の居ない公園を見回す。

 

「……寂しい」

「瑤様?」

「子供は遊ぶのが仕事だし、その笑い声を聞いて周りの人間は安心できる。だから公園がこんな有様だったら、寂しい」

 

 近場の車道から聞こえてくる車の走行音をBGMに、園内を見渡す瞳を細める。心から、本来の光景に戻って欲しいと願って。

 そんな瑤の姿が本当に寂しく見えたのか、恋花と藍が心配そうな顔をして傍まで寄り添ってくる。

 

「分かった分かった。あたしたちで解決してやろうじゃないの」

「らんも公園で遊ぶの好きだから、頑張るよ」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、急なヒュージ出現の報を受けて討伐に当たったヘルヴォルは予定より遅れて件の公園に到着した。

 今回から距離を取って公園を監視する作戦に移行する。ちょうどお誂え向きに、営業中の喫茶店が近くにあった。

 学業帰り、任務帰りの一服を装えば、制服姿でも上手く溶け込めるだろう。

 

「ところで千香瑠、前から気になってたんだけどさ」

「はい?」

「怪異の気配を感じるって、どうやってんの? 髪の毛がアンテナみたいに逆立つとか?」

「それ、良いかもしれないわね。採用しましょう」

「えっ」

「こんな風に……恋花さん、妖気です!」

「やっぱ止めて。あと、あたしを親父枠にすんなし」

 

 ヘルヴォルは窓際のボックス席で雑談しながらも、遠目に公園の出入をチェックし続ける。

 出入自体は幾らかあった。ただし、外回りのサラリーマンであったり下校途中の学生であったり。いずれも短時間で出てきたあたり、公園内のトイレを利用しているだけだろう。

 そしてまた一人、来訪者の姿が見えた。今度は小学校低学年ぐらいの女の子だが、一人きりなのでやはりトイレか何かで長居はしないと思われる。

 

「お勘定、お願い」

 

 ところが、千香瑠はそう言って席を立ち上がると足早に出口へ向かった。

 この場を一葉と恋花に任せて瑤と藍も後を追う。

 ただ事ではなさそうだと、千香瑠の態度からはっきりと伝わってきた。今までの経緯により、彼女の判断は十分以上に当てにできる。

 

 店を出て、車道を横切り、公園内に入り込み、千香瑠は公衆トイレの前で立ち止まった。

 

「さっきの女の子が見当たらない。この中に居るの?」

「はい」

 

 瑤の問いに、千香瑠は即答した。

 しかし千香瑠が異常を感じたということは、その女の子も危険に曝されかねない。

 

「助けなきゃ」

「瑤さん、待って」

 

 走り出そうとする瑤を千香瑠の手が制止した。

 代わりにゲイボルグの先端が女子トイレの出入り口へと向けられる。

 一体何を――――

 そう言いかけた瑤の心境は、恋花と共に遅れて現れた一葉の叫びに代弁される。

 

「ち、千香瑠様!?」

 

 直後、ゲイボルグが眩い光を発する。

 それはトイレの中から女の子が出てくるのとほとんど同時で。

 

「外道照身、霊破光線!」

 

 千香瑠の澄んだ掛け声と共に、光が一直線に女の子へ伸びていく。

 

 何が何だか分からなかった。

 

 光を浴びて苦しみ出した女の子がみるみる内に膨張し、大人同然の体躯へと成長する。大きさのみならず姿かたちから全てが変容していた。それも僅か数秒の間に。

 瑤は何が何だか分からなかった。そこに蹲っていたのは藍よりも小さな女の子ではなく、小太りな大人の男性だった。

 

「正体を表しましたね」

 

 事情を把握しているであろう千香瑠。

 瑤は逸る気持ちを抑えつつ説明を求める。

 

「千香瑠、これは?」

「のっぺらぼう、という怪談があります」

 

 油断なくチャームを構えた瑤たち四人が耳を傾ける中、千香瑠はゆっくりと語り始めた。

 

「元々、夜道で顔の無い姿を見せつけて人を驚かせるお話でしたが、それが転じて他人の顔を奪い他人に成り済ます怪談に変化したのです」

「顔どころか、年齢も体格も性別すら変わってる」

 

 噂には尾びれ背びれが付き物。瑤はその言葉の意味を実感する。

 

「ねえねえ、あの人お化けなの? やっつけるの?」

 

 チャームを抱えた藍が嬉しそうに千香瑠や瑤に尋ねてきた。

 すると、千香瑠たちより先に()()()()()()が反応する。

 

「お、俺はっ、にん、人間だ。力を授かったけど、人間だ」

 

 小さな声でどもりながら喋るその男性はまだ若かった。20代前半といったところだろうか。

 一方のヘルヴォルは一葉が代表して前に出る。

 

「このような真似をして……何が目的なのですか」

「も、目的? そんなもの、無いよ。女子が女子トイレに入って何が悪い」

「それは、姿を変えていただけでしょう! 立派な犯罪ですよ!」

 

 悪びれた様子を見せない男に対して一葉は憤慨する。

 しかしながら、相手に効果は無いようで、それどころか鼻で笑う始末であった。

 

「フッ、見た目が女なら、いいじゃないか」

「上辺だけ取り繕っても意味がありません。女装して侵入するようなものでしょう」

「お、大袈裟だな。たかがトイレぐらいで」

「女性にとっては恐怖なんですよ。お手洗いに男性が入ってくるなどと」

「お、男は皆、犯罪者予備軍で、薄汚いから寄ってくるなって、そう言うんだな?」

「どうしてそうなるんですか……」

「あ、あんたらリリィだろ。リリィっていうのは女ばかりで固まってるから、男ってだけで不快な目で見たり、見下したりするんだ。そ、そうに決まってるっ」

 

 話は平行線を辿り続けていた。

 一葉の手法は相手に罪の自覚を促そうとするものだが、初めから開き直っている者には通じ難いだろう。

 

「ところで、のっぺらぼうは他人の容姿を奪う怪異」

 

 不意に、一葉の横で千香瑠が口を開く。

 

「奪う側が居るなら、当然奪われる側も居る」

「な、なに?」

「貴方に容姿を奪われた女の子は、どうなったのかしら? まさか――――」

 

 静かに問う千香瑠。

 男の息を呑む音がした。

 

「殺 し た の か し ら」

「違う!」

 

 弾かれたように叫ぶ。

 

「こっ、この子は、俺の()()たちの見た目の、データの、集約して、3Dでっ! だから、実在してないっ、殺してない!」

 

 冷や汗を滲ませて、たどたどしくも必死に弁明する。

 殺しというワードに反応しただけではないだろう。言外に放たれる千香瑠の圧がそうさせたのだ。

 

「そ、そもそも、何の罪になるってんだ。女の姿で中に入って、元に戻ったのは出てきた時。あんたらのせいで元に戻ったんだ。な、何の罪で訴えるんだ。妖術で化けたって警察に訴えるのか?」

 

 男は焦燥を誤魔化すかのように、早口で一息に捲し立てた。

 

「罪には問われますよ」

「は?」

「罪には問われます」

 

 一葉が確信を持った口振りで言う。

 

「貴方のその能力、恐らく()()の一種だと扱われるでしょう。男性の異能持ちなど前例がありませんが、現行法で裁こうと思ったらそうなるはず」

「…………」

「リリィがその力を振るえるのは、ガーデンに所属しているから。どのガーデンの統制も受けず、なおかつマギやレアスキル、異能の力をみだりに使えば処罰の対象になり得ます」

「…………」

「それに、日本の司法はそこまで教条的ではありません。貴方自身や貴方の家に捜査が及んで犯罪性が認められれば――――」

「それは、俺がオタクだからか?」

 

 途中で遮られる一葉の言葉。

 遮った静かな声に、瑤は違和感を覚えた。最初から挙動不審な男だったが、今は一際不審であった。直立したまま足元に目を落とし、小刻みに体を震わせていたからだ。

 

「オタクは犯罪者だから、捕まるって言いたいのか! あぁ! どうなんだよ!」

「いや、そこまで言ってませんが……」

 

 さっきまでの卑屈めいた半笑いの態度とは打って変わり、眉を吊り上げ声を荒げる。

 情緒不安定。この手合いはどんな行動に出てくるか予測がつかない。

 しかしながら、姿の見えない敵を探していた時点で、危険性については皆承知しているはず。

 

「大体、お前ら何なんだよ……。お前らみたいなババアの小便なんて、覗くわきゃないだろうが! 自意識過剰なんだよ!」

「あ、覗き自体は認めるんだ」

 

 恋花の煽りも無視し、男は吼え続ける。

 

「さてはお前ら、ロリッ子たちの若さに嫉妬してるな? だから俺の邪魔をするんだ。惨めな奴らだな」

 

 藍よりも更に幼い見た目の子供たちに嫉妬する。その感覚が瑤には理解できなかった。瑤がまだ若く、女だから感覚が違うのもあるのだろうが、もっと根本的な隔たりを感じずにはいられなかった。

 それでも瑤は、自身の信じるところに基づき意見する。その脳裏に浮かぶのは、藍と藍の所属する研究所(ラボ)のこと。

 

「小さな子供に性欲をぶつけるなんて、どうかしてる」

「うるさい! そんなの誰が決めた! 政治屋と役人どもが勝手に言ってるだけじゃないか! 俺は認めてねーぞ!」

「抵抗できない、抵抗すべきかどうかも判断できない。そんな子たちを身勝手な理由で傷付けることは、許されない」

「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ! お前らリリィだって異常なくせに! 生物的に間違ってるくせに! 人の趣味にケチつけるな! この、男女(おとこおんな)がぁ!」

 

 まるで己の弱さを塗り隠すかの如き絶叫。

 瑤はすぐさま反論できなかった。

 そんな瑤に代わって口を開いたのは恋花だった。

 

「いい年して結婚してない彼女も居ないのは生物的に正しいわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、恋花が泣かしたー」

「やっぱあたしのせい?」

「そうだよ。泣きながら逃げちゃった」

「ブラフで適当に言ったんだけど。正直、あそこまで効くとは思わなかった。でもあたしは謝らない」

 

 公園の隅っこで、藍と恋花がいつも通りの調子でやり取りする。

 近くの道路には警察車両が二台、公園内のトイレでは警察官が現場検証に当たっていた。

 下手人は逃走したが、安全確認のため110番に通報したのだ。

 

「一葉ちゃん、本当に逃がして良かったのかしら」

「……怪異の力は完全に失われていたのですよね?」

「ええ、それは間違いないわ。元の姿に戻った時点で、ただの人になっていた」

「では立件するのは難しいでしょう。本人の手前、あんな風に言いましたが。この状況で、異能を使って犯行に及んだと断定するのは困難です」

「そう……。怪異の存在はガーデンも政府も公には認めていないから、仕方ないのでしょうね」

「法整備の進んでいるヒュージ関連の事案のようにはいきません。ですが警察に不審者情報は出しておいたので、二度とここには近付けませんよ」

 

 街外れの公園で起きた小さな騒動は一応の収束に向かっていった。

 だが勿論問題は残っている。彼はどのようにして()()()()()()になったのだろうか。これを明らかにしない限り、根本的な解決には至らない。

 それは分かっているのだが、今の瑤には直近の問題が他にあった。

 

「何よ、瑤。おセンチな雰囲気出しちゃってさ」

 

 恋花が横から近付いてくと、瑤は遠い目で前を向いたまま口を開ける。

 

男女(おとこおんな)……」

「はい?」

「確かに背は高いし声は低いし目つきは悪いけど……おとこおんな……」

 

 瑤は口数少なく感情表現も控えめだが、決して苔むした巌などではない。何を言われても傷付かないわけではない。

 

「あんなの、ただの僻みじゃんか。真面目に考えることないって」

「そうだよ。瑤のお布団、凄いよ」

 

 恋花と藍が励ますものの、気分は晴れない。

 すると今度は千香瑠が傍にやって来る。

 

「見る目の無い人でしたね」

 

 彼女は瑤の真ん前に立ち、困ったような微笑を浮かべる。

 

「瑤さんの、皆を守ってくれる大きな体も、落ち着いた声も、凛々しい瞳も、私は全部素敵だと思うわ」

 

 極々自然にそんなことを言ってのけた。

 聞いてる瑤の方が顔が熱くなる思いだった。

 周りの皆も少しの間沈黙していたが、恋花を皮切りにして次々に口を開く。

 

「千香瑠も、一葉のことあんまり言えないよね」

「えっ?」

「千香瑠様! 今のは所謂、殺し文句ですよ!」

「ええっ!?」

「千香瑠ー、スケコマシなの?」

「藍ちゃん!? どこでそんな言葉覚えたの!」

 

 ここまできて自分の発言について顧みたのか、千香瑠の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。

 

「お、お願いだから、さっきのは忘れて? ね?」

「やだ、忘れない」

 

 先程顔を熱くされたお返しとばかりに意地悪を言う瑤。

 実際に忘れられそうにないので仕方がない。

 

 

 

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