ファインモーションというウマ娘の夫にされるまでの物語 作:こーさん
「あなた、どうしたの?」
出会いというのは突然であり、運命というものもまた同じ。
あなたの普段過ごしている何気ない日常が、ちょっとした行動で人生が変わってしまうことだってあるのだ。
「あなた、考え事?」
ウマ娘のトレーナーというのはそれはまた希有な運命を辿りやすい……と個人的にそう思う。
「むむむむ……」
三年という長い月日が有ればウマ娘たちとの信頼関係も時にはそれが恋愛感情に変わることだってある。
勝負好きな彼女たちにとって恋というものも切っては切り離せないものであり、おもいびとへの恋愛感情の飽和により、少々やんちゃをしてしまう娘も少なくはない。
「きさま〜!」
「うわあ!」
ベッドの近くに立っていた私を突き飛ばすように走ってきたウマ娘。
背中に走るのは鈍い衝撃ではなく柔らかい布団の感触。
「私のことを無視するとはいい度胸じゃないか〜!」
「ごめんごめん」
その1人が私の妻である、ファインモーションだ。
彼女の機嫌を治すように優しく頭を撫でる。
手を頬に添えると幸せそうに彼女は笑い、抑えられていた髪が重力に従い私の顔をくすぐる。
「何を考えていたの?」
「君との幸せな日々……かな」
「なんで最後に言い淀むの?」
「まあそれはね……」
「何、君は私との日々が幸せじゃなかったって言いたいの?」
「そういうことじゃないよ、ちょっと破茶滅茶なだけだったんだよ」
もうそれは色んな人に迷惑をかけてきた。
今でも私とファインを助けてくれたトレーナーやウマ娘たちには頭が上がらない。
「まあ、確かにちょっとやんちゃしちゃったかも」
「ちょっと……?いてっ」
器用に耳で私の顔をペチペチするファイン。
自覚しているなら……まあいいだろう。
「さて、せっかくトレーナーがベッドに寝ているんだし……」
そう言いながら服のボタンを外していくファイン。
寝ているというか、寝かされた……もとい吹き飛ばされたというのが正解だ。
「ええ……?さっきご飯食べたばっかだよ?」
「食後の運動だよ、あなた」
綺麗なウインクで言い切ったファイン。
その姿は上半身が下着姿なんだが。
「ちょっとだけだからな」
「そう言って最後までいつもしてくるのは誰かな?」
「自分から誘っておいて、俺に惨敗しているのは誰かな?」
「うるさい!」
結婚するまで沢山の苦労があったがその甲斐あって私たちは今、とても幸せだ。
「あなた、おいで」
彼女に誘われるまま抱きしめる。
鼻腔をくすぐるのは嗅ぎ慣れた彼女の匂い。
「好きだよ、ファイン」
「ふふ、私もだよトレーナー」
私たち2人の出会いは突然だった。
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むわっと私を包み込む熱気。
洗練された出汁の匂いと慌ただしく働いている店員。
私はそんな状況を水を飲みながらゆっくりと観察する。
「醤油ラーメンです!」
机に置かれたラーメンを見る。
黄金の湖と謳われているスープが細すぎず、太すぎない絶妙なサイズの麺に絡み合い、女神の微笑みとも思える光沢を放っている。
トッピングはメンマと海苔と煮卵。
これ以上は余計でサイズ感、見た目共にこれが最高の作品だと私は考える。
レンゲを使いスープを啜る。
ガツンと口内を暴れ回るニンニクと刺激用のスパイスが私の持っているレンゲの速度を加速させる。
これこそ究極の一品。
「うわ〜!美味しそう!」
スープはこってりと言われているが、それを感じさせない柔らかい口当たりで私は水分補給をする様にスープを飲み干していく。
「んん!美味しい〜!」
隣をチラリと見る。
幸せそうな顔で麺を啜っているウマ娘。
そんな姿を見て、私も自然と笑顔を浮かべてしまう。
目と目が合う。
こちらの視線に気づくとヒラヒラと手を振りかえしてくれたウマ娘。
口にネギついてるけど。
そんな姿に呆気を取られるが、自身がまだラーメンを食べ続けていることを思い出し慌てて食事を再開する。
やがてすぐにラーメンを食べ終えた私は会計を終わらせ店を出た。
腹ごしらえは終わったので、午後からの仕事を頑張るよう気合いを入れる。
「あー口臭いかな」
ミントタブレットでも食べようかなと思案しながら街を歩く。
午後からの仕事は他人との交流が主になるため、匂いに敏感な彼女達のためにもそこら辺の考慮はしていきたい。
「トレーナーさん、早く来てください!」
「たづなさん?」
トレセン学園の門を潜り、ゆっくりとトレーナー室に向かおうとしていたところでたづなさんに止められた。
「選抜レース始まってますよ!」
「え?もうこんな時間……?」
ポケットから携帯を取り出して今の時刻を確認する。
そこに表示されていた時刻は選抜レース開始の30分後だった。
「やっべ」
たづなさんに一礼し、急いでターフへ向かう。
そこには既にスカウトをするためのトレーナーや選抜レースを見守るウマ娘達の姿が多く見えた。
「第18選抜レースを開始します。各選手はスタート位置についてください」
レースは後半に差し掛かっており、残り5レースほどしかなかった。
「各ウマ娘、一斉に綺麗なスタートを決めました!」
実況と共に走り出すウマ娘たち。
その中で一人、ずば抜けてオーラの違うウマ娘がいた。
後ろを括った鹿毛の髪。
切り揃えられた尻尾は風に靡き、その姿はまるで踊っているようで。
驚くべきことに彼女は笑っていた。
その後のレースは圧巻だった。
後半に差し掛かり、前方を走っていたウマ娘をぶち抜き余裕の3バ身差でゴール板を駆け抜けた彼女。
更に驚くべきことにそのウマ娘こそ、ラーメンを食べていたあのウマ娘だったのだ。
しかし奇妙なことに誰も彼女をスカウトしに行かない。
周りのトレーナーを見るが、彼女が存在していないような扱いで資料に見入っている。
また目と目が合う。
「あー!!」
トコトコと走り出し私に近づくウマ娘。
私に近づいてくる度に何故か黒色のスーツを纏ったウマ娘が何処からともなくやってきて隊列を作っていた。
まるでその姿はこのウマ娘を守っている護衛のようで……
「こんにちは、ラーメンのお兄さん」
彼女はあの時と同じように手を振り私に挨拶する。
口元のネギは既に無くなっていた。
「こんにちは、よく覚えていたね」
「ラーメンの匂いが私を呼んでたよ」
自分の口元をちょんちょんと触るジェスチャーをして私にそう伝える彼女。
そういえば口臭のケアをしていなかった。
「あの、その後ろの方々は……?」
なるべく彼女との会話に専念しようと思うが気になるものは気になる……
だって怖いし。
「うーん……私のお友達かな」
「お友達……」
「うん!みんな仲良しなんだよ」
「なるほどね……」
いや、納得出来るわけないだろう?
サングラス姿の彼女たちがお友達……仮に本当にそうだったとしても怖すぎる……怖すぎるよ!
「それでなんだけどね、トレーナー!」
パンっと手を叩きそう言い始めたウマ娘。
「この縁は運命だと思うの!だから君に私のトレーナーをして貰います」
礼儀正しく手を組み、丁寧な口調でそう言ったウマ娘。
「ん……?」
トレーナーをして貰う?
「え、君のトレーナーになることは決定なの?」
「そうだよ!私ファインモーションっていうんだ〜よろしくね!」
「え、ちょっと待って……」
「じゃあ私シャカールに呼ばれてるから!」
「え、待って……?」
私の静止を華麗に無視して何処かへ駆け出していったファインモーション。
そしてその後ろをゾロゾロとついていく黒服のお友達。
……シュールだ。
「トレーナー様」
「あ、はい」
何故か一人残っていた黒服のお友達に呼びかけられた。
その表情は何処か真剣で……といってもサングラスをつけているため詳細は不明だ。
「ご存知なら申し訳ないのですが……」
そう言い耳元でゴニョゴニョと話し始めるお友達。
瞬間、ターフに響き渡る私の魂の慟哭。
その内容は私が人生で一番衝撃を受けたものだろう。
もうこれからの人生でこれ以上の出来事に驚かない自信が私にはあった。
彼女、アイルランドのお姫様らしい。