.hack//G.U. 俺たちはココにいる   作:舞@目標はのんびり更新

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「どうして俺だと分かったんだ?」

志乃と同型のPCが、ハセヲの声に振り返る。

「だって、ハセヲさんはハセヲさんじゃないですか」

その言葉がハセヲの胸を抉った。

 

 

 

 

 

 

 

 Δ従順なる 怒涛の 万妖

 

 

只管、ハセヲは胸中で後悔していた。

敵も雑魚ばかり、しかも1度倒したらなかなか再出現しない。今は少しでも経験値を稼ぎたいのに、これでは時間の無駄だ。

こんなエリアに来ることになったのは、とあるPCに誘われたからだ。

 

志乃と同型PCの「アトリ」。

 

アトリが視界に入るだけで、ハセヲの心に波が立つ。

 

ハセヲは、志乃に思慕の情を抱いていた。

初めてログインしたとき、初心者を標的にするPKから助けてもらったオーヴァンに父の。

オーヴァンに誘われギルド『黄昏の旅団』に入団したハセヲの世話係となった志乃に母の面影を見た。

 

しかしオーヴァンは失踪し、志乃は未帰還者となった。

ハセヲが現実(リアル)を投げ捨てThe World(仮想世界)にのめり込むようになるには、それだけで充分すぎる理由だった。

 

そうしてハセヲはPKK『死の恐怖』と呼ばれる魔人になった。

 

「ご迷惑じゃありませんでした?」

(そう思うなら、最初からメールしてこなければ良いのに)

「そう思うなら、最初からメールしてこなきゃいいだろ」

心の声と、ハセヲの言葉が重なった。

「ぁ……」

「……嫌だったら、最初から来ねえよ」

居心地の悪さを誤魔化すため、ハセヲは続けた。

「ほら、さっさと行こうぜ」

「……はい!」

嬉しそうに、アトリが返事をする。

「ハセヲさん。このエリア、私のお気に入りなんです。今夜は月が、いつもより綺麗」

「いつもよりって……んなわけないだろ。ゲームだぞ、これ」

釣られてハセヲも空を見上げるが、いつも通りの夜のグラフィックによく分からない星が瞬いているだけ。

「ハセヲさんは、お気に入りのエリアってありますか?」

そう質問されて、ハセヲは言葉に詰まる。

 

思い浮かべたのはロストグラウンドのひとつ、グリ―マ・レ―ヴ大聖堂。

あそこは良い思い出も、悪い思い出も詰まっている場所。

 

「……いや、ねぇよ」

しかし、ハセヲはそれを言わなかった。教えたところで共感など欲しくなかったから。

「そうなんですか。じゃあ、一緒に探しましょう!」

「必要ねえ」

適当に答えておけば良かったと少し後悔して、思い直す。どうせ次の約束を取り付けられるだけだろう。

「私、よく『月の樹』の人たちと色んなフィールドも回るんですけど……」

「その割にはレベル低いよな」

必死にレベル上げして、ようやくハセヲのレベルは、もうすぐ10に届くくらい。対しアトリのレベルは4。明らかに低い。

「はい、なんで逃煙玉はいつも沢山持ち歩いているんです」

「……あ、そうかよ」

どうやらアトリにはモンスターとバトルする気がないらしい。そこそこログイン歴は長そうなのに、レベルが低いわけだ。

「あ、ハセヲさんは『月の樹』というギルド名の由来はご存じですか?」

「興味ねえ」

「まあまあ! 聞いておいて損はないですよ、ハセヲさん!」

拒否したというのに、アトリは構わず続ける。

「『月の樹』は『七枝会』という幹部会で運営されています。榊さんのこと、覚えてますよね? 榊さんも幹部の1人なんですよ」

「チッ、聞いてらんねえ……」

「あ、ちょっと、ハセヲさん! 待ってください!」

ハセヲは月の樹が嫌いだ。弱いクセに群がって、秩序と安寧を求めるとかで自らの理想を押し付ける。だから宗教と揶揄されるのに。

アトリだってそうだ。綺麗事をこちらに押し付けて、仲良しこよしを求めてくる。

 

そんなもの、ハセヲは望んでいないのに。

 

双剣を握る手に篭る力を意識して抜き、ハセヲは何度も深呼吸をして気分を落ち着かせる。そうしないと大人げなくアトリに怒鳴り散らしてしまいそうだから。

アトリの言葉に耳を傾けず、すべて聞き流す努力をする。それでも、1つ1つの単語が引っかかる。

 

「……っと、モンスターだ。行くぜ!」

こちらに気付かずフィールドを周回しているキノコ型モンスターを見つけ、アトリが何か言う前に不意打ちを仕掛ける。

苛立ちの分、力が籠ったのだろう。モンスターのエフェクトが、普段よりも派手に散ったように見えた。

「……え?」

 

ハセヲは只のアバター。リアルで対応するボタンを入力するだけで、その通りに行動する。

しかし今、ハセヲは亮の意思に従って動かなかったか?

 

今度は意識して、通常攻撃のボタンを押す。対応ボタンの通りに攻撃をするPCに、そっとハセヲ()は息を吐いた。

 

「ハ、ハセヲさん!」

「アトリ、リプス(回復)!」

「え、えと、あの! ちょっと待ってください!」

被ダメ覚悟でハセヲは攻撃し続け、アトリが狙われないよう動く。結局アトリの回復魔法が発動したのは、2体目のモンスターを倒したときだった。

「お待たせしました!」

「もう1度!」

「は、はい!」

ハセヲもスキルを発動。そのまま連続攻撃をして、3体目のモンスターも倒した。

「やりましたね、ハセヲさん」

2人に経験値が入り、アトリのレベルが上がった。

「あ」

「……良かった、な」

他人のレベルアップを祝うのも、何カ月ぶりだろう。ずっとソロで活動していたハセヲにとって、それは本当に久しぶりのことで。多少の照れくささもあり、少しぎこちなくなってしまう。

 

武器を収め、無意識に右手首をスナップする。

 

「あの……ハセヲさん……」

「何だよ?」

「あっち……。あっちの方から、何か聞こえませんか?」

「……そうか?」

耳を澄ましてみるが、ハセヲにはフィールドのBGMしか聞こえない。だがきっと、アトリの言う『音』とはこれの事ではないのだろう。

「はい。こっちです!」

「あっ、おい!」

ハセヲが止める間もなく、アトリが走っていってしまった。

「糞っ」

本当なら、ここで無視しても良かった。

だが何故かアトリを放置して帰る気分にもなれず、後を追う。

 

向かった先は、獣神殿の裏。普段なら目にも留まらないだろう場所。

だがハセヲの目は、そこに引き付けられた。

 

獣神殿の裏に刻まれていたのは。

 

三爪痕(トライエッジ)が、ここに……?」

夜のフィールドで、禍々しく光を放つ三角の傷。

「トライエッジ……? そういう名前なんですか……?」

 

最初、ハセヲは地震が起きたのかと勘違いした。

だがここはゲーム。イベントならいざ知らず、一般フィールドで地震が起きる仕様なんて聞いたことがない。

傷跡(サイン)に、アクセスできる……!?」

まるで吸い込まれるように。

 

2人はフィールドから転送された。

 

そして辿り着いた先に広がっていたのは、巨大な地底のホールだった。

「ここは……?」

「ロスト・グラウンド、でしょうか……こんな地底湖があったなんて」

 

 

 ロストグラウンド 

 死世所 エルディ・ルー

 

 

悠然と聳え立つ純白の樹大樹フラドグドがいっそ怪しささえ醸し出す、幻想的なフィールドだ。

ハセヲは人並み以上にロストグラウンドのことを把握しているが、ここの存在を今日初めて知った。

物珍しげにアトリが周囲を見回していたが、やがて視点がフラドグトに固定される。

「……ハセヲさんっ! あそこに人が……!」

アトリの指し示す先。フラドグドの根本にいる青年は。

 

仕様外の猫を肩に乗せ、身に纏わりつく黒い泡を指先で弄んでいた。

 

「なんだろ、あれ……とっても綺麗……」

恍惚とするアトリに、ハセヲは戦慄した。

あれは、The World(この世界)にとっての異物だと直感する。決して相容れぬものだというのに、それを受け入れるあの青年にも、呑気なアトリにも。

「……聞こえる……。『音』……あの人の方から……」

アトリが湖に1歩踏み出すより先に、青年は姿を消した。ハセヲたちなど気にも留めていないのだろう。一瞥すらしなかった。

「待ってください!」

「おいアトリ!」

慌てて走り出そうとするアトリを、とっさにハセヲは呼び止めた。

「……え?」

水面から湧き出た大量の黒い泡が、明確な敵意を持ってアトリへと襲い掛かった。

 

泡から出てきたのはまるで、微生物のようなモンスターだ。ただし、サイズは一般PCの数倍はありそうなほど大きい。

 

そのモンスターが吠える。

腹の底から響くような、おぞましい鳴き声。生理的嫌悪で、鳥肌が立った。ハセヲでさえそうなのだ、それを至近距離で聞いてしまったアトリがただでいられるはずもなく。

 

 

「アトリ!」

アトリのPCが力なく倒れる。

 

 

その姿が、志乃と重なって。

 

 

とっさにハセヲはアトリを背に庇い、芥骨を抜いた。

 

敵うはずがない。頭では理解しても、ハセヲにはアトリを置いて逃げるという選択肢はない。

それは、志乃を見捨てるのと同義。

だから立ち向かわなければいけない。

 

――――――さあ、俺を呼べ。

 

 

ハセヲの奥底から、声が聞こえた。

 

ぎくり、とハセヲの身体が固まる。

死神を解放させまいと意識を割いた瞬間。微生物が触手のようなものから光線をハセヲに向けて。

 

「無事か!? 下がってろ!」

割り込んできたPCがその光線を防いだ。

 

 

ハ長調ラ音が響く。

 

 

「いっけえ! 俺の『メイガス』!」

PCを中心として、新なエリアが構築される。

全てのテクスチャを剥ぎ取った、The World(世界)の中でありながらThe World(世界)の外にある空間。

 

そこにいたのは、下半身を植物のように葉を連ねたような。

「……メイガス?」

 

その名をハセヲは知っている。

 

メイガスは微生物の光線をものともせず弾き飛ばし、左腕から幾何学模様の円陣を展開した。

それはさながら、黄金の腕輪。

 

 データドレイン

 

真面にそれを受けたモンスターがただで済むはずがない。

いつの間にかエリアは元に戻り、メイガスも消えていた。

「無事かい? お2人さん」

「………」

「なんか、あんまり歓迎されてないみたいだな」

歓迎するわけがない。

 

メイガスに呼応するかのように、心臓がバクバクと高鳴る。

内から解放しろと喚く死神を無理矢理押さえつけ、ハセヲは武器を収めた。

 

「……まあ、いいや。そっちの子は、大丈夫?」

あの微生物が倒されたからだろう。アトリが起き上がるのに、それほど時間はかからなかった。

「あれ……? 私……どうしちゃったんですか?」

「覚えて、ないのか?」

「えっと……変なモンスターに襲われて……凄い音がして、びっくりして、記憶飛んじゃったのかな……なんて」

「気を、失ってた? リアルで?」

(未帰還者に、なるところだった?)

 

志乃は今も眠り続けたまま。でもアトリは無事に立ち上がった。

その事に安堵し……同時にやるせなさを感じた。

 

「何はともあれ、間に合って良かった」

「貴方は……?」

「俺? ああ、ええと……実はCC社の調査員なんだ」

「GMさんってことですか?」

「ま、似たようなもんかな。このエリアのバグ通知を受けて、飛んできたんだけど……」

「あのモンスター、バグデータだったんですか?」

「そう、データが修復されるまでここには近づかないでね」

嘘だ。

あれがバグデータなわけがない。

普通のバグは、リアルにまで影響を及ぼさない。

 

あれは三爪痕と同種のモンスターだ。

 

「……行くぞ、アトリ」

「あ、はい!」

 

あの黒い泡は、BBSでも噂になっていた怪談話の正体だろう。ならそこから情報を集めていけば、三爪痕に辿り着けるかもしれない。

そうと決まれば、これ以上エリアに滞在している理由がハセヲにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか……すごいことになっちゃいましたね」

マク・アヌのカオスゲートに戻ってきて、アトリが微笑む。

事態を理解していない、その態度がハセヲの気に障った。

「お前……のほほんと笑っている場合か! 1歩間違えばお前……!」

あの時、クーンとかいうPCが駆けつけていなかったら。

何故かメイガスの力を宿すPCが、あのモンスターをデータドレインしなければ。アトリは。

 

  『泣かないで……男の子、でしょ……?』

 

ハセヲの脳裏に、志乃の姿がフラッシュバックする。

 

あの時、1歩間違えればアトリも未帰還者になっていた。

 

しかしそれを指摘したところで、アトリは信じようとしないだろう。

(どうせ、信じちゃくれない。なら言う必要もない)

「……ハセヲさん?」

「……何でもない」

だからハセヲも沈黙する。

「……でも、こんなことになって、迷惑かけちゃいました……よね? あの……もう1度、チャンスを貰えませんか?」

 

  『瞳、逸らさないで。伝わるよ』

 

アトリの真摯な目を……ハセヲは直視することが出来ない。

志乃とアトリが別人なのは頭では分かっている。所詮は同型PCだ。探せばごまんと出てくる。

「……次誘うときは、経験地稼ぎのできるエリアにしろ」

それだけだというのに、邪険に出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

FMDを外し、亮はベッドの上に倒れこんだ。

ほんの数分だというのに、酷く疲労を感じる。

 

耳の奥で、ハ長調ラ音が鳴り響いている。

 

「メイガス……」

その名を呟いたとたん、亮の中で『何か』が疼いた。

同じ母から生まれた兄弟。或いは息子か。

 

禍々しき波、第三相『増殖』メイガス。

姿こそ違っていたが、亮が間違えるはずがない。

「……はぁ」

 

あの世界は1度、炎に包まれた。

女神を屠るために遣わされた死神もまた、世界から離れる……はずだった。

 

しかし人間は死神を支配下に置こうと手を伸ばした。アレが、大人しくしているわけがないのに。

結果死神は散り散りになり、今も世界をさ迷っている……はずだった。

 

しかしクーンと名乗った、CC社の人間を自称するPCは間違いなく第三相メイガスを操っていた。

つまりCC社は、再び死神を支配しようとしている。そして亮と接触するだろう。

第一相スケィスの適合者に最もふさわしいのは、亮なのだから。

「……面倒な」

パイという拳闘士が言っていた危険な力。メイガスもその内のひとつ。

「……スケィス、お前なんだな」

 

――――ケケッ。

 

内に眠る死神が嗤う。

 

「……死ぬより辛い事、か」

 

7年前。

地母神の怒りに触れた(楚良)はその代償として、世界の虜囚となった。

死神の中で人々が殺して(殺されて)いくのを見せつけられて。

 

亮は、壊れてしまった。

 

残骸から無理矢理形を整えて出来上がったのが、今の(ハセヲ)

そうして(ハセヲ)は現実に帰還し、(楚良)は『世界(楽園)』に取り残された。

 

だから(ハセヲ)は7年前のことを知識として有してはいるが、記憶にはない。

それでも死神(スケィス)の危険性は知っている。

 

このまま寝てしまったらスケィスに捕まってしまうのだろうか。

そんなことさえ考えながらうつらうつらとしていると、スマホの音で目を開けた。

手を伸ばしたところで、コール音はすぐに切れる。ワン切りした相手の名前を確認し……息を吐く。

 

最後に会ったのは2年前……亮が入院した時に見舞いに来た時。最近ではメールのやり取りすら途絶えていた相手からの電話。まるで狙ったかのようなタイミングに、監視されているのではないかと疑ってしまう。

無視したいのを堪え、仕方なしにリダイヤルのボタンをタップした。

「……何の用?」

『いや、どうしているのかと思ってね』

「元気、とでも答えておけば良いか?」

素っ気なくなるのも無理はないだろう。リダイヤルしただけでも有難がってほしいくらいだ。

「近況確認ならメールでも良いだろ。何もないなら切るぞ」

『そうだな……近々、会って話をしたい』

「気が向いたら、な」

本当に用件はないらしく、速攻で電話が切れた。

 

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